恐怖に満ちた瞳
森の入り口付近で野宿をする事にして暗闇の中、懐中電灯で周りを照らしながら投光器を設置していく。
明かりがあれば人が多くいると勘違いし、外敵が来ないと思ったからである。
そして、召喚能力の便利さを実感したのもこの野宿である。
夕食は召喚したカップ麺。カセットコンロを出し、水を沸かしてお湯を濯ぐだけで十分な代物。
この世界に来て初めて食したのがカップ麺とは……と、少し泣きたくなる気分を我慢しながらカップ麺を食べ、襲われた際、直ぐに対応できるように銃を召喚し、翌朝起きられるように目覚まし時計を召喚してから翌日に備え眠りにつく。
翌朝、アラームの音で目を覚ます。朝食もカップ麺で済ませ、投光器などの召喚を解除してから行動を始める。
このまま町に戻る気は無く、次の町へ向かうことにする。
何故なら、宿屋に泊まれないのなら、町に留まる意味がないからである。そして、あの子から貰った恩恵があれば生活に困ることがないと言うことも分かった。
いざという時のためにガンベルトともう一丁の銃を召喚し、戦いに備えて移動を開始する。
街道を進んで行くと、冒険者や商人達とすれ違い、その際、町までの距離を確認する。
ここから3日ほど歩くと町があるらしく、そこの町はルルブルクの町よりも大きいとのことだった。
だったらその町で生活の基盤を作れば良いのだと思い、再び歩き始めるのだが、歩きで数日というのはかなり険しい道のり。
周りを見渡し、誰もいないことを確認してから原動機付自転車を召喚し、次の町まで原付きで移動をする事にしたのだった。
何故、車にしなかったか……徒歩であれば1時間で4キロほどしか歩けないが、原付きであれば1時間で約30キロ強走ることが可能。地面がアスファルトでなく、慣れるまでは運転に注意が必要。また、車だと外の音が聞こえ難い。そう言った部分を考慮しての計算である。
先ほど質問した商人達は、約3日と言った。周りを警戒しながら移動する事や、休憩など考えても1日の移動距離は大体20~28キロ歩くかどうかである。それを3日で考えると隣の町までは100キロは無いと考えられる。原付きであれば数時間走れば隣の町へ簡単に到着できるだろう。
しかもここは異世界である。面倒なヘルメットなどは装着する義務はなく、風を感じながら移動ができる。そんな事を考えながら原付きを運転していると、目の前に馬車が見えてきた。
周りには馬車を警護している冒険者達がおり、厳つい武器を持ちながら歩いている。移動速度としては分速4mも無いように見える。
このスピードだったら3日かかると言われても不思議ではなかった。
このままで行けばアッと言う間に追い越して行くことが可能だ。しかし、原付きを動かしていると言うことは、エンジンを動かしていると言うことである。したがって、後ろから異音がすることに気が付いた冒険者達が振り返り、栗山に気が付いたのだった。
「おい、お前! 止まれ!!」
馬車を止めて冒険者達が武器を手にして栗山を止める。いったい何故、自分は止められたのだろうと思いつつも、栗山は原付きを停車させる。原付きからはアイドリング音がしており冒険者達は原付きに目を向けていた。
「どうしたんですか? いったい」
ここは異世界。原付きのようなの乗り物が有るはずが無い。時代は中世ヨーロッパに近い世界で、剣と魔法の世界だと言うことは、科学という物は発展していないのである。したがって、火薬なども有るはずが無く銃と言った武器なども存在しない。なので、栗山千秋が持っている物全て異物品なのである。
異世界に疎い栗山千秋。そんな事を理解しているはずもなくキョトンとして冒険者達を見ていた。
「その異界な音させる物は何だ!!」
冒険者は指を差しながら叫ぶように言う。
「はぁ? 原付きの事?」
原付きに手を置き、何故恐ているのか理解できず首を傾げる。
分かっていない。原付きという物がこの世界にある筈がない。自分の住んでいた世界とは全く異なっていることに気が付かない。自分には前の世界にいた記憶があり、しかもその道具を召喚することができるのだ。
未知なる道具を持った男が急に現れたことに恐れない人はいないだろう。それは異世界でも同じ事なのである。
「なんだと聞いている!!」
怒鳴るように言われ、皆が武器を構えて栗山を見つめる。そしてやっと自分と彼等の違いを理解し、納得したのだった。
「あ、あぁ~これですか……。これは新型の馬……のような物ですよ。遠くの大陸ではこの様な乗り物が作られた……知らないのですか?」
とっさに出た嘘。冒険者達はお互いの顔を見合わせながら事実かどうか確認をしていた。しかし、世界は広い。この様な場所で冒険者をやっていると言うことは、世界の広さを理解している訳ではない。誰もこの様な物を知っている訳がない。
だが、人は見栄を張りたい生き物である。
「き、聞いたことがあるような……」
1人の冒険者が小さく呟き、自分は皆が知らない事を知っているように見せ、栗山が乗ってきた乗り物に信憑性を与えた。
これを聞いた栗山はホッとする。現状で考え、この様な乗り物が有るはずが無い。自分で言っておきながらそう思っていた。
「そ、そうか……。う、疑って悪かったな」
「こちらこそ驚かしてしまって申し訳ありません……」
エンジンを切り、原付きを手押ししながら冒険者達の方へ向かう。だが、冒険者が警戒していることには変わりなく避けるように道を開く。
やはりこうなるよな……と、栗山は思いながら進んで行くと、商人が馬車から飛び降り栗山の前に立ち塞がる。一瞬、驚いてしまい、原付きを倒してしまいそうになるが、必死で支え、なんとか堪えることに成功する。
「ちょっと待って頂けますか! それを良く見せて欲しいです」
「え?」と呟く暇すら与えずに栗山を押しのけ原付きは倒れてしまう。その光景を見た冒険者達は驚きの表情を浮かべると共に、商人は大きな声を出して頭を抱える。
「あぁ~……倒しちゃったよ……」
ヨイショッと言って倒れた原付きを起き上がらせ、スタンドを立てて原付きを固定させる。
「車輪2つだけで立っているんです。支えがなければ倒れちゃいますよ」
栗山が説明すると、商人は驚いた顔して「も、申し訳ない……」と謝罪した。
原付きの鍵を抜き「どうぞ、触って構いませんよ」と言って原付きから距離を取る。すると、商人は嬉しそうに原付きを撫で回すように触り始める。
「こ、これは幾らしたのですか?」
唾を飲み込みながら商人は質問をする。幾らと言われても困ってしまう。ここは異世界、金銭が異なっているのだから。
少し考え、商人に説明する。
「これに値段はありませんよ。まだ試作の物なんです。試験的に動かしているだけなんですから」
「で、ではどうやって動いているのですか!」
どうやって動いていると言われても困ってしまう。説明をしても理解されるはずがないのだから。どうやって説明をすれば良いのか考えていると、冒険者達が集まり商人と共に原付きを触ったりして眉間に皺を寄せていた。
「説明しても分かって貰えるかどうか分かりませんが、エンジンという物があり、それが動くことで馬は走り出します」
どうせ言っても分からないのだから適当に言ってしまおう。そう思い説明をすると、商人達は「おぉ!! そりゃ凄い!!」と驚きの声を上げる。
え? 分かってるの? と思い、商人達を見ると、見栄が先行しているらしく、訳も分からず凄いと言っているだけであった。1人が知ったかぶりをしたのだ、自分だって難しいことの一つを理解できるぞと言う気持ちが働いたのだろう。
呆れながら商人達を見つめていると、馬車の方から誰かに見られている気がして振り向いてみる。だが、馬車には幌があり中を見ることができない。近寄って中を覗きたいが、商人達に何か言われても困ってしまう。なので、触らぬ神に祟り無しと言う言葉の通り触れずに、ただ商人達が原付きから離れてくれうるのを待つことにした。
しかし、商人は離れようとしてくれない。何故なら、この様な珍しい物が目の前にあるのだ。商人としたら、珍しい物を持っていることはステイタスになるらしく、栗山に譲ってくれと言い寄っていた。
「で、ですから……無理ですって。これは試作品と言ったではないですか」
「金なら出す!! 幾らだ! 金貨10枚! いや、20枚でどうだ!!」
物凄い額を言ってくるので冒険者の面々も驚きの表情を見せていた。
「そ、それに、コイツを動かすにはガソリンという餌が必要です。商人さんはガソリンという物知っているんですか?」
もちろん知るはずがない。ガソリンどころか灯油すらない世界なのである。
「が、ガソ……リン?」
「そうです。それが無ければ動くことがありません。コイツは今、腹が減っており動こうとはしないのです。ですから、皆さんが触ったのに動こうとはしなかった……。首だって横を向いたままだ。分かりましたか? それに、コイツは俺の言うことしか聞かないようになっているんです」
だって鍵を抜いているんだもん。動くはず無いじゃん。そう思いながら原付きの側により鍵を差し込む。首を動くようにすると、商人は驚いた声を上げた。
やはり譲って欲しいというのだが、できないと言って原付きを袋に収納する。皆は生き物ではなかったのかと声を上げて詰め寄ってくる。
「生き物とはちょっと違うんですよ。説明し難い物なんです。皆さんだってエンジンについてご存知のはずですよ」
先ほど知ったか振りをした手前、ここまで言われると引かざる得ない。冒険者や商人はそれ以上言うことはなかった。
原付きを仕舞ったことにより1人で先へ進むのは難しくなってしまい、仕方なく彼等と共に行動する羽目となってしまうのだが、一緒に行動するからと言って別に報酬を貰える訳ではないと、他の冒険者にも釘を刺されたのだ。
正直に言って、何故自分が一緒に行動せにゃならんのだと思いながらも、暫く一緒に行動したあと、先に行けば良いだろうと栗山はそう考えていた。
寄せ集めだが、集まったときにお互い自己紹介をした者同士、話をしながら冒険者達は馬車を護衛行いつつ先へ進んでいく。知り合いがいる訳ではない栗山は、周りに避けられているような雰囲気の中で歩いていた。
暫くして昼になると、皆は自分達で用意した昼飯の準備を始める。誰も栗山のために何かをしてくれる訳ではない。それを理解した栗山は、1人で準備を始める。召喚して物を出すと言うことは止めた方が良いだろうと、袋の中から物を出したフリをして、カセットコンロを召喚する。
一応、周りから見えないように作業をしているが、皆は栗山の存在を警戒している。自分達の知らない馬のような乗り物を持っていたのだから、他にも不思議なアイテムを持っている可能性がある。
チラチラと栗山の行動を確認しながら各々は準備をしており、栗山が袋の中からレーションを取りだした瞬間、動きを止める。
あの道具は一体何だというのか……。ヒソヒソ話をしながら栗山の行動を目で追う。何人かは薪を拾いに行っており、戻ってきたときに栗山の方を見て様子を窺っていた。
皆の注目を浴びていることは理解しているためやり難いと思いながら、レーションを開封していき、食事の準備を始める。
食事の準備をしているんだよな? 冒険者達はヒソヒソと話をしながら栗山を見ている。栗山が薪を拾いに行かないことを皆は不思議に思っており、どうやって食事を摂るのだろうと思っているのだ。
栗山が取り出したように召喚したレーションとは自衛隊で配給されている戦闘糧食Ⅱ型である。これは火を使うことなく温めることが可能なのである。
袋に書かれている通り袋の中に水を入れ、封をして暫く待つ。袋は膨れ上がり穴から水蒸気を出す。水を入れることにより袋の中で化学反応を起こし、水が熱せられ、蒸気で中のレーションが温められると言うことである。なので、火を使う必要は無く食事が出来上がるのだった。
そんなことを知る筈もない冒険者達。目を丸くして栗山を見ていたのだった。
食事が終わり、ゴミを袋に仕舞うフリして召喚を解除する。胃に入った物が無くなることはないらしく、栗山は改めて召喚能力の凄さを実感する。
それから暫く休憩を取り、移動を開始する。ゆっくりとした足取りで街道を進み、何も起きる事もなく夜になる。
街道を歩いていれば魔物や動物が現れることがないのか? 栗山は楽観的に考えていると、急に馬車は止まり前方のほうが騒がしくなる。
いったい何が起きたのか分からずボケッとしていると、女性冒険者が怒鳴るように声を掛けてきた。
「何やってるの! 魔物が出たのよ!! アンタも手伝いなさいよ!!」
「え? ま、魔物?」
「そうよ! だから手伝いなさいよ!」
自分よりも少しだけ若いように見える女性冒険者。腰に帯刀していた剣を抜き駆け出していく。報酬も貰えないのに戦うって言うのは納得できない。それに魔物と戦うというのは一度だけしかない。正直に言って怖いのだ。馬車に隠れながら前方の様子を窺っていると、鬼のような奴が3匹ほどおり冒険者達が攻撃を仕掛ける。
だが、鬼のような魔物は身体が硬いのか、剣で斬りかかっても弾かれてしまうようで、ダメージを与えることができていないようだった。
「ま、マジかよ……」
自分よりも経験豊富な冒険者達が、何度攻撃をしても傷付けることが出来ずいる。
そんな相手に自分が何をできるのだろうか……いや、出来るはずがない。
しかし、その場から動くことが出来ず、見ていることしか出来ない。だが、何か金属音が聞こえ、目の前で起きている出来事に目を背ける。
「な、なんの音だ……」
ジャラジャラと聞こえる。まるで鎖のような音が直ぐ側で聞こえる。
「ど、どこから……」
周りを見渡すがその様な物はない。まさかと馬車の方を見て、耳を馬車にくっつけると、中から金属音が聞こえる。何が入っているのかと幌の隙間から覗き見ると、人のようなシルエットが見え栗山は固まる。
「ま、まさか……ど、奴隷……?」
唾を飲み込み、その姿を改めて確認すると、手足に鎖が繋がられた女性が5人ほど中に入っており、外で戦闘が起きている事を知っているらしく、5人は身を寄せ合い震えていた。
何がどうなっているのか分からず、その場から動けずにいる栗山。だが、中にいた1人が栗山に気が付いたらしく、栗山と目が合う。
その女性は獣のような耳が付いており、人間と言うよりも亜人で奴隷だと言うことが分かり、再び自分がいる世界が異世界だと思い知らされる。
震える女性の口が動き、それを見て栗山は頭の芯まで熱くなるのが分かる。彼女が言った台詞は分からないが、口の動きは「こわい、たすけて」と動いたように見えたのだ。
このまま放っておいたら全滅する。
自分は原付きを取りだし、フルスロットで逃げることは可能だろう。だが、彼女たちはどうなるというのか。自問自答を繰り返すのだが、再び幌の中を見ると、目が合った女性は栗山から目をそらした様子はなく、涙を流しながら栗山を見つめていた。
もしも逃げたら彼女たちはどうなってしまうのだろう。鎖で繋がられ、逃げることが出来ずにあの鬼のような魔物に殺されてしまうかも知れない。いや、殺されてしまうだろう。
戦っている冒険者の声が悲鳴に変わっており、状況は最悪だと言うことが分かる。
もう一度彼女の目を見て、栗山は覚悟を決める。
自分には他の冒険者にはない知識と能力を持っているのだと呪文のように心の中で叫び、腰に装備していた拳銃を手にして駆け出し、鬼のような魔物に向かって駆け出したのだった。