表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

017 疑念

 昨日までの味気ないスープとは違う目新しい料理に舌鼓を打つ。どこか心配そうに私が食事する様子を見守っていたオリブルに「おいしいよ」と素直に感想を告げると彼女は胸をなでおろし、そして喜んでいた。

 食事を終え、オリブルに身体を拭いてもらうなどして寝る支度を済ませる。ベッドに潜り込み、傍に座す彼女を見上げながら明日の予定についての話を切り出す。


「ねぇ、オリブル。明日は別館の中を案内して欲しいのだけれど、姉様からの入館許可とか必要だったりするのかな?」

「いえ、そういったものはございません。今でこそ別館と称していますが、あちらは元々メリオールさまの御屋敷なのです。数年前に行方不明になられてからは定期的にルノーさんが掃除する程度で半ば放置状態なんです」

「そうなのね……じゃあさ、使われていないのなら私が使ってもいいかな? 向こうなら夜型の生活をしてる姉様に日中も気兼ねすることもないだろうし、迷惑をかける可能性も減ると思うの。もちろんメリオール姉様が帰って来たらきちんと経緯も話すし、改めて交渉もするからさ。ダメかな?」

「メリオールさまならきっと快く許可してくださいますよ」

「一応、姉様に説明しておいた方がいいよね」

「メリュジーヌ様にでしたら私の方から上申しておきますのでプラティナさまはお気になさらずに」

「それじゃあ、伝言お願い出来る?」

「はい。お任せください」

「ありがとう」

「別館に運ぶ荷物はどうされますか?」

「家具って向こうには備え付けられたままかな?」

「えぇ、メリオールさまが使っておられたものがそのまま残されております」

「それなら持ってくのは服だけで充分だと思う。大きめの鞄ひとつで事足りるんじゃないかな」

「わかりました。朝食後に鞄をお持ちしますね」

「うん。お願いね……そろそろ眠くなってきたかも」

「今日は随分と歩きましたからね、お疲れになられたのでしょう」

「そうだね。おやすみ、オリブル」

「おやすみなさいませ、プラティナさま」


 オリブルに布団の上からぽんぽんと優しく撫でられながら私は安らかな眠りに落ちた。


 悪夢を見ることなく朝を迎え、のそのそと起き出す。朝の明るさに目を忙しなく瞬かせながら部屋を見渡すとオリブルの姿はなく、代わりにベッドサイドテーブルの上に書き置きが残されていた。なにが書かれているかはわからなかったけれど、文字の角張った筆跡からオリブルのものであると理解する。きっと朝食の準備に行ってくるなどといった内容が書かれているのだろう。

 私はベッドから抜け出し、手早く着替えると引き出しの中に隠していたスマホの存在値を補充して懐に入れる。球体カメラは別館の屋根の上へと移動させ、獣を模した彫刻の雨樋に隠す。プラティナの日記は持ち出す衣類に包みベッドの上に置き、他の衣類も似た畳み方をして重ねて鞄に即座に詰め込めるようにした。

 カーテンが開かれた出窓に歩み寄り、試験管の様子を見る。水位が昨晩よりも減っていた。

 私は昨晩1番変化が顕著に現れたものに対して強く念じて花の種類を変える。するとゆっくりとどうにか変化はしたものの念じるのをやめた途端に元の花へと戻ってしまった。それを目にして遅れて気付く。昨晩、花弁の色を変えた花が顕著な変化を示した1本以外はことごとく元の色に戻っていた。

 魔術で生成した水を被造物に浸透させることで干渉することは出来たけれど、それには相応の魔力が継続的に必要になるらしい。この結果を見る限り、メリュジーヌが周辺の樹々に方向感覚を狂わせる機能を長期間発揮し続けるように付与出来ていたとはとても思えなかった。

 周辺に生えている植物が全てメリュジーヌが魔術で創り出したものだとしたらそれも可能かもしれないけれど、それよりも簡単な方法に思い至り、頭を抱えたくなった。

 メリュジーヌによって生み出された方向感覚を狂わせるものが常に私に同行していれば周辺環境全てに手を加える必要などない。オリブルにそういった機能がメリュジーヌの手によって付与されていると考えるのが一番単純で自然だった。

 私の行動がオリブルを通してメリュジーヌに筒抜けになっているだろうけれど、彼女自身が知らない機能を持たされているか嘘をついているのだと思うと気が重くなった。

 この地を脱出するときはオリブルは切り捨てるのだから問題はないのだけれど、メリュジーヌに対する恐怖心で心を病まぬように拠り所としてしている現状で想定外の機能を有している可能性が出て来たのはよくなかった。

 オリブルに対して必要以上に不信感を抱き続けるのは私の心が折れてしまいかねない。ただでさえ頼れる人間など身近に誰もいないのだから疲弊の度合いも相当なものになる。そんな状態で2週間以上もの時を心を病むことなく過ごせるだろうかと不安に苛まれて俯いて両手で顔を覆う。そのまま深く息を吐き、無理やり心を落ち着かせるように「大丈夫、大丈夫」と何度も何度も呟いて自己暗示をかけた。

 扉がノックされ、心臓がどくりと鳴る。2度の深呼吸をして両頬をぺちぺちと叩いてから気を取り直して扉を開く。そしていつものように朝の挨拶を交わそうとして私は口を開いたまま硬直した。


「おはよう、プラティナ」


 部屋の外に立っていたのはオリブルではなく、柔和な笑みを浮かべたメリュジーヌだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ