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002 呪い

「気分転換の散歩も充分に出来ましたし、そろそろ屋敷に帰りましょうか」


 と先を行く女性の後に続いて歩みながら自身が身にまとっているのが学校の制服でないことを今更のように違和感を抱く。制服のスカートよりもかなり丈は長く、加えて踵が高く妙に幅広のバックレースアップのブーツも合わさってひどく歩きにくかった。

 目の前の女性と私が住んでいると思われる屋敷の玄関前にたどり着いたときには、大した距離を歩いたわけでもないのにくたくたになっていた。


「やはり顔色が悪いわね。今日はもう休みなさいな」


 言いながら彼女は右掌を私の額にかざすようにして人差し指と中指でそっと触れ、吐息混じりの聞き取りようのない声で何事かを呟く。ふわりと暖かい光が生じて私の全身を包み込み、すっと染み入るように身体に浸透して消えていった。

 すると理屈はわからないけれど身体に蓄積していた疲労感が軽減していた。


「あの、これはなんなのでしょうか?」

「初歩的な回復魔術なのだけれど、こういったことも忘れてしまっているのね……ねぇ、プラティナ。私の名を言ってみてくれるかしら」

「申し訳ありません」

「そう、貴女自身の名も私のこともわからないとなると言葉以外は記憶から抜け落ちていると考えるべきかもしれないわね。昨日はかなり無茶をしましたからね。貴女の部屋の場所も覚えていないでしょう?」

「なんだが記憶に霞がかってるみたいでして……」

「畏まらないでいいのよ。私と貴女は姉妹なんですからね。部屋へは私が案内してあげるわ」

「お願いします。えっと、姉様」

「まだ今の貴女に私の名を告げていなかったわね。私はメリュジーヌよ。どう呼ぶかは貴女に任せるわ」

「はい」


 そうして自室へとメリュジーヌ直々に案内されることになり、玄関をくぐる。広々とした屋敷内はがらんとしており、全くと言っていいほどに人の気配がなかった。私たちの足音がやたらと反響して聞こえ、空虚さが一層強調されていた。


「あの、姉様。ここに住んでいるのは私たちだけなのでしょうか?」

「今はそうね。メリオールは旅に出たっきり、ここ数年帰って来てませんからね」

「メリオール?」

「私の妹で貴女の姉よ。あの子は頻繁に行方がわからなくなるのよ」

「そうなのですか」

「あの子はあの子で私とは違うアプローチでどうにかしようとしてるみたいですからね。その取っ掛かりとなる物を見つけるのが旅の目的なんでしょうけどね」


 なにに対するアプローチなのかと尋ねようとしたが「ここが貴女の部屋よ」と折悪く自室の前にたどり着いてしまった。


「食事は後ほど運ばせるわ。今は少しでも回復に努めなさい」


 それだけ言い残してメリュジーヌは去って行った。ふたりだけだというのに誰に運ばせるのだろうかと疑問に思ったが、それほど遠くない場所に別館らしきものが見えていたので使用人はそちらに住まわせているのだろうとひとり納得した。

 今は屋敷内を散策出来るような状況ではなかったので、まず私は自身の身体をあちこちペタペタと触り、なにか所持品が残されていないかとも思ったが見つかったのはペンダントがひとつきりだった。

 ペンダントトップを眼前に持ってくると見覚えのある形をしていた。材質こそ違うが、それは明らかに辰巳屋で買った根付と似通っていた。宝玉を取り巻く蛇はシルバーかなにかに変わっており、宝玉は高価そうな紅い宝石になっていた。宝玉の中を覗き込むとなにかが動いているように見えたが、それがなんであるのかを確かめようにも宝玉が小さい上に暗く濃い色をしていて視認しようがなかった。

 それならと太陽にかざしてみたが光で透けることはなく。中心部は明るくなるどころか、より暗い色へと変わってしまった。

 特別な手段を用いる必要があるのだろうと決め打ち中を確かめるのを諦めてペンダントを胸元に戻す。

 それならと自室にある物から情報を得ようと室内をぐるりと見回し、最初に目に付いた三面鏡ドレッサーに近付き開く。そこに映ったのは髪と目の色こそ違うけれど、紛れもなく私自身の姿だった。

 自分の顔に触れてみる。鏡の中の私も同じ動作をしていたので間違いなく私である。しばしじっと鏡とにらめっこしていて気付いたが、私の首に薄っすらと赤い痕がぐるりと巡っていた。触れてみるけれど違和感などはない。サイズの合わないチョーカーでも着けていたのだろうか? と思いながら三面鏡を閉じた。

 それからドレッサーの引き出しを片っ端から開いていったが特にめぼしいものは見つからなかった。ただ一箇所だけ鍵がかかっていて開けることが出来なかったので、なにかある可能性は高い。鍵が見つからなければ最悪は引き出しの底を抜いてしまうことにして今は後回しにして他の場所を一通り確かめることにした。

 ヘトヘトになりながら部屋中を調べ尽くし、引き出しの鍵らしきものはドレッサー付属の椅子の座面下にあるわずかな隙間にねじ込むようにして差し込まれていたのを見つけた。

 早速試すと引き出しの鍵は難なく開き、中からはかなり分厚い日記帳らしき物が出て来た。パラパラとめくってみる。しかし、各文章の上部に日付っぽい文字列あることから日記ではないだろうかと推測出来るくらいで文字は読めないため内容は一切わからなかった。

 言葉はわかるのに読めないとは思わなかったと肩を落とし、ベッドに身体を投げ出す。身にまとった高そうな服がしわになることは気になったけれど、そんなことに気を使ってられるほどの気力は残っていなかった。

 脱力し、ベッドに上半身を預けていたがブーツの窮屈さのせいで安らげない。私は一旦身体を起こしてブーツの紐を軽く緩めていったけれど、足がむくんでいるのかなかなか脱げず。結局、全て解かなければならなかった。そうしてどうにか靴から解放された私の左足はくるぶしから下が恐竜めいたものになっていた。

 なんの冗談だろうかと右足のブーツも脱ぎ捨て、私の目に入ってきたのは同じく恐竜めいた鋭い爪を有した足だった。

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