炭酸ジュース
キマイラ(のような魔物らしき生き物)に襲われ、何とか勝利を収めることができたのだが、少女達の戦意を奪い、これ以上先へ進むことが出来なくなった。
町に戻るにしても、進むにしても、彼女達が泣き止み動こうとしなければ移動する事すらできない。
元々この世界の住人ではない栗山の方が順応してしまっているのがおかしいと言えばおかしい。だが、1人だったらどうだったのか……。それはその状況になっていないので分からないが、今の原動力は彼女達が居るからである。
彼女達を守る事と、生活ができるようにするために栗山は頑張っている。
誰がお願いした訳ではない。だが、彼女達を放っておく訳にはいかない。ただそれだけである。
かなりの時間が経ち、5人は泣き止んだ。
その間、栗山は図鑑などを読んで時間を潰しており、ようやく移動ができると思い、深い溜め息を吐く。
「落ち着いたか?」
栗山の呼びかけに対して、5人は返事せず黙っていた。まだ時間が掛かるのかと思い、様子をうかがっていると、カミュが近寄り身体を擦ってくる。
「ど、どうしたんだよ」
「け、怪我は……ない?」
カミュが間一髪のところで助けてくれたため、怪我等する事なく、キマイラを倒す事ができたのを思い出し、頭を撫でる。
「カミュが助けてくれたからな。ありがとう」
「なら――良かった……グスッ……」
「怖かったか?」
コクンと頷き、栗山の胸で再び泣き始める。まだ移動するのは難しいと思いながら背中を擦り、カミュをあやす。
日が暮れ始め、そろそろ移動が必要となり、カミュを抱き上げ4人が蹲っている場所へ運ぶ。
「そろそろ移動しないと、ここで夜を過ごす事になるぞ。そうすると、再び彼奴が現れるかもしれない。それでも良いのか?」
5人に向かって言うと、チラリと栗山を見るが、返事することはなく、唇を尖らせイジケているように見え、魔物と戦闘するよりも疲れた気分になる。
「ハァ?……。何か言いたいことがあるなら言ってくれないか……。俺は言われないと、お前たちの気持ちを理解する事ができないぞ」
「怖かった」
「死ぬかと思った」
「漏らした」
「怖かった」
「もう嫌……」
1人、おかしな事を言ったような気がして、耳の穴を穿る。そして、エミルをチラッと見ると、視線を避けるようにそっぽを向く。
「大と小、どっ――」
「小」
間髪入れずにエミルは返事する。毎度思うのだが、5人に質問すると、返答する順番が決まっているのかカミュから答えていく。カミュの次がコレットで、その次がエミル。4番目がチヒで最後にカルミの順だ。
横に並ばせると、この様に必ず並び、絶対に立ち位置を変更することはなかった。
新しいスポーツウェアを召喚してエミルに渡し、栗山は後ろを向く。恥ずかしそうにエミルは着替え「何着持っているのよ」と小さく呟く。
ションベンを漏らした奴が、何を言ってやがるんだと思いながら振り返り、汚れたスポーツウェアを受け取る。
「臭いを嗅がないでよ……」
ジロリと睨むエミル。漏らした奴が何を言ってやがるんだと再び思い、深い溜め息を吐く。
「他は大丈夫か? エミルのように漏らしてないだろうな?」
「ば、バカ! 信じらんない! 何言っちゃってくれてるの! ヴァッカじゃないの!」
顔を真っ赤にして叫ぶようにエミルが言う。
興奮しているのだろう、言葉使いとかそう言ったレベルではない程の暴言をはかれ、どちらがご主人様なのか教えてもらいたい気分になる。
「俺は変態じゃないから安心しろ」
袋に仕舞うフリして召喚を解除し、話を続けることにする。
「さっきから言っているが、ここに居るのは危険だ。移動をするぞ」
「で、でも、移動をするって言っても……もう、空は暗くなり始めてるよ……」
しゃがんでいるコレットが、顔を上げながら言う。その目は真っ赤になっており、本当に怖かったというのを物語っていた。
「乗り物に乗って移動をするんだよ」
乗り物という単語に5人は「はぁ?」と首を傾げ、頭は大丈夫かと心配そうに見つめてくる。それがまたイラッとするようにエミルが見てくる。ションベンを漏らしたくせに。
「前にも言ったけど、俺はお前らとは少し違ってね。色んな道具を持っているんだよ。これもその一つだ」
そう言って袋の中から車を出すかのようにワゴン車を召喚し、後部座席のドアを開ける。
「お前等のところで言う、鉄の馬車だ。俺にはこういった不思議な道具を持っている。ほら、早く乗っちまえよ」
突如現れた鉄の箱。それは異界の物でしかない。5人は目を開き、脅えるどころか好奇心の方が勝って車をペタペタと触り始める。
「こ、この透明な板は何と言うんですか……」
ガラスを初めて見るのだろう。確かに町にある家は、窓ガラスではなく木の窓であった。だから透明な板と表するのだろう。
「ペタペタ触るな。指紋が付いて前が見にくくなるだろ」
「なぁなぁ、何処に馬がいるんだ」
「馬なんていません!」
「じゃあ、どうやって走るんだ? 魔法か?」
先ほどまで沈み込んでいたカミュだが、車という物に興味があるらしく目を輝かせながら質問を繰り返す。
「乗れば分かる。ほら、早く乗れって」
「ケチ」「意地悪」「バーカ」などと、文句を言いながら5人は中に入って行く。本当にどちらが主人なのか分からなくなってきた。
5人が乗り込んだ事を確認して、周りに何か居たら面倒なので警戒しながら乗り込み、エンジンをかける。ブルンッ!! と音を鳴らしてエンジンは動き始める。後ろでエンジンが動き、馬が居るかのようにブルル……と、音を立てると、カミュが興奮して騒いでいる所をコレットに注意されていた。
2人は同族だけではなく、同じ村の出身だと言う事を思い出し、昔からの知り合いだったのだろうと思われる。
気にしても仕方が無いのでアクセルを踏んで発進させると、後ろから歓声のように喜びの声が上がる。カミュのことを注意していたはずのコレットも嬉しそうに「動いた! 動いた!」と椅子を飛び跳ねながら騒いでおり、何も知らないってこう言うことなのだなと、改めて思うのだった。
車はオートマチック車ではなく、マニュアル車を選んでいる。その理由は、何かあった場合、直ぐに止まることができるのと、馬力を考えてのことだった。
確かにオートマの方がアクセルを踏むだけで動くが、マニュアルはギアチェンジをする必要がある。だが、オートマはエンジンブレーキの掛かりが悪く、スピードが落ちにくい。その点、エンジンブレーキの方が対応が早くできるのと、他の者が動かすことができないからである。
特にカミュのようなわんぱく娘が悪戯しないとは限らない。絶対に目を離した隙に何かしらの悪戯をしてくるだろう。現に、今だってパワーウィンドウで遊んでいる。スピードが出ているのに「何これスゲー!!」と言いながら開けたり閉めたり。
本当に戦闘の恐怖を味わったのかと思うくらいはしゃいでおり、楽しそうにしている。
「窓から身体を投げ出すなよ。落ちても知らないからな」
一応注意すると、5人は素直に「は~い」と返事をする。暫く走らせていると、騒ぐのに疲れてしまったのか、寝息が聞こえてくる。本当にコイツ等は自由だよなと、室内ミラーを見て思うのだった。
辺りは真っ暗になり、不気味さが増している。対向車が来る訳でもなく、人に気を遣う心配が無いのでハイビームで前方を照らしながら進んで行く。冒険者がキャンプか何かしているのか、時折明かりがちらほらと見えるが、アッと言う間に置き去りにして先へと進んでいく。
「だけどさぁ、こんな物があるならさっさと使えば良かったんじゃないの?」
チヒが助手席のヘッドレストに掴まりながら言う。
「目が覚めたのか?」
「まぁね。で、なんで歩きで町に向かおうとしたのよ?」
「もう少しおしとやかに喋ることができないのかよ……。歩いて行くのは武器の練習をするためだったんだよ。練習しながら町へ向かおうとしたんだ」
「だけどさ、危険だとは思わなかったの?」
「多少は思ったが、まさかあんな化け物が出てくるとは思わないだろ?」
「まぁ、そうよね」と言って、そのまま前方を見つめる。助手席は誰も座っていないので空いており、少しだけ寂しさを感じる。
「ねぇ、隣は座っても良いの?」
「別に座りたきゃ座れば? 座っても何かある訳ではないぞ」
「後ろは窮屈なのよ……ヨイショッと……」
ワゴン車と言っても車は軽のワゴン車である。3人掛け用シートにエミル、コレット、チヒが座っており、カルミとカミュがその後ろで横になっている状態だった。なので、カミュとカルミの2人はスペースを十分に確保して、あとの3人は狭いながら座れる事に感謝していたように見えた……が、チヒにはそれが耐えられなかったようだ。
外を見つめるチヒ。真っ暗で何も見えないのだが、見ているだけで気分が紛れるというのなら構わないし、外を警戒してくれているのかも知れない。
「ねぇ……」
「――ん?」
「の、喉が……喉が渇いたって言ったら……どうする?」
「別に? 何が飲みたいのかって聞くだけだ」
「……なら、美味しいのが飲みたい」
「好みが分からないが、これでどうだ?」
炭酸のアップルジュースを召喚して袋から取りだしたように渡す。ペットボトル自体、栗山が使っているのを見て多少の理解をしていたが、実際に渡されると戸惑ってしまうものだ。
「あ、あの……これって……」
「先端のところにあるキャップ……先端の奴を左に回すんだ。分かるか?」
「ば、馬鹿にしないでよ! 左くらい……分かるもん」
えっと……ペンを持つのが右だから……。と、ブツブツ言いながら回す方向を確認しながらキャップを回し、「プシュッ」と音を立てる。
酒場でビールのような炭酸がある飲み物があったのを見ているため、大丈夫だろうと思って栗山は渡したが、チヒ「ひぁ!」っと少し驚いた声を上げ、恨めしそうに栗山を睨む。
「お、驚かせないでよ!」
「驚かせるなと言われても……そう言った飲み物は酒場でもあるだろ」
「さ、酒場で飲み物が飲めるのなら、奴隷なんてなってないわよ! 馬鹿!」
本当に自分達の立場というものを弁えているのだろうかと思うが、それだけフランクに接してくれているのはありがたい。だが、もう少しだけ年上を敬って欲しい。
「まぁ、美味しいから飲んでみろよ」
「不味かったら投げつけるからね……」
睨み付けながら口にして一口、また一口と炭酸アップルジュースが喉を通っていく。眉間に皺を寄せて、口を離すのが惜しいと思っているのだろう。誰かに取られたりする訳ではないのに、横を向いて隠れてコソコソと1人で飲んでいく。
「美味いか?」
声を掛けると、チヒは身体をビクッとさせ、咽てしまう。
「きゅ、急に話しかけないでよ! 鼻から出る所だったじゃない!」
ゲホゲホと咽ながら睨み付けるチヒ。それだけ必死に飲んでいたという事であり、美味しかったと言う事である。
「ま、まぁまぁよ……」
素直ではない。
それから、話しかけるなと言う雰囲気を出しながらそっぽを向き、チビチビと味わいながら飲み始める。小さくゲップをして周りに聞こえないよう必死に隠しているのが愛らしい。
機嫌を悪くしたら面倒臭そうなのでそれ以上何も言わずに車を走らせる。信号が無いし、邪魔するものは何もない。スピードを緩めるとしたらカーブに差し掛かった時だけで、全てが順調である。
それから数時間、車を走らせるていくと、遠くに街の明かりらしきものが見え始める。
「お? そろそろ到着か?」
遠くに見える明かりに対し栗山が呟くのだが、隣にいるチヒは何も応えない。チラリと横を見ると、ペットボトルを抱き締めるようにして、幸せそうな顔で眠っていやがった。
自由な奴らだと思いながら車を走らせ、明かりが見える場所を目指すのだった。