012 時間
午後の授業で得られた情報は有益とはいかなかった。基本的に堀の内側に関するものばかりで外側については情報が制限されているように感じた。かといって下手に突っ込んで質問すれば知らないはずのことを知っていることを不審に思われかねないので控えるしかなかった。
「オリブル、明日は屋敷の外に出て散歩でもしながら話を聞かせて。私って、ほとんど屋外に出ることがないからたまにはさ。ダメかな?」
「これまで外に出る機会はほとんどありませんでしたからね」
「それなら気分転換も兼ねて、外で食事しない?」
「いいですね。お昼は外で食べましょうか」
「うん。朝食を摂ったらすぐに出かけましょ。明るい内にあちこち見て回りたいしさ」
「ご期待に添えるようなものがあればよろしいのですが」
「なにもなかったとしてもオリブルと話してるだけで充分事足りてるよ」
「光栄です」
「あ、そうだ。明日は朝食の準備なにか手伝うよ。昼食の分もまとめてつくることになるだろうし、外で食べるんなら自分でもなにか用意したいからさ」
「プラティナさまが望むのでしたら」
「じゃ、決まりだね。気分転換するなら朝から普段はやらないようなことを徹底的にやって楽しみたいんだよね」
「新たな刺激をお求めなのですね」
「そうなるのかな? 私は自分で出来ることを増やしたいっていうのもあるんだけどね。やったことないから出来ないし、わからないってのは嫌なんだ。私はいろいろと知りたいし、やりたいの」
「そうなってしまいますとプラティナさまが私の手を必要としなくなってしまいそうで少し寂しくはありますね」
「平気だよ。私はオリブルにはなれないからね。オリブルがオリブルであることが私にとって必要なことだからさ」
「ありがとうございます」
「感謝するのは私だよ、オリブル」
手を伸ばして対面に座るオリブルの冷たく硬い手を温めるように両手で包む。
「それとね。恥ずかしいことではあるんだけど、今晩も眠れるまで側に居てもらえないかな。また嫌な夢を見そうな気がしてさ」
「勿論ですよ」
「ありがとう」
「それでは今日の授業は終わりにして片付けてしまいましょうか」
「片付けは私がやっておくからオリブルは夕食の準備お願い」
「わかりました。それでは後ほど」
「うん、あとでね」
書斎に残った私は採光用にしては大きな窓から外の景色を眺める。3階だというのに背の高い木々が多くて遠くを見渡せない。本が日に焼けないように書斎は北側に位置しているとは思うけれど実際に方角はあっているのだろうかと訝しむ。この世界でも日が昇る方角が東で沈む方角も西とは限らない。魔術という不可思議な力のある世界なのだからこれまでの一般的な常識を疑う必要があった。
一日の正確な周期が知りたい。それさえわかれば24時間になるように割り当てて元の世界と体感時間は違っても認識上は問題ない。問題はどうやって正確に計測すればいいかだった。
日の出日の入りの時間を数日間計測するしかないのだろうか。オリブルには時間に関して聞いていないし、私が知らないだけで時計に代わるものがあるのかも知れない。いろいろと知らないことが多過ぎて後回しにしていたけれど今後は重要度の高い情報だから夕食のときにでもそれとなく尋ねることにして、手早く書斎を片付けて自室へと戻った。
夕食を口にしながら早速一日の時間に関してオリブルに質問を投げかけてみる。するとメリュジーヌが長い時を生きているからか一日の時間どころか暦などにも頓着していないらしく、一年を通して気候の変化も乏しいので必要性がないということだった。
「定期的に食糧とかどこかから仕入れてるのなら困るんじゃない?」
「仕入れていると言いますか、食糧は街から7日ごとにユリアンとギイから送られてきます」
「そういえば、そのふたりが街の管理をしているんだったわね」
「えぇ、ですから外のふたりが知っていればいいとメリュジーヌ様が」
「そういうことね」
「メリュジーヌ様は昼も夜もない生活をしておられますので尚更そうなのかも知れません。時間に捕らわれたくないそうでして」
「姉様の姿を見かけることがないのは、夜型の生活をしているからかしら?」
「最近はそうですね。夜の方が研究が捗るということでした」
「そっか。研究熱心なのね」
「それはプラティナさまのためでもありますから」
「……そうね。ごちそうさま」
スープを残して匙を置く。
「申し訳ありません」
「なんのこと? オリブル、意味もなく謝ってはダメよ」
間を置いてからオリブルは「はい」と短く応じてから「食器をお下げしますね」と片付ける。私は彼女が食器を下げる際に念じてわずかに残ったスープに使用されていた私の生成した水を消し去った。
「お腹がいっぱいだったの。どれも具沢山で品数もいつもより多かったから」
「少しつくり過ぎてしまったみたいですね」
「うん。明日はたくさん歩くだろうから今くらいでいいかもしれないけどね」
「それでは明日は張り切ってつくらせていただきますね」
「私がやることも残して置いてね。料理を手伝うのも楽しみにしてるんだからさ」
「はい。私も明日が楽しみです」
そう言い残してオリブルは空になった食器類を軽い足取りで運んで行った。




