013 極星
オリブルが戻ってくるまでの間、窓から夜空を見上げていて時間を割り出す方法を思い至る。日が沈み、日が昇るのだから星が自転しているのは間違いない。それならどこかに北極星に類する星がある可能性が高く、それが見つかれば星空を撮影して一定の時間経過後に再撮影することで極星を中点として他の星が何度移動しているかで時間が割り出せるはず。
この世界ではどう定義付けられているかは知らないけれど円が360度であるのは私にとって動かしようのない事実。ただ今夜はオリブルが一晩中部屋にいることになる。彼女がいる前でカメラを使って撮影するわけにもいかないので困った。映像を撮った方がいいのかもしれないけど午前中の球体カメラの存在値の減り具合から一晩撮影し続けるのは難しい。などと一度は考えたけれど別に一晩中撮影していなくても1時間でも撮影出来れば星が極星を中心にして15度動いた時点で時間が割り出せる。そう結論付けた私はスマホを造ったときと同じ要領で新たにカメラと録画装置を別々に魔術で用意した。前回造ったスマホと違って機能を限定したので手早く仕上げることが出来た。
極星の位置や星の運行は、まだなにもわかってはいないけれど星の描く円弧さえわかれば中点を導き出して角度は測れる。時間も限られているので思い立ったが吉日だと思ってカメラを屋敷の上空に雲で撮影が邪魔されない高度に設置した。カメラは撮影後消滅しても構わない。撮影した映像が残っていれば問題ないので録画装置は存在値が50%を切った時点で一時的に機能を停止するように設定して引き出しに隠した。
あとは明日の結果待ち。オリブルが部屋に来るまでまだ時間がありそうだと感じた私は新たに魔術を行使して厚さは1㎝、直径6㎝の平らな円盤を造る。円盤外周部付近をぐるりと巡る光点を追加し、その内側に円を描く光点を更に追加する。内側の光点は外側の光点が円を一度描ききるまでに24周回するように設定。同様の手順で秒針となる予定の点を更に内側に追加する。それぞれの光点の速度比は固定して、どれかひとつを動かせば他もそれと連動して速度が変わるようにした。
円盤の中央には光点の周回をカウントして数字を表示させる。秒単位で表示させるのは存在値を無駄に消費してしまうので省く。24時間表記になるようにカウントリセットされる数値を与えて今日の作業は終了。
現状は正確ではないけれど、星の運行を録画した映像からここでの1時間の長さを導き出して光点の速度を合わせれば即席の時計は完成する。雑ではあるけれど今の私に思い付く方法なんてこれくらいだった。
時計もどきを造っている間、小学校の理科や算数の授業を思い出してどこか楽しんでいる自分が居た。状況が状況だから楽しんでいる場合ではないけれど、今の状況から逃れられればイメージに近いものが簡単に工作出来る環境はとても魅力的だと思えた。
片付けを終えてオリブルが私の部屋に戻ってきたのは、それからしばらく経ってのことだった。そうして彼女に身体を拭いてもらいながら尋ねる。
「ねぇ、オリブル。旅人が目印にしてる星とかってあったりする?」
「そうですね。竜の目と呼ばれている赤い星あるのですが、それがそれに当たるかもしれません。空が曇ってない限り、毎夜同じ位置に輝いて地上を見下ろしている大きな星ですから」
「それって、この部屋からも見える?」
「どうでしょうか。書斎からなら見えるかもしれませんが」
「ちょっと残念」
「身体を拭き終えたら見に行ってみますか?」
「うーん。うん、そうだね。明日帰りが遅くなったときに目印にするかもしれないから見ておきたいかな」
「そういうことでしたか」
「それで星を見に行くのはいいんだけど、姉様は今……」
「夜食をお運びしたのですが寝ていらっしゃいましたよ」
「そっか」
「連日かなり根を詰めていらっしゃっいましたから疲れておられたのかと。熟睡しておられましたので目を覚まされるとしても深夜になってからかと」
「うん」
「終わりました」
「ちょっと待ってね、すぐに服着るから」
しんと静まり返った屋敷の中をふたり並んで歩み書斎を目指す。階段を上っている最中にぎしりと音が響く。下手に怖がって書斎に行かないのもどうかと部屋を出たのはいいけれどメリュジーヌが目を覚ましたのではないかと気が気ではなかった私はオリブルの背後に隠れるようにして彼女の肩に手を触れていた。
「プラティナさま、着きましたよ」
「あ、うん。そうだね」
部屋に入り、奥の大きな窓をオリブルが開ける。そして彼女は「あちらです」と私にわかるように一際明るい星を指し示す。そちらへと目を向けると怪しく光る赤い星があった。しかし、それは星というには少し妙な気がした。私と同じように魔術で造ったものを静止衛星のようにして浮かべているのではないかとさえ思えた。
ちいさくてはっきりと視認出来ているわけではないけれど夜空に輝く赤い星には不自然な黒い曲線が何本も引かれているように見えた。




