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2017年/短編まとめ

普通になれない癖に普通を装って普通になりたいと戯れ言を吐き出す

作者: 文崎 美生

「ウチも随分大所帯になったな」


今日も汚れ一つない白衣の裾を翻す先生の言葉に、そうですねぇ、と頷く。

医務室の窓から見える中庭には、元気に駆け回る部隊の面々がいた。


方や茶金の髪をした阿呆な大将。

方やサングラスを外そうとしない新参兵。

方や運だけは強い死ねない餓鬼。

方や軍犬と結婚しそうな訓練士とその軍犬。

方や人型兵器として造られたアンドロイド。


酷いラインナップに若干苦い笑いが込み上げるが、最初こそ私と先生と大将しかおらず、戦場に出るのは私一人という部隊だった。

そんなまさか、と言われる部隊編成だが、特殊部隊というのはそういうものだ。

上が扱いにくいと判断して無茶な任務を回して、適当なところで死んでくれと頼む為に作られた部隊なのだから。


「賑やかになりましたね。否、賑やかと言うか煩いと言うべきか何なのか」

「喧しい、だろ」

「あー、確かに」


私は医務室の窓枠に寄り掛かりながら、先生は回転椅子に座ったまま窓枠の方までやって来て、二人揃って中庭の様子を見ている。

何処で手に入れたのか、水鉄砲や水風船で遊んでいた。

因みに持って来たのは大将だ。


「ひぃやっはぁぁぁぁ!!」奇声を上げ、水風船を爆弾のように投げている様は、正直に言って大将に見えない。

それに応戦する新参兵は嫌に大きな青い水鉄砲を使っているが、スナイパーライフルではないから使いにくいようだ。

上手く水入れを嵌め込めておらず、ボタボタと水を零している。


餓鬼の方は餓鬼に似つかわしくない難しい顔で、水鉄砲を傾けているがアレは使い方が分かっていないのか。

水風船を大量生産する訓練士だが、その横の軍犬が一つ一つ丁寧に割っていく。

アンドロイドは正直水が大丈夫なのか分からないのだが、何処からともなくホースを引っ張って来ている。


「先生は混ざらないんですか?」

「お前が出てかねェからだろ」

「……今日は見てる気分なんですよ」


ははっ、と笑い声を漏らし、窓枠に上半身を乗り出す。

視線の先では、アンドロイドがホースを外の蛇口に取り付けている。

時折緩く吹く風に揺れる髪も人のそれと変わらず、人に見えるのに人ではないアンドロイドを私は不思議に思う。


数奇な縁で部隊に引き込むことになったアンドロイドだが、今や人型兵器ではなく、医務室のお手伝いだ。

後は定期的に大将の執務室へ向かい、サボりにサボって溜まっている仕事を手伝い、その度にお説教をしているとか。


勿論アンドロイドだけではなく、それぞれに数奇な縁でこの特殊部隊と繋がったのだが。

新参兵は私なんかに憧れた奇特な奴で、餓鬼は私が気に入らなくて初見の任務後に胸倉を掴んだ。

軍犬を貸し出そうとしなかった訓練士とも揉めた。


思い返せば、大半の相手と一悶着あった訳だが、終わってしまえば良い思い出になる。

大して時間が経っている訳でも無いはずだが――それこそこのメンバーが揃ってまだ一年にもならない――何故か酷く懐かしい。


「発射します」


そんな声と共にアンドロイドは蛇口の水栓を捻り、ホースに水を流す。

あ、そんな声は多分全員から漏れ出ていて、次の瞬間にはアンドロイドの手の内にあるホースの出口から、まるで噴水のように水が溢れ出した。


「どわあぁぁ!」大将が水風船を落とす。

「べぶしっ!!」新参兵が水圧に負けて倒れ込む。

「……っ!」餓鬼も固まって水を受け「うわあっ!」訓練士が驚くものの、軍犬の方はワンワンと吠えて水を率先して浴びに行く。


隣で先生が「あーあ」と言いながらも笑い、私は突然のことに目を瞬いた。

中庭にいた面々が頭から足先までずぶ濡れになった所で、アンドロイドが水を止める。


「勝ちました」


ブンと大きく腕を振り上げるアンドロイド。

確かに水風船や水鉄砲を持って来た大将が一番最初に「一番濡れてない奴が勝ちだから」とか何とか、説明も無しに言っていた。

まだまだ思考回路の硬さは残るものの、アンドロイドの表情は柔らかい。


狡いだとか叫ぶ大将に、ホースを使うことを禁止されていないと首を振るアンドロイドは、小さな笑い声を漏らしている。

びしょ濡れの軍犬が全身を震わせて水気を飛ばせば、訓練士もその手で軍犬を撫でて笑う。

釣られるようにして笑った新参兵の声は大きく、逆に堪えるように俯いて肩を震わせる餓鬼もいる。


あまりの惨状に、室内から見ていても笑いが込み上げてきて、ふ、と鼻から息を抜く。

そのまま笑い出せば、隣からは出会ってから何度も聞いて来た音が響き、振り向いた。

真っ黒で大きなカメラを持つ先生は、不敵な笑みを浮かべている。


「割と良い顔だな」

「嫌々、何言ってんの。常に良い顔でしょ」


日々取って付けたような敬語が剥がれ、過去、特殊部隊なんかが出来る前のように喋る私にもう一度カメラを向け直してシャッターを切る先生。

ちょっと、と笑いながら手を伸ばせば、回転椅子を後ろに下げて器用に避ける。

そんな私達の様子を見ていたアンドロイドが、再度水栓に手を掛けた。


「お二人も参加して下さい」


室内に向かって放水しようとするアンドロイドに、流石の先生も声を上げた。

そりゃそうだ、医務室だし、先生の絶対領域だし、頷いていると先生が私の首根っこを掴む。

まさか、そう思うよりも早く、窓の外へと私の体を放り出す先生。


今は軍医で元々細身の癖に、存外力がある。

綺麗に受け身をとって中庭に着地をした私は、今度は眉を寄せながらちょっとと声を上げた。

先生の方を向くことはつまり、アンドロイドに背中を向けることで、迷いのない手付きで放水される。


「なっ!」驚いた声を上げるが遅く、背中から下まで濡れた。

ラフなシャツとパンツだったが、濡れれば気持ちの悪い感覚はある。


ポタポタ、シャツから零れる雫を見て、先生がケラケラ楽しそうの笑いながら何度もシャッターを切った。

後日現像されて差し出されるであろうそれを考え、眉を寄せながら近くにいた新参兵の水鉄砲を奪う。

驚いたような呆気に取られたような「えっ」の声を聞きながら、重心を低くして任務で戦場を駆け抜ける時同様にアンドロイドへ突っ込んだ。


***


まるで普通の――人を殺したり殺されそうになったりする場に生きるような奴じゃない、そんな写真を後日手渡されて、いつか本当にそうなれば良いと思った。

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