020 検診
「時間も惜しいから今日はここで検診をしましょうか」
私が別の部屋へと移動することを提案するよりも早くメリュジーヌが指を鳴らしたことで意識が朦朧として声を上げることを阻止されてしまう。この部屋はオリブルとのやり取りで少しは精神的な苦痛を和らげることが出来ていたのでそれをメリュジーヌに対する恐怖で塗り替えられるのは悪夢でしかなかった。
「さ、ベッドに横になって服を脱いでくれるかしら」
体内の水分を多少は入れ替えて影響力は薄れたと思っていたけれど抵抗もなにも出来ずにメリュジーヌの言葉に強制的に従わされ、私は素肌をさらした状態でベッドの上に横になる。私は唯一自分の意思で動かすことの出来たまぶたをぎゅっと強く閉じてことが終わるのを待つ以外に出来ることはなかった。
メリュジーヌの指先が私の喉元に軽く触れ、そこからするすると下へと移動して行く。それが鎖骨の間を過ぎた辺りから肉が切られているような感触が生じてぞわぞわと言い知れない感覚が全身に広がる。痛みはなく、ただ切開されていることがはっきり感じ取れているだけに余計に冷静ではいられなくなりそうだった。
メリュジーヌの指が下腹部まで至って切開作業は済んだらしく、一度肌に触れていたものが遠退いたが、それもわずかな間のことで今度はみぞおち辺りに指が差し込まれて肉を左右に開かれる。その後は内臓を直接触れられたり、切開部から臓器を引き出されたりと好き放題され、気が狂いそうになっていた。
「プラティナの中は以前調べたときから変わらずに綺麗ね。まだどこも呪いの影響を受けてないみたい。前回呪いを抑えられるようになっていたのに、それまで最も呪いの影響を強く受けていた部位を切除した後は呪いの影響を受けたままにしていたから心配していたのよ。別の部位にも呪いが転移したんじゃないかってね。でも杞憂でよかったわ」
深く吐息を漏らすメリュジーヌの手が切開した箇所を撫でるように下から上へと移動する。なにかぬらりとしたものを肌に塗布されながら彼女の手が喉元にまで移動し、離れた。
「今回はこれで終わりにしましょうか。今の貴女なら夜が明ける前には身体は動かせるようになるからそれまではここで横になっているといいわ」
そんなことを耳元に熱い吐息とともに告げられ、頰に口付けられる。
「あとでオリブルを寄越すわね。今はゆっくりと休みなさいな」
メリュジーヌは意識の朦朧としたままの私を部屋に残して出て行ったが、彼女の魔術による影響は消えておらず指一本動かすことが出来ない。身動きも取れないまま暗闇に取り残され、徐々に不安が膨れ上がっていく。気付けば涙が溢れて枕を濡らしていた。
肌を伝った涙が乾いたころ、そっと扉が開かれる気配を感じた。それがオリブルであるかメリュジーヌであるかわからずまぶたを開くことが出来ない。相手は音を立てぬように私へと近付き、傍に至るとじっとこちらを見下ろしているようだった。
「プラティナさま」
との声にまぶたを開かずに意識を向ける。彼女は私の反応がないとわかるとそのままひとりごちるように言葉を紡ぐ。
「今、綺麗にして差し上げますね」
とだけ言ってオリブルはなにやら準備を始める。ぴちゃぴちゃと水音がしたかと思うとなにか冷たいものが喉元に押し当てられた。それが水に濡らした布切れだと察して安堵する。オリブルはメリュジーヌが切開した箇所に付着している血を拭っているらしい。そこに至って私は切開跡がもう塞がっているのだと理解した。
オリブルの手によって血は綺麗に拭われたのか水音がしなくなる。
「ここで目覚めるのは寝覚めが悪いですよね。すぐにお運びしますからもう少しお待ちくださいね」
そんなオリブルの言葉に私はまぶたを開くに開けず。まだ自分の意思で身体を動かせそうもなかったのでもう少しだけ目をつぶっていることにした。
オリブルは服を着せ終えると私をベッドに寝かせたまま離れて行く。扉が開く音がしてどこに行くのだろうかと思っていると彼女は、こちらに戻って来て私を抱え上げて部屋から運び出す。そしてゆっくりとした歩調で移動して行く。玄関ホールで一度床に下され、彼女は玄関扉を開くと再び私を抱えてメリュジーヌの屋敷を出て決して近くはない別館の私の部屋へと運んでくれた。
新たな自室のベッドに寝かされたころにはメリュジーヌに奪われていた身体の自由はわずかながら戻りつつあった。
「プラティナさま」
オリブルの声に応じて私はまぶたを開く。
「もう目覚めておられたのですね」
それに答えようとして口を開き、まだ声が出ないことに気付く。私は仕方なくちいさく首肯して応じた。
「まだ声を出せないのですね。なにか欲しいものがございましたら今すぐにでも用意して差し上げたいのですが」
手首から先を動かしながら目でそちらの方を示すとオリブルは私の手をそっと掴む。
「これでよろしいでしょうか?」
私の意図を読み取れているか確認するオリブルに対してわずかに口の端を上げ、不恰好な笑みを浮かべてこくりと頷いた。




