貴族の娘では無い
途中で魔物が追いかけてきているのか確認し、追撃は無い事が分かって原付きから降りて召喚を解除する。
「何故あんなに魔物が増えたんだよ……」
疑問は残るが、馬車を守ることができたので良しとしておき、これ以上考えるのを止めて町へ戻っていく。町の入り口では先ほどの馬車が停車しており、傷付いた兵士が治癒魔導士によって怪我を治して貰っていた。
「おぉ! 先ほどの……」
先ほどの兵士が栗山に気が付き、声を掛ける。
「無事に町へ辿り着けて良かったです」
栗山がにこやかに言うと、兵士は深々とお礼を言う。
「貴殿の働き、誠に感謝する……。まさか、あれほどの数が出るとは思っていなかった……」
「いえ、冒険者として当たり前のことをしたまでですよ。それよりも皆さんが無事だったことが一番重要です」
「おぉ、そう言ってくれるとありがたい!」
栗山が兵士と話していると、少しく高級そうな馬車から人が降りてきて、栗山の側へとやって来た。
「お前が魔物の群れから救ってくれた奴か?」
かなり偉そうだし、着ている服がそれなりの物で、装飾品に宝石のような物が付いており、貴族か、それ以上の身分を持ったものだと思われる。
栗山と話していた兵士が膝をつき頭を下げていた。
「ま、まぁ……そうですね。無事で何よりです……」
「フム、まぁ、今回、我の身を守ったことで、その態度を不問にしてやろう」
超上から目線である。助けられたが、態度が悪いから褒美はやらないし、言葉遣いを許してやると言っているのだ。一瞬、助けたことを後悔した気分になるが、コイツを除いて他の人を助けたと言うことで自分を納得させ、その場から離れようとした。
「待つのだ、下民」
下民……やはり、助ける必要が無かったかも知れない。そう思いながら作り笑いをいながら振り返る。
「貴様の名を言ってみろ。覚えて置いてやろう」
ぶっちゃけて言うと、No Thank Youであるが、膝をついている兵士に目をやると、名を名乗った方が良いと言った表情をしていた。
「俺は栗山千秋。チアキと呼んで下さい」
「言葉遣いと態度が悪いサルの名を覚えてやろう。感謝するが良い」
偉そうな男は大笑いをする。名前を聞くのなら、先ずは自分から名乗ったらどうだと言いたいが、それを言ったら面倒な事が起きそうだったので言うの止め、その場から立ち去りギルドへ換金しに向かう。
ギルドで店員に換金を依頼すると、袋からだされる魔物や動物の数に店員はおろか、ギルドにいた冒険者達が驚く。
だが、それは武器の力が凄いだけで、栗山が凄い訳では無い。苦笑いをしながら報酬を貰い、逃げるように宿屋へと帰っていく。
宿屋が近付くにつれ、少しずつ不安が押し寄せてくる。
宿屋に戻っていろと言って、彼女等は言うことを聞いているのだろうかと……。
もしかして、これを良いことにどこかへ逃げることだって出来るんじゃないか。だが、もし逃げたのなら、それはそれで良いのかも知れないと思う。
しかし、栗山は忘れている。逃げるということは死を意味していると言うことを……。
宿屋の入り口付近に人影が見え、冒険者が店の前で屯っているのかと思ったのだが、カミュ達5人が入り口の前で座ったり壁に寄り掛かっていたりしていた。
「な、何をやってるんだよ……」
まさか店の前に居るとは思っていなかったため、驚きと戸惑いの声を上げてしまう。その声に気が付いた5人、俯いていた顔を上げ、栗山を見る。
近寄って良いのか判断しかねるらしく、その場から動けず、悲しい顔して栗山を見つめる。
5人の側に寄り「なんで中で休んでいないんだよ」と聞くと、5人は何と言葉にして良いのか思い付かず、言葉を出しかけては止め、言葉を選ぶかのように探していた。
「その様子だと昼も食べずに待っていたのか? まったく……。今日は暑かったから喉も渇いてるだろ? 飯を食べに行こうぜ、今日は随分と稼いで来たんだ」
「お、怒らない……のか?」
今にも泣きそうな顔してカミュが聞いてくる。
「何を怒るっていうんだ。そこに1日中いる事で、全ては帳消しだよ。ほら、腹が減ってるんだろ? いつまでも俺を待たせるなよ」
「に、兄ちゃん!!」
泣きながらカミュが抱き付いてくる。どうしようもない奴だと思いながら頭を撫で、他の4人を見ると、4人は俯き動こうとはしなかった。
「腹、減ってるんだろ?」
優しい声で言うと、4人は頷く。
「じゃあ、飯を食べに行こう」
そう言うと、4人は頷いて栗山と共に食堂へ向かうのだった。
店に着き、店員が席へ案内する。栗山は椅子に座りメニューを開いてどの様な物があるのか見ていると、5人は椅子に座らず立っていた。
まだ気にしているのかと思い、声を掛け座らせようとした所、店の店員が椅子を回収していく。
「ち、ちょっと待てよ! 何で椅子を回収していくんだよ!」
「ハァ? だって、彼女等は座らないんだろ? なら、必要ないじゃないか。大方、彼女等は奴隷なんだろ? 羨ましいねぇ……奴隷持ちは」
羨ましいと言って、椅子を片付ける店員に対し、5人はテーブルを囲むように床に座る。何故こういう時に奴隷の対応をするのだろう。言われなければ分からないというのに。
「ふざけるな……店を出るぞ」
席を立ち、店を出ようとすると、店員が代金を求めてくる。
「まだ何も頼んでないだろ!」
「席料を払って下さいよ、椅子に座ったでしょ。銅貨5枚……」
言い終わる前に30枚の銅貨を店員に投げつけ、栗山は店を後にする。5人は慌てて立ち上がり、栗山の後を追いかけていく。店の店員は「これだから貴族は……」と、ブツブツ言いながら銅貨を拾っていた。
「ちょ、ちょっと……ど、何処に行くんですか……しょ、食事……」
前を歩いている栗山に声を掛ける。折角食事が食べられると思っていた5人。いきなり店を出て行った栗山のせいで食べることができなくなったのだ。
尚且つ、何も飲まずに待っていたので、喉もカラッカラで、唾すら出て来ない。
「部屋に戻る。3人部屋に集合だ」
食事をすると言って移動したはずなのに、また宿屋へ戻る。栗山が何をしたいのかさっぱり分からない5人。言うことを聞くしか無いため、トボトボと宿屋へ戻っていく。
そして、3に部屋に入り、栗山が何かを準備し始める。5人は立ってそれを眺めることしかできず、もしかしたら自分達が何か店の中で不手際をしてしまったのかと思い始めた。
「な、なぁ……兄ちゃん……私達……何か不味いことをしたのか?」
「あぁ、したな……」
やはり……と、5人は思い、今日は食事ができないのだと項垂れる。
「お前等のことがよく分からない。朝は機嫌が良いと思ったら、直ぐ何かに対して脅えるし、普段は奴隷らしいことをしないと思ったら、急に自分の立場を思い出したかのように奴隷の行動を起こす。いったい何がしたいんだよ、お前等は!」
栗山が怒気を含んだ声で言う。だが、栗山は5人に背を向けているため、何をしているのか分からない。
「だ、だって……わ、私達が不味いことをしたら主人の恥になってしまうし……」
既にカミュは泣いており、脅えた声でコレットが言う。恥をかかせた事で、暴力を振るわれるのは嫌だ。コレットは言葉にしなかったが、そう言いたかった。
「そんなの今さらだろ。俺は奴隷のルールなんて知らねーよ。お前等の常識は俺の常識じゃ無い」
「そんな事を言われても……」
「取り敢えず、お前等はそこのベッドに腰掛けてろ」
主人の命令……。普段であれば、言うことを聞かないかも知れないが、栗山が怒っていると言うことは暴力を振るわれる恐れがあり5人はベッドに腰掛け俯き震える。栗山は長テーブルを召喚(袋から取りだすように)して、5人の前に設置し、テーブルにハンバーグを並べていく。
栗山が背を向けて行っていたのは、レトルトハンバーグを沸騰したお湯で温め、サラダなどを召喚して盛り付けていたのだ。
出されたハンバーグの匂いが、空腹の胃袋を刺激し、出なくなっていたはずの唾が溢れ出してくる。
「食べろ。腹一杯食べるんだ。おかわりは沢山ある」
ハンバーグを見つめていた5人は顔を上げ、本当に食べて良いのかという表情で栗山を見つめる。栗山が頷くと、5人は勢いよく出されたハンバーグを食べ始める。
コップに水を入れ、5人に差し出していくと、待っていましたと言わんばかりにコップを取り、水を飲み干す。その度に栗山は水を注ぎ、5人は満足するまで水と食事をするのだった。
お腹いっぱいになった5人。満足そうな顔してベッドに寝そべる。栗山は5人が使用した食器などを仕舞って(袋に仕舞う振りして召喚解除)自分が座る椅子を召喚し、5人の様子を窺っていた。
「さて、少し話をしようじゃないか……」
その言葉に寝そべっていた5人は慌てて身体を起こし、栗山を見る。食事をしてお腹は満たされたが、自分等の主人は怒っている。
先程の会話でそう言っていたのを思い出し背筋を伸ばし、緊張した表情を浮かべる。
「お前等にも店での立場って物があるのが分かった。だが、俺はその事を知らない……」
「そりゃ、お前が無知だからだ」と、喉まで出掛かるが、チヒは言葉を飲み込み我慢をする。
「もし、そう言うのがあれば、店に入る前に教えろ。俺に不愉快な思いをさせるな。分かったな……」
「ふ、不愉快な思いって……どう言う事……」
「俺はお前らが椅子に座って食事が出来ないなんて知らなかった。俺はお前らと一緒に食べたかったんだ。なのに、何で床で食べさせなきゃいけない!」
まさかそのような事で怒っているとは思ってもいない5人。栗山の言葉で身体が固まってしまう。
「知っていたら、今のように俺が作って食べさせてやったのに……」
「ま、まさか……不味いことって……」
コレットは確認せずにはいられないらしく、小さく手を上げ確認する。
「お前らが床で食事をしようとした事だ」
「マジか!」それが5人の頭の中に浮かんだ言葉だった。自分達は奴隷。普通の生活が送れず、粗末な召し物しか手にすることが出来ないと思っていた。
なのに、服は与えられ、ベッドで寝ることを許され、仕事をしなくとも怒られず、美味しい食事も食べさせてくれる。
これでは奴隷とは言えない。まるで、貴族の娘のように扱われているようだった。
「な、何で……ここまで良くしてくれるの……」
聞いてはいけない。頭の片隅で誰かがそう叫ぶのだが、聞かずにはいられない。金で買われたはずの自分達が、貧しい生活を送り、裕福な生活に憧れていたはずの自分達……この様な事をされる理由がない。
誰もが聞くのが怖く、聞いてはいけないと分かっているが、コレットは口にしてしまう。
「……か……」
言いかけて、チラリとカミュを見ると、カミュは泣きじゃくっている。
「神様に会ったら聞いてみたら良いんじゃねーの? 俺は気まぐれだからな」
なんだそりゃ? 泣きじゃくっているカミュを除いた4人はそう思い、深く息を吐く。
栗山としては馬車の荷台で、初めてカミュを見た時、助けてと口が動いたのを見たからとは言えず適当に返しただけであり、あの時、カミュの口が助けてと動かなければ、助けることはなかった可能性だってある。
これぞ、神のみぞ知る話であり、5人に話す必要はないと改めて思うのだった。
「し、質問して良いですか……」
「どうぞ、コレットさん」
質問というか、話をするのはお前だけじゃねーか。栗山は呆れながらそう思った。
「け、今朝……私とカミュに頑張って貰うと言ってたけど……」
今更それかよ。
栗山は項垂れたくなる気持ちを抑えつつ、今朝説明をした話を再びして「ギルドの前で説明したし、その前にも狩りに行くから2人に手伝ってくれと言ったんだがな……」と、呆れた声で言う。
「じゃ、じゃあ……私達の身体を売るって話……」
「ハァ? 誰がそんな事を言ったよ? と言うか、それだったらお前等を冒険者に登録する意味が無いだろ」
言われてみればその通りである。コレットは睨むようにエミルを見て、エミルは視線を合わせないようにそっぽを向く。それを見ていた栗山。最初に説明した意味を理解しなかったのか、聞いていなかった事でエミルに確認し、間違った事を教えられたのだろうと推測し、深い溜め息を吐いた。
どれ程の幸せが逃げたのか、数えるだけで無駄である。
「これからは分からないことがあれば、そのままにせず確り理解するまで聞く事! 分かったか」
栗山の言葉に4人は小さく返事をし、「聞こえない」と言われ、大きい声で返事をするのだった。
「この部屋はエミルとチヒ、カルミの3人が使用し、2人部屋はカミュとコレットが使うように。独り部屋は俺が使用するから、何かあったら呼んでくれ。それじゃあ、また明日」
そう言って栗山は椅子を袋に仕舞い、部屋から出ていく。残された5人は黙ってベッドに腰掛けており、誰も言葉を発する事はなかった。