初めての異世界、何をすれば良いの?
2017.09.27 貨幣について変更
目を開けると見知らぬ場所に立っていた。何がどうなっているのか分からず、周りを見渡し、ここが何処なのか確認するのだが、どうやら日本ではない。
建物はファンタジー風の物ばかり。だが、自分の服装は異なっていた。周りの人はこちらをジロジロ見ており、通りかかった人に「邪魔だ」と言われ、気恥ずかしさも相まって場所を移す。
改めて自分の格好を確認すると、家を出たときと同じ格好をしていたのだが、腰には袋が付いており、先ほど経験したことは夢で無い事を知る。
「さて、これからどうしたら良い物か……」
深い溜め息を吐き、これからについて考える。ここはいったい何処なのだろう。それすら分からないで、この場にいるのだ。
あの子は何と言ったかと、記憶の海馬に呼びかける。
「確か……剣と魔法の世界で、魔王なんて物は存在していない……だったかな。あとは恩恵を貰ったくらいか……」
恩恵……。何を欲したのかというと、『召喚能力』である。
召喚出来ない物は、金と生き物。それ以外はなんでも召喚できると言っていた。空想上の物も問題ないとまで言っていた。
先ほど確認して分かったことだが、文字は読めるらしい。書くことはどうなのか分からないが、読むことと言葉は理解することができる。なので、先ずは聞き込みから始めることにした。
聞き込みをしてから分かったことだが、ここは『ルルブルクの町』という名前らしく、町の外には魔物がいるという話であった。
お金に関して露店で確認したところ、通貨は金貨、銀貨、銅貨と白金貨の四種類。銅貨1000枚で1銀貨となり、1,000銀貨で1金貨、10,000金貨で1白金貨となるようで、買わないなら邪魔だと言われ、稼ぎ方を質問したところ、酒場で聞けと言われてしまった。
仕方なく酒場へ向かい中に入ると、酒場と仕事斡旋所が合体しているらしく、そこの場所を『ギルド』と言う名前らしかった。
ロールプレイングゲームをした事のある人だったら、大抵のことはここまで来れば理解できたのだろう。
だが、ソーシャルゲームのパズルゲームしかやっていない人には、ギルドと言われても、何を言っているのかよく分からない。仕方なく酒場の女性店員に、何をどうしたら良いのか聞いてみることにして話し掛けた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あのぉ……ここは何をどうしたらよい場所なんでしょうか……」
「ここはギルドと酒場が合体したお店です。冒険者として登録、魔物や動物を換金、依頼を受けたり報告をしたりする場所です。後は見て頂いた通り、食事やお酒を嗜んだりする場所になります。お客様はギルドをご存知ないのですか?」
「面目無い、遠い場所から来たもので……右も左も分からないんだ」
困った顔をし、頭を掻きながら言う。店員は呆れた顔して小さく溜め息を吐いた。
「それにしても……分らなさ過ぎだと思いますが……」
ハハハ……。と、誤魔化すように笑い、冒険者になる方法を教えて貰う。
冒険者になるには受付で登録する必要があるらしく、登録料が掛かるとのこと。その登録料は、銅貨5枚必要となるらしく、現状では、お金を持っていないため登録することはできない事を告げられたようなものだった。お金がないことを説明すると、何故、酒場にやって来たのだと言わんばかりの顔を一瞬だけし、直ぐに表情を戻す。
「まぁ、登録ができずとも換金する事はできますが、登録したときよりも値段が下がります。本来、野良ウサギ1匹、銅貨5枚となりますが、登録されていないと1枚となります。この理由としましては、ご自身で倒したか判別ができないからです」
「判別ができない?」
ふぅ~。と、呆れたように溜め息を吐かれ、店員は話を続ける。全くもって面倒な客に声を掛けてしまったと言う感じに……。
「登録されたら、ギルドカードという物が発行されます。これには登録された人の名前などが表示され、どの位魔物や動物を倒したか、どういった魔物や動物を倒したかが記録されるのです。ですが、登録されていない方は、その証明がされないため値段が下がってしまうのです」
成る程……と、答えると、店員は「もう良いですか?」と言って、他の客に話し掛ける。お金がないのだから相手にしている暇はないと言うのが、この世界の常識らしい。
この場に留まっても仕方がないので、仕方なしに場所を移そうとすると、先ほどの店員が戻ってきて一本のナイフを手渡してくれた。
「丸腰という訳にはいかないでしょ? 見たところ装備品が何もないし……。それは使わなくなったナイフだから、貴方にあげます。私にはこれしかできませんが、頑張って下さい。あ、ナイフをあげたことは内緒ですよ?」
普段であれば、こういった事はしないのだろうが、本当に危なっかしいと思われたのだろう。その厚意に感謝して店から出て行く。
先ずはお金を稼がなければならない。仕方なく町の外に出ることにしたのだが、町を警備している兵士に「そんな装備で大丈夫か?」と、心配されるのだが、何か武器をくれたりする訳ではなく、ただ本当に危険だと思い声を掛けた……。それだけだった。
町を出て暫く歩き続ける。
目の前に広がるのは草原と街道。
少し先へ行くと丘があり、その先には森が見える。
ギルドで名前が出たから野生のウサギでもいるのかと周りを見渡すのだが、街道付近に動物や魔物がいるはずがない。相手もそれ程馬鹿じゃないと言うことなのだろう。人通りが多い場所で簡単に現れることはないし、人が多いため襲いにくい。
なので、街道を外れ草原を歩き始める。だが、動物がいるようには見えず、どうやってお金を稼げば良いのか分からない。最悪でも今日中に銅貨5枚でも手に入れなければならないため、焦りが出始める。
「仕方がない……。森の方へ足を運んでみるか……」
この時は知らなかった。街道から少し離れた草原では、動物も魔物も現れることがないと言うことに。
確かに森へ行けば敵との遭遇率が上がるが、その分、危険度は増す。
ロールプレイングゲームをやったことのない人でも少しは知っていることだが、ここまで敵が現れないとなると、行くしか方法はないと考えるのが妥当だろう。
少しでも早く安心に包まれたい。そう思う事が焦りを産み、思考能力を低下させているという事に気が付くには、経験と知識が乏しい過ぎていた。
一度街道まで戻り、道に沿って森がある方へ歩き始める。人とすれ違えば少しだけ安心できるのだろうが、人と出会うこと全く無く、気が付いたら森の中へ入っていた。
木々の隙間から光が差し、空気は美味しく感じる。元いた世界では滅多に味わう事が出来ないが、心に余裕が無い状態ではそこまでの思考は働かない。目をギラつかせながら生き物を探す。
このまま街道を歩いていても、何も現れない。そう思い街道から外れ森の中へ進んでいく。考えてみればナイフ一本でどうやってお金を稼ぐというのか……もっと他にお金を稼ぐ方法が有ったのではないか。
冷静であればそう考える。冷静であれば……。
暫く歩き、収穫はないと判断して立ち止まる。
「一度町へ戻って他の手を探してみるか……」
独り言なのだが、口に出さずにはいられない。でなければ自分に言い聞かせることができないからだ。踵を返すように振り返ると、目の前には鼻が長く耳の尖った生き物が数匹おり、こちらを睨んでいた。
「ヒィ!」
鼻が長く耳が尖っている生き物はナイフの様な物を持っており、ジリジリと距離を詰めて来る。後退る栗山千秋。その顔は恐怖で歪めており、冷や汗のような物が滴り落ちる。
「ハァハァ……」
息を荒くして逃げる方法を探り目線を動かそうとするが、本能的に動かしてはいけない。そう感じた栗山千秋……後退り距離を取ろうとしたのだが背中に何かが当たる。
慌てて振り返ると、大木が退路を塞いでいた。その一瞬を見逃すはずがない。慌ててふためく栗山……腰を抜かすようにしゃがみ込み、化け物の一撃を躱す。ただ、運が良かったに過ぎないし、危機は去ったわけではない。化け物は未だ栗山の命を狙っている……。
這い蹲りながらその場から退散を試みる。しかし、化け物は逃げ道を塞ぐように回り込み、栗山を逃がさない。
「クッ!! な、何なんだよ!! お前達! いったい何だって言うんだよ!」
恐怖に怯えながら叫ぶが、化け物にはお構いなし。手に持っていたナイフを振りかざし、栗山に向かって攻撃を仕掛けてくる。
転げるようにして攻撃を躱し、化け物の包囲網を抜けて立ち上がって逃げ出す。
だが、化け物は逃げるところを許してくれず、走って追いかけてくる。言葉とは言えない声を出しながら追いかけてくる姿はまさに恐怖としか言えず、追いつかれたら殺される……そう思いながら必死で走り、逃げるのだが、相手の方に地の利はあり、徐々に距離を詰められていく。
「ハッハッハッハッ……」
息を切らせながら走り抜けていく。しかし、そんなに運動をしている訳ではなかったため、限界が近づいてきており、もう駄目だと覚悟を決め始める。
『あのさぁ、何故折角与えた恩恵を使用しないのだ?』
突如頭に響く女の子の声。立ち止まろうとしたが、後ろから近づいてくる足音に気が付き走るのを止めることができない。
「お、恩恵?」
考えることができず、口にしながら走り続ける。
『そうだ。少しばかり気になってれば、あの様な恩恵を貰っているのだから、随分と楽な生き方をしているのだとばかり思っていたが……』
「は、はぁ?? どうやったらそんな考えができるんだよ!!」
『ん? もう駄目だと考えていたくせに、突っ込む余裕があるのだな……』
「そ、そんな事はどうでも良いんだよ!! どうやったら楽な生き方ができると言うんだ!!」
『フム……。教えることはできないが、ヒントだけはくれてやろう。君が住んでいた世界では、人を一撃で仕留められる武器があったなぁ。それがあれば現状はクリアできるのではないか?』
含み笑いをしているかのような言い方で頭の中に響き渡る声。
『まぁ、ここで死んでも再び恩恵で生き返ることができるとは思わぬ事だ。では、楽しい人生を歩んでくれたまえ』
声が消え、先ほど言っていた一撃で仕留められる武器とは何だ? と、考える。そして、一つの答えへ行き着き、右手に想像した物を召喚した。
彼が召喚した物……それは、日本警察が所持しているS&W M360回転式拳銃である。
刑事ドラマなどで出てくる物で、一番イメージがしやすく威力が強い。彼は知らないが、軽量で銃身がぶれにくく命中率がたかいものであり、それなりに音がするし、撃った後の衝撃も少ない。現状で最適な武器だと考えられる。
立ち止まっている暇はなく、拳銃を後ろに向けてトリガーを引く。「パーン」と、乾いた音がし追跡してきていた化け物は追いかけるのを止める。だが、栗山自身の体力も限界が来てしまい、走ることを止めて振り返る。ここで決着を付けなければ自分は死んでしまう。
ハァハァハァ……と息を整えながら拳銃を構え、ジリジリと化け物が近づいてくるのに対して、トリガーを引いた。
乾いた音が鳴り響くと、化け物が一匹倒れ、もがき始める。当たったのである。偶然かも知れないが、栗山の放った一撃が化け物に命中し、化け物は行動不能となったのだ。
見たことのない攻撃と、聞いたことのない乾いた音。そして、先ほどまで逃げていた獲物が、何かを手にしてこちらを睨んでいる。
「当たりやがれ!!」
再びトリガーを引き、もう一匹の身体に当たったらしく、化け物は後ろに倒れ込み痛みでもがき始める。栗山はチャンスとみるや、ゆっくりと化け物に近寄り距離を詰める。
謎の武器で攻撃されていることが分かり、残り一匹は後退り始めるのだが、何かに足を取られ転んでしまう。
「チェックメイトだ――この野郎!!」
1メートルほどの距離まで詰め、栗山はトリガーを引き化け物を一匹始末し、残り二匹にも止めを刺して、初戦闘を勝利で収めることに成功したのだった。