新しい人生をもう一度
目を開けると、そこには見覚えのない噴水があり、民族衣装に似た服を着ている人が歩いている。
また、コスプレかと勘違いする猫耳や狐耳。狼男に猫男、猫女や犬女……多種他族が揃っており、自分がいる場所が日本ではない事を理解するのに時間がかかることはなかった。
他にも皮の鎧を着込んだ剣士風の奴や、魔道士風の服を着た奴もいる。
「アハ……アハハ……」
笑う事しかできない。
何故、俺はこんな場所に居るのだろうと、記憶の糸を辿り始める。
始まりは朝起きた時だ。
いつもの様にアラームが五月蝿く鳴り響き、寝惚け眼で鳴り響くアラームを止める。
身支度をして学校へ向かう途中に事件は起きた。
「兄ちゃん、ボーッとしていたら邪魔だぜ」
狼面した皮の鎧らしき物を着込んだ男に声をかけられ、現実に戻される。
回想すらさせてくれないのはどの様なイジメなのだろう。
「す、すいません……」
そう言ってその場から離れ、人の邪魔にならない場所へ移動を開始した。
少し歩いて分かった事は、ここが日本の映画撮影所ではないという事。現実世界だと言うことである。
人の邪魔にならないように建物の横へ移動し、自分の服装や荷物を確認して見ると、よくあるGAME世界のように布の服を着込んだ男……ではなく、朝起きて、外出したときの服装であった。
シャツにジーパン、靴はスウィッシュのロゴが付いた靴を履いている。他の人達を見ると、靴は革のような物で作られた靴であった。
違うところと言えば、腰には小さな袋があり、何も入っていないかのように萎んでいる。
どう見ても自分は背景的に異物でしか感じられない。
あの子はこの世界で何をやれと言ったのか思い出すことにし、適当にしゃがむ。
あれは……家の外に出たときである。
大学へ向かおうと欠伸をしながらバス停に歩いて行くと、いつものようにサラリーマンのおっさん達が並んでいた。町は禁煙で、路上タバコは禁止されているが、そんな事はお構いなく子供がいるというのにタバコをプカプカ吹かし、新聞を読んでいる50~60代くらいのオッサン。
最近の若者はと言っているが、その若者を作ったのは自分達であり、教育の一つもできなかったのは自分達である。それを他人の責任にして自分達を正当化するサラリーマンのオッサン達に嫌気を覚える。
周りは注意する訳でもなく、いつものように他人事で、スマホを片手に自分の世界に入っている。注意しても構わないが、今のご時世、いきなり刺されたり、殴られたりする世の中。
しかも、耳が遠くなっており、何を言っても無駄であり、若者より大人の方が理性が足りない世の中だ。そんな奴らに構っているほど若者は暇ではない。
そんな事を思いながらポケットからスマホを取り出し、いつもやっているソーシャルゲームを始める。
暫く待つのだが、バスが来る様子はなく、スマホの時計を見る。予定よりも10分遅れており、どこかで工事でもしているのだろうかと思っていると、並んでいたサラリーマンの足下にはタバコの吸い殻が数本落ちていた。全くもってマナーがなっていない。自分が住んでいる家の前にタバコの吸い殻が沢山落ちていたらどう思うのだろう。
スマホでバスの運行情報を確認すると、交通事故により渋滞が発生しているようで、バスは当分来られないようだった。
「何だよ、事故による渋滞か……」
独り言のように呟くと、周りが慌ただしく動き出す。皆、学校や会社などある。そこに連絡する必要があるのだろう。自分の時間と相談しながらこの後のスケジュールなどを確認していた。
暫く並んでいてもバスは来ない。それは先ほど調べた結果である。だが、サラリーマンのオッサンには関係の無い話で、ブツブツと文句を言い始める。事故による渋滞だったらしょうが無い話ではないか。皆、同じように思っているらしく、オッサンから少しだけ距離をとるようにして並んだ。
それから10分ほどして、反対側車線も車の列が出来始める。この様子では通行止めになっているのではないだろうかと思い始めるが、現地を見ることが出来ないため、想像の範疇でしかない。しかも、救急車が通ったとか、警察車両が向かったとか、そういった物を見た訳ではない。この並んでいる連中は、事故現場がどうなっているかなんて誰も分かりはしないのだ。
深い溜め息と共にバスを待ち、徐々に周りは色々な場所に電話をかけ始める。遅れることを伝えるためであろう。いい加減、今日の講義をは諦め、家に帰った方が得策ではないかと思い始めていると、やっとバスがやって来て乗り込むことができた。……のだが、バスの中は満員で、ギュウギュウの中で乗り込むことになってしまった。
それから空いている道をバスは走るのだが、満員の上に更に乗り込んでくる。常識的に考え、次のバスに乗った方が良いのではないだろうかと思っていると、バスの運転手は停留所に並んでいる客に次のバスに乗ってくれとアナウンスをする。
状況を見て、並んでいた客は納得せざる得ない。渋々諦め次のバスを待つことにしてくれて、俺を乗せたバスは駅に到着するのだった。
やっと解放され、身体を伸ばしてから駅に向かう。電車は普通に動いているのだが、同じバス停で並んでいたサラリーマンは、かなりの苛立ちがあったのだろう。踏切のバーが降りているの反対側へ向かおうと渡し始める。
普通に考えたら自殺行為だ。踏切のバーがいつ降りたのか分からない。それなのに渡ろうなんて頭がおかしいとしか考えられない。
だが、俺の頭もおかしいのだろう。気が付いたら駆け出していたのだ。
迫り来る電車に気が付いたサラリーマン。本当にこの年代は迷惑極まりない。自分のことしか考えていないのだから……。
走って戻れば良いものを、戻ることもせず立ち止まり驚いた顔をする。本当に鬱陶しい奴である。
なんとか間に合ってオッサンを突き飛ばす。だが、後先を考えていなかったのは俺の方だったようだ……。世界は一瞬で暗闇に包まれ、自分が死んだことを理解するのに時間が掛かることはなかった。
身体に痛みがなく、状況から考えても轢かれていないのであれば、寝そべっているはずである。しかし、状況からして椅子に座っているようにしか感じられない。
仕方なく目を開けて状況を確認してみる……。
え? 何が起きてんの?
唖然茫然……目の前に広がる輝く世界と、一人の少女。年齢からすると、まだ小学生の低学年くらいだと思われる。髪は長く、足下に届くのではないだろうか……そして、将来は絶世の美女となるのではないかと思わせるほどの美少女が目の前に立っていた。
『やあ。初めまして。自分の名前は覚えているかな?』
「え? あ、あぁ……」
『じゃあ、自分の名前を名乗って貰えるかな? 本当に君が覚えているか確認したいんだ』
君って……どう見たって自分の方が年上である。しかし、名前を名乗らなければいけないような気がして名前を名乗る。
「お、俺は……く、栗山千秋……」
『うん。そうだね、じゃあ、次は年齢を言ってくれる?』
「ね、年齢? は、20歳……」
『はい、ありがとう。先ず始めに、君に知らせなければならない事が何個かある』
「し、知らせ……たいこと?」
『うん、既に分かっているかも知れないが、君は死んでしまったんだ』
やはり死んでしまったのか……短い人生だった。
「そ、そうか……やっぱり死んでしまったのか……。あ、あのオッサンは!!」
あのタイミングで生きていても、一生を棒に振るほどの怪我をしているに決まっている。死んだ方が幸せかも知れない。だが、自分が救った命が無事でなければ死んだ意味はない。
『残念な話なのだけれど……』
ま、まさかあのオッサンも……。
『あのサラリーマンは、あの場から逃げてしまったんだよ』
「へ? に、逃げた?」
『うん。最低だよね。君が折角身を挺して救った命なのに、慌ててその場から逃げてしまったんだよ。まぁ、そう言った人間の末路は決まっているがね。あっと、話が逸れてしまうところだった……。で、君がここに来た理由だけど……』
ここが何処なのか分からないが、命をかけて人を救ったのだ。もしかしたら天国へ案内してくれる天使様なのかも知れない。天使だったら、彼女のような美少女でもおかしくはないだろう。
『ぶっぶ~~!! 残炎でした~。私はあれとは違うよ。もっと上の位を持つものだ。だが、美少女と評されるのは悪い気分ではない』
ニパッと笑う姿は絵になる。天使でなければなんだというのだろ。まぁ、なんでも良いが、心を読まれているのは悲しい話である。隠し事は許されないのだから……。
『そうだね。まぁ、それは仕方がないよ。だけど、もう一つだけ訂正させてくれるかい?』
「訂正?」
『うん。君が天国へと考えていたようだけど、自分の命も守れないような奴が、天国へ行けると思っているのか?』
その言葉を聞いて、絶望の淵へ落とされる。まさか地獄行き……。
『イヤイヤ、地獄でもない。君は人生をやり直す権利を得たのだ。まぁ、簡単に言うと、人のために命を落とした。だから、君はもう一回、人生をやり直すことができるんだ。だって、人のために頑張ったんだ。何かしらの恩恵は必要だろ? だから人生のやり直しという恩恵を与えてあげるんだ』
「じ、人生の……やり直し?」
『そうだ。やり直しだ。しかも、君は私の恩恵を受けて人生のやり直しをすることができる』
「ま、マジ……かよ……」
『恩恵はなんでも構わないが、それなりに条件が付いてしまう』
「じょ、条件?」
『そう。やり直しとは、君が蘇り再び人生を歩む方法。全てをリセットして最初っから人生を歩む方法の二つ。一つ目の蘇りについては、私の恩恵として何かしらの能力を与える事ができる。二つ目のやり直しに関してだが……これについては恩恵を上げることができない』
「な、何でだよ!!」
『簡単だ。人生が約束されているからだよ……。全てをリセットするのだから、笑いが止まらない素敵な人生を送ることができる……が』
「が?」
『記憶は引き継ぐことができない』
「意味ねーじゃん!!」
『それだって仕方が無い話なんだ。考えてみたまえ、全てをリセットしてやり直すんだ。前の記憶なんて必要ないだろ。全てが約束された人生を送ることができるんだから。あ~……そうそう、蘇りについて説明を忘れていた』
「これ以上、他に何があるって言うんだよ」
『簡単だ。生き返らせるには肉体が必要だが、君の肉体は既にミンチだ。蘇らせたらゾンビだ』
もう何も言えることはない……。
『だがね、他の世界でなら……問題は無い』
「他の世界?」
『君達の言葉で言うなれば、異世界という奴だ。まぁ、君が何処まで異世界について知っているのか知らんが、異世界というと、剣や魔法の世界だ。まぁ、今度送られる世界は、魔王とかいる世界ではないらしいがね』
ゴクリと唾を飲み込み、異世界について色々と考えてみる。だが、あまりゲームなどやったことのないので、想像力は乏しい。
「ち、因みに、異世界に行った人っているのか?」
『いるよ。君みたいに、姿形が酷い状態だった人が異世界を希望するね。まぁ、大体がその道を歩んできた人だけど。二度目の人生に関しては正直に言って、少ないんだよね。悪い話ではないと思うんだけど……ねぇ?』
「悪い話じゃないが、全てを忘れてしまうと言うのが嫌なんだろ?」
『君達の知っている人物だって二度目の人生を歩んだのだが……。で、そろそろ決めてくれると助かる。私も少しばかり忙しい身分でな』
少しばかり申し訳なさそうにしているところを見ると、本当に悪いと思っているのだろう。そして、この様な美少女に、困った顔は似合わない。笑っている方が良い。
「なら、異世界の方を選ばせて貰うよ」
『そうか、分かった。で、恩恵の方は何にする? 伝説の剣か? それとも物凄い魔導士にでもなるか?』
「その選べる物って、なんでも良いのか?」
『構わない。しかし、能力によっては制限をさせてもらうことがあるよ』
制限か……。
『まぁ、君が想像している能力だったら、それほど制限はない。あるとしたら金と生き物は禁止だ』
「水と食料は?」
『君の世界ではレトルト……と言うのか? それなら問題は無い。おっと、今、想像している空想上の物も理論上成立している物だ。まぁ、君の世界ではまだ完成されていないし、その程度だったら問題は無い。先ほど言ったように、お金と生き物……この二つを除く全てを許してやろう。まぁ、君のような事を考えた奴は今まで現れたことはなかったよ。クプププ……』
笑い方は残念だ。勿体ない……。
『う、うるさい! 手の平に現れるように想像すれば良い。じゃあ、これは異世界へ行った奴に選別に渡している袋だ。大切に使えよ』
美少女は『二度目の人生を謳歌したまえ』と言って、可愛い笑みを浮かべる。そして、意識が遠のいて行くのだった。