選択と取り引き
「ささ、冒険者様、お座り下さい」
商人が椅子に座るように言うので、その言葉に従い椅子に腰掛ける。
メイドのような女性がやって来て飲み物を前に置き、一礼をして後ろに下がり商人は飲み物に口を付けた。
「冒険者様、今回は命を救って頂き誠に感謝したします。それで……」
直ぐに本題に入るようで栗山は苦笑いをする。
「先ほど仰有っていた……あの武器なのですが……」
笑みを絶やさずに商人は話を続ける。
「私に譲って頂くことは出来ませんでしょうか……」
また言っているよ……。栗山は笑う事しかできず、どうしようか悩む。
「あれは先ほども言いましたが、炸裂魔法のような物が施された物が飛ぶ仕掛けとなっております……そして、この世界では……その塊を作れる人がいないと思うんですが……」
どう見たって科学力が発達した世界ではない。剣と魔法の世界で、唯一の飛び道具は弓での攻撃か、投擲くらいではないだろうか。昔見た映画では、城壁に登ってきた相手に熱湯か熱した油を投下して火傷以上のダメージを与える攻撃があったように記憶がある。この世界でも同じような事をするのかも知れない。
「それに、その魔法が込められた塊ですが、既に使い切ってしまいました。なのでこれは武器として成していません」
栗山の説明を聞いて、残念そうな表情を浮かべる商人だったが、商売人とは恐ろしいもので、武器として成していないと言われたのに銃を欲しがる。
「で、ですが……」
「我が家の家宝にしたいのです! 是非、譲って頂けないでしょうか。お望みとあらば、何でも言って下さい! 私はそれを手に入れることができるのなら、冒険者様が望まれる物をなんでもご用意いたします!!」
弾が入っていない武器を渡したところで何ができるというのだろう。
「ち、因みに……火薬というのはご存知ですか?」
火薬があったのなら、話は別。これを譲る訳にはいかない。商人はキョトンした顔をして栗山を見つめており、栗山は唾を飲み込む。
「なんですか? それは……何かの薬でしょうか?」
商人は耳にしたことがないらしく、後ろにいる執事を呼び確認を行うが、執事は「存じ上げません」と答える。
「冒険者様が欲しがっている物は今言った……カヤク? と言うものですか?」
「い、いえ……。そういう訳ではありませんが……」
再び困ったように苦笑い。だが、商人はそれ以上譲って欲しいとは言わなかった。それから食事を一緒にと言われ、栗山はそれくらいだったらと思い、食事をごちそうになるのだった。
食事をしながら雑談をしていると、商人は自分の名前を名乗っていなかった事を思い出し、自己紹介を始めた。
「申し遅れるのが遅くなったことを許して欲しい。我が名は『フォルカン・ボイッツ』と申します。仕事は奴隷を扱っている」
「あ、こちらこそすいません。俺は栗山千秋と言います……」
自分の名を名乗り、頭を下げる。やはり商人いや、フォルカンは奴隷商であり、彼女たちはこの後売られてしまうのだろう。
「今日運んでいた……」
「あぁ、彼女等ですか……。質としてはいまいちな物ばかりですな。あれを売るのは骨が折れます」
困った顔して話をするフォルカン。栗山は顔を引き攣らせながら苦笑いをする。それから暫くフォルカンは1人で話をする。栗山は相槌を打つかのように返事をして話を聞いていた。
それから暫くしてフォルカンは執事を呼び、何か耳打ちをすると執事は返事をして席を外す。
「チアキ様、今日はここで休んでいかれると良いでしょう。今、部屋の準備をさせております」
「あ、いや……それは悪いですよ」
「何を仰有いますか。泊まったところで譲ってくれとは言いませんよ」
笑いながらフォルカンは言って、メイドが栗山を部屋へ案内を使用と声をかける。
「あ、ちょ、ちょっと待ってもらえますか……」
「うん? どうしたのですか? チアキ様」
「あ、あのぉ……こ、こんな事を聞くのはどうかと思うんですが、彼女等は……い、幾らするんですか?」
栗山の質問に対して商人は少し驚いた顔をしたが、直ぐに表情を元に戻す。
「気になりますか?」
「あ、いや……その……」
困った表情をして頬を掻きながら何故自分はそんな事を聞いたのだろうと、聞いてしまったのかと自問自答を繰り返す。
フォルカンはメイドに下がるよう指示して、執事に今日連れて帰った奴隷達を呼ぶように言い、栗山は戸惑う事しかできなかった。
「チアキ様、席にお座り下さい。彼女等は今日連れて帰ったばかりです。値はまだ決めていません……。まずは見させて頂き値を決めさせて頂きます。ですが、先程も言いましたように質があまり良くありません」
質が悪いと言うが、見た限り可愛い子ばかりだったはず。
「その……質というのは?」
「質は見た目ではありません。見た目が悪い者は奴隷としての価値はかなり下がるのは確かです。ですが、それは見た目です。質というのは内面……育ちと素行等になります」
「育ちと素行……ですか」
「そうです。まぁ、奴隷として売られる者は、大抵家が貧乏で生活困難者ばかり。決して育ちが良いとは言えませんが、素行は悪くない者が多いのです。ですが、今回買い取った者たちはあまり良いものではないのです。言葉が使いが悪く……」
フォルカンが話している最中に扉が開き、執事とボグマが奴隷の子たちを連れて来る。彼女達の首には首輪がされ鎖で繋がれ、手には革で作られた拘束具がされている。先程まで何かされていたのか顔や腕などに痣があり、足はガクガクとさせており、力があまり入っていないように見受けられる。
服装は連れてこられたときとは異なっており、薄い生地の布のような物を被せられているかのような物を着させられており、よく見ると身体が透けて見えてしまう。
彼女達は反発するかのような目をしているが、今にも泣きそうなようにも見える。
しかし、獣耳の少女は栗山の顔を見て少しだけ驚いた表情をしていた。
「ふむ、反抗的な目をしていますなぁ。この目をさせないように調教し、主人に逆らわないようにしないといけません。これが質というものです」
フォルカンは立ち上がり、彼女らの側に寄り品定めを始める。
「チアキ様、これらの値ですが……1人頭金貨6枚……と言った所でしょうかね。今のところ質が悪いのでそこまでしか値を付けることができません」
1人頭金貨6枚と言うことは、5人いるので金貨30枚。現在の所持金は銅貨60枚だけである。オーガを3体売ったところでも銀貨に届いたら嬉しいところではないだろうか。
栗山は表情を曇らせ、考えを巡らせる。
その表情を見ていたボグマは鼻で笑うように栗山を見る。しかし、フォルカンは黙って立っており、栗山の言葉を待つ。
「フォ、フォルカンさん……もし、もしですよ……」
「はい、なんでしょう」
「先ほど言った銃を譲ると言ったら……彼女たちを俺に譲って頂く事はできませんか」
栗山の言葉にフォルカンは考える。珍しい武器……それに自分を救ってくれた恩人の言う言葉。それらを全て踏まえ、答えを算出する。命があるのは次に繋がる大切なことで、買うことはできないだが、現状では助かってしまっているので価値としては薄い。
「チアキ様、申し訳ありません。チアキ様のそれにはそこまでの価値というのが……」
「なら弾を付ける! 5発付ける! これはこの世界で売っていないものだ!!」
栗山は銃を渡し、最大弾数が5発しかないと言うことを見せる。
「その武器も弾も世界では売っていない。それを持っているのは俺1人だけだ……それで手を打ってくれないか」
どうやって銃を出したのかという疑問もあるが、それ以前に銃という武器を手にした喜びが強く、フォルカンは興奮を隠せずにいた。
「それの威力はフォルカンさんもご存知だと思う。他の冒険者も手に負えなかったオーガを倒した武器だ。そして、その弾を作れるのは俺だけだ……その価値は計り知れない。金貨100枚でも安いはずだ」
作り方を知ればそうでもないかも知れないが、作り上げるまでの時間と費用を考えると、あながち嘘ではない。一番大変なのは火薬を作る事なのだから。そして、フォルカンは火薬の存在を知らない。いや、フォルカンだけではなく、この世界で生きている生物で、火薬という存在を知っているのは栗山だけのはずである。
栗山の勢いにフォルカンは押され気味になり、銃を見て唾を飲み込む。世界でたった一つしかない武器。確かに、弓以外で飛び道具という物を見たことがない。そして、オーガを倒した武器の威力は本物である。
「わ、分かりました……。分かりました、これで手を打ちましょう……」
フォルカンの言葉に栗山は天井を見つめる。全て上手くいった……心の中でそう呟き、ホッとして椅子に腰掛ける。彼女たちを救う事ができたのかというと、そういう訳では無いが、恐怖や悲しみに満ちた目をさせる事はない。彼女等はこれで自由になれるはずだ……栗山はそう思う。
だが、執事が5枚の書類をフォルカンに渡し、彼女等の指に針を刺し血判させる。
栗山が見えない場所で書類に血判をさせているため、何をしているのか栗山には分からない。フォルカンは栗山の側にやって来て、血判をさせた書類をテーブルに並べる。
「チアキ様、これは契約書でございます。これに血判をして頂く事により彼女等はチアキ様の物となります」
判子がないから正式な契約書にならないのだと栗山は解釈し、親指に針を刺して1枚1枚に血判していく。
すると、契約書は一瞬で燃えて無くなりフォルカンは微笑みながら説明を始めた。
「これで彼女等は魔法契約されチアキ様の物となりました」
「……え?」
「彼女等は魔導書による魔法契約により、チアキ様の所有物となったのです。この契約はチアキ様が死ぬまで有効とされ、逃げるという事は死を意味します。また、主人を殺した場合も同じです」
「し、死?」
「はい、魔法契約によって死ぬという事です」
そこまで言われてやっと全てを理解する。この世界の奴隷が、何故反抗する事ができないのか……それは、魔法契約により完全束縛されるという事だった。だから反抗する事ができず、言う事を聞くしかない……。自分がやった事は救いではなく束縛を強くしただけ。
栗山は恐る恐る彼女たちを見ると、何故だか彼女たちはホッとしたような表情を見せており、その表情の意味が分からなかった。
「チアキ様、申し訳ありませんが……服に関してはお許し頂けますでしょうか。ここには女性用の服が置かれておりません。ですが、彼女等はチアキ様の所有物と言う事で、大事に扱わせて頂きます。おい、彼女等が休める部屋を1部屋用意しろ。そこに人数分の布団を用意するのだ。ボグマ! 聞いているのか!!」
ボサッとしていたボグマに怒鳴るフォルカン。服が用意できないという事で、できる限り手厚く扱ってくれる。それだけ拳銃の価値が高いという事である。
「フォルカンさん、できたら同じ部屋にして貰えませんか? 彼女等と話ができたら……と思います」
「宜しいのですか? ……フム、分かりました……。何をしているか! 今の話を聞いていただろう!! 早く準備をするのだ!」
フォルカンは栗山の言う事を聞き、ボグマ等に指示を出す。だが、ボグマよりもメイド達の方が素早く行動し、栗山達を部屋に案内する。行動力の差はフォルカンの評価に繋がるらしく、ボグマは悔しそうな顔をして栗山を睨むように見つめていたのだった。
案内された部屋に入ると、床には5人分の布団が敷かれており、5人は目を輝かせて立っていた。
だが、彼女等は栗山の奴隷。本人等もその事を理解しているようで、布団を見つめてはいるが、入ろうとはしないで立っている。まるで犬がお預けされているかのように栗山の目には映っていた。
「自分等が眠りたい場所の布団に入りなよ。別に怒ったりしないしさ……」
チラリと栗山を見る5人。栗山は気にした様子もなく自分が寝るベッドへ向かい腰を掛ける。
考えてみると布団に入って眠るのはこちらに来て初めての事だ。布団に入って眠るのが当たり前だったあちらの世界とは全く違うのである。
腰掛けて深い溜め息を吐き、周りを見渡す。明かりは蝋燭の火で照らすらしく、電気というものがない。
つくづくここが異世界だということを痛感させられる。
そして、目の前で布団に入って嬉しそうな表情を浮かべる5人。奴隷だというのに何故そこまで幸せそうな表情が出来るのだろう。
彼女等に聞きたいと思っていたが、聞いたところでどうも出来ないのと、どうやって聞けば良いのか分からない。
だが、今は幸せそうな顔をしているのならと、自分に言い聞かせて彼女達がワイワイしているのを見ているのだった。