39.同情をしてあげて下さい
翌日、サレスト伯爵の迎えが来て栗山等6人は伯爵邸へと向かう。だが、伯爵邸に行くに辺り多少の不安があった。それは5人の存在である。
本当は栗山1人で行こうとしたのだが、カミュ等が自分達も付いて行くと言って、言うことを聞かなかったのだ。
何か起きたときに考えれば良い。この時、栗山はそう思いながら伯爵邸へと向かう。しかし、そんなに世界は優しくない。栗山はそれを忘れており、この事に後悔するなど、この時点で知る由もなかった。
一時間もしないうちにサレスト伯爵の屋敷前へと案内され、6人は屋敷の中へ入ると、侍女のような女性が凜とした佇まい迎えてくれて、5人は息を飲む。
『こちらになります……』
執事のような人が部屋の前まで案内し、扉をノックして開ける。中には小太りの男が人を見下した目で栗山等を見ていた。
「お前がクリヤマか?」
「はい、初めまして……伯爵様」
「ふん……。そちらの女性方は? 顔の割には随分と見窄らしい服装をしているな」
その言葉にカミュはイラッとするが、微笑みを絶やさず、自分の知りうる限りの挨拶を行う。
「は、初めまして……わ、私はクリヤマ様の奴隷、カミュ・エリエットと申します……」
片膝を付け、頭を下げて挨拶を行う。他の4人もカミュ同様に片膝を付けて挨拶を行った。
「貴様……私の屋敷に奴隷を連れて来たというのか?そ して、覚える価値もない名も名乗ったのか? 馬鹿にするでない!!」
サレスト伯爵は立ち上がり、飲み物が入った金属製のコップを手に取り投げつけ、カミュの身体にコップが当たる。しかし、カミュは俯き何も答えることはなく黙ってその体勢を維持し続ける。
「ちょ、ちょっと何をするんだ伯爵……俺達は貴方が寄こした使いの人に言われてここへ来たんだ。それなのにこの仕打ちは酷いんじゃないか……」
睨むように栗山はサレスト伯爵を見る。しかし、サレスト伯爵は鼻で笑う。
「フンッ……。何を言っている。私は貴様を呼んだのであって、そのゴミ共を呼んだ訳ではない! 早くそのゴミ共を部屋からだし、出て行かせろ! おっと、貴様には井戸の件が残っている……。早々に作業するが良い」
「――断る。帰るぞ」
そう言って栗山は部屋を出て行こうとすると、5人は顔を上げて驚いた顔をする。だが、サレスト伯爵が栗山を呼び止めた。
「ちょっと待て! 何を言っているのだ! たかが奴隷如きに、感情移入するなど馬鹿ではないか!」
「馬鹿で結構! コイツ等は俺の家族だ。家族を侮辱されたのならば、怒るのが当然! あんたの話を聞く必要も無いね! もう二度と俺には関わらないでくれ。行くぞ……」
そう言って栗山は部屋から出て行く。5人は慌てて立ち上がり、サレスト伯爵に一礼をして部屋から出て行き、栗山の後を追いかけるのであった。
「ち、チアキさん! ちょ、ちょっと待って下さい!」
1人で先を歩く栗山をカミュが呼び止める。
「なんだよ……」
「な、なんだよじゃない、今ならまだ伯爵様も許してくれるから……頭を下げてきた方が良い! 私達なら大丈夫。だって、奴隷だもん……」
最後の方は声が小さくなり、悔しそうな顔をするカミュ。他の4人も同じように俯いているが、悔しいのか肩を震わせている。
「お前等が大丈夫でも、俺は大丈夫じゃない! お前等は奴隷かも知れないが、アイツの奴隷じゃない! 俺の物だ! 俺の物が傷つけられて黙っていられるか!」
そう言って再び歩き始めると、5人は黙って栗山の後を追いかけるように付いていくのだった。
だが一方で、サレスト伯爵は自分の言うことを聞かない奴がいるなんて認めることが出来ない。自分は貴族で伯爵なのである。自分より爵位が高いのであれば多少の仕方なさは感じるが、たかが一般市民。しかも、下民街に住んでいる者である。その様な者が、自分の言うことを聞かないのは許されるはずがない。
サレスト伯爵は直ぐに人を呼び、栗山の家へ人を向かわせる。クリヤマと言う男は一体どのような男なのか、何が弱点なのか……ありとあらゆる手段を使ってでも調べ上げろと命令するのだった。
サレスト伯爵の使いは下民街で聞き込みを行うが、クリヤマと言う男が井戸に来たのは2度しかない。しかも、気が付いたら屋敷のような物を作り上げていたと言う、前回と同じ内容しかないのである。
人間関係で言えば、自身を取り巻く5人の女性のみ。しかもその女性と言うのは全て奴隷。それは伯爵邸で分かっていることだ。また、下民街での人付き合いは皆無に等しく、家の構造を調べるにも、唯一下民街の長が家に上がった事があるだけ。従って、構造は殆どは判らないに等しい。
以上のことをサレスト伯爵に報告するのだが、それで納得をするはずも無く、叱咤されてしまうのである。
「お前等は馬鹿なのか! だったら女を攫ってくれば良いだろ!」
『し、しかし……』
「しかしも糞もあるか! 私が馬鹿にされたのだぞ! それに、どんな手段を使っても構わんと言っただろ! さっさと調べ上げんか!! このグズが!!」
サレスト伯爵は手元にあった物を投げつけ、怒鳴り散らす。サレスト伯爵の部下は言われた通りにするしかないのだった。
言われた通り、クリヤマの家を見張っているのだが、女は腰に短剣を装備し、しかも大体が2人で行動している。そして、一番面倒なのが獣人である。獣人は耳が良く、しかも身体能力が人種よりも高い。女性であれば身のこなしが良いのである。従って、獣人と一緒にいる時は行動に移す事が出来ず、ただ遠くから見ている事しかできないのだった。
数日間見張っていると、商業区域でクリヤマの獣人と人種が言い争いをして、人種の女が怒って1人で離れていく。
この好機を逃すわけにはいかないと、サレスト伯爵の部下は後を追い掛けていくのであった。
「ただいま帰りました……」
カミュが家に帰ると、リビングで本を観ていたコレットが気が付く。
「あれ? エミルは?」
「知らないよ、あんな奴……」
「また喧嘩したの? チアキさんが聞いたら溜め息吐くわよ。今度は何で喧嘩したのよ……いったい」
コレットの言葉にカミュは唇を尖らせる。
「あいつがチアキさんの美的感覚が悪いって言うんだ。貰っておいて失礼じゃないか!」
またくだらない事で言い争いをしたのかとコメットは思いながら苦笑する。
「まぁ、確かにエミルが言いたい事も分からなくはないけど……」
「コレット、チアキさんは男だぞ! 女の美的感覚とは違う。それは仕方がないことじゃないか! コレットも文句があるなら着るなよ。私はこの服を気に入っているぞ」
栗山の事になるとカミュはムキになる。それはカミュが栗山に対して特別な感情があるからであると、コレット達は思っている。なので、カミュの前では栗山に対する批判的な言葉は禁句となっていた。
しかし、エミルはカミュに突っ掛かる。何が気に入らないのか分からないが、2人は馬が合わないようだった。
「だけど、大丈夫なの? エミルを1人にして……」
「知ったこっちゃない! 私には関係のない話だよ。何かあっても、主人に対する恩義が足りないあいつが悪いんだ。コレット、村のジイちゃんが言ってただろ……」
「恩を仇で返すな……でしょ。でも、貴女はその村に売られたんだよ」
「――コレット! それは仕方がない話だって言ってたじゃん! 私等が売られなければ、あんたの弟や妹達は飢えて死んじゃうかも知れなかった。もしくは、その弟や妹達が売られてたかも知れない……。それでも良かったの!」
「だけど……カミュまで……」
「良いの。身寄りのない私が……あんたの家にずっと居る訳にはいかないよ……」
そう、カミュは孤児である。カミュが幼い頃、コレットの家族や村の皆を守るため、人種の戦争に駆り出されたのである。
カミュの両親は村一番の戦士で、その強さは近くの町まで知れ渡っていた。そのため、国の領土戦争が起きたとき、カミュの両親が徴兵されたのである。
カミュとコレットの両親は古くからの友人で、戦争に行く前にカミュをコレットの家に預けられた。そして、数カ月後にカミュの両親が戦死、カミュはそのままコレットと一緒に生活する事となったのである。
2人は同い年ということも有り、直ぐに打ち解けていた。しかし、戦争の煽りはカミュの両親を奪うだけでは許してくれず、徐々に村の生活を苦しめていく事となった。
理由は簡単である。戦争をしているため、王宮が税収を上げたのだ。
村はお金を支払うのではなく、食料を納めることで税を支払っており、その税を上げられた事で、村に住んでいる者たちの生活は更に圧迫していく。
しかも、コレットの家はカミュを引き取った事により、更に生活が厳しくなっていた。
数年後、戦争が終わり、税が戻されるかと思いきや、村の税は戻されることはなかった。所詮獣人族……。朽ちるまで働けと言うのが王宮……いや、村を管理している貴族の考えであった。
戦争により、貴族が住んでいる町にも打撃が有り、それを補填するために村が犠牲に選ばれたのである。
カミュはコレットの家族を助けるため、幼いながらも必死で働いていたのだが、不幸にもコレットの父親が倒れてしまう。
大黒柱が倒れたことにより生活は一気に圧迫し、遂には家族の1人を手放さなければならない状態となる。
コレットの家族は苦渋の決断で、長女のコレットを手放す事とした。だが、カミュは養ってもらっている責任を感じ、奴隷を志願しする。コレットの家族と、村で困っている人にお金を使って欲しいと言って、自身の身を売ったのだった。
村のためにカミュの両親が戦争に徴収され、村を助けるために娘が身を売ったのである。
コレットはそれ以上何も言えず、黙ってテーブルを見つめ、カミュは自分の部屋へと戻っていくのだった。
「盗み聞きは良くないと思いますよ……チアキさん」
カミュが自室の扉を閉めた音が聞こえ、コレットはキッチンの影に隠れている栗山に言う。
「聞くつもりはなかったんだよ。勝手に話し始めたから、出るに出れなくてね……」
「同情はしないで下さい」
「コレット、その言い方はおかしい。同情をするなと言うなら何故、話をした」
「そ、それは……成り行きで……」
「――違うな。コレットは俺がいる事を知っていた。なのに、敢えてその話をした。それはカミュに対して同情をして欲しいから……違うか?」
「そ、それは……。ち、チアキさんは……カミュの事をどう思っているんですか……」
「お前に答える義務も義理もない。前にも言っただろ」
「そ、それじゃ……カミュが……可哀想です……」
「何とでも言ってくれ。軽蔑してくれても構わない。俺はお前らがどうなろうとも知った事じゃない……」
なら、何故伯爵邸で自分達の事で怒りを露わにしたのか……コレットは喉まで出掛かったが、言うのを止める。
「素直じゃないですね……」
「お前らがな」
そう言って栗山は冷蔵庫から水を取り出してコップに注ぎ、コレットに差し出す。コレットは小さい声でお礼を言い、水を飲むのであった。




