第七話
「お前は私のことが嫌い、しかし私はお前のことが嫌いではない」
あの方は困ったように笑われたようです。
こんな時だけ私のことを人として扱ってくださるのですね。
「気色悪い」
心底そう思っているかのように吐き捨てないといけません。
「間も無く私に抱かれるというのにな」
「嫌。それにあんたは女でしょ」
「今、お前を抱くのに関係がない」
あの方がいきなり私の方を抱いて唇を重ねてきました。
驚いた私は目を開いたまま息をするのも苦しくなっていました。
私が驚いている間にあの方は私の唇を割ってご自身の舌を指しいてれてきたのです。
もう驚くのにも慣れてしまったのでしょうか、気づけば私はあの方に応じていました。
「なんだ、あれは」
一人しかいない特別席の中、思わず吐き捨ててしまう。
先程まではただの傲慢な貴族が民衆に我儘をおしつけるという内容であった。
それでも、貴族なら許されること。
何も求められないままに守られていると信じていた民衆こそ愚かしい。
言うなればこれはその報いの現れか、私はその程度だと考えていた。
こんなことを知らされていたならわざわざ来る事もなかった。
あれ自身に劣情を駆り立てられるのはそれで一つの快感だ。
だが、どうしてあれと誰か分からぬ者との絡み合いを眺めなければいけない。
このまま帰るか、いや・・・あれをまだ眺めていたい。
陶酔しているあれもとてもいやらしいものだったではないか。
私が自己完結を迎えたとき、誰かが息を呑む音がした。
あまりにハッキリと聞こえてしまったので舞台の上でのことかと思い、私は急いで舞台に目を注いだ。
とても気持ちのいい事をしているはずなのですが、私はどうも不安で仕方がありません。
今まで、あの方はご自分の欲望を満たそうとなさるだけで私の唇を奪うことすらなさいませんでした。
それだというのに台本にすらなかった事をされるというのは・・・
脚本家の方が言っていたあの方の死の間際の演出ということなのでしょう。
私が考えに没頭しているとあの方が私の耳に唇を寄せてきました。
「次に私が下を入れたら思い切り噛み切れ」
言っている事も意味もよく理解してませんでした・・・
それなのに私は肯いていました。
いきなりの口づけ、そしてすぐに舌が入ってきました。
肯いたものの私はもう少しあと少しとこの快楽にしがみ付いていたくて
あの方の命令に背いていました。
伏せていた目を少し上げるとあの方が私を見つめていました、とても怖い目で。
その時、私は思いました。
『私をちゃんと認めてくれている』
恍惚感さえ覚えました。
私の存在意義は求められる事だけ、それ以上など望みようはありませんでした。
やっと終わりますか、貴方も。
私自身が終わらせられなかったことが少しだけ残念でもありますが。
あの子は夢を失っても生きていけるでしょう。
しかし苦しそうですね、でも呼吸困難と出血多量ですぐ死ねることでしょうから心配は要りません。
邪魔をされないようにギャラリーも揃えたのですから。
結局貴方の思い通りに動かされました。
しかし、結構です。
とても貴女は幸せになれたでしょうから。