優しくない異世界
命からがら町へ戻る栗山。入り口を警備している兵士を見た時、涙が出そうになった事は内緒である。それほど恐ろしい思いをしたと言う事だから。
化け物と死闘後、どうなったかと言うと、再び女の子からコンタクトがあり、簡単な説明を受けた。
『勝てたようだね』
「ヒントがあったからな」
『どうやら君は、こういった世界に関して知識が乏しいようだね。簡単に説明をしてあげよう』
勿体ぶるなと言いたいが、思った時点で既に負け。何故なら思った時点で相手に伝わっているのだから、言葉で言い負かしたりすることはできない。目の前に現れたのなら、その可愛らしさで全てが許されてしまうだろうが、見えないとなるとただ憎まれ口を叩く女にしか思えないのだ。
いまもこうやって思っているだけで相手に伝わっており、女の子は『クスクス』と笑っていた。
『会ったときにも伝えたが、ここは剣と魔法の世界。魔物は倒されても再び産まれて来る仕組みとなっている。魔物が復活するまでの時間はランダムだが、最低でも2日後となる。いくら魔物を沢山倒したからと言って、魔物が全滅すると言うことはない。必ず別の場所で新たに産まれて来る』
「何でそんな面倒な事を……」
『食物連鎖だよ。この世界の魔物は食料になる。その肉は動物の肉よりも美味しいと聞く。まぁ、そこにいるゴブリンですら食料となるのだ。仕方がないだろ』
この生物はゴブリンという奴か……。食物連鎖と言われれば仕方が無い話である。人間も増えすぎたら害になるし、魔物も増えすぎたら危険……バランスを取るとしたら、そこでしかないと言うことなのだろう。
『その通りだ。まぁ、魔物に関してはそう言った事だから、頑張ってくれたまえ。次だが、冒険者についてだが……』
町で聞いたギルドで登録の件か?
『ギルドを知っているのなら、説明は不要か……。細かいことはギルドで説明を受けるだろう。あとは種族に関してだが、これは自分で学んでくれたまえ』
随分と……。
『これはカルチャーショックを受けるかも知れないから先に伝えておこうと思う。この世界には奴隷制度がある。君達の世界では廃止になったものだが、この世界にはそう言った制度が存在している。嫌なら買わなければ良いだけだ。廃止にすることはできない。これは摂理だからね』
クソッタレな話である。
『君がどう思おうと構わんよ。それで、君に与えた袋だが、それは異世界に送られた者に与えられているレアアイテムだ。簡単に言うと『魔法の袋』言う代物で、物を沢山収納することができる。袋に入れようとすると、袋の口サイズまで小さくなって吸い込まれ、取り出すと元の大きさに戻る。生き物を入れることも可能だが、袋の中に入れられると意識を失い身動きが取れない状態になる。外との情報は一切遮断され、一生その袋の中に納められていることも可能だ。使い方を誤ると自分にしっぺ返しが来るので注意しな』
要は盗られないようにしろと言うことか。
『最後に、スキルや魔法についてだが、これはギルドで説明を受けると思う。説明されなければ、質問をするのだな。そろそろ時間のようだ……。君と会話を交わすのはこれで最後となる。もしかしたら、死んだときに再び話をするかもしれんが、その時は宜しく頼むよ』
それから暫くは動くことができず、ゴブリンの死骸を見つめていた。右手には拳銃があり、消えろと念じると、拳銃は一瞬で消える。
水が入ったペットボトルの召喚を試し、右手に水が入ったペットボトルが現れる。
「言われてみると確かに……楽ちんな……」
顔を引き攣らせながら蓋を開け、召喚した水を飲んでみる。全く味はしない。水を召喚したので当たり前なのだが、違和感というか、原理的に考えると謎すぎる。
暫くして袋に死骸を詰め込むのだが、言われたとおり袋の中へ入れるとき、そのサイズは小さくなって吸い込まれるように収納された。
そして今である。
酒場とギルドが合体した店の前に立ち、唾を飲み込む。頭の中に直接語りかけてきた子が言うように、ゴブリンを買い取ってくれればお金が手に入る。
意を決して店の中に入ると、声を掛けてくれた女性店員がこちらに気が付き、少し驚いた顔をする。初めて会ったときと異なり、服が汚れているからだろう。
「だ、大丈夫……ですか?」
「まぁ、なんとか……。ところで換金をお願いしたいんだけど……」
「え? あ、は、はい……換金……ですね……」
身なりから見て、外へ出て何かと戦ったのだと言うことは理解したらしく、女性店員は買い取り台へと案内して栗山は袋の中からゴブリンの死骸を出す。
「魔法の袋はお持ちだったのですね……」
「あれ? 知っているんですか?」
「え? 知っているというか、普通にお店で売っておりますが……」
あの子はレアアイテムだと言っていたのに……。
「そ、そうなんですか……。まぁ、譲って貰った物だったので……」
「そうですか。鑑定するのはこれだけですか?」
「あ、いや……あと2匹……」
「まぁ! 3匹も仕留めたんですか!」
自分が渡したナイフでゴブリンを3匹倒したのは凄いことだと驚きを見せる。だが、もしかしたら他の冒険者に助けて貰ったのではないかと頭に過ぎり、「コホンッ」と咳払いをして話を進める。
「なら、これを買い取らせて貰い、冒険者登録を行ったあとに残りを買い取りましょう。通常、ゴブリンは銅貨30枚となりますが、前回説明させて頂きましたとおり、登録をしていないと買い取り金額が下がってしまいます。このゴブリンは銅貨5枚となりますので、この報酬分で登録をしても宜しいですか?」
確認せずとも買い取ってくれて構わないのだが、店のルールがあるのかも知れない。栗山は頷き女性店員は1枚の紙と羽根ペンを栗山に渡し、ゴブリンの状態を確認する。
栗山は書類を眺めていると、書いてある文字が理解でき、受け取った羽根ペンで書類に書かれている質問事項を記入し、店員に返す。
受け取った書類に目を通し、書き漏れがないか確認を行っていると、店員は眉間に皺を寄せ始めた。
「日本とか言う村や町……聞いたことがないのですが……」
「そう言われてもそこで産まれたので……」
「もし、これが虚偽記載であったなら、登録時に弾かれてしまいます。その際に、新たに登録する必要となりますので、再び銅貨5枚をいただく事になります。それでも宜しいですか?」
本当の事なので虚偽と言われても困ってしまう。
「う、嘘じゃないので……お願いします」
「……分かりました」
小さくため息を吐き、登録を行うために何処かへ行ってしまう。
周りを見渡すと、他の客たちは栗山の方をチラチラ見ており、居心地の悪さを感じてしまう。
暫くして納得のいかない顔して店員が戻り、栗山にカードを見せる。
「おまたせ致しました。これが冒険者として登録されたカードになります」
カードには名前と出身地、スキルポイント、スキル欄が書かれてあった。
「そのカードは魔法の力で作られた物です。魔物を討伐したり、ギルドで依頼を受けたり熟したりした際に提示して頂きます」
「身分証明書みたいな物か……」
「簡単に言えばそういった部類の物になりますね」
説明はこれで終わりと言った雰囲気を出しにこやかな笑みを見せる店員。スキルについて説明を受けろと言う言葉を思い出し、話しかける。
「スキル……ですか? 本当に何も知らないのですね……」
呆れたと言った表情を見せ、少し溜め息を吐いてから説明を始めた。
「スキルというのは、特殊能力と言った方が分かりやすいですかね……。誰かに習う、もしくはご自身の才能が開花した際に、スキルポイントを使用して能力を開放させるのです。ポイントに関しましては、カードに記載されている通り、レベルと言うものがありまして、レベルが上がるごとにポイントは増えていきます。ですが、先程申し上げた通りスキルを覚えるには誰かに習うか才能の開花が必要となり、レベルが上がったからと言って直ぐにスキルを覚えることはできません。そして、スキルポイントですが、1レベルに3ポイント入ります。そのスキルに応じてポイント消費量は異なりますのでお気を付け下さい。ここまでで質問はありますか?」
特殊能力と言うよりも特技を得ると言った方が早いのかも知れない。
「レベルを上げるにはどうしたら?」
「レベルを上げるには、魔物や動物を倒すことで上がります」
「魔法は?」
「魔法に関しては、魔導書が売られておりますのでそちらを読まれれば使用できるかも知れませんが、才能の問題になりますので、お答えすることが難しいですね」
魔法に関してはスキルでどうこう言う問題ではないようだと言うことが分かり、少し残念に思ってしまう。
「分かりました。では、残りのゴブリンを換金して頂けますか?」
「かしこまりました」
残りのゴブリンを換金し、銅貨60枚を貰って店を出て行く。かなり日が暮れてきたので、泊まる場所を探す事にして町をウロウロすると、宿屋らしき店を見つけたので入っていく。だが……。
「え? 満員……ですか?」
「えぇ、部屋が全て埋まってしまったんです。申し訳ありませんが改めてお越し頂けますか」
仕方無く他の店を当たってみようと思い、店の人に宿屋を紹介してもらおうとしたのだが……。
「この町では宿屋は当店しかありません。何ぶん、小さい町なもので……」
申し訳なさそうに答え、仕方無く店を出る事にしたのだが……外に出て目に映るのは夕日である。
太陽が地に落ちるのを見て、途方に暮れてしまう。何故なら、宿屋に泊まれなくなったと言う事は野宿が決定したという事である。トボトボと歩き、何処か野宿ができる場所はないかと探すのだが、小さな町でその様な場所は見当たらず、入り口にいる兵士に相談してみるのだが、兵士は「町の中で野宿する場所はないよ」と、冷たい台詞が返ってくる。
諦めて町の外に行き、どこか野宿をする場所はないかと歩き彷徨っていると、日が暮れて夜になってしまう。振り返ると町からかなり離れた場所にいるようで、町の光が小さく目に映る。
「異世界に来て……一つも良いことがないんだが……」
栗山の呟いた言葉は誰が聞いている訳でもない。鼻を啜りながら森の方へと歩いて行くのだった。