36.何気ない朝
各自、自分の部屋に戻って再び感動する。本当に自分のためだけの部屋が手に入るとは思っていなかったからだ。
部屋に必要な物を置くために物を買いに行かないといけないのだが、明日の予定を聞いていなかったのを思い出し、皆は栗山の部屋に押しかけると、そこには見た事もないものが沢山置かれており、5人は立ち尽くす。
当の栗山は、耳にイヤホンを掛けて音楽を聴き、パソコンで録画した地図を確認しながら地図の作製に勤しんでいる。この地図をコピー機で印刷し、それを売れば儲けることが出来ると思ったからである。これさえ在れば、町の外へ出て魔物や動物と戦わずに済む。
そんな事を考えながら鼻歌交じりにマウスを操作しており、5人の存在に全く気が付いていなかった。
「ち、チアキさん? 何を……しているんですか?」
コレットが質問するが、栗山は全く気が付いておらず、5人は恐る恐る栗山の近くにより何をしているのかと覗き見る。すると、目の前に映し出されているのは見たことのない絵であり、それを栗山が何かしているのだが、それは凄く鮮明で、目の前にそれがあるのかと思わせる物であった。
「な、何よ……これ……」
エミルが呟くと、栗山はイヤホンを外して答える。覗き見られたときに気が付いたのだが、別に声を掛ける必要は無いと思い、音をミュートにして何か喋ったら答えようとしていたのだ。
「これは、このあいだ町に向かう最中に撮した空から見たこの辺りの映像だ。これで地図を作ろうと思っているんだよ。地図は高額で取り引きされているからね」
「ち、ちょっと待ってよ! 空から見たって……どうやって空から見るというのよ! 鳥にでもなったというの!」
更にエミルが食いついてくる。
「空から見た証拠はここにある」
そう言って画面を切り替えると、カミュが一生懸命飛び跳ねている映像が流れ、5人は後退るのだった。
「か、カミュが箱の中に……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、私はここに居るぞ!」
「じゃ、じゃあ……あれは一体、何だというのよ」
更に画面を切り替え、コレットやチヒ等が映し出され、腰を抜かしたように座り込む。
「た、魂を……抜かれた?」
カルミの言葉に4人は驚愕するが、栗山は大笑いして画面を切り替えた。
「た、魂を抜かれた? ……そりゃ面白いな。これは時間を記録したものを映し出しているんだ。別に魂を抜き取った訳じゃない。その時の記録を流しているだけだよ。で、5人は何しにここへ来たんだ?」
時間を記録する魔法なんて聞いたことがないと5人は言うのだが、実際、それは目の前で見せられている。「でも、説明しても分からないだろ?」と、栗山は笑いながら言う。悔しい話だが、説明されても分からないのは確かであり、5人は悔しそうな顔をして本題に入る。
「別に自由にしてて良いよ。買い物に行きたければ行けば良いし、勉強したければ勉強をすれば良い」
明日の予定を聞いたはずなのに、「予定なんて物はない」と言われてしまう5人。要件はそれだけ? と聞かれ、納得できないことだがそれだけのことなので部屋に帰ろうとする。
「あ、欲しいものがあれば言ってくれよ。それは俺が準備することが出来る。無駄に金を使う必要は無いからな」と、意味不明な台詞を言う栗山を放置して5人は部屋から出て行くのであった。
翌日、生まれて初めてと言って良いほど爽快な朝を迎えたカルミ。身体を起こして伸びをする。周りを見渡すとまだ荷物はないが、生まれて初めて手に入れた自分の部屋。まるで貴族の娘になったような錯覚を覚える。
「先ずは……服や下着かな……」
見渡して自分に足りない物を確認する。昨夜、主人である栗山が言っていたように、お願いしたら準備してくれるのだろうかと一瞬だけ頭をよぎらせていたのだが、直ぐに首を横に振る。欲しいものを言えば手に入るなんて、通常ではあり得ない話。そう思いながらベッドから降りて、着替え始めるのだった。
部屋から出て食堂へ向かうと、さっぱりとした顔をするカミュが椅子に座って食事をしている。この子は主人に対する愛が強すぎるのだが、それとは異なる顔をしていた。
「カミュ、ご機嫌ね。どうしたの?」
「風呂に入ったんだ。凄く気持ちが良かったぞ」
風呂……それは貴族の嗜みのような物である。我々一般以下の人が風呂なんかに入ることが出来るはずがない……はずなのに、何故かこの家にはお風呂が設置されている。風呂の大きさは貴族のそれとは異なっているが、捻れば出てくるお湯と水。昨夜、主人の栗山が説明していたのを思い出し、カミュは朝一からそれに入ったのだと思われる。
「わ、私も……入っても良いのかな……」
「当たり前だろ。何を言っているんだ。それよりもカミュ、髪の毛を乾かして来いよ」
カルミが来たので朝食をテーブルに並べながら栗山が言う。
「どうやって乾かすのさ~……」
「チッ」と、舌打ちをしてカミュをどこかへ連れて行く主人。カルミは用意された朝食を口にして「美味し……」と小さく呟きながら食べるのであった。
暫くして幸せ一杯の顔したカミュが戻ってくる。何故だろう……顔の張りなどが自分達と異なっているように感じられるのと、カミュから良い匂いが漂ってくる。
「あ、貴女……何をしていたの?」
「へ? あ~……。兄ちゃんに髪の毛を乾かして貰ってた。そんで、ケショスイ? とか言う奴を使って私の顔を叩いてくるんだ。暴力反対だよな」
「何を言ってやがるんだ。ありゃ暴力じゃなく、顔に化粧水を浸透させているんだよ。折角可愛い顔をしているんだ。もっと可愛くなりたいだろ。バーカ」
カミュが食べ終わった皿を主人のはずである栗山が下げていく。まぁ、カミュは主人の愛玩奴隷であるから贔屓されても仕方が無いが……どちらが主人なのか分からない時があるのは気のせいではないだろう。
「わ、私も……お風呂に入ろうかな……」
「おぉ! 入った方が良いぞ! 気持ちいいぞ!」
カミュが嬉しそうに言うので、その言葉を信じて風呂場へ向かう。しかし、昨日受けた使い方の説明を忘れてしまい、脱衣場で立ち尽くしてしまう。すると、カミュが戸を開けて覗き込んできた。
「カルミ、使い方……分かるか?」
カミュの言葉にカルミは首を小さく横に振る。物覚えが悪いと主人に思われたくないため声に出せない。
「だろうと思った。私も分からなくて聞いたんだ。教えて上げるよ」
そう言ってカミュが中に入ってきて説明を始める。主人に聞くことが出来なかったのでホッとし、カミュの説明を受け風呂に入るのだった。
先ず驚くのが「シャワー」とか言う物である。どのような原理でお湯が出てきているのかさっぱり分からない。だが、手を使わずに頭からお湯を浴びることが出来るのは非常にありがたい。
次に髪の毛を洗う「シャンプ」とかいう物である。頭を押すと穴から液体が出てくる。それを手に馴染ませてから頭を洗えとカミュが言っていた。言われた通りにやってみると、カミュの方から漂ってきたのと同じ匂いがして来る。
「これの匂いだったんだ……」
手で頭を洗ってみると、川で主人に洗われた時と同じように泡が出てくる。これは面白いと思いながら洗っていると、後ろの扉が開いた。
「抜け駆けはいかんなぁ~」
ニヤニヤと笑いながらコレットが入ってくる。2人も入ると室内は狭く感じる。
「カルミが入っているから一緒に入ったらどうだって、チアキさんが言うからやって来たんだけど……私も入って良い?」
「え、えぇ……構わないけど……」
「ありがとう、カルミ。あ、使い方を教えてくれる? 使い方はカルミから聞いてくれって言われたの」
「良いけど……カミュに言われたの?」
「違うよ? チアキさんに言われた。カミュは幸せそうな顔して甘えてわ」
相変わらずだと思いながらコレットが座れる場所を作り、再び髪の毛を洗う。
「コレット、悪いけどお湯を流してくれる?」
「分かった〜」
風呂に入るのが初めてのコレット。昨日習った事を試してみる事にしてサーモスタッドのレバーを上げる。すると、シャワーヘッドから勢い良く水が出て、記憶が間違っていない事に少しだけ嬉しそうにしたが、出したのは水でありお湯ではない。カルミが悲鳴のような叫び声を上げたのは言うまでもなかったのである。
叫び声が聞こえ、どうせコレットが間違えたのだろうと思い、カミュに様子を見に行くように言うと、嫌そうな顔してカミュは指示に従い、お風呂場へ向かった。
そして、暫くしてカミュは戻ってくると「コレットが間違えたみたい。気にしなくて大丈夫だよ」と教えてくれる。
「それよりも、今日は何をするの?」
「好きにすりゃ良いよ。特に予定はないよ」
「そうじゃなくて、ご主人様は何をするの? って聞いてるの!」
「今日は1日ボーっとしてる予定だよ。ずっと動いていたからな。カミュは何する予定なんだ?」
「ん〜……ご主人様と一緒にいる〜」
などと、幸せな顔をしながらカミュは答えるが、栗山は「ふ〜ん」と言って、テーブルの上に異世界文字ドリルを出し、30センチ定規を持って椅子に座った。
それを見て、カミュは頬を引き攣らせ立ち上がるのだが「あれ? 一緒にいるんじゃないのか?」と、満面の笑みで栗山に言われ、再び椅子に座り勉強を教わるのだった。
それから暫くしてコレット達が風呂から上がり、カルミが水を飲みたいと言うので冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いでカルミに渡す。コレットはカミュが何をしているのか気になり、前に座って覗いてみると、珍しく文字の勉強をしていたので驚いた声を出す。
「一緒にいたいなら勉強をしろって言うんだよ~……」
泣きそうな顔しているカミュ。コレットは苦笑いをするしかなかった。
それからチヒとエミルが起き出すのだが、コレットとカルミは買い物へ行くと言って出掛けていく。カミュは拷問を受けているかのような、苦悶に満ちた表情で2人を見るのだが、2人は目を合わせないようにして席に座る。
栗山は2人の食事を出して席に座り、新聞を読み始める。ここでしか手に入らない情報もあるし、あちらの世界の情勢なども知りたいからだ。しかし、見た事もない文字と、小さく書かれている文字、綺麗に並んでいる文字に3人は驚くのだが、栗山は気にする様子はなく読み続けるのだった。
「そ、そう言えば、コレットとカルミはどうしたの?」
「2人共買い物へ出掛けたよ。カミュは勉強したいんだとさ」
エミルの質問に栗山が答える。「ふ~ん……」とエミルは返し食事を済ませ、自分の部屋へと戻っていくのだった。
チヒはカミュをチラッと見て席を立とうとすると、カミュが話しかけた。
「チヒ、お風呂にでも入ってサッパリしたら?」
「お風呂? ……そうねぇ……」
「使い方……教えてあげるよ」
そう言って立ち上がり、チヒと共にお風呂場へと行く。横目でチラッとその光景を見て、栗山は溜め息を吐いた。
説明が終わったらしく、カミュが戻って栗山の隣に座り身体を預けるように寄っ掛かる。
「重いぞ……」
「そんなに重くないはずだよ~。と言うか、もう少し優しくしてくれても良くないですか~」
「うるさい。早く勉強をしろ。誰のために勉強に付き合ってやっていると思っているんだ。そんな事をしているのなら、俺は部屋に戻る」
「ち、ちょっと待って下さいよ! す、直ぐに勉強を始めるから!」
そう言って慌てて寄り掛かるのを止めて席を移動し、勉強を始める。唇を尖らせながら文字を書いていく。一応、読むことは出来るようになってきたらしい。多少の飴は必要だろう。
「午後、飯を食ったら出掛ける。お前も来るか?」
「え?」
ガバッと顔を上げて栗山を見るカミュ。尻尾が付いていたのなら、はち切れんばかりに振っていたのかも知れないと思いつつ、再び「お前も来るか?」と問いかける。「もちろんです!」と、満面の笑みで答えたのだった。




