021 法則
翌日の朝早くに目を覚ますとオリブルは部屋に控えてくれていた。
「おはよう、オリブル」
「おはようございます、プラティナさま」
「ずっと居てくれたのね」
「あんな状態のプラティナさまを放って置けませんから」
「ありがと、予定は大丈夫? 今日は街から荷物が届くのでしょう。それとも私また長いこと眠ってたりしたかな」
「プラティナさまは一夜でお目覚めになられましたよ。荷物が届くのはお昼過ぎですからまだ時間に余裕はありますね」
「そっかよかった。それじゃさ、荷物の受け取りに私も立ち会っていい?」
「えぇ、構いませんよ。プラティナさまは以前からご覧になったことはありませんでしたものね」
「どうやって届くの?」
「空を飛んでですよ」
森があれなのだから他に方法はないだろうと思っていたが、やはり空輸らしい。私の球体カメラのように空飛ぶ魔導具があるのかもしれないと考えて私は自分が間抜けではないかと思ってしまった。迷いの森があり、徒歩での脱出が無理なのなら私を乗せて空を飛ぶ魔導具を造ればいいだけだったのだ。魔術で空を飛ぶ物を造れるのなら私自身を飛ばすことだって出来るかもしれない。そのためには体内を満たしているメリュジーヌの水による拘束から逃れる必要はあるけれど、それさえ解決すれば脱出したようなものだと楽観しようとして自身の甘い考えを嗜めた。
そんなに単純なら球体カメラを街まで飛ばしたときに空を飛ぶ物体を一切見かけて居ない事実は奇妙だと言わざるを得なかった。
「もしかして空飛ぶ魔術でもあったりするの? そんなものがあるなら私も空を飛んでみたいな」
「残念ながら魔術で空を飛ぶのは難しいと思いますよ」
「その言い方だと出来ないことはないみたいに聞こえるけど、なにか問題があるの?」
「はい。魔術は地上から離れれば離れるほど効力が薄くなってしまうのです。一定の高度を超えると魔力そのものが失われてしまうのだとか。しかも物体によって、その高度は異なるとのことでして生き物などは一部を除いて大地から離れることそのものが難しいそうです」
「高度ってリュジニャンを囲ってる山くらいかな?」
「どうなのでしょう。高度とは言っても大地からどれだけ離れているかが問題なのだそうです。接地した物体の上でならどれだけ高い場所だろうと大丈夫だという研究結果も出されているようですよ。先日、ユリアンの街で実験行ったと聞かされましたから」
「どんな実験?」
「街の郊外に建てた高い塔から魔術で生成した物体を落下させるといったものですね」
「結果は?」
「塔と地面から最も離れた位置で存在値が希薄になり、消失するものもあったとか。加えて一時的に希薄になったものでも地面や塔に近付くと再び存在値が上昇したとも言ってましたね」
「生き物が地面から離れ過ぎたらどうなるんだろ」
「消滅してしまうのではないかというのが学者たちの見解ですね」
「それなのに空を飛んで荷物が届くの?」
「その理由は見ていただければ納得していただけると思いますよ。それでは私は朝食の準備をしてきますね」
オリブルは意味深な台詞を残して部屋を出て行く。私は球体カメラのことがあったので魔術でなにかを飛ばすことが出来ないとは思えずに一応試すことにする。身体が浮くように強く念じてみると身体は徐々に軽くなり、わずかに宙に浮いたけれど頭ひとつ分も上昇すると急に身体が重くなって落下してしまった。
自分自身が飛ぶのが無理なら空飛ぶ物体に乗れば問題ないだろうと魔術で絨毯を造る。その絨毯がどの程度上昇するか確かめると簡単に天井まで浮き上がった。
その絨毯の上に私は座って再び浮くように念じてみると先刻同様に浮き上がったけれど、さっき私自身が落下した高さにまで上昇すると絨毯が消失してしまい私は臀部を床に打ち付ける羽目になった。
どうも私が触れた状態で宙に浮くのがダメらしい。何故そんな法則が存在しているのかわからないけれど、そうなのだからどうしようもなかった。
朝食を済ませてオリブルに授業してもらおうと切り出す。
「今日は午後までは静養してください」
「気を紛らわしたいの。ダメ?」
「身体の具合は本当に問題ないのですか?」
「昨夜の検診での傷も残ってないのはオリブルも知ってるでしょ」
「でしたら私が何を心配しているかもわかっていただけますよね。前回は2日眠っておられたのですよ」
「それはそうだけど」
「午後までの辛抱です。それまでは回復に努めてください」
「心配性なんだから。勉強してて傷口が開いたりなんてしないよ」
「それはそうなのですが。私の言葉も聞き入れてはもらえないでしょうか」
オリブルが余りにも哀しそうに言うので私は申し訳なくなり、縮こまって彼女の顔を上目遣いに見上げる。
「ごめんね。おとなしくしてるよ」
「ありがとうございます」
「オリブルは、この後なにか仕事?」
「午後の荷受までなにもございませんよ。ですからプラティナさまが無理をなさったりしないか、ここで見守らせていただきますね」
「なんだか信用されてないみたい」
「そんなことはありませんよ」
「うん、わかってる。今は一緒に居て欲しかったからよかったよ。私をひとりにしないで居てくれて」




