022 消失
ベッドの上でおとなしく過ごしながら先刻の実験について思い返していて、ふと気付く。地面から離れて消失したのは魔術で生成したもの全てだと思っていたが、私の体内を満たす水分は消失したような感じはない。体内の水分が一気に消失しようものなら体調に変化がありそうなものだけれど、どこにも不具合は出ていなかった。
体内に取り込まれたことで消失してしまう法則から外れるように性質が変化でもしたのかもしれない。などと検証結果を整理しながら私はかなり危険なことを考えなしにやってしまっていたのだと冷や汗をかいた。
もし検証実験で体内の水分が消失していればミイラになっていても不思議ではなかった。そんなことになっていれば呪いで蘇生するまで干からびていたかもしれないと思うと背筋が寒くなった。
そういえばと懐に入れている時計のある辺りを触って見ると残念ながら消失してしまっている。一度造っているので再作成は難しくはないなどと考えているとオリブルが私の方をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「プラティナさま、私になにか隠し事をしておられませんか?」
「隠し事? オリブルも常に私の側にいるわけじゃないから私自身で管理出来ることは私で処理してて話してないこととかならあるかもしれないけど、そういうのって隠し事に含まれるのかな」
「それは危険なことだったりしませんか。危険なことでなければ私は関知しません。ですが危険が伴うようなことでしたら全力で阻止させていただきます」
「どうしちゃったの急に。なにかあったの?」
「それはプラティナさま御自身がよくわかっておられるはずです」
「ごめん。わからないよ。オリブル、変な前置きとかしなくていいからはっきりと言ってくれるかな」
「そう仰るのでしたら単刀直入に申し上げさせていただきます。プラティナさま、先程の私がした魔術に関する話を検証しようとなさいましたね?」
「なんでそう思ったの?」
「朝食の準備をしている際にプラティナさまに生成していただいた水が消失してしまったからですよ。あの水を生成したときプラティナさまはかなりの魔力を注ぎ込んでおられましたので時間経過によって存在値が失われたとは思えないのです。だとしたら考えられる理由は」
「待って待って、その話本当なの。水が消失したって」
「はい。魔術の行使者が地上から離れれば、その時点でこれまでに生成されたものの存在値は失われて消えてしまうのです」
「それで私が魔術の検証をしてたって気付いたのね。だから午前中は静養に努めるようにって、あんなに強く主張を」
オリブルの話が本当ならスマホや球体カメラも消失してしまっているのだろう。私の場合は高さ25㎝前後で消失してしまった。軽くジャンプした程度の高さで消失してしまうのならちょっとした事故で簡単に消えてしまっても不思議ではない。ただ魔術で生成した水を他の物体に浸透させると消失しなくなるということを知れたのは大きい。メリュジーヌはこれを知っているからこそ私や周辺の植物に魔力で生成した水を与えていたのかも知れない。
「なんだかごめんなさい。心配かけちゃってたみたいで。そんなに危険なことだとは思わなかったの」
「もうこんな危険なことはなさらないでくださいね」
「うん、わかってる」
「絶対ですからね」
「絶対やらないって約束したいけど、知らないことを知ろうとして知らず知らずのうちに危険なことをしちゃうことってこれからもないとは言い切れないよ。だからさ、もっといろいろと教えてくれないかな」
「わかりました。なにか知りたいことがありましたらまずは私に尋ねてください。独自の判断で実験などなさらないでくださいね」
「わかった、約束するよ。だから今から」
「それはダメです」
「まだなにも言ってないよ」
「なにを仰ろうとしてるかはわかります。ですからこれは私を心配させた罰だと思ってください」
「怒ってる?」
「勿論ですとも。私は怒っているんですよ、プラティナさま」
「反省してる」
「でしたら午後までおとなしくしていてくださいね」
憤るオリブルに従い私はベッドの上でおとなしくする。これ以上余計なことを言って彼女の機嫌を損ねるわけにもいかないので黙って思索に耽った。
私の身体が地上から25㎝前後離れた時点で魔術が消失する事実は脱出する際に超えなければならない十数mの堀のことを考えるとかなり厄介だった。高低差に至っては数十mもある。最初はパラグライダーのようなもので滑空すればどうにかなるだろうと考えていたけれど、それは無理になってしまった。接地していれば魔術は消失しないらしいので堀の両岸に生える樹にロープを結び付けてロープウェイのようなものを用意するのが現実的かも知れない。ロープの先に球体カメラのように遠隔操作出来る物体を取り付ければロープを渡すこと自体は難しくないのでこの方向で進める。傾斜はかなりきついことになりそうなので取り付けるゴンドラに移動速度等を制御する要素が必要になるけれど、私の魔術的な技術では大掛かりなものを現地で造ってられる余裕があるとは思えず困ってしまった。
それに関して解決策を考えているとオリブルが椅子から腰を上げたので私は彼女の方へと顔を向けた。
「オリブル?」
「来られたようですよ」
窓の外を見ながらオリブルは告げる。すると外からなにかばさりばさりと巨大なものが羽ばたいているような音が聞こえ、巻き起こる風で窓をガタガタと鳴らした。




