甘いお菓子
コレット達が林に入って行き、ニコニコしながらカミュは栗山の顔を見つめている。
「どうしたんだよ」
「別にどうもしないよ。ただ見ているだけじゃ駄目なの?」
いつもなら、男勝りな喋り方をするのだが、今は女を意識するような喋り方をする。こういう時は大抵何か裏が在るときであり、面倒くさい事が起きる前兆だ。
「別に……俺を見ても、何も出て来ないぞ」
「それでも構わないよ。ただ、見ていたいだけだから……」
嬉しそうな表情で見つめてくる。本当に鬱陶しい。
「ふ~ん。物好きな奴。まぁ……戻ってくる間、暇だから何か摘まめる物でも食べようぜ」
そう言って袋の中からお菓子が入った缶を取るように召喚しカミュに見せた。しかし、カミュは驚いた顔をすることなく缶を見つめる。
「本当に凄いね。そんな能力、聞いたことがないよ」
前に召喚したときに見たのは間違いではないと思っているらしく、完全に疑っているカミュ。笑顔を崩さずに言う……。その笑顔の裏にはいったい何を考えているのだろうか。
「カミュが言うようにこれが能力って言うんだったら、これは何だって言うんだ?」
「さぁ? 分からないよ。見たこともない物だからね。それは一体何なの?」
「これはお菓子という物だ。甘くて美味しい。そうだな……貴族が食べるような物じゃないか? まぁ、こっちの方が美味しいはずだけど」
「貴族が食する物……。ご主人様は貴族様なの?」
珍しく兄ちゃんとは呼ばず『ご主人様』と呼ぶ。いったい何を考えているのだろう。
「違うよ。貴族なんかじゃない。俺は平民だよ」
「平民なのに、貴族様のような食べ物を食することができるのっておかしいよ。ご主人様は何者なの?」
「普通の――」
「いつか教えてくれる?」
被せるようにカミュが言うが、栗山は答えることはせず、一息吐いて無言でクッキー缶の封を開けカミュに差し出す。真剣な目で栗山を見つめるカミュだが、声に出さず、ゆっくりと口を動かす。
『嘘つき』
栗山にはそう読み取れ、「何を言っているのか分からない。食べないのなら、俺1人で食べるが?」と言うと、カミュはクッキーを一つ手にして匂いを嗅いだ。
「甘い匂いがするね」
「さっき言っただろ? 甘い物だと……」
「そうだったね」と、笑いながら口にする。すると、「甘くてサクサクするぅ!」と声を上げ、頬を緩ませ嬉しそうな顔をするのだった。しかし、直ぐに顔を戻し問いかける。
「もう一つだけ教えて欲しいな」
「文字以外で教えることはないけどな」
答える気は無いという意味で言うのだが、カミュはその事を無視して話を続けた。
「何で私達を助けたの? 別に、ご主人様が私達を買う必要は無かったよね。私達は奴隷だから、最低でも金貨1枚以上するはず。ご主人様の身なりは確かに珍しい。この辺だと全く見ることはないから……。それに、あの武器を渡してまで私達を購入する意味が分からない……」
先ほどまでと言うより、今までとは全く雰囲気が変わり、真面目に話をしているカミュに対して、どのように答えて良いのか戸惑うのだが、まだ本当のことを言っても分かるはずはないし、ここで話す必要も無い。
「さてね。俺にはカミュが言っていることが分からないよ。逆に質問させて貰うが、お前はどっちが本物だ?」
質問に対してカミュは黙っており、栗山は深い溜め息を吐く。
「まぁ、どっちもお前なんだろうが……そのうち疲れちゃうから俺の前では本来の姿でいろよ。これは命令ね」
「うん。分かった。命令……ね……」
少し悲しい顔をするカミュ。
「まぁ、これでも飲んで待っていようぜ」
そう言って袋の中から紅茶のパックを取り出すように召喚し、カミュと2人で4人が帰ってくるまでお茶をするのだった。
暫くして4人が戻ってくる。その顔は今まで見たこともないほど嬉しそうにしており、カミュは嬉しそうにする。多分、これが本来のカミュなのだろう。カミュの顔を見てコレットがホッとした表情を見せ、カミュに近寄り何か話している。2人とも真剣な表情で話をしていて、近寄りがたい雰囲気である。チヒ達は倒した獲物について話をしているようで、これからどのように戦えば良いのかと話していた。
カミュとコレットの話が終わり、カミュが一気に話を変える。
「兄ちゃんがお菓子って奴を食べさせてくれたんだ! 甘くて美味しいぞ!」
その瞬間、4人の目が栗山に向く。その目は獲物を狙うような目をしており、栗山の背中に冷や汗が流れたのは言うまでもない。仕方が無いので15分ほど休憩タイムを取り、4人は初めて食べるお菓子に舌鼓を打っていた。
「この様な物があるなら初めから食べさせてよ。けち臭い奴ね」
憎まれ口を叩くエミル。皆はその言葉に頷きながら笑い、紅茶を飲んだりお菓子を食べたりするのだった。それから再び移動を開始し、町へと歩き始める。その間、何度か魔物や動物を発見すると、5人で倒して冒険者としての経験を積んでいく。
栗山が何気なく冒険者カードを見ると、既にレベルは15となっていた。それを覗き見るコレットは、驚いた声を出して皆に報告し、4人は凄いと言って驚いていた。
魔物を倒したり、動物を倒したりすればレベルが上がるのだが、上がったところで何が起きるのか分からない。ただ、スキルを覚えるポイントが手に入るだけではないのだろうか。そんな事を思いながらカードを仕舞う。
「兄ちゃん、レベル15って本当か!」
「あ、あぁ……。それがどうしたんだよ?」
カミュは身体をペタペタと触り、首を傾げる。
「う~ん……本当にレベル15か? 何か見間違えたんじゃないのか?」
イヤイヤ、君とは違って文字は読める。間違いなくレベルは15だ。と、口にしたかったが、面倒だったのでする事はなく、カミュの頭を撫でる。
「そうだな、コレットの見間違いかも知れないな」と言って、先を歩き始める。コレットは「見間違いじゃないもん!!」とカミュ達に言っており、賑やかな状態で夜に突入するのであった。
夜のなるとバルーン型の投光器が設置され、辺りを明るくする。食事を作るのは栗山であり、誰も手伝おうとしない。それどころか、女性陣は何時間も移動しない事が分かると、袋の中から雑誌を取り出す。
その雑誌は栗山が宿屋で召喚したもので、解除するのを忘れていた物だった。
だが、彼女達が楽しんでいるのなら、そのままにしておこうと食事を作る。とは言っても、食事はレトルトの食材で、簡単に出来上がる。
そろそろレトルトのレパートリーが無くなってきたので新しい事を考えなければならない。ゆっくり出来るのであれば、自分で作っても良いのだが、今の所そういった訳にはいかないから悲しい。
5人に声をかけ食事を食べ始めると、雑誌を手にコレットが質問する。
「チアキさん、チアキさんが住んでいた場所では、こういった物を着ているのが当たり前だったんですよね?」
「そうだけど?」
「ヘェ~……」と言って、再び雑誌に目をやるコレット。ハッキリ言って、行儀が悪い。
「コレット、食事をするか本を読むのかどちらかにしなよ」
注意しようとしたら、先にチヒが注意する。こういった場合、チヒの方が行儀を知っているようである。
食事が終わり、食器などを片付けていると、カルミが寝そべって空を眺めていた。
「こんなに明るいと星は見えないだろ?」
「そうでもないよ。少しでも観れるならそれで充分。それ以上は我が儘だよ」
「そうか」
「ねぇ……」
身体を起こし栗山の顔を見る。
「あん?」
「今日は……その……あ、ありがとう……」
カルミが恥ずかしそうな素振りでお礼を言う。命令という言葉で縛り付けて言うことを聞かせる。本来はそういう事をしたくなかったのだが、素直にならない2人に対して物を教えるには、命令と言って心の逃げ道を作ってやることしか出来ない。
「別に、素直になれない2人に切っ掛けを与えただけで、教えたのは3人でだ。お礼を言うのなら、俺じゃなく、他の奴らに言ってくれ。特に、最初に譲ろうって言った奴……そいつはオチャラケているが、常にみんなの事を考えてるぞ。自分のことを後回しにする奴……大事にしてやりな」
そう言って席を外すように栗山は移動し、テントの準備を始める。以前、野宿をした時にはテントなんて出していなかったが、考えてみると彼女等は女性である。
何かあっても困るし、身体くらい拭かせてあげるべきであろう。
「お前ら、今日はこの中で寝ろよ。ここの中でなら多少だが明かりも遮れるし寝やすい。それに、中でなら身体を拭くことが出来るだろ」
言われて5人はテントの中を覗くと、中には布団が敷かれており、いつでも寝られる準備が出来上がっている。しかも、その布団は真新しくフカフカで、まるで真綿で作られたものの様に感じられる。
「こ、これ……使って良いの?」
カミュが振り向きながら聞いてくるので、「使いたくなければ使わなくて良いよ」と、素っ気なく答える。その先は答えることなく5人は布団にダイブして、布団の弾力を味わうのだった。
夜も更けていき、静寂の中、虫の鳴き声が響き渡る。時間は深夜1時を過ぎた頃……。既に5人は眠りについており、栗山は何個か投光器の召喚を解除し椅子に座って紅茶を口に含む。
そろそろフォルカンと別れて時間が過ぎた頃だと判断し、フォルカンに渡した銃の召喚を解除した。
これで余計な証拠を残すことはない。銃を渡すこととなったとき、この方法を考えていた。
フォルカンには申し訳ないと思うが、これだけ離れていたら追いかけてくる事はできないだろうし、こちらが取ったと言われることがないはずだ。
一応、用心にするに超したことはないため、これだけ時間をかけたのだ。だが、一応距離は稼いで置いた方が良いだろうと判断し、少しだけズルをすることに決めるのだった。
翌朝、栗山がセットしたアラームが鳴り響くと、栗山はアラームを止め身体を起こす。5人にはテントで寝て貰ったが、栗山は外で寝袋に入って寝ており、何かあったときに備えていた。
寝袋の召喚を解除して身体を伸ばし、朝食の準備を始めるためカセットコンロやフライパンを召喚する。
5人は未だ眠っているようで、起きてくる気配はない。いつもなら、カミュが先に起きて人の部屋に忍び込んでいるはずだが、疲れには勝てないようだ。
カセットコンロのスイッチを入れ、フライパンを温め、食パンをフライパンの上に置いて少しだけ焼き、それを裏返す。そして、チーズを乗せ、卵を割ってパンに乗せる。
腹ぺこが匂いに釣られてきたのか、テントの中からカミュとコレットが目を擦りながら起きてきて朝の挨拶を交わす。
「……何を作っているんですか?」
鼻をスンスンと鳴らしながら匂いを嗅ぎ、顔を綻ばせるコレット。まだ完全に目を覚ましている訳ではないカミュはフラフラしながら栗山の背中に抱きついてきた。
「カミュ、危ないだろ」
「おはよう……兄ちゃん。喉が渇いた~」
人の話を聞いている様子はなく、耳元で囁く。それが少しこそばゆいのと、背中に伝わる二つの固まりが心臓の鼓動を早くさせるが悟られる訳にはいかないため、冷静を装い飲み物を渡す。だが、カミュは退くことなくその場で蓋を開けて、ゴキュ……ゴキュ……と、渡された飲み物を飲み干す。
「ごちそうさま~……」
空のペットボトルを受け取れと言わんばかりに差し出す。コレットは全く気にした様子はなく、椅子に座ってパンが焼き上がるのを待ていた。
もう、コイツは放っておこうと思いそのまま作業を続け、焼き上がったパンを皿に載せてコレットに渡す。
皿を受け取ったコレットはパンに鼻を近付け匂いを嗅ぎ、再び顔を綻ばせ一口食べると、「美味しい!」と言って勢いよく口の中に頬張っていく。
その間に次のパンを焼くのだが、カミュは降りることなく背中で朝飯を食べて甘えていたのだった。
朝食を食べ終わり、皆が片付け始める。この時だけは手伝ってくれるのだと思いながら作業をしていると、カミュが恥ずかしそうな表情で近付いてくる。
「ね、ねぇ……兄ちゃん……」
「どうした? 甘えん坊」
「か、紙……ある?」
ここでないと言ったらどうするのだろう。そう思いつつも、袋からトイレットペーパーを取りだすように召喚すると、カミュは恥ずかしそうに受け取り、草むらへ入って行く。何かあったら困るので、コレットにお願いしてカミュのトイレに付き合わせ、片付けを続ける。
カミュのトイレに続き、チヒやエミルも紙が欲しいと言ってきたので、2人にも渡してその場から少しだけ離れることにした。
男が近くにいたらやり難いだろうから……。
何だかんだ全員がトイレを済ませ、移動開始する。時間は既に10時を回っており、予定以上に時間を取られた。原因は簡単。3人が起きるのが遅かったからである。
昨日とは事なりカミュは栗山の隣を歩き、コレットはその反対側を陣取るように歩いている。エミル達は呆れた顔でそれを見ており、カルミに「アイツの何処が良いの?」と質問して、カルミとチヒは苦笑いするのだった。




