014 認識
翌朝早く起きてオリブルと厨房に立ち食材を選ぶ。食材の多くは日持ちする根菜や土物と思われるものがほとんどだった。
「焼くか煮るかしか出来ないからつくれるもの限られちゃうね」
「いつもはスープばかりになってしまっていますものね。外で食べるのでしたらスープを持ち運ぶのは大変でしょうし、今日は街で流行っていると聞いた料理をつくってみましょうか。屋台で売っていて食べ歩きも出来るものだそうです」
「なに使うの?」
「お芋ですね」
「他は?」
「彩として緑が欲しいですよね。葉物があればいいんですけれど。日持ちしませんからあまり送って来て貰えないんですよね」
「これでいいんじゃない?」
と私は人参と似た野菜を手にする。
「いいかも知れませんね」
「ねぇ、オリブル。葉物を送って貰うのが難しいなら庭で野菜を育ててみない?」
「いいですね。今度ふたりに野菜の種か苗を送って貰えるよう頼んでみましょうか」
「うん。それで、この芋はどうするの?」
「まず皮を剥き、すりおろして水気を切って焼くと弾力のある食感になるとのことでした。チーズを入れたりもするのも美味しいそうです」
「オリブルもつくるの初めて?」
「お出しする機会がありませんでしたから」
「もしかして姉様にメニューに関して指示でもされてたの?」
「そう、なるのでしょうか。なるべく水分を多く摂れるものをとのことでしたから」
「そうだったの。それなら私の食事に関してはオリブルが好きなようにメニューを決めてもいいよ。いろいろとつくってみたいのなら、だけど」
「許可いただけるのでしたら是非に」
私の提案にオリブルは喜んでいた。そんな彼女と一緒に私たちは予定の料理をつくって完成したものをランチボックスに詰めた。
「思ったより早く出来たね」
「プラティナさまに手伝っていただきましたから」
「お役に立ててなによりね。それじゃ、行こっか」
「はい」
「あ、ちょっと待って外を長時間歩くならズボンの方がいいと思うんだけどないかな?」
「ズボンですか。すぐにご用意出来ると思います。玄関ホール脇の部屋でお待ちいただけますか?」
「うん、待ってる」
オリブルに指定された部屋に入り、私は違和感を覚える。それを確かめるように私はすぐに部屋を出て隣の扉を開け、確信に変わった。
以前見て回ったときは内装もなにもかも同じだったはずの部屋が微妙にだけど変化していた。カーテンの色や柄、家具の細かな装飾。間違い探しレベルのものが多く、なんの意味があるのかわからなかったけれど、私が自身の目で見ていた情報は正確でないとわかった。
誰かが模様替えした可能性はあるけれど統一していたものを変える意味が私には見出せなかった。
だとするなら私の体内に蓄積されたメリュジーヌの魔力で生成された水による影響が薄まって来たことで本来の視界を取り戻しつつあるのだろう。少し変化が早い気もするけれど彼女によって切断されて再生した足のことも考えると、それほど不思議でもない。他も確かめたいところだけれどオリブルがそろそろ着替えを持って来るかもしれなかったので私は最初の部屋に戻った。
もし私が考える通りメリュジーヌによって認識を歪められているのなら文字を読めないでいるのも、その影響だったりするのだろうか?
識字障害なのか目で見えている文字が脳内補正されて別のものを見せられているのかわからないけれど元の世界で日常的に使用していた文字は今も問題なく読めている。一度別の媒体を通すことで脳内補正されている部分を取り除けないだろうか。同じものでも鏡、写真、動画でそれぞれ違って見えることがあるし、試してみる価値はあるかもしれない。そう思った私は魔術で紙とボールペンをつくりオリブルから教わった記号の羅列描き、部屋に備え付けられたドレッサーの三面鏡を開いて写してみる。しかし、変わらない。それならと紙を傾けたり、透かしてみたりと試してみたけれど変わらなかった。
カメラを使って撮影したかったけれど、いつオリブル戻ってくるかわからないので今は控える。そこへタイミングを見計らっていたかのようにノックの音が響き、オリブルの声が届く。私は紙とボールペンを消去して部屋の扉を開けた。
「お待たせしました。こちらになります」
「ごめんね、手間を取らせて」
「いえ、普段見ないプラティナさまの姿を拝見出来るのですから役得ですよ」
「ありがと。すぐに着替えるね」
新品としか思えないものを受け取り、履こうとして恐竜めいた足のままでは履けないことに気付く。それならと足を人間のものに戻るよう念じる。前回よりも短時間で変化し、数日ぶりに戻った足に不思議な感覚を覚えながらズボンを履いた。
「サイズは申し分ないようですね。よくお似合いです」
「ありがとう」
「少々お待ちくださいね。プラティナさまの部屋から靴を取って来ますので」
「ううん。いいよ」
と彼女の申し出を断って私は足を変化させた魔術を切った。するとまた恐竜めいた足へと戻る。どうにも人間の足に戻しているとメリュジーヌに切断された部分が疼いて気持ち悪く耐え難かった。
それを誤魔化すようにして私はブーツを履き直すと勢い込んで立ち上がってオリブルの手を取り笑顔で告げた。
「さ、出かけよっか」




