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018 別館

「姉様、朝早くにどうされたのですか?」

「メリオールの屋敷を使いたいのでしょう」

「えぇ、出来れば許可をいただきたいのですが」

「私に許可を求める必要はないわ。メリオールは貴女を溺愛していたもの」

「……それでご用件はなんなのでしょうか」

「貴女が向こうの屋敷に移ってしまったら簡単には顔を見れなくなってしまうでしょう」

「そんな顔をなさらなくても、この地を遠く離れるわけではないのですから」

「今はそうかもしれないわね」

「これからもですよ」

「そう言ってくれてよかったわ。それじゃ、今夜の定期検診にはきちんと来てね」

「定期検診ですか?」

「ごめんなさい。記憶をなくしているのだったわね。今夜は7日に一度行なっている貴女の定期検診日なのよ。呪いの進行具合などを正確に診断するのに必要なことだから」

「……わかりました。夜になったらお伺いします」

「えぇ、よろしく頼むわね」


 そうしてメリュジーヌは部屋を出て行く。閉じられた扉を見詰め、彼女がわざわざ顔を見せたのは前回の実験から7日目だと釘を指すためだったのだと理解して朝から憂鬱な気分にさせられた。それを紛らわすために私は前回の実験からどの程度メリュジーヌから受ける魔術の影響力が薄れたのかを知るチャンスだと思うことにして気持ちを切り替えた。


 朝食を済ませ、オリブルの持って来てくれた鞄に衣類とプラティナの日記を手早く詰め込む。


「プラティナさま」

「なに?」

「私からメリュジーヌ様に頼んでみましょうか」

「貴女がそんなことをする必要はないわ」

「ですが顔色がよろしくありません」

「心配は有り難いけど、本当に平気」


 笑顔で応じるとオリブルは躊躇った様子を見せたが引き下がってくれた。


「じゃ、別館に行きましょうか」


 と鞄を持ちオリブルに案内してくれるよう促す。彼女はすぐに応じて別館へと案内してくれた。内部はルノーがしっかりと掃除してくれていて、ホコリが積もっているなどということはなかった。


「ねぇ、オリブル。メリオール姉様が使ってた部屋って、どこかな?」

「それでしたらこちらです」


 そうして案内された一室はマットレスがひとつあるきりの殺風景な部屋だった。


「本当にここがメリオール姉様の? ただ寝るためだけの部屋みたい。他の部屋も似たり寄ったりな感じなのかな」

「この部屋以外は本館の部屋と変わりありません。メリュジーヌ様が家具を提供されましたので各部屋に備え付けられています」

「それなのにマットレスだけに?」

「この方が落ち着くからと言っておられました」


 メリオールもメリュジーヌの実験を受けていて彼女から提供された品々を警戒していたのかもしれない。


「他によく使っていた部屋ってある?」

「それでしたら旅先で買ってこられた呪具や魔導具の類を保管している部屋でしょうか」

「私たちの呪いも解くために、そういった品々を?」

「はい。頻繁に旅に出てはいろいろと蒐集して来ておられました」

「そう。姉様が言ってた別のアプローチっていうのはそういうことだったのね。それらの品々が保管されてる部屋ってどこかな?」

「申し訳ありません。それは私にもわからないんです」

「残念。外の世界で手に入れたものが、どんなものか見てみたかったのに」

「ユリアンとギイに頼んで街からなにか送ってもらいましょうか?」

「頼めるの?」

「明日食料が輸送されてきますから簡単に調達出来るものでしたら一緒に送ってもらえると思います」

「今から街にいるふたりに知らせるの?」

「メリュジーヌ様が追加で必要なものを箇条書きにした書面を今夜ふたり宛に送られるんです」

「それなら今夜姉様のところに行ったときに頼んでみるよ。そういえば、この屋敷にはお風呂があるんだよね?」


 話題の切り替え方が少し強引だったからか、オリブルは申し訳なさそうにしながらも私が今はメリュジーヌに関することに触れたがらないと察して「こちらです」と浴室へと案内してくれた。


「ずっとお湯が湧いてるの?」

「メリオールさまの話ですと湧いているわけではないらしいです。水を吸収するものと吸収された水を放出する一対の魔導具をふたつ使用されているのだとか」

「それ以外にも魔導具って使われてるの?」

「水の浄化や温度を調節したりものなどでしょうか」

「いろいろあるのね、魔導具って」

「えぇ、ですから呪いを解く魔導具も世界のどこかにあるのかもしれません」

「かもしれないわね……ここを見て少し気になったんだけど、この屋敷で使われてる水ってどこから調達してるの?」

「魔導具をつかって付近にある水源から得ているそうです」

「その水源がどこにあるかわかる?」

「いえ、それに関しては全く」

「そっか、残念。メリオール姉様の行方を辿る手がかりになるかもと思ったんだけど。そのくらいとっくに姉様が調べてるよね」

「かもしれません」

「だよね、うん。どんな感じで水が供給されてるのか見たいから次は厨房に案内してくれる?」

「かしこまりました」


 メリオールもメリュジーヌの生成した水を口にしないように対策を講じていたとしか思えなかったので、それを確認するために厨房へと案内してもらう。そこには一定の水量を保つようにして水の湧き出す水瓶があった。

 メリオールが行方不明になって以降にメリュジーヌが手を加えていないとも限らないので水源が安全だと確認出来ないうちは炊事、飲用以外での生活用水としてのみ有効活用することしてオリブルにも調理にはこれまで通りに私の生成した水を使用するように頼んで空の水瓶に魔術で水を満たした。


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