015 採取
私は真っ直ぐに堀の方へと向かう。オリブルは途中で止めるかとも思ったけれどそんなことはなかった。しかし、その理由はすぐに思い知らされた。空撮通りの地形なら1時間も歩けば踏破出来る程度の距離しかなかったはずなのに行けども行けども終わりは見えて来なかった。
数時間歩いても結果は変わらない。やはり認識を歪められ、方向感覚が狂わされている。同じ場所をぐるぐると回らされているのかも知れない。そう思った私は率直にオリブルに告げた。
「ねぇ、オリブル。私たちずっと同じ場所歩き回ってない?」
「どうなのでしょう。この辺りの樹々は魔力を帯びているものもありますから魔術によって視覚を狂わされているのかもしれません」
「植物も魔術を使うの?」
「この辺りに自生している種に本来はそういった特性はありません。メリュジーヌ様が過去に行った実験によって新たな特性を後天的に得たのです」
「この辺り全部そうなの?」
「屋敷の周辺は全てそうですね」
「そっか」
「……プラティナさま、こちらへ」
オリブルは私の手を引きどこかへと導く。私は彼女に従い後に続いた。そうして案内されたのは拓けた草原だった。
「私が知っている景色のよい場所はここくらいなのですが。ご満足いただけるでしょうか」
「ありがと、オリブル。ここでお昼にしよっか」
と座るのにちょうどよさそうな大きな石を見つけて腰掛けた。
「プラティナさま、御召し物が」
「いいのいいの。今日は特別なんだから。汚したものは私が綺麗にするからさ」
「きちんとシートを用意してましたのに」
「ごめんね。でも、今日くらいは。ね、いいでしょ」
「仕方ありませんね。今日だけですからね」
「ありがと、わがまま聞いてくれて」
昼食を摂りながら草花に目を向ける。不自然なくらいに昆虫の類は一切見かけない。植物同様にメリュジーヌが手を加えて堀の内側から追い出したのだろう。
「ごちそうさま。ねぇ、オリブル。部屋にも花を飾りたいんだけど、ここの花って摘んでってもいいかな?」
「大丈夫だと思いますよ。帰ったら花瓶を部屋にお持ちしますね」
「あ、それは大丈夫。魔術の練習も兼ねて自分で造ってみるよ」
「わかりました」
私は適当に花を6本だけ摘み取った。
「部屋を彩るのでしたらもう少し摘まれてもよいのでは」
「ううん。これで充分だよ。さ、帰ろっか。花が萎れちゃわないうちにね」
樹々に迷わされてしまう私はオリブルの導きによって屋敷へと戻る。帰りは体感で10分と歩いていない。それだけの至近距離だったというのに私単独では数時間さまよい続けることになってしまう。今のままでは体内に蓄積されたメリュジーヌの影響下にある水分を入れ替えたところで、森を焼き払いでもしない限り脱出は不可能に近かった。
メリュジーヌの食事を用意しなければならなかったオリブルとは玄関先で別れ、私はひとり自室へ。部屋に戻るとすぐに花を生けるための器具として、ガラス製の試験管6本とスタンドを造る。6本の試験管は赤と青で3本ずつ口の部分を彩って見分けが付くようにしてから花を生けた。青の3本には私が生成した水を、赤の3本にはベッドサイドテーブルに置かれた水差しに残っていたメリュジーヌが生成した水を注ぐ。そこまでやって一旦作業を区切り、着替えた。
土で汚れたズボンを洗うために大きな盥を魔術でつくり、それを水で満たす。簡単に手洗いし、ズボンの水気を落とすように持ち上げて私は念じて魔力で生成した水を消去する。乾いたズボンをベッドに置き、盥の中に残った土を集めて赤と青それぞれ1本ずつに掻き集めた土を入れる。それだけだと量が不十分だったので靴の裏に付着していた土も採取して投与した。その隣の試験管には私が生成した土をそれぞれ1本ずつに入れてひと通り揃った。あとやることは花が水を吸い上げるのを待ってからになる。不要になった盥を消去し、作業を終えた。
空は茜色に染まっていて夕食の時間が近いけれど昨日撮影した録画の映像を確認するくらいは出来るだろうと引き出しから録画装置を取り出し、再生する。撮影範囲内には竜の目も入っていた。再生速度を上げて星の運行を確認してはっきりとしたが、やはり竜の目は極星ではなかった。竜の目は写り込んだ位置から動くことはなかったけれど、周囲の星々は全く別の位置を中点にして弧を描いていた。
竜の目がなんであるのか気になるところではあるけれど現状知りようもなく、手出しも出来ないので無視して当初の目的である正確な時間を導き出して時計もどきを合わせた。そうして完成したものを首から下げられるように収める外装を造り、平らな円盤型の時計をはめ込む。出来上がったそれを私は首から下げて胸元に隠す。
作業に没頭して思った以上に時間が経過したのか窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。けれどもまだオリブルは姿を見せない。メリュジーヌに食事を運んだ際にトラブルにでもあったのだろうかと気になった私は警戒しつつ扉を開けて廊下が静まり返っているのを確認すると部屋を出て足音を忍ばせながら厨房へと向かった。




