28.止まない雨はない
外は雨が降っており車はあまりスピードを出すことなく進んでいく。地面はアスファルトではなく泥濘んだ道で、足場は悪い。
歩くよりは全然早く、かなり距離を稼ぐのだが、雨は降り続ける。いつまで降り続けるのだろうと思うが、天気予報というものがないのでそれは分からない。
しかし、雨だからか、魔物はまったくでて来ることはない。安心しながら車を走らせているとドローンの航空映像で見た橋に辿り着く。
「まぁ、出来上がっているはずはないよな……」
運転席のハンドルに顎をかけ、作業されていない修理中の橋を見つめる。だが、修理が完了していたとしても橋は車の重量に耐え切れるようには見えず、車から降りる必要がある。
しかし、直っていないので廻り道をするしかないらしく、栗山は小さく溜め息を吐いて一度車から降り、周りを見渡す。すると、なるべくこの場から早く離れた方が良い事が分かり、再び車に乗り込んだ。
身体が気怠く少し熱っぽさを感じる。風邪を引いた可能性があり、風邪薬を召喚して薬を飲むが、できれば少し休みたい。しかし、そういう訳にもいかないので、もう少し頑張ろうと顔を叩きハンドルを握った。
車が停車したことに気が付き、カミュは身を起こす。雨音がするので外は未だに雨が降っている事が分かり、少しゲンナリする。いつまで振り続けるのだろうかと思うが、こればかりは神様の気分次第であり、自分達はそれに抗うことが出来ない。
部屋箱を動かしている栗山が気になり、カーテンを少し開けて様子を窺う。
栗山は気が付いていないらしく、前を向きながら丸い輪っかを握って何かしている。
隣の席が空いているので座ろうか悩んでいると、「座れば?」と栗山から言われ、カミュは身体をビクッと飛び跳ねさせた。
「き、気が付いてたの?」
「最初っからね」
自分等のように耳が良い訳ではないはずなのにと思いつつ、恥ずかしそうに助手席に座り、前を見つめる。何か話題がないか考えているが、特に思い浮かばない。
「少しは休めたのか?」
栗山が声を掛けてくれたお陰で話す機会が出来、頬を緩ませ「うん!」と、元気に返事をする。
「この先に橋があるんだけど、着いたら降りる必要がある。橋の構造から考えると、重さには耐え切れなさそうなんだ」
「それなら仕方がないよね……」
折角雨に濡れなくて済むと思っていたのに、また濡れてしまうのかとカミュは思いながら小さく溜め息を吐いた。
「それと同時に、魔物と戦う可能性があるから注意してくれよ」
「え?」
自分には魔物の音を拾うことができないのに、何故、栗山がそれを分かったのか分からずカミュは驚いた顔をして栗山を見る。
「悲しい事だけど修理中の橋には冒険者の死骸が転がってた。あそこで戦いが行われたんだろう。そして、全滅したんじゃないかな」
疑問に気が付いたのか、栗山がカミュに説明をする。そういう事かとカミュはホッと息を吐き外を見るのだが、再び栗山を見る。
「い、今……全滅って……言った?」
「言ったよ。死体は5つ。全滅していないのであれば、死体は無いと思う。仲間が埋めるはずだから。しかし、死体が転がっていたと言う事は、全滅してしまったのだろう……」
「ちょ、ちょっと待ってよ……な、なら、何に襲われたというの!」
「俺が知るはずないだろ……。お前等よりも知識が乏しいのだから。だから、戦う可能性があるって言ったんだ」
冒険者が全滅。カミュの中で衝撃的な言葉だった。カミュが見てきた中で、怪我をしている人はいたが死人はいなかった。なので、死という物はどこか遠くの話だと感じており、自分達には関係の無い事だと思っていたのだった。
栗山が見た冒険者の遺体には、何か刺されたような痕があり、冒険者の武器以外で落ちている物はなかった。と言う事は、相手は尖った何かを持って攻撃しているという事だろう。
武器がある程度予測できるのであれば、戦い方も多少楽になる。だが、それは絶対というわけではないので、他の方法も考える必要はあるだろう。
もし、水の中だとしたらそれなりのやり方もある。
車を走らせていると目的の橋が見えてくる。栗山が車のスピードを落とすと、カミュの顔が強張る。
銃を手にして、イザという時の準備しているのだが、手が震えてしまい、覚悟が決まらない。どこかで自分達は死ぬ事はないと思っていた。だが、冒険者が死んだと聞いて、その死んだ冒険者の側に自分達がいると知り、どのように殺されたのか分からず、心の底から恐怖という物を味わう。今までの魔物は、動物型の魔物と人型の魔物である。
その攻撃は至って簡単……ナイフや混紡、または力や牙、爪で攻撃を仕掛けてくるだけである。カミュが装備している武器というのは飛び道具のみ。栗山が使用している(カミュ等の前で使用した事がある)のは飛び道具のみ。接近戦での戦いは一度も無い。
しかもこの雨のおかげで音を拾う事ができず、敵の位置を探る事ができない。今までこの様な経験が無いためカミュの頭は混乱してしまっている。
車を止めて雨が降りしきる中、栗山は銃を手にして車から降りる。周りを確認したが、特に問題なさそうなので橋の方へ歩いて行き、車で渡れるか確認するのだが、想像していた通り橋はかなり古く、車で渡ると橋が損壊してしまう恐れが出てくる。
勢いつけて一気に車を走らせれば通る事は可能だろう。しかしその後、渡る事はできなると思われるのでこの案は廃案だ。
車に戻り運転席のドアを開けると、助手席に座っているカミュがカチカチと歯音を起てて震えており、その顔は真っ青になっていた。
「ど、どうしたんだ? お前……調子でも悪いのか?」
調子が悪いというのなら、俺の方が調子が悪いと思いつつ、カミュに聞いてみる。カミュは油が切れたロボットのようにギギギと首を向けて泣きそうな顔をしていた。
「ど、どうしよう……」
「な、何がだよ?」
「お、音が……雨音しか聞こえないから……敵の場所が分からない……」
その様な事で脅えていたのかと栗山は思い、深い溜め息を吐く。
「大丈夫だよ。問題ない。いつも通りにやれば良いんだよ。構える必要は無いよ」
「だ、だけど……」
「カミュが持っている武器は強い。引き金を引けば直ぐに弾が飛び出すんだ。慌てずに攻撃をすれば問題なく相手を倒す事ができる。俺はカミュを信じてる……大丈夫」
「そ、そう……なの?」
「問題ない。それよりも、これで向こう岸に渡るのは難しい。橋は歩いて渡るしかないから、皆に降りるように言ってくれ。それと、武器を確り持つように! 分かったか?」
カクカクと首を縦に振り、怖さを払拭しているようには見えず後ろに下がっていく。その間に、車の出口へ回り、彼女等の降り口を確保し、周りを警戒する。
暫くすると、5人は周りを警戒するように車から降り、まるで刑事ドラマのように銃を構える。正直に言って笑いそうになってしまったのだが、それは彼女たちに失礼だろうと我慢し、笑いを堪えながら車を仕舞うように召喚を解除した。
「あの乗り物で橋を渡る事は難しい。なので歩いて橋を渡る。向こう岸に着いたら再び乗り物を出すから、それまでは我慢してくれ」
そう言うと5人は頷き周りを警戒するように銃を構える。だが、カミュだけは震えており、風邪でも引いたのではないかと心配してしまいそうになる。
「カミュ、肩の力を抜けよ。大丈夫だから」
「わ、分かってる……し、信じてるから……」
頭の中で分かっていても、身体は正直である。
ゆっくりと橋へ歩いて行く。周りから見たら、何をしているのだと思うだろうが、6人は真剣な目をしながら、ゆっくりと橋の中央まで歩いて行く。橋の長さは10メートルほどで、川は増水して水かさが増している。
警戒しながら歩いていると、川の流れというか、一部、水の様子がおかしい場所が見つかり、栗山は急いで橋を渡らせる。
5人は何が起きたのか分からず、慌てて川を渡りきり、振り返って川を眺めていると、栗山は丸いボールの様な物を手にしており、5人に見せた。
「川の中に魔物がいるようだな。見て分かる通り、川の中に攻撃をする事はできない。皆が持っている武器がいかに優れていても、水中の中は無理なんだ」
「じゃ、じゃあ……どうするの? 上がってくるまで待つって言うの?」
エミルが眉間に皺を寄せて聞いてくる。
「イヤイヤ、俺は気が短い。さっさと面倒ごとは終わらせてしまいたいんだ。それに、1人不安がっている奴もいるようだし、水の中でこちらが油断するのを待っている馬鹿に先制攻撃を仕掛けてやろうじゃないか」
ニヤリと栗山は笑い、5人には川辺に向かって銃を構えるように言って、持っていた丸いボールに付いているピンを抜き、水の流れがおかしい部分に向かって投げ入れる。
すると、川の中で爆発が起こり、何かの固まりが空から降り注ぐ。突然の事に5人は驚くのだが、魚や半魚人ぽい魔物が浮き上がり、栗山はその半魚人ぽい魔物に向かって射撃をする。
第二次世界大戦中、旧日本軍が食糧不足の際、この方法を用いて食料を得ていたという話を聞いた事がある。水圧によって魚など殺すと言う事だったが、魔物の強靱さで死ぬのかどうか不安で、最悪でも気絶くらいはするだろうと言う事で手榴弾を投げ入れたのだ。
そうしたらまんまと魔物が浮いてくるではないか。後はそれに止めを刺せば良いだけの話である。
圧倒的な強さというか、反則に近い攻撃により魔物を駆除した栗山。カミュはただ驚く事しかできず、茫然とその光景を眺めるのであった。
それから車に乗り込み、再び移動を開始する。
無事に橋を渡る事ができ、先へ進んで行くと空は次第に暗くなっていく。外の雨は止むことなく降り続けており、外での野宿は難しい事からキャンピングカーで休む事にして休息を取ることにし、栗山は車を停車させて食事の準備を始めたのだった。
夜中になると雨は上がり、栗山は外に出る。雨が上がった事で、魔物が動き出したら厄介だと思ったからだ。
また、川でカミュが相当怯えていた事で、精神的に戦うのは厳しいのではないかと判断したと言うこともある。
外にバルーン型の投光器を設置して明かりを灯す。椅子を召喚し、暫くの間何も起きない事を確認してから毛布を召喚し、眠りについた。
翌朝になり、徐々に意識を取り戻して行くと、目の前に女性の顔が映り込む。一瞬、心臓が止まるかと思ったが、声を上げるのを我慢して身体を起こす。
「お、お前は俺を殺す気か?」
「そんな事ありませんよ。雨が止んだようだったので……外の空気を吸いに出てきました」
顔を覗き込んでいたのはコレットで、白々しい顔して横に立つ。
「チアキさんは何しているんですか? 1人で……」
「女性の中に男がいたら嫌な物だろ。それに、寝苦しかったから外で休んでいたんだよ」
袋から椅子を取りだすように召喚し、コレットに差し出すと「ありがとうございます」と言って、栗山の前に座る。何故向き合って座る必要があるのだろう。そう思いながら袋から水と薬を取りだすように召喚し、口に含んで飲み干した。
「質問があるのですが……宜しいですか?」
「断る」
「何故、カミュの質問に答えて私の質問に答えてくれないのです?」
「断ったはずだ。それに、俺は少し調子が悪い。暫く寝かせてくれないか」
「そう言われても……まもなく日が昇り始めますよ?」
マジかよと思いながら袋から時計を取りだし時刻を確認すると、時間は午前5時40分を過ぎたところである。現在が何月なのか全く分からないが、少し肌寒くなっており、夏では無いのだと言う事が分かる。
初めて異世界に来たときからそう思っていたが、昼間はそれ程寒い訳では無いので気にしなかった。
「あんまり寝る事ができないというのは……結構キツいな……」
「そういう役目は……」
コレットが何か言いかけるが、直ぐに止める。それ以上言ったのなら、栗山は何と答えるのか……コレットはなんとなく理解してしまったのである。
「カミュ……彼女の事、どう思っているのですか?」
「そういう事を気にするのか? お前等は……」
「そりゃ……私は同じ村の出身だし……」
「ふ~ん。まぁ、幼馴染みと離れなくって良かったな。じゃあ、今日はコレットが飯を作ってくれよ」
栗山が毛布を肩までかけ、もう一眠りしようとして言ったのだが、コレットは「無理です。作れません」と、ハッキリ言う。瞑った目を開けて、コレットを見る。コレットは満面の笑みで栗山を見ていた。




