拠点を手に入れよう
聞いた話は衝撃的な物だった。
基本的に肉は食べられないと言う話で、味気無いスープに野菜が少し入っている物だと言う。
世の中の全員が冒険者になれる訳ではない。だからといって、全員が商人になれるわけでもない。
その場しのぎで生活をする者が多くおり、どの町でも奴隷が売られているらしい。
では奴隷をどのようにして手に入れるのか。それは、小さな村で生活困難な家族が奴隷商に子供を売り、その家族は生活資金を手に入れる。もちろんこの5人も同じである。
この5人には姉弟が沢山おり、自分が犠牲になる事で、家族が……自分達の姉弟が幸せになるのであれば、売られた事に対して恨みはないと言っていた。
売られるのにも基準という物があるらしい。まずは年齢である。言うことを聞かせるには歳が10代半ば以下が好ましい。続いて顔となり、男性経験(無い方が高い)。最後に質(性格)と言うことらしい。しかし、年齢が10代後半になっている彼女たちは、顔と未経験で値段がつけられていると言うことである。
彼女たちの質(性格など)が良くないのに、何故フォルマンが仕入れた理由が納得できる。
5人は子供の頃から親の仕事を手伝い、姉弟の世話をしながら家族を助けていた。しかし、その生活には遊ぶ事など許されていない。それは生活が苦しいことを子供ながら理解していたからである。いつかは幸せな生活ができる。誰かと恋愛をして、楽しい未来が待っている……そんな夢を見ていたはずなのだが、それはただの夢で終わる。
売られた彼女達は、生まれたときから死ぬまで働くことを命じられて生まれたと言うことになるのだ。そして、誰も愛することができず、慰み者になるかも知れない。そういう恐怖と共に売られて、この場にいる……。
聞かなければ良かったという気持ちと、見てきた中での生活である程度予想ができていたので仕方が無いと言う気持ち、両方が栗山の中にあり、頭を悩ませる。自分は彼女たちに何をしてやれるのだろうと考えてしまう。
夕食の時間だと言うことで、5人は話を終わらせ、自分達にあてがわれた部屋に戻っていく。しかし、部屋の扉を閉めようとしたカミュが戻り「気にしないで下さい。今が幸せなら……それで良いのだと思います」と言い、一礼をして部屋から出て行く。
「馬鹿野郎……それは幸せとは言わないんだよ……」
そう呟き、これからの生活について頭を悩ませるのだった。
翌朝になり、栗山はアラームを止めて身体を起こす。すると、既に部屋の中に侵入しているカミュが笑顔で迎える。
「お前ねぇ……」
「おはよう。今日はどうするんだ?」
「……と言うか、いつからそこに居たんだよ……」
「さっきだぞ。起きたばかりだ!」
「今は2人だぞ? 本来のお前はそっちが素なのか?」
「さぁ? どうでしょう……で、今日はどうするの?」
戯けたようにしてカミュは立ち上がり、ベッドに腰掛ける。そして、栗山の肩に手を置き、身体を押し倒した。
「抵抗しないんですか? 襲っちゃいますよ? ご主人様……」
「お前、お腹に何が有るのか理解してるか?」
目線をお腹に持っていくと、黒い何かがお腹についており、「それは……」と言った瞬間、カミュの身体がビクッと震え、倒れ込む。カミュの身体に触れていたのはスタンガンで、カミュは感電し、崩れ落ちたのだ。
「い……痛たた……」
痛がっているカミュを退けて、身体を起こし着替え始める。
「う、受け入れてくれないの……」
「お前は馬鹿か? 朝から何盛ってんだよ。それに、周りの目と耳があるのを考えろよ」
そう言って部屋から出ていく栗山。カミュはスタンガンのダメージが抜けず、身体を動かせずベッドに寝そべり、「意地悪だ……」と呟く。しかし、カミュは栗山が言った言葉の意味を理解しておらず、今は布団に残っている匂いを嗅いで幸せな気分に浸るのだった。
宿屋を出た栗山達。
5人は何をするのか聞かされておらず、お互いが顔を見合わせる。昨日の話を聞いて、気分を害させてしまったのではないか……と。
コレットに関しては、カミュが朝から栗山の部屋へ入ったことを知っているので、何かやってしまったのではないかと不安に思っていた。
「なぁ、この町はかなり広いよな?」
「え? えぇ、まぁ……そうですね」
不安そうな声を出しながらチヒが答える。いったい何をさせるつもりなのだろう……と。場合によっては、自分達の価値はここを歩いている人以下となるので、身体を売ってこいと言われてもおかしくはない。実際、町にいる売春婦は奴隷が多く、その収入は主人の下へ納められる。折角身体を売って稼いだお金は、自分の懐に銅貨1枚も入らない。そして、妊娠するような物であれば、その子供を奴隷として売り出される可能性だって考えられるのだ。
安い金額で子供を買う商人はいるし、そう言った趣味の人もいる。栗山の発言に5人は緊張する。
「ここを拠点として、生活をしよう。こんなに広いんだから、色々なことがあるはずだ。先ずは家を探しに行こう!」
栗山の言葉に5人は思考を停止させる。「今、なんて言った?」5人は聞き間違えたのかと思い、お互いに確認し合う。
「あ、あのぉ……い、いま……家を探しにって言いました?」
代表してコレットが質問する。4人の中でカミュは既に栗山の専属奴隷という扱いになっており、栗山はカミュに無理なお願いをする事はないと思っている。そのため、カミュを除いて話し合いが行われるケースが増え、コレットが代表として話をする事になっていた。
別にカミュを嫌っている訳ではない。むしろ応援をしているくらいである。奴隷となったときから愛されることがない自分達であり、大事にされることがないと思っている中、カミュが栗山のことを好いていると言うことは、自分達にとっても喜ばしい事だ。
5人が辛い思いをするよりも、1人でも幸せになってくれたら、自分達にも希望という物が見えてくる。確かに、多少の妬ましさはあるかも知れないが、それでも同じ境遇の人が、叶わぬ恋をしたとしても、可能性がゼロに等しいかも知れないが、応援するべきであろうと4人は話し合ったのである。もちろん、カミュのいないところでの話である……。
「そうだ、家を探そう。買えないとしても、宿屋で過ごすよりは安いはずだ。俺達が本気で稼いだらそれなりの額になるはずだからな。それに、自炊すりゃ食事代だって浮く。それに、風呂には入れない生活をするのは耐え切れん!!」
この言葉に5人は呆れることしかできず、苦笑いをする。自分達の事を思っての言葉だったら少しは嬉しいと思ってしまった事に情けなさを感じ、歩きだした栗山の後ろを付いていくのだった。
どうやって家を探せば良いのか分からず、栗山はコレットの案内でギルドへ向かう。始めは手当たり次第店に入って聞こうとしていたのだが、ギルドであれば、大抵の情報が手に入るのではないかとエミルが言い、栗山等は向かうことにした。
闇雲に歩いても無駄だとエミルは思ったのと、依頼を扱う場所がギルドであれば、沢山の情報が揃う場所なのではないかと思ったのである。
ギルドに到着し、栗山とカミュは換金を行う次いでに情報収集をする。
すると、ギルドの隣が不動産となっているらしく、換金終了後に6人は不動産へと向かい、家について話を聞く。
不動産は閑散としており、客は全くいない。それもそのはず、地に足の着いた生活を送ろうとするものは商人、もしくは冒険者を引退した者だけだろう。
受け付けのような場所に座っている男性に話し掛けると、笑顔で返してくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそいらっしゃいました」
「家を探しに来たんですが……」
「はい、家でございますね。どの家を所望されておりますか?」
久し振りに来た客なのだろうか、かなり嬉しそうに話をしている姿を見ると、そう思ってしまうしかない。しかし、どうやって生計を立てているのだろうか。
「安い家を探しているんです。壊しても構わない家で、壊したところで責任が全く無い家ってありますか?」
唐突に無理難題を言い付けられると店員は苦笑いをする。
「や、安い家というのは……在ることはあるのです……お勧めすることは出来かねます」
「構いませんよ。こちらで手心を加えても構わないですよね?」
「ま、まぁ……そうですね……」
「じゃあ、紹介して頂けますか?」
「はぁ……」と、返事をして奥へ入って行く。何をそんなに嫌がるのだろうか。確かに、安い家を紹介するというのは利益に繋がらないだろうが、いつまでも空き家で置いておくことは、風化を早めることになってしまうので、貸し出してしまった方が良い。この世界の住人が、どれだけそう言った事に詳しいのか分からないが……。
町の地図らしき物を持ってきた店員。それはどう見ても簡易的な物で、正確に調べられた地図ではなく大雑把な物であった。
「現在、我々がいる商業区域がここになります」
地図に描かれている場所を指で示し、漠然的だが町の全体像が分かるようになっている。
「そして、ここの場所が住宅区域になり、多くの住民はここに住まわれております」
住宅区域の場所は町の大半を占めており、その中には貴族が住まわれていると思う貴族区域なる言葉も書かれていた。住宅区域は4つのエリアで形成されており、1つは貴族が住む貴族街、もう一つは中層住民が住む住民街、次が下層住民が住む低民街、最後に最下層住民が住む下民街である。
「で、今回、お客様が言っておられる安い家ですが、こちらの区域になります」
指で示された場所、そこは下民街と書かれており、小さな集落を示していた。4つのエリアの中で一番下の場所を店員は示したのである。
「ここであれば、毎月のお家賃が平均となりますが、銀貨1枚で住むことが出来ます。ですが、見たところ……お客様は冒険者様のようで、冒険者様がお住まいになるのであれば、こちらの場所が最適かと思われます……」
銀貨1枚と言うことは、銅貨1000枚、大銅貨であれば10枚と言うことである。そして、冒険者が住める場所を店員が示したのは、中層住民が住む住民街だった。
「では、その場所だったら幾らするんですか?」
店員はニコリと笑い、金額を言う。
「こちらは平均になりますが、銀貨30枚となります。冒険者様であれば、この辺の魔物や動物を毎日駆除して頂ければ、簡単に集まる額だと思いますが……如何致しましょう?」
銀貨30枚と言うのは相当の額である。確かに6人居るので集められない額ではない。だが、集めるだけで生活が出来るのかというとは別である。しかし、その家を勧めてくるということは、それなりの依頼がこの町にはあるという事だろう。
「先ずは……家を観てから決めたいと思うんですが、よろしいですか?」
「構いません!」
嬉しそうに店員は言って、栗山等は住宅区域を案内されるのであった。