拾った命と悲しい瞳
彼女の悲しい目を見て駆け出した栗山。
右手には拳銃を手にして鬼のような魔物に突進していく。
「お、お前は!!」
「ば、馬鹿!! なんで逃げない!!」
倒れている冒険者は5人で、まだなんとか剣を構えることが出来ている人が2人。状況的には厳しい。
栗山は雄叫びを上げるように声を上げて突進し、絶対に外さない距離まで近付く。そして、拳銃を両手に添えて鬼のような魔物目掛けてトリガーを何度も引いた。
乾いた音が5発ほど弾は発射され、鬼のような魔物の身体に突き刺さるかのように撃ち込まれ、鬼のような魔物は膝から崩れ落ちる。
カチ、カチ、カチ……と、弾切れしているのに何度もトリガーを引き続ける栗山。仲間が倒れたことに気が付いた鬼のような魔物は栗山に向かって襲いかかってくる。
「あ、危ない!!」
女冒険者が栗山に飛びつき、間一髪攻撃を躱すのだが、2人は滑り込むように倒れる。
倒れたことにより我に返り、慌てて弾をリロードしようとするが、やり方が分からず慌ててしまう。鬼のような魔物が徐々に近寄ってくるのが見え、早くやらねばと焦りを募らせる。
しかし、どうやってリロードすれば良いのか分からず、拳銃を地面に叩き付け、隣に倒れている冒険者を抱えてその場から離れる。だが、魔物は仲間の敵を取るつもりなのか、栗山を追いかけるように付いてきて、栗山は足を縺れさせて転んでしまった。
徐々に距離を詰める魔物……。
どうしたら良いのかと周りを見渡しながら考えるが、剣での攻撃は効かないことが分かっているため、他にダメージを与える方法を考えなければいけない。
再び拳銃を召喚すれば良いのだが、そこまで頭が働かず、混乱は増していく。
「どうしたら……」
『君は馬鹿なのか?』
「こ、この声は……!」
周りを見渡すのだがその姿は見当たらない。しかし、その声を聞いて頭の中がクリアとなり、再び右手には拳銃が握られていた。
あと1メートル程の距離まで詰められ、魔物は腕を振り上げる。しかし、栗山も同じように腕を振り上げ、顔面に向かってトリガーを3回引く。
鬼のような魔物は動きを止め、栗山に向かって倒れ込むが、その脇をすり抜けるかの様に立ち上がって駆け出す。
残りの魔物には冒険者が相手をしており、栗山に背を向けている状態であった。
真後ろまで駆け寄り、魔物の後頭部目掛けてトリガーを引くと、魔物はそのまま前に倒れる。
だが、まだ息があるようで、とどめの一撃を後頭部に再び撃ち込み絶命させた。
魔物の正体は『オーガ』と言う名らしく、この辺では滅多に出ることがないらしい。
オーガの特徴は、硬い皮膚に馬鹿みたいに強い力を持っているとの事。冒険者レベルが低いと、倒すことは難しいと言われていて、栗山等と一緒にいたい冒険者達の実力は低く、剣の腕もあまり良いとはいえない実力者ばかりだった。簡単に言えば、素人に毛が生えた冒険者の集まりだったのだ。
だが、運悪くその冒険者達はオーガと遭遇し、戦闘する事となった。
死人は出なかったが、殆どの冒険者は重症に近い怪我を負っており、栗山が参戦し、倒さなければ全滅したかも知れないと無事だった冒険者が言う。
しかし、このままでは移動する事は難しく、直ぐに町へ移動する必要がある。
だが、馬車で移動させようとしても、このままでは数日は掛かってしまう。
放っておくことは簡単だが、それが出来たら異世界なんて場所に来ていない。
袋の中から軽トラックを取り出した様に召喚し、鎖で離れないように固定し、怪我人を荷台へ載せる。
「じゃあ、動かしますよ」
栗山が声をかけると、商人は「頼む」と一言言って、栗山はゆっくりとアクセル踏み込み、車を動かし始める。
鉄の塊が動いたことにより、商人は喜々として喜び後ろで騒いでいたのだが、栗山は窓を閉めてなるべく聞こえないフリをして、アクセルを強く踏み込みように速度を上げたのだった。
馬はその場で放ち自由を与える。突如自由を与えられた馬はその場から動くことはなく草を食べており、何が起きたのか分かっていなさそうだった。
時速は約60キロで走っているため、周りの風景は直ぐに変わっていく。
サイドミラーに映っていた馬はあと言う間に見えなくなる。
道は多少でこぼこしているが、そこまで悪いという訳ではない。車という物が無いから悪路という訳ではないのかも知れない。
1時間もすると森を抜け林になり、それから草原へと変わる。普通であれば1日掛かる距離を1時間程で通り過ぎたため、商人が興奮したようにはしゃいでいるのが分かった。
それから再び林に入り森になる。それから1時間が過ぎたくらいで再び草原に出ると、やっと町が見え始めてきた。
冒険者達は安堵の声を上げ、商人は喜びの声を上げる。
だが、冒険者と商人の声の意味は異なっている。
車のスピードを落として町の入り口を通ろうとすると、警備兵が慌てて道を塞いできた。
「な、なんだその奇怪な鉄車は!!」
「これは新しい乗り物ですよ。後ろに乗っている冒険者がかなり酷い怪我を負っています。早く治療する場所を案内して下さい!」
窓を開けて栗山が言うと、仲間の警備兵が荷台に乗っている冒険者を見て慌ててどこかへ向かう。
「わ、分かった、そこで待っていろ。直ぐに治癒術士を連れてくる」
そう言って後ろへ向かい、怪我の状態が酷くない冒険者と共に荷台から重傷を負っている冒険者を降ろし始める。栗山はエンジンを切り、車から降りると商人が栗山に飛びつくようにやって来た。
「す、素晴らしい!! アンタは素晴らしいよ!!」
「は、はぁ?」
「この様な乗り物を持っているのも凄いが、あのオーガを倒した武器! それに、傷付いた冒険者達を見捨てることもなく町へ連れてきたんだ!」
別に人道的に考えれば当たり前の話である。戸惑う栗山の手を握り、ブンブンを上下に振って喜びを表している商人。
栗山は顔を引き攣らせながら笑うしかなかったのだった。
それから直ぐに治癒術士がやって来て、傷付いた冒険者達に回復魔法をかけ始める。少し離れた場所から見ていたが、顔色が悪かった冒険者達がみるみる良くなっていく。
怪我の度合いが比較的にましな冒険者が警備兵に状況を伝え、警備兵は栗山に先程の件を詫びた。
暫くその様子を眺めていると女性冒険者が隣にやって来て、一緒に状況を眺める。
「魔法って凄いな……」
素直な感想が口から出る。
「そうね。凄いわよね……。ルルブルクの町では魔導書が売っていないから、治癒魔法が使える冒険者の数が少ないの……」
栗山の隣に立っていた女性冒険者が呟くように言う。
「そうなんだ……」
「でも、貴方のおかげで助かったわ。本当にありがとう」
栗山の方を見て嬉しそうにお礼を言う。
「別に……当たり前のことをしたまでだし、あそこでやらなければ俺もやられた訳だから……」
「でも、本当に助かったのは確かだよ。ありがとう。私の名前はレミー・ビーン。レミーと呼んでね」
「あ、あぁ……。俺は栗山千秋……」
差し出された手を握り、お互いが自己紹介をする。レミーはニコリと笑い、他の冒険者の様子を確認しに行く。
その後、傷付いた冒険者達は一命を取り留め、どこかへ運ばれていく。警護室というのがあり、一時的に休ませる場所があるとのことだ。倒したオーガだが、栗山の知らないところで話が行われていたらしく、全て栗山の手柄と言うことで話が付いていた。
レミーはその事を栗山に説明すると、「また一緒に依頼が出来たら良いね!」と言って手を振ってどこかへ行ってしまう。こうやって出会いと別れを繰り返していくのだなと栗山は物思いにふけようとしたが、商人が邪魔をする。
「冒険者様! オーガを倒した武器はなんという物なのでしょうか!」
「え? あ、あれは……銃と言う物ですね」
「じ、ジウ?」
「銃です。えっと……なんて説明をすれば良いのかな……。あ、炸裂魔法のこもった鉄の塊を、発射させる武器……と言った方が分かりやすいですかね……アハハ……」
「なんと!! そんな物がこの世に合ったなんて……」
「そ、それじゃぁ……」
栗山は逃げ出そうとするが、オーガ以上の速さを持つ商人。直ぐに栗山の前に立ち塞がり逃がそうとはしてくれない。
「それを譲って頂けないでしょうか!!」
またもや譲ってくれと言われ、戸惑う栗山。周りに助けを求めようとしたが、既に冒険者達は運ばれており誰も助けてはくれない。それどころか、早く馬車を退かせと警備兵に言われるしまつ。
「と、取り敢えず……馬車を動かしませんか?」
警備兵に促された事もあるが、この話を断ち切りたい。そういった思いで栗山が商人に言うと、商人は「馬が居らん、運んではくれまいか」と、遠回しに逃さないと言っているように聞こえる。
だが、商人が言うように馬は置いてきてしまったので、馬車を動かす事ができないのは確かであり、渋々馬車を商人が指示する場所へと運ぶ。
商人が住んでいると思われる屋敷に到着し、車から降りて屋敷を見上げる。かなり大きな建物で、「うわぁ……」と声を上げた。
荷台に乗っていた商人が屋敷に向かって歩いていき、ドアを叩く。
「帰ったぞ」
商人が言うと、メイドらしき人達が商人を出迎え、下男らしき男が馬車の積み荷を確認する。商人はメイドのような人達に何か説明をしていたのだが、積み荷の確認していた男が栗山に向かって怒鳴るように指示を出し始める。
「おい! こいつ等をあっちの建物に運ばんか!」
いきなり怒鳴られ、キョトンとしてしまう栗山だが、男は早くしろと囃し立てる。仕方無く車を動かし指定された建物の前に車を停めると、男は積み荷だった女性達を降ろし、建物の中に連れて行く。
ポカ~ンと見ていた栗山だったが、獣耳の女性……と言うか、少女なのだろうか。
栗山よりも年齢が若いようにみえる子が連れて行かれるのだが、その子は誰かを探すようにキョロキョロして、周りを見渡すし、栗山と目があう。
その瞳はどこかで見たことがある気がして目を離すことが出来ず彼女を見つめていると、男が「止まるんじゃない! キビキビ動け!!」と言って、少女を蹴っ飛ばす。
痛みで顔を歪め少女。その瞳は今にも涙がこぼれ落ちそうに見え、心締め付けられる気分に襲われる。他に連れて行かれる女性も少女と同じくらいの年齢で、人間らしい少女も含まれていた。
少女達は建物の中に連れて行かれ、男は栗山の側にやって来る。
「ご苦労。じゃあ、お前さんのしごとはこれで終了だ。親方様に報酬を貰ったらとっとと帰るんだな」
嫌らしい笑みを浮かべながら男は言う。さっさとどこかへ行きたいのはやまやまだが、先ほどの彼女たちがどうなってしまうのかが気になってしまう。
「い、今の子達は……」
「お前には関係ないだろ……。まぁ、お前さんが客となれば話は別だが……。アイツらは奴隷だよ。これから身体を調べたら、値段を付けて売り出されるんだ。お前さんも一つどうだ?」
憎たらしい笑いをしながら男は言うが、栗山にはそれが現実とは思えず立ち尽くしてしまう。自分が守った少女達は、この後どうなってしまうのか……。そんな事をするために彼女たちを守ったのではない……頭の中で何度もその言葉が浮かんでは消える。
「何をボーッとしているんだ! さっさと報酬を貰ってどこかへ行け!」
そう言って男は栗山の足を蹴っ飛ばす。自分が使えている商人がそれ程の権力か何かを持っており、男の態度を増長させているのだろう。男は強気に言葉を放ち、憎たらしい顔をする。
だが、男の態度は急変する。
「ボグマ……貴様、何をやっている」
「お、親方様……こ、これは……。あ、こ、この男に荷物を運ばせていたのでございます……」
先ほどの態度とはまるで事なりゴマを擦るような態度になる。
「おぉ! これは冒険者様!! この様な場所におられましたか!!」
「へ?」と言った表情をする男。商人は栗山に気が付き、嬉しそうな表情をする。
「ささ、冒険者様……この様な場所ではなく屋敷にいらして下さい! ボグマ! ボサッとするな! 冒険者様をお連れするんだ」
「は、はい!!」
先ほどやった行為に対して商人は気が付いていない。ボグマはバレたら困るらしく、態度を一変させて栗山を屋敷へと案内するのだった。