精一杯の謝罪
機関銃を召喚した際、背負っていたカミュの身体が少し動いたような気がしたのだが、現在はそれどころではない。目の前にはバイリードッグの群れがゆっくりと近寄ってきている。
早く銃を撃って、バイリードッグの群れを追い払いたい。コレットは引き金に指を置き、引いてしまいたい衝動に駆られていた。
群れは10メートルもないところまでやって来て、栗山はようやく射撃スイッチを押す。けたたましく鳴り響く機関銃の銃声音。右から左へと流れるように機関銃を動かした後、今度は左から右へ……弾丸が尽きたかと思えば直ぐにリロードされ、再び掃射される。
目の前にいたはずのバイリードッグだが、栗山がスイッチから指を離すと屍の山が築かれており、その光景にコレットは唖然としていた。
戦闘は一瞬で終わりを迎え、栗山はホッと息を吐く。すると、背負っていたカミュの腕に力が入り、少しだけ身体を締め付け「今の武器はどうしたの? 兄ちゃん……」と、耳元で囁く。
今のは機関銃という奴で、秒間数百発出ると言われているんだよ。と言うか、いい加減に降りろよ」
「違う……目の前に突如現れた……」
「バイリードッグの群れだろ」
「誤魔化すんだ……まぁ、良いけどね」
そう答えてカミュは背中から降り、立ち上がる。コレットは目の前にいたはずのバイリードッグに近付き、先ほどの光景を思い起こしていた。
栗山は深く息を吐き、背中の温もりがなくなった寂しさを振り払うようにバイリードッグの死骸に近寄り、袋に仕舞いはじめる。
「コレット、お前も何匹か仕留めたのなら、回収した方が良いぞ。コイツ等、ゴブリンよりも高値で買い取ってくれるから」
「う、うん……。そ、そう……なんだ……」
ゆっくりと、おぼつかない足取りで自分の倒した魔物の回収へと向かうと、カミュもコレットの後を追いかけた。もしかすると、1人にするのは危険だと感じたのかも知れない。
栗山が1人で倒したバイリードッグの群れは合計で38匹。コレットが倒したバイリードッグは13匹で、逃げた奴もいるはずだから50匹以上の群れに襲われたことになる。
脅える3人に終わったことを伝えると、腰を抜かして泣き喚く。このままだと再び襲われる可能性があるので、栗山が2人を脇に抱きかかえるようにして無理矢理運び、コレットとカミュがチヒの肩に腕を回し運んだ。
街道から3人とも自分の足で歩き始め、おぼつかない足取りで町へ向かう。
カミュとコレットは黙って栗山の隣を歩き、周りを警戒していた。栗山としては、カミュが元気になったことは喜ばしいが、召喚した瞬間を見られた事に対してどうしたら良いかと頭を悩ませる。
考えたところでどうしようもないのは確かだし、あの場合は仕方がないのも確かだ。自分にそう言い聞かせながら横を歩くカミュに目を向けると、カミュは視線に気が付いたらしく、嬉しそうに笑っていた。
それを見て、あれだけ泣き叫びながらスナイパーライフルを返せと叫んでいた癖にと思いつつも、5人が無事で良かった思い、カミュとコレットの頭に手を置いて、「今日は疲れたな」と一言言うと、カミュは再び笑い、コレットは大きく息を吐いたのだった。
町に到着して、3人を宿屋へ連れていく。時間はまだ15時くらいで、日は沈んでいない。3人を宿屋に送った後、カミュとコレットを連れギルドへ向かい、換金を行う。
2人は初めての換金に少しばかり緊張しており、珍しく人の言葉を素直に聞いていた。
「やはり文字を覚えた方が良いわね……」
自分のギルドカードを見ながらコレットが呟く。何が書かれているのか分からないため、スキルがカードに出ても直ぐに習得する事ができないのが悔しいようだ。
コレットとカミュの2人だが、スキルを覚える事ができるようになったようで、スキル欄に狙撃と書かれていた。
2人はスキルポイントを使用して習得し、お互いに同じスキルを手に入れたことが嬉しかったらしく、手をつないで喜んでいた。
しかし、2人はこれで良いのだが、問題は宿屋に泊まっている3人である。
今回の件で3人が戦闘できないことが良く分かり、これからどの様にしたら良いのだろうかと悩みは尽きない。
宿屋に戻る前に、道具屋などに寄りたいとカミュとコレットが言うので、長居はしないという事を約束させて店による。
店には色々な物が売っており、2人ははしゃぎながら商品を手にしていた。
店内で物色している2人を置いて、先に店の外に出る。そして、店内に合ったものを思い出しながら召喚してみると、その手にはイメージされた物が現れており、物を購入する必要が無いということが分かる。
他に何が召喚できるのか試してみると、野菜や米等も召喚できるが、金だけは召喚する事ができない。
何故、金だけが召喚できないのか不明だが、それ以外は大丈夫だということなので食事には本当に苦労する事はない。
買い物を終えた2人が店から出てきて、嬉しそうに購入した物を見せびらかす。だが……。
「お前等、何か忘れてないか?」
2人は「え?」と言い何かを思い出そうとするが、思い出せないらしく、お互いを見つめながら首を傾げる。
「言ったよな、その袋は回収すると。購入した奴も同じで使わせないからな。あ、コレットは許したんだっけ」
その言葉を聞いて、カミュは青ざめた表情でコレットを見る。コレットはなんと言って良いのか分からず渋い顔をしていた。
再びゴネるのかと思ったが、カミュは震える手で袋を差し出し、栗山はその袋を受け取ろうした。だが、中々手を離そうとはしない。
「な、なぁ……本当に返さなきゃ駄目か……」
声は上擦っており、離したくないと言う気持ちが強く表れている。
「しっかりとエミルに謝ったら、返すよ」
「だ、だけど……彼奴等何もできなかったぞ。それなのに文句だけ言っていたじゃないか……」
目に涙を浮かべ、今にも泣きそうにしてカミュは言う。
「2人は俺たちとは身体的に違うところがある。2人はそれを理解しているだろ?」
コレットは小さく頷くが、カミュは納得出来ないといった顔をして栗山を見つめる。
「でもさ、それは生まれ持った才能の1つなんだ。だから、俺はそれを否定しない。凄い事だと思うよ……本当に」
ポロポロと涙を流し袋から手を離す。と言うよりも、力が向けてしまって、離してしまったと言う方が正解だろう。
「3人は羨ましいんだ。自分に出来ない力を持っている2人が。だけど、カミュは3人に向かって何て言った? 何もやっていないと言っただろ? 彼女等はやっていないのではなく、やり方が分からないんだ。どうやって自分達が行動して良いのか分からないんだよ」
「うぅ……。グスッ……ウッ……」
「魔物は怖い。それは皆同じだ。コレットだって怖かったろ? あんなに沢山の魔物が現れたらさ。しかし2人は戦う事ができた。それは、先に魔物を倒したから少しは余裕ができたんだ。けどさ、まだ倒したことがない人は、本当に自分ができるのか分からなくて不安なんだよ」
カミュは嗚咽付きながら俯き、コレットは黙って話を聞いていた。
「カミュ、俺はどっちが悪いとか言いたくない。そして、2人というか5人が仲良くしてくれたら嬉しい。カミュは3人よりも経験が豊富なのだから、教えてあげて欲しい。カミュ、エミルに謝ってくれるか?」
肩に手を置くと、カミュは小さく頷き栗山の胸に抱き付いて大声で泣く。コイツはずっと泣いている気がすると思いながら栗山はカミュをあやすのだった。
宿屋に帰ると、カミュとコレットの2人は部屋に戻り栗山は自分の部屋へ入る。長い1日がまだ終わらないし、2人がわかり合えてくれるのか不安になる。だが、張っていた気が緩んだらしく、栗山はベッドの上で寝息をたて始めていた。
その頃、カミュとコレットの2人は、向き合いながらベッドに腰掛けていたが、一言も喋らず俯いていたのだが、コレットが沈黙を破る。
「……カミュ、どうするの?」
「――どうするって……謝るよ。ごめんなさいって……。兄ちゃんに言ったし……」
「そう……。カミュ、私はカミュの言いたい事が分かる。怖がって何もしていないのはあの3人だし……。でもね、アイツが言う事も分かる……ううん、違う。言われたから分かった。確かに私達は獣人族で、彼女達は人種族。身体的に違いがあるわ」
「うん……。分かってる。分かってるけど……」
「でも、アイツは私達を否定しないって言ってた。私達の特徴は才能の1つだってさ……疎ましく思っていたこの身体が、羨ましいんだって。おかしな話だよね」
「うん。獣人族は人種族から疎まれる存在だからね……考えた事もなかった……。よし! コレット……私、謝ってくる!! 全力でごめんなさいって謝るよ」
「頑張ってね! カミュ」
元気に頷いたカミュは、部屋を出ていき、隣の部屋のドアをノックした。
それから数時間経ち、栗山は目を覚ます。身体を起こし、自分が寝ていた事に気が付いて、時計を召喚して時間を確認する。
「20時か……ふぁ?……。彼奴等はどうしたかな……」
身体を伸ばして独り言を呟くと……。
「謝ったよ。誠意を込めて謝った」
暗闇の中から声が聞こえ、身体をビクッとさせて声がした方を見る。そこには真剣な目をしたカミュが椅子に座っており、栗山は目線を逸らす。
「そ、そうか……。仲直り……できたか?」
「駄目だった。私は悪くないって言われちゃったよ……。だから、自分達が謝る必要はないってさ……」
「そうか……」
エミルは謝らなかった。だが、カミュは謝った。どの様に謝ったのか分からないが、誠意を込めて謝ったと言っていた言葉を信用するのなら、自分の考えを改めたと言うことなのだろう。
「カミュ、よく謝ったね。偉いよ」
「……でも、許してくれなかった」
「俺は許すよ。誠意を込めたんだろ?」
「込めた。なら……もう……泣いてもいい?」
「お前、泣き虫だな」
「だって……謝ったんだもん。私は自分が悪いって思ったんだ……だから謝ったんだもん。でも、私達は優遇されているんだって……されてないもん……」
「そうだな。俺は優遇してないな」
「だから……我慢しなくてもいいか……」
最後は消え入りそうな声でカミュは言う。暗くて分かりにくいが、目には涙が溜まっているのだろう。いや、既に溢れているのかもしれない。
「仕方ないなぁ……」
栗山は立ち上がり、椅子に座っているカミュを抱き締めると、カミュは堰を切ったように声を上げ泣くのだった。
暫くの間、カミュを抱き締めていると、落ち着いてきたらしく頬を胸に擦り寄せて甘え始める。
「落ち着いたか?」
「兄ちゃん……いや、ご、ご主人様……」
「無理に変えなくていいよ。お前は暖かいな」
抱き締めているので、カミュの体温がダイレクトに伝わってくる。
「兄ちゃん……私、兄ちゃんが好きだよ……」
カミュは顔を埋めながら言う。栗山は何も答えずに頭を撫でる。
「……意地悪だ」
「知らんね。さて、もう大丈夫だろ。俺はこれから説教をしなきゃいけないからな。お前は部屋に戻ってろ」
「離れなきゃ……駄目?」
「ダーメ」
「一緒に行っては駄目?」
「駄目」
「……意地悪」
落ち込んだようにして離れる。だが、栗山はその手を引き寄せ唇にキスをして頭をポンポンと軽く叩いてから部屋を出ていく。
栗山に何をされたのか理解出来ず、カミュはその場に立ち尽くし、自分の唇を触って感触を思い出すかのように眼を閉じた。