初めて持つ武器
町を出て別の街道を歩いていると、カミュが腕にぶら下がるように話し掛けてくる。奴隷というのはこんなにもスキンシップをしてくるのだろうか。
「なぁなぁ、兄ちゃん。武器はどうしたんだよ? 武器!! 買わないで町の外に出たら危ないだろ?」
「おまえ、フォルカンさんの屋敷で見なかったのか? お前等を購入したときに渡した武器」
「え? あ~……う~ん……。正直に言うと、身体のあっちこっちが痛くてあまり覚えてないんだよな。兄ちゃんが私らを買ったというのは覚えてるけど」
「身体が痛い? どういう事だよ?」
「あの野郎に暴力を受けていたんだよ。『教育だ!!』とか言ってさ……あっ……」
暴力を受けたいたと聞いて、栗山は歩みを止める。急に止まった事によりカミュは少し驚いた声を出した。
「アイツって……ボグマって奴か……?」
「うん。多分そいつ。一緒にいた、ムカつく奴がいただろ?」
確かに、身体のあっちこっちに傷や痣などが見受けられた。それはボグマがやっていたと言う事だった。苛立つ気持ちを抑え、カミュの頭を撫でると、カミュは気持ちよさそうな表情を見せる。
「飴玉……舐めるか?」
「アメダマ? なんだそれは?」
「これだよ。甘くて美味しいぞ」
手の平を広げ、カミュに飴玉を見せる。たった今、飴玉を召喚し、カミュに見せたのだ。
「甘いのか! ……なぁ、本当に甘いのか?」
「あぁ、甘いよ。噛まないように舐めるんだぞ。ほら、アイツらにも渡して来いよ」
4つ飴玉を召喚し、カミュに渡す。だが、その前にカミュは先に飴玉を口に放り込み、味の確認を行う。
「おぉ! 本当に甘い!! 兄ちゃん、ありがとう!!」
お礼を言って、カミュは4人に飴玉を渡しに行く。4人は恐る恐る飴玉を受け取り、それを眺める。
「甘くて美味しいぞ! 早く舐めろよ」
「か、カミュ、アンタもう少し言葉遣いって物があるだろ。アイツは一応、私らの主人なんだぞ」
チヒが小さい声で言うが、カミュは首を傾げる。
「だけど、兄ちゃんは悪い奴じゃなさそうだぞ? 頭を撫でてくれるし……」
「そういう問題じゃないでしょ! カミュはいつもそうなんだから……信用しすぎ!」
同族のコレットが窘めるように言うと、カミュは「でも……」と言って元気を無くす。
「だけど、今のところ悪い奴には見えないのは確かね。いつ化けの皮が剥がれるか分からないけど……」
カルミが横目で栗山を見ながら呟き飴玉を口に放り込む。その甘い塊にカルミは頬を綻ばせる。それを見た3人も飴玉を口に放り込んだ。
「少し休憩するか?」
先ほどカミュが言っていた事を思い出し、無理に身体を動かすのは良くないだろうと、栗山は休憩を提案するのだが、5人は大丈夫と言って歩き始める。
「美味しいか?」
口の中で飴玉を転がすカミュに聞くと、少し元気なく「うん。美味しい……」と返事する。
「どうした? 元気ないな。腹でも減ったか?」
少し心配になり話し掛けるが、カミュは首を横に振る。
「な、なぁ、兄ちゃん……」
「どうした?」
「兄ちゃんは悪い奴なのか? 私達に暴力を振るっていた奴と同じなのか?」
悲しい目でカミュが見つめてくる。チラッと4人を見ると、4人は慌てるようにそっぽを向いた。何か余計な事を言ったのだろうと思い、深い溜め息を吐いた。
「カミュ、誰が何を言ったのか分からないが、俺はお前達に暴力を振るう気は無いよ。それに不自由な生活をさせる気も無い。だからもう少しだけ俺を信じてくれないか?」
「し、信じて良いのか?」
「俺としたら信じて欲しい。もう少しだけ信じてくれたら嬉しいかな」
「だ、だったら、なんで武器を持たずに旅に出たんだ?」
「武器はあるよ。まぁ、町からだいぶ離れたし、そろそろ良いだろう」
そう言って袋の中から武器を取り出すフリをして、拳銃(P320 フルサイズ)を取り出してカミュに見せる。
「それが……武器?」
「そうだよ。これが武器だ……これを使うには練習が必要になる。俺もそうだけど、皆は接近戦をするのは嫌だろ?」
カミュを除く4人に向かって言うと、戸惑いながら「えぇ、まぁ……」と、小さく返事をする。
「それでこれを使う。これは17発+1発攻撃ができる。まぁ、お前達の手は小さいからコンパクトになっちゃうだろうけど、それでも15発+1発だ。オーガと戦った時の弾数は5発しかなかったが、今度はその倍の弾数だから相手に……ん?」
ポカ~ンとした表情で皆は栗山を見つめる。彼女達は言われている意味が理解できていないのだ。この世界に銃などない。それを忘れてしまっていたのだ。
「そんなのでオーガを倒せるのか? と言うか、本当に兄ちゃんがオーガを倒したのか?」
疑いの目でカミュが栗山を見つめる。確かに、彼女等は馬車の中にいたのだから倒した所を見たわけではない。ここは実際に見せた方が早いと思い、木の板に目印をつけて何発か狙いをつけて撃ってみる。しかし、当たったようには見えず皆は首を傾げる。
このままでは悔しいし、銃の威力を知らしめる必要がある。それに、他にも武器が載っている図鑑を見たのだ……それを使っても構わない。そう考えながら、ドットサイトを付けて再び数発撃ってみる。何度か経験を積んだ事により使い方が上手くなっているのだろう。今度は命中して5人から「おぉ!」と声が上がる。
当たった木の板は割れており、その威力は弓よりも強いという事を示していた。しかも、音はするのだが、銃口から飛び出た弾丸は早く、いつ的に当たったのかすら分からない。銃口を向けられ、撃たれ、当たったら最後だという事がよく分かる。
「これがこの武器の威力だ。どうだ? 離れた場所から攻撃できるのは凄く良いだろ?」
「うひょー! あれが私にもできるかな」
「確かに……」
「音もあるし、相手も近寄ってこないかも……」
「あれなら怖くないかも……」
「手が痛そう……」
1人を除いて好印象であり、自分にもできそうだと話していた。誰でも使えるからこそ、この武器は最強に近いのだ。
「注意する事は仲間に向けない事。これは一瞬で人を殺す事ができるからな。本当に注意しろよ、カミュ」
「何で私?」と首を傾げながら言うカミュ。しかし、皆は納得した顔をして頷き、各自に配っていく。受け取って直ぐにカミュはエミルに銃口を向けてカルミに頭を叩かれ笑いが起きた。始めて皆が笑った事に栗山はホッとする。
「じゃあ、木の板を用意するから、そこに当てるように撃ってくれ」
50メートルほど離れた場所に木の板を6枚設置し、栗山が戻ってから皆は撃ち始める。始めて銃を撃ち、その衝撃と反動に驚き手放したりする。
「す、凄い衝撃だ……」
チヒが驚きながら呟く。
「先ずは慣れる事から始めよう。それから動物でも狩って、魔物を狩ってみよう」
5人は返事をして、暫くの間練習を重ねる。しかし、全く当たる気配がなく、もう少しだけ距離を詰める事にした。
再び撃ち始めるが、それでも当たる気配がない。徐々に皆は距離を詰めるように近寄っていく。先ずは当たる事が大事だろうと思い、栗山も近寄りながら撃つ。大体10メートルであれば的に当たるようで、5人は楽しそうに撃ち込んでいく。徐々に時間がたっていき、日が暮れ始める。何発撃ち込んだのか分からないが、20メートルほど離れた距離からでも当てられるようになり、皆は満足そうにしていた。
それからやっと移動を開始し、1時間ほど歩いたら日が暮れてしまい周りは真っ暗になり、光が無い状態になる。4人は離れないように身を寄せ合い、周りを警戒して歩くのだが、カミュに至っては栗山の側にいる事が安全だと思っているらしく、後ろにピッタリとくっつきながら歩いていた。
「兄ちゃん、腹が減ったよ」
カミュが裾を引っ張り小さい声で言う。何故か月が出ていないため空は真っ暗で前があまり見えない。これ以上先に進むのは危険だと判断し、今日は野宿をすることにした。
「ではご主人様、枝を拾ってきますね」
コレットが銃を手にして枝を拾いに行こうとするが、栗山は引き留める。
「コレット、大丈夫だよ。薪なら持ってる。それに先ずは明かりと、寝る場所を作る事から始めよう」
栗山は工事現場など使用されているバルーン投光器を召喚して明かりを付ける。その明るさに5人は驚いた声を上げ、光に群がり始めた。まるで虫のように……。
何個かバルーン投光器を設置し、周りが昼間のように明るくなる。そして、キャンプ等で使用されているライトチェアを召喚して椅子を準備し、カセットコンロと鍋、水を召喚してお湯を沸かす。
5人はただ見ているだけで手伝う事をしない。と言うか、手伝う事ができない。カチッとカセットコンロのスイッチを入れて、鍋を上に置く。鍋に水を入れ沸騰するの待ち、沸騰したらレトルトのご飯とカレーを入れる。
どこから出しているのだと5人は思うのだが、袋から取りだしているように召喚をしているため、5人は騙される。
この世界の冒険者は、大抵魔法の袋を持っているらしいので疑う事はしないようだ。
皿を取り出し温まったご飯を入れて、カレーを上から掛けて各自に渡す。香ばしい匂いが食欲をそそるらしく、カミュとコレットが目を輝かせながら匂いを吸い込んでいる。
他の3人も目を輝かせるように見ているのだが、2人に比べると上品に感じる。
栗山はスレンレスのスプーンを召喚すると、5人は声を上げて驚く。
「これがそんなに驚くような物か?」
「な、何を言っているんですか! だってこれは銀じゃないですか!!」
エミルが声を上げながら栗山に言う。成る程と、栗山は思いつつ5人に渡す。5人は本当にスプーンを使って良いのかとヒソヒソ話しており、そろそろ本当の事を伝えた方が良さそうだと思い、説明を始める。
「それはな、ステンレスという物だ。銀じゃない」
バッと全員が一斉に栗山の方を見る。
「嘘だ!」
「馬鹿にしないで!」
「見損なった!」
「これは銀!」
「バーカ」
最後の1人は何と言ったのかと疑問に思うが、それは後回しにしなければならない。
「いや、それはステンレスという物だよ。銀じゃない物質で作られているんだ。まぁ、似ているから勘違いするのも仕方が無い。違いは錆びにくいというところだね。俺が住んでいた場所では当たり前に使われていた物なんだ」
ヒソヒソ話をしながら疑っているような目で5人は見ている。
「欲しければくれてやるが、売ったところで大して額にはならんからな」
そう言ってカレーを食べ始めると、カミュが質問するように話し掛けてくる。
「なぁ、兄ちゃん……。兄ちゃんが食べ終わるまで待たなきゃ駄目か?」
その言葉に栗山は手を止め、顔を上げる。すると、何度も唾を飲み込みながら待てと言われ、餌を食べさせてくれない犬のような目で5人が見つめている。
「何をやってんの? なんで食べないの?」
疑問に思いながら聞き返すと、カルミが返答する。
「私達は奴隷です。主人が食べている間、私達が食べる訳にはいきません。ましてや、同じテーブルで食べる事などあってはならない事ですし、この様な特別な食べ物を……わ、私達が……」
最後は泣きそうな声を出しながら、振り絞るかのように「食べる事が許されない」と言って俯く。相当屈辱的な気分なのだろう。カルミは5人の中で一番言葉遣いが良い。それなりの育ちをしていたのだろう。
「馬鹿を言うな。早く食べろよ……こういうのは、皆で食べるから美味しんだろ。遠慮なんかするんじゃねーよ」
「ほ、本当に良いのか?」
「早く食えよ。冷めちまうぞ」
「ありがとう。兄ちゃん」と、嬉しそうな顔してカミュは口を付ける。それを見た4人も一斉に食べ始めたのを確認してから、水を召喚して5人に配る。
旨い旨いと言いながら5人は食べる。始めて食べるカレー。そして、売られてから今まで、普通に接してくれる栗山に感謝しながら5人は食事をするのだった。
食器などの片付けも栗山が行う。と言うか召喚を解除するだけなのだが……。
お腹が満腹になって気分が良い。そして、今までの生活は貧乏で、食事すら満足に取る事ができなかったのに、今はお腹いっぱい食事をして、しかも、きつい労働をする事もない。
本当に自分達は奴隷になったのかさえ疑問に感じてしまう。
「ねぇ、カルミ……」
獣人のコレットが話し掛けてきた。
「ん~?」
「私達、奴隷になったんだよね……」
「……あれが夢でなければね……」
屋敷に連れて行かれ、ボグマという男に殴られたり蹴られたりし、痛くない場所がないくらい酷い思いをさせられた。その後、屋敷に連れて行かれ商人に品定めされ、奴隷の契約書に血判を押させられる。
本来であれば、教育という名の暴力が完了してから契約書に血判をさせられるはずなのに……。
血判後、再び教育という名の暴力が行われるのかと思ったが、自分達は直ぐに売られてしまう。だが、これで暴力を受ける事がなくなった事にホッとした。
その後、連れて行かれたのはフカフカな布団が敷かれた部屋だった。自分達を購入した男と一緒に寝るというのは恐怖でしかなかったが、どこかで見た事のある男で、少しは信頼できる気がした。
今まで眠った事のない高級布団。
フカフカで皆が幸せそうな顔をしている。長旅の疲れや、魔物に襲われたときの恐怖でかなり疲労が溜まっていたし、ボグマとか言う奴の暴力により体中が痛かった事もあって、私達は直ぐに眠ってしまう。
翌日の朝は変な音がして目が覚め、あの男が何かをして音を止めた。昨晩は浮かれていたが、この男は自分達を購入したのだ。と言う事は、何をされるか分からないし、逆らうことすら許されない。
しかし、この男は自分の名前を名乗るが、私達が名前を答えなくとも怒る事はせず、事もあろうか、見たことのない服だが、素材は今まで触った物の中で最高級品……それをいとも簡単に渡す。
更には、昼の食事も与えてくれる。昨晩は何も食べていないし、朝食すら取っていない。
かなりお腹が空いていたが、奴隷というのは食事は残飯のみだと……ボグマという男が言っていた。だから、私達は出される食事に関して文句が言える立場ではないことも知っていた。なのに、ホカホカでサクサクな食べ物や、飲み物……本当に幸せだった。
そして、私達は冒険者にさせられ、夜にはごちそうまで与えられる。この男はいったい何を考えているのだろう。本当に信用して良いのだろうか……。
カミュはアイツに懐いているようだ。アイツの何処が良いのか分からない。もう暫く様子を見た方が良いだろう……。