023 竜種
窓から庭先を窺うと体高10mはありそうな爬虫類がおり、その背には蝙蝠のような翼が生えていた。
「恐竜? あのちっちゃな翼で飛んで来たの?」
「あの翼で飛行魔術を発動して身体を浮かせるのだそうですよ」
「地上から離れちゃったら魔術が消失しちゃうんじゃ」
「ガルグイユさんのような竜種は例外的に地上の束縛から解き放たれた存在なのです。本来地上から発されている存在値を維持する力を体内で生成することが出来る唯一の種族なのです。彼ら竜種は世界そのものいっても過言ではありません」
「もしかして竜血聖女の姉様が巫女として使えることになる対象なの?」
「いいえ、違います。メリュジーヌ様が彼らを使役しているのです。以前は確かに巫女は竜種に使えていました。しかし、十数年前にメリュジーヌ様の手によって立場が逆転したのです。でなければ彼らが荷物運びに従事することなどありえません」
「え、でも、それじゃ今まではどうやって食料を」
「必要としていなかったのです。竜血聖女は不死であり、一時的に肉体の機能が停止しようとも世界を構築する法則によって存在を復元されますから」
「ずっと飲まず食わずだったのね」
「はい。プラティナさまが生まれる以前はそうでした。その辺りのことはまた時を改めてお話ししますね。ガルグイユさんをあまり待たせるのも申し訳ありませんので外に向かいましょうか」
「うん」
玄関へと向かいながら竜血聖女の存在意義について考えていたけれどなにも見出せずにいた。そもそも不死の人間を人柱として、世界を構築する法則の一端を担っている竜に仕えさせていたのはわかったけれど、それはもう過去の話なのだから。
「オリブル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしようか?」
「姉様は使役している竜種に能力を行使させて呪いを解こうとしたことはあるよね?」
「はい。竜種に存在そのものを書き換えるように強力な魔術を施させましたが無理でした。メリュジーヌ様とプラティナさまにかけられているのは竜化の呪いなのですから身体の一部が竜種であり、この世界の一端を体内に宿しておられるため歪められた肉体を元の状態に戻そうと修正力が働くようなのです」
「それって仮に私が死ぬようなことになったら世界にも影響が出るってこと?」
「……そういうことになります。そうならないように竜種は大地を介して相互に存在を維持し合っているのです。それがおふたりの呪いを解く足枷になっています」
「私や姉様にかけられた呪いがどういうものか、やっとわかった気がするよ。でも、それなら私や姉様も魔術で空を飛べても不思議じゃなさそうなのに、そうはいかないんだね」
「呪いが進行すれば可能だとは思いますが、2度と人間の姿に戻ることは叶わないかも知れません。ですから空を飛ぼうなどとはお考えにならないでください。修正力が強く働いて呪いの進行を早めてしまいかねませんから」
「うん。今後はもうちょっと考えてから行動に移すよ」
玄関ホールにたどり着き、屋外へ。庭先に出るとガルグイユが身体を伏せて眠っている。その巨体の前には金属製のコンテナが置かれていた。オリブルはコンテナに取り付けられた錠前を外し、扉を開ける。コンテナの中には重そうな木箱がいくつも積み上げられていた。
「もしかしていつもひとりで?」
「はい。1日仕事になってしまいますので、プラティナさまは興味のあることをお調べになられましたら部屋でお休みください」
手を貸すこと自体は吝かではなかったが、それに魔術を使うかどうかを考えあぐねる。私の手の内をメリュジーヌに知られるのはあまり好ましくはない。しかし、私自身も現状でなにが出来てなにが出来ないのかを把握しかねている。だったらいっそ思って実験がてら荷物の運搬を手伝うことにした。
「これはどこに運べばいいの?」
「いけませんプラティナさま。これは私の仕事なのです。プラティナさまの手を貸していただくためにここにお連れしたのではありません」
「大丈夫、わかってるよ。だからね、これは手伝いじゃなくて私の魔術の授業だと思ってくれないかな。私も魔術の練習とかしたいからさ。なにが出来るのかってこととかまだ全然わかってないからさ。いろいろと試してみたいんだよね。ダメかな?」
「プラティナさまの体調は万全とは言えないのですからお断りしたいのですが……」
「オリブルもしかしてここで断ったら私がこっそりどこかでなにか良からぬことをすると思ってる?」
「それは、はい。申し訳ありませんが思いっています。また危険なことをなさるのではないかと」
「なら私のことちゃんと見てなきゃだよね」
「私との約束を守ってはくださらないのですか?」
「守るよ。でも、オリブルは私が約束を破るかもって思ってるんでしょ」
「返す言葉もございません。わかりました。プラティナさま、午後は魔術の実習としましょうか」
「ありがとう、オリブル」




