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38.変わり者

 下民街では、栗山は頭がおかしい貴族、又は魔法使いの男という風に噂されていた。それもそうだろう。突然井戸を勝手に改造して、自分の家を屋敷のように改築したのだ。それも、僅か4日で作り上げてしまう異常な早さ。井戸を改造するに際、栗山が使用した爆竹……それが炸裂魔法だと話すものがいたり、屋敷に住んでいるので貴族だと言う者もいたりする。

 そのため、下民街の皆は関わらないようにしていた。だが、井戸が使いやすくなったという噂は、翌日にも貴族街まで伝わっており、井戸がどのようになっているのかと、貴族の使いが連日調査に来ていた。しかし、井戸に付いている物のバラし方が分からないため、使いの者はどうすることも出来ない。そこで、栗山の存在を知った貴族達。栗山の事を調査するのだが、井戸の時同様、全く分からないことだらけであった。

 ここ最近、貴族が越してくるという話は王宮から受けていないし、もしも他の町から引っ越してきたのなら、挨拶するのが習わしである。しかし、そういった事は無いため、貴族ではないのかもしれない。けれども、頭が可怪しいと言われているので問題児なのであろう。と言うのが貴族間で伝わっていた。

 だが、分かりませんで貴族が納得するはずがない。仕方なしに使いの者は栗山の家を訪問し、井戸について聞くことにするのだった。

 家のドアに近寄ると、『用がある方はコレを押して下さい』と書かれた看板があり、使いの者はその指示に従い、書かれてある出っ張りを押す。少しするとドアが開き、可愛い獣人の女が現れる。


「はい、どちら様ですか?」


 身なりは冒険者風だが、生地は高級素材に見える。噂では貴族の男が住んでいると言う話。使いの者は、主は居るかと尋ねると、可愛らしい笑顔で「少しお待ち頂け下さい」と言ってドアを閉めた。

 暫くしてやる気のなさそうな男が現れ「何か御用ですか?」と言ってきた。この男が主なのだろうか……。服装は冒険者……と言ったようであるが、身体が細すぎる。


『私はサレスト伯爵の使いである』


「はぁ……。そうですか……。俺は栗山と言います。で、伯爵様の使いがどの様なご用件で?」


 クリヤマと名乗った男は伯爵様と言ったが、敬意を払うよりも、少し面倒臭そうにしていた。


『貴殿に聴きたいことがあり、本日はここに出向いた。暫し時間を頂いても宜しいか』


「聴きたいこと? えっと……どのような事です?」


『この下民街にある井戸なのだが、貴殿が何かやったと聞いている。間違いはないか?』


 クリヤマという男は少し間を置いて「違います」と答える。噂は嘘だったのかと、使いの者は思い『それは失礼した』と言って頭を下げると、クリヤマという男は「では……」と言ってドアを閉めたのだった。

 それから数日後、下民街の井戸に設置されていた物は貴族によって壊されてしまった。理由は、中がどうなっているかの調査という名の嫌がらせである。下民街に住んでいる癖に、貴族よりも良い物を使っているのが気に入らない。本当はただ、それだけである。

 貴族のやることに下民街の人々は文句をいう事ができない。文句を言ったところで井戸が直るわけではないし、文句を言うと何されるか分かった物ではない。下手をすれば街に住むことすら出来なくなってしまうのだ。

 我が身可愛さに街の人達は泣き寝入りするしかないのだ……が、設置したのは栗山であり、栗山は下民街に住んでいる。下民街の長は街の人達に言われ、嫌々栗山宅へ訪問し、井戸の修理を依頼することにしたのだった。

 栗山宅の看板に書かれている物の指示に従い、出っ張りを押すと、ドアから可愛い獣人の女が、笑顔で出てくる。その可愛さに長は頬を赤らめてしまった。

 下民街に住んでいる女は、可愛い者も居るには居るが、生活の困難さから、眉間に皺を寄せている者ばかりである。そして、下民街の女は身体を洗う回数が少ないため少し臭うのだが、ドアを開けた獣人の女は、良い匂いをさせていた。

 やはりどこかの貴族なのかと長は思い、井戸を壊されたことで、貴族は怒るのではないかと不安を募らせた。


「あ……主殿は居られるか?」


「はい、居りますが……どの様なご用件でしょうか?」


「儂はこの街で責任者を任されているマエストと言う。主殿が設置した井戸の件で話をさせて欲しい」


 女は少しだけ笑顔を崩して「少しお待ち下さい」と言い奥へ引っ込んでいく。マエストは入り口ドアの前で少し待っていると、身体の線が細い男がやって来た。


「初めまして、栗山と言います。井戸の件で……と、仰有ったみたいですが……」


「おぉ……。貴殿が井戸の……」


 栗山と名乗った男は「中にどうぞ」と言って、マエストはドアを潜り中へ入っていくと、中は見たことのない作りをしており、立ち止まって周りを見渡した。


「これはなんと……」


「そこで靴を脱いで上がって頂けますか?我が家は土足厳禁なもので……」


「あ、あぁ……」


 戸惑いながらマエストは靴を脱ぎ、中へ一歩一歩入っていく。家の作りに驚きを隠せないまま。通されたのは少し広めの部屋で、先ほどの女以外の女も立っている。皆、同じように冒険者風の服装をしている。だが、先程の女同様、美しさや可愛らしさがあり、冒険者と言うには迫力が足りないように見える。

 促されるよう椅子に腰掛けると、女達はクリヤマと名乗った男の後ろに並ぶように立ちマエストを見つめる。


「それで……井戸の事とは一体何でしょうか?」


 クリヤマが本題に入る。先程の女が「お口に合うか分かりませんが……」と言って、飲み物を出す。どう見ても水には見えず、少し赤みがある飲み物で、クリヤマは一口くちにする。

 それを確認してからマエストも口にすると、柔らかな味わいが口に広がるのを感じ、高級な飲み物だと言う事が分かる。やはり、噂通り貴族の男なのだろうかとマエストは思い、井戸の件に対し話すのを躊躇してしまう。


「あの……井戸がどうしたんですか?」


 クリヤマが再び聞いてくると、マエストは「あ、あぁ……スマン……」と言って本題に入る。


「実は……貴殿が設置して下さった井戸の道具なんだが……貴族様に壊されてしまって……」


「そうなんですか……それは大変ですね」


 壊されたことで怒るようなことをしなかったのでホッとするマエスト。だが、ここからが本番であり、修理をしてくれるのか、何故その様な事をしないといけないのかと、怒り出してしまう可能性だってある。


「そ、そこでなんだが……い、井戸を修理してくれ頂けないか?」


「修理……ですか?」


「さ、さよう……。あの井戸は街でただ一つの井戸。あれがなければ川まで水を汲みに行かなければならない。しかし、川の方には魔物が出てくるので危険が付き纏う。同じ下民街に住む者同士、力になってくれないだろうか……」


 言い終え、マエストはクリヤマの目を見る。クリヤマは眉間に皺を寄せて何か考えているようで、中々答えを返す気配が見られない。マエストは失敗と言う言葉が頭を過ぎらせ、これから街はどうしたら良いのだろうと考える。


「まぁ、生活が出来ないというのであれば……仕方が無い話ですよね」


 その言葉にマエストは目を見開き聞き返す。「い、今なんと……」と……。


「え? 生活ができないのなら、仕方が無いですよねって言いましたけど……何か不都合でも?」


「い、イヤイヤ! 不都合なことなど何もありません! 誠に感謝いたします……」


 マエストは深々と頭を下げ、クリヤマ邸を出ると直ぐに街の皆へ知らせに行くのだった。


 マエストが帰ったあと、栗山は深い溜め息を吐く。


「どうしたの?」


 栗山の前にカミュが座り話し掛ける。他の4人も椅子に腰掛け、それぞれ聞き耳を立てながら寛ぎ始めた。


「いや、別に……。ただ、この間の貴族がやったというのなら、もう少し何とか出来たんじゃないかって思ってさ」


「まぁ、貴族様はそう言う事を平気でやってのけるから仕方がないわ。アンタが気にしても仕方がない」


 文字も読めないくせにファッション雑誌を観ているエミルが言う。すると、チヒやカルミも頷いた。


「貴族様は国に選ばれた方しか成れないからね」


 エミルの言葉は国という後ろ盾があるから、横暴が罷り通ると言っている。どこの世界も権力が武器ということなのだろう。この世界は自分だけではなく、皆に優しくない世界だと言うことを知る。

 だが、ここで考えても仕方が事なので、井戸の修理と言うよりも交換をしに出掛けることにし、椅子から立ち上がる。


「出かけるの? だったら私も一緒に行く」


 カミュも立ち上がり、出かける準備を始める。すると、溜め息を吐きながら皆も準備を始める。


「お前達も付いてくるのか?」


「仕方ないでしょ、アンタは私等の主人なんだから。付いていくしかないじゃん」


 面倒臭いと言う言い方をしながらカルミが背中を叩き、「早く終わらせてご飯を食べよう」と言う。お前は作らないくせに……。

 文句を言いつつも手伝ってくれる事に心で感謝し、栗山達は井戸へ向かうのだった。



 翌日、子供達が水を汲めるのか確認しに行くと、そこには元通りになった手押しポンプが設置されており、子供達は喜んでポンプを動かして水を汲みあげる。

 依頼して直ぐに対応した事により、下民街で栗山の事を頭がおかしい奴から変わり者と、評価が変わったのだった。

 しかし、修理されたことは直ぐに貴族に知れ渡る事となり、使いの者が再び調査へとやって来て、誰が直したのかと聞く。街の者は口を揃えてクリヤマと言う変わり者が直してくれたと言い、使いは再び栗山の家へと向かう。そして、前回と同じようにチャイムを鳴らすと獣人の女が笑顔で対応し、細身の男が呼ばれる。


『貴様! 前回は知らないと言ったではないか!』


「えぇ、言いましたよ? 俺は何もしていません」


『では、何故井戸が直っているのだ!!』


「はい? 井戸が壊れたんですか? 昨日確認したら、ポンプは壊れていたけど……井戸は壊れていませんでしたよ?」


『ぽ、ポンプ?』


「えぇ……。ポンプ。貴族の誰かがポンプを壊したから交換したんですよ。本当に悪い奴がいるんですね」


『や、やはり井戸を直したのはお前ではないか!!』


「何を言っているんですか?俺が直したのは『ポンプ』。前回、貴方が聞いたのは『井戸に何かしたのは……』と言ったんです。俺は井戸に何もしていません。俺がしたのは水を汲みやすくするためにポンプを設置しただけ。井戸に何かなんてやっていない。もしかして、前回来たのはポンプについて?」


 使いの者は顔をヒクヒクさせ、苛ついているような顔をする。前回、使いの者が言ったのは、『井戸に何かをしたか?』と言う話だったので、誰かが悪戯した物だと思ったのであり、別にポンプについて聞いてきたとは思っていなかったのである。


『キ、キッサマ……!!』


「で、ポンプがどうしたんですか? また誰かが壊したんですか?」


 腰に下げている剣に手を添えたところでポンプがと聞かれ、使いの者は話の腰を折られた。


『グッ……、じ、実は……サレスト伯爵が随分とあの奇怪な物に興味がお有りでな……。金を出すので伯爵邸に付けてくれないか……』


「別に構いませんが……かなり値が張りますよ?」


『それは伯爵様が支払われるので構わない。明朝、宜しく頼む』


 そう言って使いの者は栗山邸を後にしたのだった。

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