第伍話
「愚民ごときが私の前でわめくな。返事は最小限で済ませろ」
民衆は顔を見合わせる。
先ほど、この佳人よりこの街一番の美しい者を差し出せと言われたばかりである。
それから1分とて経ってはいない。
「貴様らが一番美しい者を持ってくれば良いだけだ」
街の代表らしき者が一歩前に出る。
「そうおっしゃられましても、誰が綺麗かなどと決めたこともありませんし。差し出すと言いましても人、一人のことですので・・・」
不快そうに片眉を上げる。
「平民に許される権利は実質、私たちに従うか、そうでないかだ。従わない者は人ですらない」
呆れて声も出ないように民衆はじっと見つめるだけ。
「私の指示に従わないことは責めない。ただ、今後の一切の保障は何も行われない。」
数人が息を呑む。
凶作であった時に米の買い付けが不利になる。
疫病が起こったときにまともな処置を受けにくくなる。
最悪の場合、誰かが殺されたとしても見向きもしなくなる。
・・・かもしれない。
それも全て此処にいる人の気分次第。
断ることは出来ない、と代表数人の意思は決まった。
あとは誰を差し出すかである。
何にせよ誰かを選ばねばならない、その事に代表連中が頭を重くしようとしていた時、華奢と言ってもいい体躯をした少女が佳人の元へと歩み寄った。
佳人は声も出さずに睨む。
すこし押されながらも少女は口を開く。
「ねぇ、私はあんたの事が大嫌い」
青ざめる代表連中、反対にニタリと笑う。
「こんな生意気な小娘を啼かせて自分の物にして用無しだと捨ててみたくはない」
「むしろ、今此処で私のもにすることも考えている。」
左右に一言囁いてから踵をかえす。
「帰るぞ、あれを連れて行く」
側で控えていた男に連れて行かれる際に少女は振り返って街の者達に怪しい笑みを浮かべる。
「あんた達とも離れられてとても良かった。私はこの街が大嫌い、ずっとね。」
緊張を解いて座り込んでいた何人かはその言葉で頭や胸を押さえていた。
数日後、その一帯を騒がせた報せが即ち
領主死亡であった。
その街の人はあの少女の消息を知りたがったがそれを知っているものが通りかかることはなかった。
ただ、これで街の危機は去り
人々は楽しく暮らせるのであった。