初めてのシャンプー
昼頃には目的地である河原に到着し、栗山は水の状態を確認する。とは言っても、水が澄んでいるのかどうかだけであるが……。
「これなら問題ないだろう。お前達、頭は痒くないか? 風呂に入ることができないから、ここで頭や身体を洗ってしまおう」
栗山の言葉に5人は首を捻る。
「……水浴び……するためにここへ来たのか?」
戸惑った声を出すカミュ。
「そうだよ。風呂には入れない事は、俺には随分と耐えきれないことなんだ。お前等はどうなんだ?」
「だ、だけど……いえ、ですが、主人様は町の魔道士様に依頼して、身体の汚れを落として貰えば良いのではないでしょうか……」
丁寧な言葉を使おうと、コレットは言い直しながら言う。この世界に疎い栗山は、何故魔導士に頼むのか理解に苦しむ。
「なに? それ……」
「も、もしかして……本当に知らないの? 魔道士様にお金を払えば洗浄してくれるんだよ? 本当に知らないの?」
コレットの言葉遣いが元に戻る。驚いているため忘れてしまったのだろう。
「入浴等できるのは高貴な御方のみ。私等のような下民以下が食事や飲み水等以外で使用なんて恐れ多い話なの。アンタ、貴族の出なの?」
エミルが頬を引き攣らせながら言ってくるが、理解に苦しむ。と言うか、下民以下という言葉がイラッとする。
「貴族って、爵位を持っている奴を言っているのか?」
「それ以外に貴族様が要るなら教えて欲しいわ」
カルミが馬鹿にしたように言い、異世界が貴族主義だと言うことを初めて知る。昨日助けた奴も貴族だったということだろう。
「ふ〜ん。言いたい事は分かった。だが、今は町の外におり、目の前には河原がある。水浴びをしてはいけないと言う法でもあるのか?」
「ないよ。だけど、裸を見られるのは……恥ずかしいかな……」
少し恥ずかしそうにカミュが言う。
「なら、俺に任せろ」
ニヤッと栗山は笑い、5人は首を傾げた。
カミュは裸を見られるのが恥ずかしいと言った。入りたくないとは一言も言っていないだ。
林の中を歩いていて分かったが、カミュ達は頭が痒いらしく、何度も頭を掻いていた。
魔道士に依頼すれば身体の汚れを落としてくれるらしいが、カミュ等が魔道士に依頼する金がある訳ない。本当は水浴びをしたかったに違いない。
栗山はフリーサイズの水着を沢山召喚して、5人に見せる。5人は召喚された水着を手にして栗山をジロリと睨むように見る。
「ねぇ、なんでこんな物をアンタは持っているのよ……」
チヒが冷たい目で栗山に言う。普通に考えればその通りである。しかも、この世界に水着という物はなく、彼女等には下着にしか見えていない。
「それは水着って奴だ。女性が水に入るとき着用するんだ。一応、フリーサイズ……大きさはバラバラだから、自分に合った物を着けると良いんじゃないか」
だが、誰も手にしようとはしない。
「下着では無い……それは分かった。だけど、下着のような物を、何故、アンタが持っているのと聞いてるのよ」
汚い物を見るかのようにチヒは栗山を見つめる。いや、チヒだけではなく、全員がドン引きして栗山を見ているのだった。
「えっと……。そ、それは……そう、それは試作品だ! 俺がいた場所で作られたんだが、それを着る奴がいなくてな……。それで袋に仕舞ってあったんだよ」
こんな苦しい言い訳でな得してくれるはずがない。だが……。
「そうか、試作品か~。試作品てなんだ? よく分かんないけど、着る奴がいないから持っていたんだな? じゃあ、これは貰っても良いのか?」
あれで納得したのかどうか分からないが、カミュが水着を手にして言ってくる。
「じ、自分に合う奴だったら……やるよ」
「本当か? よ~し……あ、兄ちゃん……こっちを見ないでくれる? 恥ずかしい……」
少し顔を赤らめながらカミュが言う。栗山は慌てて背を向けカミュは服を脱ぎ始め、水着を着用する。それを見たコレットも、頭をボリボリと掻きながら水着を選び始める。
「ねぇ、他に水着とか言う奴はないの? 私が合う奴はカミュが取っちゃった」
コレットが少し悔しそうな声で聞いてくると、栗山は水着を何着も召喚して後ろ向きでコレットに渡す。
「いったい何着持っているのよ……」
呆れた声を出しながらコレットは自分に合うサイズを探し、着用する。楽しそうに水着を選んでいる2人を見て、チヒも大きく息を吐いて水着を選び始める。
「まぁ、確かに頭が痒くイライラするものね……」
残り2人も自分に言い訳をするかのように言って水着を選び始め、可愛い物を探し求める。人はやはり好みという物があり、他にはないのかと栗山に言うと、袋から続々と召喚されカルミやエミルに渡される。
「本当は変態なんじゃないの? アンタ……」
冷たい声で呟きながら水着を受け取るカルミ。栗山は泣きたい気持ちを我慢しながら水着を召喚するのであった。
やっと水着を着用した5人。すぐさま川の中に飛び込み、水浴びを始める。栗山は5人の服と靴を集め、新しい物に変えていくのと、乱雑に置かれている水着の召喚を解除して、自分の水着を召喚し、バスタオルで身を隠して着替え始める。どうせ自分の方なんか見ているはずもないと思いながら……。
着替え終わり、水の中に足を入れて、水の感覚を確認する。水は冷たいが、寒いという訳ではない。ホッとした気持ちで全身を浸からせ、身体を擦り汚れを落とす。だが、やはり石鹸で洗うと言うことを知っているので、物足りない気分になる。
そこで、乾電池式の給水ポンプを召喚して、ホースを伸ばして川の中に入れ、スイッチを入れる。すると、ポンプが作動し水を吸い上げて簡易シャワーのように、ホースの先から水が出てくる。
ポンプシャンプーを召喚し、手に馴染ませてから頭を洗う。久し振りのシャンプーは気持ちよく、頭の先から解放された気分になる。ホースを手に取り頭に水をかけてシャンプーを流すと、カミュが「ズルイ!!」と大声で叫ぶ。
「狡いぞ!! それはなんだ! 私もやりたい!!」
慌てて川から上がり、栗山の側へやって来る。そして子供のように駄々をこねる。仕方がないので座らせてシャンプーで頭を洗うと、気持ちよさそうな声を出して喜ぶ。
「口を閉じてろ、目を開けるなよ」
「は~い」
分かっていないらしく、口を開けて笑っている……が、口の中に入ったらしく、「うぇ~……不味い~」と言い始める。
「ほら、言ったじゃないか……口を開けろ、水で流してやる。飲むんじゃないぞ」
そう言ってホースをカミュの顔に近づけ口に入れると、カミュは濯ぐようにして吐き出した。
「気持ち良いか?」
頭を洗いながら聞くと、小さく頷く。痒いところはないか聞くと、カミュは頷き、栗山は自分の手をホースで洗い、自分の袋を手元に持ってきて、2リットルの水を取りだすフリをして召喚し、キャップを外してカミュの頭にかけ、シャンプーを洗い流した。
「うわ~!! スゲーさっぱりしたよ!!」
「そりゃ、よかったな」
ありがとうと言って、カミュは腕に抱きつく。カミュの胸が腕に当たり、柔らかい感触が肌に伝わる。役得だと思いつつも、顔に出すと何を言われるか分からないため無表情を装う。
すると、次は私の番だと言わんばかりにエミルが仁王立ちしており、目で訴えかけてくる。他の3人を見ると、同じように見つめており、栗山は並ぶように言うと、4人は一列に並び自分の番を待つのだった。
4人の頭を洗い終わり、床屋さんや美容師達の気分を味わい、深い溜め息を吐く。5人はお互いの頭を匂っており、シャンプーの匂いに酔いしれていた。
「おい、まだ終わりじゃないぞ。お前等は女の子だし、ちゃんとトリートメントしてやらにゃ勿体ない。ほら、カミュからやるぞ」
「まだ何かやるのか? これでも随分さっぱりしたんだけどな」
言われたとおり先ほどの場所にすわり、その隣にコレット、エミル、チヒ、カルミが座る。再びペットボトルで頭を濡らされ、全員トリートメントを髪に塗りたくられる。そして、カミュから順番に洗い流され、終わったと思い立ち上がろうとしたカミュは栗山に怒られ再び座る。
「俺が良いと言うまで座ってろ。分かったな」
5人はブツブツ文句を言うが、言われたとおりその場から動かず、為すがまま髪の手入れをされたのだった。
ようやくリンスまでの作業が終わり、5人は解放された気分になりながらバスタオルで髪の毛を拭いていくが、今までの髪の毛とは質が違うことが分かる。
「ちょ、ちょっと……なによ……髪の毛がサラサラになってる……」
エミルが自分の髪を触った後に、チヒの髪も触り状態を確認していた。
「カミュ、髪を乾かすからこっちに来い」
「ほへ? 乾かす? 何を言ってるの?」
ドライヤーという物がない世界で、髪の毛は自然乾燥だ。だが、栗山がその様な事を許すはずがない。カミュを座らせ、乾電池式ドライヤーで髪の毛を乾かしていく。いきなり熱風が出てきたことにカミュは驚きながらも動こうとはせず、栗山に全てを任せ、ジッと動かず、終わるのを待つ。それを見ていた4人、次は自分の番だと言わんばかりに列を作ってカミュが終わるのを待つ。
5人の髪の毛を乾かし、新しい服に着替えた5人。だが、同じ服なため変わっていることに気が付いていない。しかし、今まで見たことのない物が置かれており、5人は首を傾げる。
「ね、ねぇ……これって……なに?」
コレットがそれを手にして栗山に見せる。
「靴下だよ。これからはそれを穿くように」
この布が何の役にたつのだろうと、5人は話し合う。今まで靴下という物を聞いたことも見たことない。なので、穿く理由が分からなかった。
「な、なぁ……兄ちゃん。兄ちゃんのことだから、これが大事なものだと言うことは分かる。だけどさ、これを穿いたところでどんな意味があるんだ?」
「これはな、靴下という物なんだよ。布でお前達の足を保護するものだ。それと、汗を掻いたとき、直ぐに吸収してくるし、足を冷やさないようにしてくれる。それに、足が臭くなりにくくなる。臭い足は嫌だろ?」
「おぉ!! 臭いのは嫌だ!!」とカミュは大きな声で言って、慌てて靴下を穿く。それを聞いていた4人も慌てて靴下をはき始めた。
何も知らない奴は単純だと思いながら、栗山は食事の準備を始める。
カミュはニコニコ笑いながら栗山の前に陣取り、食事の準備を眺めており、コレットは銃を構え、カミュよりも早く仕留められるように練習を繰り返す。
何の特技がない3人は川の流れをボーッと眺めており、栗山は1人くらい手伝ってくれても良いのではないだろうかと思うのだった。
そんな事を思いながら準備をしていると、カミュの耳がピクッと何かに反応する。
すると、一発の銃声が鳴り響く。コレットがそげきしたらしく、ガッツポーズしてカミュの方に目をやる。しかし、カミュはコレットの方を一度だけ見たあと、何事も無かったように栗山の作業を見つめる。
「ちょ、ちょっとカミュ!! 私の方が早く反応したじゃん!」
「そうだね~。コレットは凄いよ。で、何を倒したの?」
「……鹿」
「ふ〜ん。コレットは凄いよ〜」
馬鹿にされているようでコレットは悔しそうな顔をし、カミュは目の前の食事にしか興味を持っていない。
「もう! 本当に食事の事しか考えてないんだから!」
コレットは頬を膨らませながら仕留めた獲物に向かって歩き始める。
「カミュ、コレットと一緒に行ってきてくれないか? 独りで行動するのは危ないだろ」
「え? でも……」
「俺なら大丈夫だよ。彼処に暇してる奴等もいるし」
「あいつ等は……役に立たないよ」
「カミュ」
渋々立ち上がり、銃を手にしてコレットの後を追いかけていく。それに気が付いたコレットは嬉しそうにしており、何か話をしながら林の方へ入って行く。
それを見ていた3人。カミュがいなくなったのを確認して栗山のところへやって来た。
「ねぇ、なんでカミュとコレットだけ優遇するのよ」
チヒがふて腐れた顔をしながら話し掛け来た。
「別に優遇なんてしてないけどな。なんでそう思うんだよ」
「だって、カミュとコレットばっかり……」
「獣耳が好きなんでしょ……」
チヒが言葉に詰まると、カルミがフォローするかのように言う。この会話だってカミュとコレットに聞こえているはずだと思いながら深い溜め息を吐く。
「負けたくなければ自分達も何かしたらどうだ? 例えば料理をやってみるとか」
「出来るはずないじゃん。包丁だって持ったことないのに! どうせ私は鍬しか持ったことがないわよ!」
エミルがヒステリックな声を出す。
こりゃ何を言っても無駄だと思い、再び溜め息を吐いて食事の準備を続けるのだった。
その頃、カミュとコレットの2人は、耳をピクピクさせながら鹿を仕留めた場所へ向かっていく。
「アイツら……自分らが何もしないくせに好き勝手言いやがって」
離れていても、音や声は聞こえる。何かあったら直ぐに戻れるよう、カミュとコレットは拾える範囲で音を拾っていた。
「カミュ、何を怒っているのよ」
「だって、私達は自分ができる事をやっているだけじゃん! 彼奴らは自分ができる事をやらない! それなのに、兄ちゃんに甘えるのはおかしいじゃん!!」
「カミュ……まさかアンタ……」
「何よ……」
「それは叶わないことだって分かってるの? 私達は奴隷なんだよ?」
「ウルサいよコレット。私の勝手だろ……」
カミュは不機嫌な顔をしており、コレットは会話をすることなく、鹿の回収へ向かうのだった。