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004 自傷

 いつになったら目が覚めるのだろう?


 食事が出てきたのは、そろそろ夕飯時だからなんだろうけど別にお腹は空いていないので食べようという気にはならない。ただ夢の中だからなのかトレイの上に並んでいる料理は私の食べたことのないようなものばかりで味は気になるところ。味なんてしないだろうとわかってはいたけれど、試しにとひと口だけ食べてみると意外なことにきちんと味があった。しかし、その味は私の口には合わず夢による補正はかかっていなかった。


 私は最初のひと口以降は料理に一切手をつけることなくテーブルを離れ、ベッドの上でオリブルが戻って来るのを待つ。だけれど彼女はなかなか戻って来ない。待ちくたびれた私はベッドの上に大の字になり、ぼんやりと天井を見つめているうちに眠気に誘われていつの間にやら夢の中で眠りに就いた。




「プラティナさま、プラティナさま」


 繰り返される合成音声によって起こされる。目を開け、最初に視界に入ってきたのはオリブルの顔だった。彼女は私の両腕を押さえ込むようにして上にのしかかっていた。

 寝起きでうまく言葉を発せない私は無言でオリブルの身体を膝を使って、とんとんと軽く押すと彼女は身体を退けてくれた。妙にズキズキと痛む頭を押さえながら身体を起こす。そして一呼吸置いてからオリブルに尋ねる。


「どうしたのオリブル」

「プラティナさまがひどくうなされておりましたので起こした方がよいと判断しました」

「うなされてた?」

「はい。呻き声を上げ、ご自身の首元を血が滲むほどに掻き毟っておられました」


 自身の首元を手で触れてみるけれど、掻き毟ったと思われるような痕はなかったが妙にベトベトとしていた。


「本当に?」


 そんな私の疑念に対してオリブルは「そちらとそちらをご覧ください」とベッドと私の両手を手で示す。両手に目を落とすと指先は赤黒く汚れ、爪の間には皮膚や肉片のようなものが詰まっていた。背後を振り返り、私が頭を預けていた辺りを見ると血でじっとりと濡れてシーツに染みをつくっていた。


 私は深くため息を吐く。いつまでこの夢に付き合っていなければならないのだろう? 夢の中で眠り、目を覚ましたというのに私はまだ夢の中に居た。かといって自分らしくない立ち振る舞いをして夢を引っ掻き回してぶち壊してしまうなんて行動を取る気にもなれず、仕方なく夢に付き合うことにして再度ため息を吐いた。


「オリブル、聞きたいのだけれど私は以前から睡眠時にこういったことをしていたの?」

「はい」

「寝言で頻りに死にたいと仰ることもありました」

「姉様はこのことを知っておられるの?」

「はい。存じておられます」

「そのことに関して姉様はなんと言っておられるの?」

「私は把握しておりません」

「そっか」

「申し訳ありません」

「気にしないでいいよ。そんな気はしたし、直接姉様に尋ねてみるよ」

「左様でございますか」

「うん、だから気を病まないでね。この話題はこれで終わりとして、とりあえず血で汚れた身体を清めたいのだけれど浴室か洗面所に案内してもらえないかな。血でベタベタして気持ち悪いんだよね」

「そういった用途の設備は、この屋敷にはございませんので別館に行くことになってしまいますが」

「普段、水はどこで賄ってるの? それも別館でなのかしら」

「この屋敷で扱う水は全てメリュジーヌ様が魔術で生成されたものか、プラティナさま御自身で生成されたものになりますので。外部から水を持ち込むことを禁じられているのです。ですから……」

「姉様に頼むか私自身で用意するしかないのね」

「はい」


 魔術がどういうものかわからないけれど、魔法みたいなものなんだろうか? 水の使用を制限されている理由は不明だけれど、夢の中なら簡単に用意出来るだろうと強く念じてみると宙空にバスケットボール大の水の塊が出現した。


「オリブル、洗面器を出してくれる」

「少々お待ち下さい」


 部屋を探索した際に見つけていたのでオリブルに頼んでベット下の収納から洗面器を取り出してもらう。洗面器の中へと水の塊を誘導して納めたけれど、生成した量が多過ぎて少なからず溢れて床を濡らしてしまった。


「ごめん。こぼしちゃったね」


 と謝罪しながら溢れてしまった水が消えるように念じると瞬間的に床はからりと乾いた。


「これほどまでに上達されたのですね。昨日までは洗面器をいっぱいにするのにも四苦八苦しておられましたのに」

「そうなの?」

「えぇ、別人なのではないかと思ってしまうほどです」

「もしかしたらそうなのかもね。今日以前のことは一切思い出せないもの」

「……気分を害されてしまったでしょうか」

「別に気にしてないよ。あ、そうだ。オリブル、正直に答えて欲しいんだけど以前の私に対して貴女はどんな印象を抱いていたか教えてくれないかな」

「正直にでございますか」

「怒ったり、罰したりなんてことはないから心配しないで」

「わかりました。一言で申し上げますと、私以上に人形らしい方でございました」

「人形らしい?」

「はい」

「ありがとう。よくわかったわ」


 そう告げたけれどオリブルはどこか萎縮したように次に投げかけられる言葉を待っているようだった。


「そういえば新しい靴は持ってきてくれた?」

「はい。そちらに」


 と彼女が示した先、私が先刻まで履いていたサイズの合わないブーツの隣に新しいものが1組並んで置かれていた。


「もう下がっていいよ。私にばかり構っていたら貴女の仕事が出来ないでしょう?」

「プラティナさま」

「なに?」

「……いえ、なんでもございません。失礼いたしました」


 オリブルは私に対する失礼な発言で罰されることはないとやっと納得したのか、部屋を後にして行った。

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