存在
第1章1話「存在」
ゲームという遊びにはまったのは小学生の時からだ。外で遊ぶなんて忘れて、家に引きこもり親にすら怒られながらも長時間
ゲームをすることが最高の楽しみだったし生きがいだった。
学校から走って帰ってきては、テレビの前のゲーム機の起動ボタンに手を伸ばし、
夕飯ができるまでゲームをしては食べ終わってゲームをし、寝て起きて学校に行き、ゲームをしてはの繰り返し。
大学に上がる頃ですら、受験勉強もしつつ、睡眠を削っては同じくらいゲームをする時間を作った。
ゲームに関していえば、コンシューマーも、アーケードも、オンラインもやった、
その中でFPSは全国5位、STGの点数は3位、MOBAに関しては使用キャラ1位、
MMORPGの戦闘においては長年やっている3作とも実力は5位レベル…
そしてすべてのゲーム世界において身につけた知識と技術をすべて引き出す時が来た瞬間。
自分がゲームをするきっかけになったとされる、格闘ゲームの全国大会決勝。
この格闘ゲーム初の大会出場、友人たちには「大会だけは絶対に出ない!」などと公言していた。
そう、その時の自分にはこのゲームで勝ち進むだけの知識がないからゆえに言った言葉だからこそ…
「このゲームだけは1位の座をいただく。」
ただその思いだけを心に閉まって、挑んだ決勝戦だ。
会場内すべてに鳴り響く観客の声、それをものともせず叫び続ける実況。
喧騒を超えた集中力で繰り広げられるゲームの中での死闘。
「ラウンド1から続く攻防、グリム選手の圧倒的な攻めが続く!!」
「防御が続く、マオウ選手!この猛攻を防ぎきれるのかー!?」
ルールは2点先取、現在試合状況は1対0でグリムがリード中。
マオウが使う使用キャラクターは投げ系の技と、コンボ系の技をうまく利用するハイブリット型で防御面がそこそこ優秀ではあるが、
ゲーム内キャラクターの中では最弱と有名だ。
一方、全大会優勝者のグリムの使うキャラクターは超攻撃特化で、使用ランキングも1位と人気のあるキャラクターだ。
そもそも、人気にある理由としてはグリムが前回優勝した時にみせた特殊技術”グリムガム”という技のせいである。
「あーっと、ガードの上からHPがゴリゴリ削れていく、このまま他の選手同様ラストまで持っていかれてしまうのか!!?」
(あーうるさい、わかってるっつの…)
興奮した実況が言った事に少しイラつきながらも、打開策を考える。
”グリムガム”とは特殊な攻撃の終わりに通常攻撃を挟みつつ、技のデュレイと呼ばれる遅れをフレーム単位で皆無にさせる攻め継続の連続攻撃だ。
最大の特徴として、必殺技がガードを貫きHPをわずかでも減らすところにある。
必殺技を利用して、HPをゴリゴリ削るという攻撃方法になる。そう、防御していても無駄なあがきなのはわかっている。
だからこそ…
冷静になってカウンターを狙う!
「カウンター!!!きたー!!!マオウ選手からの一撃の強烈なカウンター!グリム選手がどんどん崩れてHPが削れていく!!!」
猛攻のパターンを読み切ってしまえばその隙はできる。今まで誰も狙えなかった、いや狙ってもできなかったカウンターが入り、攻防が逆転する。
防御手段の薄いキャラクターを使用している上、防御数値も紙同然なのをしって、
崩しやすさを生かしながらコンボと防御不可能な投げ技をうまく使用していった結果
そのままあっさりと第2ラウンドは終了した。
そして、第3ラウンド…
勢いがついたままグリムに対して先制攻撃が入り、"グリムガム”を発動させることなく投げとコンボをうまく使い
相手を手玉にとってあっさりと決着がつく。
「マオウ選手の勝利ー!!!!第2ラウンドからのカウンターが響いたのか、グリムガムを発動させることなく圧倒しました!!」
「第13回格闘王選手権、優勝者は魔王選手ー!!!会場の皆さん!大きな歓声と拍手をお願いします!!!!初優勝おめでとー!!!」
盛大な歓声と拍手で迎える輝かしい勝利。自分の存在を自分の生きがいだったゲーム、しかもきっかけになったゲームですべてを強調できた。
自分が全国で一番のプレーヤーとして認識が追い付ていかないほど、沸騰した頭で理解しながら歓喜を叫ぶ。
俺が!最強だ!と言わんばかりの喜びを全身で表現するかのように。
大学時代の彼が自分を皆に証明した瞬間だった。
そして…月日が経った現在…
騒がしい限りのコンクリートジャングル。すべての人々が日時自分自身を削りつつ社会の歯車として動く町。
そんな街中ですら、人が寝静まっていれば動物や虫たちのオーケストラが聞こえる。
交通機関が少しずつ音を立て人々が活動し始めるころ、彼の早朝がはじまった。
朝、出社時間より2時間早く起き、前日の帰り道にコンビニで買ったパンを口に詰め込んで野菜ジュースでそれを流し込む。
歯を磨き、スーツに着替え、昨日準備していた資料の入ったカバンをもって、1時間半前には家をでる。
ギュウ積めにされた電車の中、今日の予定をスマホの画面で確認をとり
電車を降りれば、駅前の喫煙所でタバコを一本掠れた空に向かってふかてから会社に出社する。
あの輝かしい時から数年たち、昨日も今日も明日も、仕事、仕事、仕事。
青年が大学を卒業してから約3年がたった現在、毎日を仕事漬けで過ごしている。
世間一般でいう社畜というやつだ。
「お電話ありがとうございます!」
「はい!その件に関しましては…!!!」
「この度は大変申し訳ございません…」
会社に出社してからはいつものように電話番をこなし、手元の雑務をかたした後、外回りいわば営業に出かける。
現在、中間管理職につき営業と管理を一緒にこなす若きエリート社員になっていた。
休みは週1日あるが、週1の休みすら会社に捧げる。
仕事としての見返りは銀行に溜まっていく次第。
ただ唯一の楽しみであったゲームはというと、今はやる時間がない程の始末。
月に何本か発売される新作ゲームといえば、ビニールすら取られないまま積み重ねられていく一方。
会社のことを考え、仕事を脳内でゲームをするかのように変換して、いかにも「仕事は面白いです!」
「仕事が生きがいなんです!」と言わんばかりに必死で働いた…
だがある日の外回りの終わり、早めの昼を食べ終えたあと、溜まったものが出るかのように事は起きた。
「ああああああああああ…、くっそ!くっそくっそ!!!ゲーム!!!!ゲームを…やらせろおおおおおおおおおお!!!!」
絶叫だ。魂の叫びともとれるような絶叫。
12時ちょっと過ぎほどのオフィスビル街のど真ん中に絶叫とも思われる声が響きわたり、周囲にいた人たが彼を瞬時にみる。
お昼ににぎわっている街中、どれだけの人が彼の叫びに反応したかはわからないが
彼らの視線すら気にもせず、苛立った顔を表に出しながら会社に向けて全力で走りはじめた。
溜まったものを少しでも発散させようと、苛立ちを隠す要素もなく誰にも、物にもすら当たらず目的を果たすだけを思い
全力でオフィス街を駆け抜ける。
会社の入っているビルのガラスドアを力いっぱいに押し、「早く来い!」とエレベーターのボタンすら連打する、会社に戻った瞬間
自分のデスクの上にあったボールペンを握り、レポート用紙に殴り書きで辞表文を書いてから、お昼を逃した部長の机の上にたたきつける。
そして、いつも通りの冷静な顔に戻してから言い放った。
「部長、急遽ではありますが本日付で会社をやめさせていただきます。」
「…!?」
戸惑った部長、山田の顔は一瞬で青ざめる。
その理由は単純なもの、彼抜きでは色々な業績に本気でつながることを意味するからだ。
会社での彼の業績といえば、社内で上位者にはいるレベルでの働きっぷり。
入社3年目で次長と同じ立場で社長からも絶賛される超若手の社員。
入社20年の山田もその業績を目の当たりにしているからこそ、必死に彼を止めようと言葉を発するが、その瞬間…
「だめですよ部長、何をいっても駄目です。俺はこの会社に入ってから休日すら返上してこの会社のために尽くしてきました。
いわば世間でいわれる"社畜"です。えぇ、もう社畜はいやなんすよ、今後はどうであれ今はただ一つ本当にやりたいことが見つかったんです。」
それを聞いた山田は、戸惑った表情で「だ、だが…」と必死に説得し始める。
「そうは言うが…い、今やっているプロジェクトはどうするんだ…?会社に尽くしてくれている事は重々わかっている。君が必死にやってくれた事は
会社にとってものすごい業績として、君の評価として現れているのがわかるだろう。そのあとの責任はどう…」
「どうするのだ」と、言いかけた瞬間…
「そんなんどうでもいいんですよ!!今は何が何でもゲームがしたいんですよ!!!いいから…俺にゲームをさせろよっ!!!!」
すさまじい絶叫と共に、山田は拍子抜けの返答にびっくりしているが、そんなこともお構いなしに
叫びつつ机を叩いて、その場からカバンを持ち去りすごい速度で会社を出て行った。
早くゲームがしたい、もうゲームがしたくてたまらない。
一刻も早く帰って、すぐにやりたい。
何も考えずゲームだけ思いっきり考えたい。
沸騰した頭でめぐるめく同じような考えがループする。
ゲームをするために、必死で会社から駅まで、駅から家まで走る。
興奮が少し薄れるころには家につき、靴も脱ぎ捨て、鞄も放り投げ、スーツだけはしっかりとハンガーにかけて
ワイシャツ姿のままテレビの前に座り込む。
帰り道で最初にやると決めていたゲームソフトをおもむろに手に取る。
そしてゲームパッケージのビニールをむしり取りゲーム機にディスクを入れた。
ゲーム機に入れたソフト。『インペリアル』と言われるタイトルで、最新作の最新技術が盛りだくさん、話題沸騰中のMMORPGだ。
なんでもヘッドセットなどのマイクを使用して詠唱を口にすると魔法や、技が使えるとか。
その他にも格闘ゲームのようにフレーム単位の読みあいをできる戦闘システム。攻撃はもちろん防御などもうまく駆使し、
近距離戦を楽しめるのもしかり…
遠距離戦で牽制しあったり、大魔法を数人で詠唱して使えたり、戦闘システムに関して文句のないできよう。
さらに勢力も人間と魔族というくくりで楽しめるとか。
豊富なキャラクタークリエイトバリエーションで、人型、亜人、竜、エルフなど
様々な形をした種族たちが20種類、そこからリメイクして約1000以上の個性あふれるキャラクターパターンを用意してある。
今日から一か月は徹夜でゲームをしてすべてを忘れて没頭しよう、などと考えつつ楽しい創造をしながらキャラクターをクリエイトしていく。
耳はこうして、せっかくだから女性キャラにして、好みの女性に近い形で作り上げていく。
「やばいな、久しぶりすぎるゲームで頭沸騰しすぎてにやけ顔が止まらん…。」
軽く「自分キモッ」などとも面白半分に思いつつ
キャラクタークリエイトに数時間かけたあと、さぁいざゲーム世界に!と思いスタートボタンをおもむろに押した時
急にゲーム機の電源が落ちる。いやゲーム機だけではなく家全体の電気が消えた。
「ま…まじかよ…」
数時間かけたキャラクタークリエイトがすべて水の泡と化した瞬間の絶望程大きいものはない。
電源の落ち少しづつ冷たくなるゲーム機をかかげながら「セーブ残っててくれ…たのむよ。」などとゲーム機に問いかけて
家のブレーカーを確かめに行こうと立ち上がった。
そして次の瞬間、ハンガーにかけていたスーツのポケットから、設定の変更すら忘れていた会社用のスマホの着信音が大音量で響き渡った。
「うわはっっっ、ふぁいっ!!!?」
あまりの不意打ちに妙な声をだしつつ、暗闇のなかスーツの中から薄暗い光がみえる。
その方向に進みつつ、スーツからスマホを取り出しスマホの画面をみると、部長山田からメールが届いているようだった。
『君に話があるから、今から会社に来てくれ。』
と一言だけ書いてあった。
(はい…?いや、今からこいってかぃ…、いくわけねーじゃんか…)
と思いつつ、スマホをあかり代わりに暗闇の中家のブレーカーを探す。
”さぁゲームの続きだ”とメッセージを完全に無視しようとブレーカーを上げたが電気はつかなかった。
「…あーくっそ…」
電機代は振り込み式で滞納はなし、となれば根本的な原因は予想がつく。
大本がやられてるか断線したかだろうと判断した。
「ゲームできねーじゃんか…ぬぅ…。」
また、ゲームできないのかと嘆きつつ、ベットに座り込み頭がすっからかんになる。
やがて体をベットに預けて寝る体制にも入るが、体がまだ興奮しているため寝るに寝れない。
ゲームがしたい。ゲームが…。
「仕方ない…ゲーセンいくか!」
嫌気も吹っ飛びつつ、次の目標を決め外に出る準備をする。ただ、なぜかスーツを着はじめ会社用のカバンすらもって、気づいたころには外に出てしまっていた。
「あー…これもう病気だわ…なえる。」
会社に出ていくつもりはなかったにもかかわらず、出社用装備一式…
目指すはゲーセン。
実に滑稽な姿じゃないか…。まぁ会社後にゲーセン行く社会人は多いから別にいいか…
などと考えながらセーフと自分に安堵を与え、繁華街に出かけえる。
そしておもむろに向かった先はなぜか会社だった。
「…病気すぎるだろ、自分」
もう、ここまで来たら山田に会いに行くかと覚悟を決め会社のオフィスが入っているビルの裏口に向かう。
今は19時を回ったところ、基本的に18時になると皆自分の時間を楽しむために帰るので、ビルですら表口は18時に閉まる。
会社に残ったのは、自分の給料を少しでも考えるものか、家に帰りたくないか、家いて寂しいやつか、仕事の使命感にとらわれているかのどれかだ。
「まぁ自分はどれでもないけどな…」
裏口に着くと、銀色の頑丈そうな扉が待ち構えていた。
「見慣れた裏口、もう来るつもりなかったのにな…」
少し寂しい顔をしながらも、裏口のドアノブに手をかける。
「退社してすぐ出勤ってあほかっつの、…いや、いつものことか。」
ぶつくさ言いつつ扉をあけ、窓口からいつものように看守さんとあいさつを交わし、会社の入っている階へエレベーターを使って登っていく。
会社の階に着くと通路は真っ暗で、非常灯だけがついていた。見慣れた光景。
いつも出勤時にはいる扉とは別に非常灯下に、オフィスへの裏口があるので返し忘れたカードキーを使ってはいった。これも見慣れた光景だ。
すると社内も真っ暗で、人がいる気配がしない。
「あれ?部長いるんじゃないのかよ…」
嫌気がさらに嫌気を呼びつつ、部長をさがしまわる。
「部長ー山田部長ーいらっしゃいますかー?」
オフィス室も会議室も、休憩所にすら人っ子一人おらずさらに不機嫌になっていく。
「呼だらしっかりいろよ…だから仕事がいつまでたってもできないんだよ、くそがっ」
ついに、山田の愚痴まで出始める。
暗がりの社内を眺めつつ、自分と山田のデスクがある管理課までたどり着く。
いつもと変わりのないオフィスの後継にため息交じりで口ずさむ。
「はぁ、見慣れた光景だ…?」
言葉が途切れるとともに疑問が浮かび上がった、いつもと違う光景が目に入る。
山田のデスクの上に置いてあった一冊の本、このオフィスにとって完全に部外者ととれる物がどうしても気になった。
「なんだこれ?ものすごく古い本だな…」
おもむろに本に手をかける。
英語でもロシア語でもない、表紙に謎の文字があり、樹のようなイラストが銀色で絵描かれた白色の古書だ。
さらにファンタジーチックな装飾が施され少し傷ついている。
大きさは大体A3用紙程度のサイズで厚みがゆうに300ページほどあるかと思える。
持ってみると重さも2キロちょっとあるだろうか。
「部長…案外乙女趣味なんすね…」
そう口に出しつつも、その本を開き始めた。
「はぃ?なんだこれ…」
疑問に思って変な声が出たのは、白紙だったからだ。
文字一つかいておらず、その中身は古い紙で埋め尽くされているのみ。
不思議な思いをしつつも、少しづつめくっていく。
1ページ、2ページ、どんどんめくるにつれて不可思議な思いをし始める。
ページをめくるが、そこには白紙で何も書いていないはずなのに、なぜか文字が頭に浮かび上がっていく。
文字の意味が理解でき、まるで本を読んでるかの如く、内容が頭にはいってくる。
「世界、呪文、成り立ち…?」
その内容は全身を駆け巡り、本の内容を理解していった。
だた、理解をするにつれて思わぬことが彼を襲った。
だんだんと身体が透明になっていったのだ。
誰もいないオフィスで、彼自身すら気が付いていない。
彼しか気が付けない事態を止める者はおらず、透明になりながら黙々と本のページをめくっていった。
そして…読み終えるころには彼は気が付いた。
この本のタイトルを。この本の世界と物語を、その事象すらすべてを理解した。
これは、あのゲームだ。
PVで幾度もみて、興奮を味わったMMORPGを。
電源が落ちてできなかった、キャラクタークリエイトをしても無駄になってしまったかもしれない状況を
今さっき味わった。
そう、この本の内容は…
「”インペリアル”そのものだ…」
声を荒げながら理解を口にした瞬間、彼と本はこの世界からいなくなっていた。
夜は深く、人々は少しずつ寝静まり、瞬く間に動物達と虫達のオーケストラが響き渡るコンクリートジャングル。
今夜の月は薄暗く、町はよりいっそう闇に包まれていく。
彼の存在すらも闇の中、誰も生末を知るものはいない。