外典 歓迎会
日曜の朝七時だった。
「……んあ?」
俺はスマホのバイブ音で、起こされた。
「んだよ、朝っぱらから……」
いや、正確に言えば、
「………………はぁっ!?」
LIONのメッセージで、目を覚まされちまったんだ。
〈骨折治ったわよ! だから今日は、今宵の歓迎会をしましょう!〉
「あいつ……。マジで二週間で治しやがった……」
☆
回り道縁と宵闇今宵と俺、片倉優人の三人は、LIONで連絡先を交換した。
「グループ名は、合縁奇縁……っと。はい優人、グループ登録もしといたわよ」ってな感じで、人のスマホを勝手にいじり、縁が交換していたわけだが……。まぁ正直、今宵と連絡先を交換出来たことは、かなり嬉しい。
俺は、可愛いものが好きだからだ。
動物とか、子どもとか。可愛いものにはとにかく弱い。
そして、今宵は可愛い。かなり可愛い……。
ふわっとしてて、オドオドしてて、小さくて。いちいち全部が可愛い。
ありゃダメだ。気を抜くと頬擦りしたくなっちまうレベルだ。
もちろん、んなことはしねぇし出来ねぇ。
俺は身長がでかい。でかい上に身体付きもガッチリしてる。こんな野郎が今宵に頬擦りなんてした日にゃ、警察を呼ばれちまう。今宵じゃなくたって、俺がぬいぐるみに頬擦りしてるのなんかを見られた日にゃ、変態扱い待ったなしだろう……。
まぁとにかく、縁の誘いを断る理由は無い。
今宵もOKしてたから私服姿も見れる。つーことで俺は、LIONの指示通り、今宵の歓迎会をするために千台駅前に行くことにした。
☆
縁と今宵は、二人一緒にやってきた。
「……マジか」
スタスタ歩いている縁にももちろん驚いたが、俺が驚いたのは、服装だ。
パーカーとデニムのラフな俺に対し、二人は綺麗で、可愛かった。
縁もラフな服装だが本人の素材が良すぎて、同じラフな格好とは、とても思えない。
ワンピースにデニムジャケットを着ているだけで高級感があるとか……、卑怯だ!
まぁ、縁はいい。こいつは何を着たって似合っちまうような女だ。
それより問題は……今宵だ!
今宵はフワッとしてフリッフリッの、真っ白いゴスロリ服を着ていた!
カッ! っと目を見開いて見ている俺に、縁が自慢気に話しかけてきた。
「どう優人? 今宵、かーいいでしょ?」
今宵の後ろでにんまりと笑う縁。当の今宵はすげーワタワタしてる。
「ゆ、優人君! こ、これはね! 縁にプレゼントされて着てきたんだからね! あ、あたしいつもは、こんなカッコしてないからねっ!?」
あー、ヤバイなこれ。
「…………優人?」
「んぁっ!?」
「何ぼーっとしてるのよ。ははーん……。さては、今宵に見蕩れてたんでしょ?」
「っ! いや、これは……!」
ここで俺は、前回縁とのデート? で教わったことを思い出した。こっ恥ずかしいけど、せっかくだから実行に移すことにした。
「……そう、だな。似合いすぎ、だ。これで見蕩れるなっつーほうが、難しい……と思う」
二人とも数秒間、一時停止ボタンでも押されたように、微動だにしなかった。
「……もう優人ったら、言うようになったわね!」
縁は嬉しそうに、俺の腹を肘で小突いてきた。
その後ろで、今宵はゆっくり、倒れていった。
「お、おい!?」
「えっ! ちょっ!?」
「「今宵!?」」
俺たちは咄嗟に手を伸ばし、今宵を受けとめた。
俺に腕を掴まれ、縁に抱き止められる今宵は、湯気をだしてもおかしくないくらい真っ赤だった。
「ところで美人は? 来れないの?」
目を回している今宵の身体を抱きかかえながら、縁はLIONでお願いしていた、もう一つのことを言ってきた。
「一応誘ってはみたけどよぉ……」
☆
朝、歓迎会のLIONにOKと返事を打ち込んだら、すぐに返事が送られてきたんだ。
〈美人も誘って〉
「は?」
俺はすぐに返事を打った。
〈お前美人とLION交換してただろ? 自分で誘えよ〉
〈誘ってるわよ。美人ったら既読すらしないの〉
〈寝てるからな〉
〈うん知ってる! だからよろしくね!〉
……ため息しか出なかった。
「美人ー」
美人の部屋の前で名前を呼ぶ、もちろん返事はない。
多趣味な美人は部屋にこもり、夜遅くまでいろんなことをしている。そのせいもあって、朝はメチャクチャ弱い。
「美人ー? 入るぞー?」
当然のことだが、無断で部屋に入れば、美人だって怒る。それでも俺は部屋に入った。美人を誘わないで駅前に行ったら、縁にうるさく言われるからな。
部屋に入ると、美人はベッドの上で可愛いキャラものの抱き枕を抱いて、静かに寝息をたてていた。
健康的な小麦色の太ももを露にしている寝姿は、俺以外なら欲情待った無しだっただろう。
俺も、妹でなければ興奮できたのかと思うと、少し損した気分になった。
「美人」
すまないと思いつつ、長身の細い身体を揺する。
「ん……? 兄、さん……?」
「おう。起こしちまって悪いな」
気だるそうに目を開く美人。俺は美人を起き上がらせないよう、目線を低くするためしゃがみこんだ。
「ほんと…………兄さんじゃなきゃ、ぶっ飛ばしてた」
我が妹ながら物騒なことを言う。
「で……なんの用?」
美人は体勢を変え仰向けになり、腕で目元を覆い隠しながら、話を促す。マジで悪いことをしたと思う。
「縁からの伝言だ」
「は? うっざ。寝たいから手短にお願い」
「わかった。よーするにだ、歓迎会をしたいから来てくれってさ」
「……意味分かんない。なんで歓迎会なんてやろうとしてんの? 仲間になった覚えなんてないんだけど? 私行かない。やるなら勝手にどうぞって言っといて」
ん? 美人のやつ、なんか勘違いしてねぇか? ……まぁいいか。美人はどっちしろ来ねぇだろうし……。
「あいよ。縁には行けねぇって言っとく。細かいことは自分でLIONしてくれ」
用件が終わり、俺は部屋を出ようとして、
「……兄さん?」
美人に捕まった。
「ん、なんだよ?」
「理由はともかく、私のこと起こしたんだし、……アレやってよ」
「アレ? アレって……、小さい頃よくやってたアレのことか?」
「ソレであってるから早くして。私はとっとと寝たいの!」
「はぁ……しゃーねぇなぁ」
「やった! ありがと兄さん!」
美人はベッドの奥に転がり、枕元に俺の座るスペースを作った。
俺はそのスペースに座り、俺たち兄妹が昔からやっていた、眠くなるおまじない。
眉毛を撫でてやった。
「久々(ひさびさ)だけど……、やっぱ、気持ちいいね……」
眉毛を流れに沿って指で撫でる。それだけで俺たちは眠くなる。なんでそうなるかは、全然知らねぇけど。
三分くらいたって、美人は最後に「けど、ちょっと恥ずかしい……」とか言って、眠っちまった。
☆
「つーわけで美人は来ねぇ」
「ふーん。私の予想と違うわね……。ねぇ優人? ちゃんと今宵のことは言った?」
「言ってねぇ。けど、言ったからってあいつは来ねぇって」
縁は額に手を当て、小さく首を振った。
「来ないわけだわ。今宵がいるってことを知らないんだもの。ちゃんと伝えなかった私のミスね……」
そう言って、縁は今宵の胸を揉む。
「ひゃんっ!」
身をよじって胸を隠す今宵。
「な、なな! なにしてんだお前っ!?」
「何って……。起こしたかったから起こしただけじゃない」
真顔で、手をワキワキさせる縁。
「起こし方の問題だっ!」
ただでさえお前らは目立つっつーのに、今宵にあんなエロい声を出させたせいで、余計に視線が集まってるんだっつーの!
「一回で目を覚まさせる一番の方法なのよ? 今度優人も試してみたら?」
「えっ!? ゆ、優人君っ!?」
「ああっもうっ!」
俺は二人の手を引き、強引に駅前から移動することにした。
☆
俺は二人の手を引っ張り、千台駅近くの商店街、クリスドウロまで来ていた。
「ねぇ優人? どこに行こうとしてるの?」
「あ? 発案者はお前だろ? 俺は適当に移動してるだけだ」
あんな人の視線が集まった場所に、居たくなんてなかったからな。
「そうなんだ。クリスドウロに引っ張るから、てっきりお薦めのお店でも有るのかと思ったわ」
俺は縁の手を離し、その手で縁を指さした。
「ねぇよんなもん。つーかお前、ノープランで歓迎会をやろうなんて言ってたのか?」
「そうよ。皆で決めた方が楽しいでしょ?」
縁はキョトンと、当たり前のように答える。最近、ため息の数が増えてる気がする……。
「それに、主役は今宵よ。今宵の行きたい場所に行くのが礼儀じゃない? そうよね今宵……って、今宵?」
「ん? おい、どうした今宵?」
今宵は俺の手を強く握り、二十代前半くらいの、キツそうなショートカットの女の人を凝視していた。その人は腕時計を気にして、焦っているように見えた。
「あの人、危ない……」
「視えたのね?」
今宵が頷くより早く、縁はキツそうな女の人に向かって歩きだしていた。
「あ? お前らどうしたんだよ?」
縁の後を追おうとして、俺は結局、待つことにした。
俺の手を握る今宵の手が、震えてたから。
「おっ。追い付いた」
今日は身長が高くて、良かったと思う。低かったら縁の姿を見失っていただろう。
縁は信号で止まった女の人に追い付き、口論しだした。
「なにやってんだあいつ!?」
一、二分口論は続き、信号が青に変わった。
その瞬間だ。
一台の車がすげぇスピードを出して、信号無視していきやがった。
「危ねぇ!」
幸い。誰も轢かれてはいなかっが、接触してれば誰かが死んでも、おかしくない速度だった。
「ん? これって……」
俺は隣で手を握る、この白くて小さな少女が、死ぬ人間が分かることを思い出した。
「今宵。もしかして縁が追いかけた人って、例の……靄が見えてたのか?」
潤んだ瞳で見上げてくる今宵の眼差しは、何か怖がっているような、そんな気がした。
「ねぇ優人君……? 優人君はあたしの言ってること……、信じてる?」
俺はその質問でなんとなく、今宵が怖がっていた理由が、分かった気がした。
今宵は言っていた。
これまで三人しか、自分の異能を信じなかったと。
今宵を信じた三人は、父親と縁と、もう一人も赤の他人だ。つまり今宵は、自分の母親に、――信じてもらえなかったんだ。
俺はそんな母親の気持ちが、少しだけ分かる。
母親なんだから信じてやれ! って思いながらも、俺もオカルトは嫌いだから。人の死だけが視えるなんてのは、信じられねぇ。
俺はガシガシ頭を掻き、体勢を低くして、今宵に本音を打ち明けた。
「俺はさ。こういう話が苦手で、よく分かんねぇつーか、……信じたくねぇ」
今宵が、俺の手を離す。
俺はその手を、もう一度強く、握り直した。
「だけど! 今宵のことは信じてる。今宵が嘘をつくようなやつじゃねえってことは、もう分かってるからな」
「……優人、君?」
今宵は嘘をつかない。
つーか、嘘をつけない体質だ。知り合って数日しか経ってねぇ俺でも、簡単に分かるぐらい、感情が顔に出やすいんだからな。
靄のことは信じられなくても、今宵自身は信じられる。間違いなく今宵は、善人だしな。
今宵はなにも言わないで、唇をぎゅっと結び、下を向いた。
そうして、今宵の足許にだけ、数滴の雨が降った。
どうやら俺は、今宵の四人目として、認められたようだ。
☆
「優人がいると助かるわね」
「あ? なにがだ?」
今宵を見ないよう、上に向けていた視線を下げると、縁がすぐそばに戻ってきていた。腰に手を当て、満足そうに仁王立ちをして。
「なにって。周りの人より大きいから、迷子にならないで済むじゃない。それに、手を繋いで待っててくれるから、安心して今宵を預けられるしね」
ニヤニヤ笑う縁。俺たちは慌てて手を離した。
「お、俺を目印にするな!」
「あれ? どうしたの今宵? 目が赤いわよ? 優人に何かされた?」
「無視すんな! それと言い掛かりをつけんなっ!」
「そっ! そうだよ縁! 優人君はそんなことしないよ!」
猫みたいに手を丸め、目を擦りながら弁護してくれる今宵。
ほんと、いちいち可愛いなコイツ!
「ふーん……。じゃあ追求はしないでおくわね。ところでお昼になっちゃたわね。こうなると私の行き着けのお店は混んじゃうのよねー」
「またお前は……歓迎会ならカラオケ屋とかで十分だろ……」
「「カラオケ!?」」
縁と今宵は同時に振り向き、別々(べつべつ)の反応を見せた。
「KARAOKE! 不良の巣窟! 皆のストレス発散所! いい提案よ優人!」
目を輝かせ、何か勘違いしている縁。
「う、歌うの? あ、あたしが二人の前で? あ、あたし、笑われたりしないかな? で、でも、二人の歌も聞いてみたい……」
無駄な心配をして、青くなったり赤くなる今宵。
分かったことは、二人とも初心者だっつーことだ。
俺たちはクリスドウロにあるカラオケ屋、ジャンボエコーに来店した。俺の会員カードで部屋に案内してもらい、それぞれ広々と座席をとった。機材やら何やらを俺が説明し、歓迎会はようやくスタートした。
場を盛り上げるためにアップテンポの曲を歌い、縁に「何を言ってるか分からないわ」とダメだしを食らう。「じゃあお前が歌ってみろ」と反撃して、美声の演歌を披露され、完敗した。
今宵はほとんど歌を知らなくて歌えなかった。一曲だけ、恥ずかしそうに童謡を歌い、あとは料理を食べながら聞いてばかりいた。楽しそうだったし、本人がそれでいいならいいんだろう。
俺としては可愛かったから、もう一曲くらい歌って欲しかった……。
後半は歌うのにもだれてきて、話ばかりしていた。
「なぁ縁。さっきのクリスドウロの女の人となにを話してたんだ?」
正直、縁のコミュニケーション能力は高すぎる。羨ましいぐらいに。
「今宵が危ないって教えてくれた人のことね? あの人焦ってたし、歩く速度も早かったから信号無視するんだろうなって分かったの。だから「私、警察官の娘なんですけど。お姉さん、信号無視しようとしてません?」って、話かけたの」
「……それで、お前の予想は合ってたのか?」
「合ってたわ。それで「だから何っ!」って口論になったんだから」
「合ってたのかよ……。やっぱりお前はとんでもねぇな……」
「何よそれ? 私は大したことをしてないわ。今宵が教えてくれなかったら分析することも出来なかったもの。私がしたことなんて話かけただけでしょ?」
「それが難しいんだっつーの」
チーズの糸を伸ばし、ピザを頬張りながら、今宵も頷く。
「そうなの? 私はいつもやってるわよ?」
縁は誇るでもなく、当たり前のように語っている。
今宵の力が本当なら、一人の命を救ったことになるのにだ。
「おいおい……。さっきだって口論になっただろ? あーいうのが嫌なんだよ」
「ふーん。そういうものなのね。私は私のためにやっただけだし、あの人も車が通りすぎた後、お礼を言ってくれたし。寧ろ私は、嬉しいわよ」
縁は言葉通り、心底に嬉しそうに、笑っていた。
それを見た俺は少し、胸がぎゅっとした。
「……へー。礼なんて言われてたのか」
「私が止めなかったら轢かれてたって想像出来たんでしょうね。理知的な人で良かったわ」
縁の言う通りだ。あの女の人が飛び出そうとしていたなら、あの車が通りすぎた時、ゾッとしただろう。
「お礼ぐらいは言いたくもなるか……。ん? なんだ?」
ポケットの中でスマホが鳴った。
「誰だ? って、美人か」
二人の視線が、俺に向けられる。
「ほら優人! 早くでてあげて! たぶん、来てくれるから!」
「……お前、なにかやったな?」
「LIONしといただけよ」
けろっと、怪しいことを言いやがる。
「たくっ。……美人俺だ。どうした急に?」
〈なしてすぐでねぇの! 今宵ってのと一緒だからがっ!?〉
美人の口調は訛っていた。つまり、激おこ、ということだ。
☆
バァンッ! と、勢いよくドアを開け、異例の早さで美人はやって来た。
ウェーブのかかった金髪をポニーテールにして、スカジャンにダメージジーンズのカッコイイ出で立ちだ。
着こなしもそうだが。うちから駅前までばっちり化粧して一時間掛からないとか、どうやるのか今度教えて欲しい。
ギロリとした目付きで、美人は俺たちを睨んでいく。
あの目付きで、強引に部屋まで案内させたんだろう。美人の後ろにいる店員は、脅えていた。
うん! 帰りに謝っとこう!
「で? 今宵ってどいつ?」
「おい美人……」
「兄さんはすっこんでて!!」
恫喝のような美人の一声で、修羅場だと勘違いしたのだろう。店員は外からゆっくり、ドアを閉めた。
当の今宵は、手に持ったフライドポテトと一緒に、ブルブル震えている。
「なに? いないの?」
美人は殺気すら感じられる睨みを効かせ、俺と縁を見る。そして今宵を見つめ、笑顔になった。
「今宵ってやつマジでいないの? こんな可愛い子の前で怒ってたくないんだけど?」
「ぷっ! もう限界っ! 美人ったらほんと優人にそっくりね!」
美人が来てからずっと、笑いを堪えていた縁だったが、とうとう声に出してしまった。
「ちょっと……。何笑ってんのよ……」
口許をピクピクさせ、キレそうな美人。
縁はそんな美人を気にせず立ち上がり、今宵の隣に移動して、
「優人と同じ勘違いをするんだもの。やっぱり兄妹なんだなって思ったら可笑しかったの」
「……何の話?」
震える今宵に抱きつき、縁は真相を伝えた。
「この娘がクラスメイトで新たな仲間の、宵闇今宵よ」
美人が死んだ目をして、真っ白になった気がした。
「……………………兄さん、ちょっと……」
「お、おう」
美人に呼ばれ、俺は廊下に連れ出された。
ドアが閉まった途端、美人は顔面を両手で隠し、ダンゴ虫みたいにしゃがみ込んだ。
「無理無理無理無理無理無理。あんな可愛い人怒れるわけないじゃん。しかも先輩とか、ありえないだけど」
あー……。やっぱ妹だなこいつ。
「だいたいなんでお前は、今宵に怒ってたんだ?」
「そっ! そんなこと言えるわけないじゃん!」
ばっと顔を上げ、すぐに視線を逸らす美人。縁と出会ってから、何か変わったような気がする……。
「はぁ……。俺としてはお前も今宵と仲良くしてやって欲しいんだけどな」
「それって……」
美人は急に立ち上がり、迫ってきた。
「ねぇ兄さん? 今宵先輩のことどう思ってるの?」
「どうって……」
美人は唯一と言える、俺の趣味の理解者だ。
「可愛い……と思う。可能ならすぐにでも! 写真を撮りまくってアルバムを作りたい!」
「他には」と、美人は真顔で聞いてくる。
「今宵ぐらいの大きさのテディベアがあるだろ!? 一緒に並べてこう、観賞してぇ!」
美人は俺と違い、安堵したようなため息を吐いた。
「……仕方ないなぁー。兄さんのお願いだしー、今宵先輩と仲良くしたげる!」
美人は最後に親指を立て、すっきりした顔で部屋に入っていった。……女心は分かんねぇ。
「今宵先輩! さっきはすいませんしたっ!」
「ほぇっ!?」
美人は部屋に入るなり、今宵の目の前で腰を直角に折り曲げ、謝った。
謝罪に対して今宵は、キョロキョロあたふたしている。
縁は今宵の隣で、ニコニコしているだけ。
「ゆ、優人君? あ、あたし、どうすればいいの?」
誰も何も言わない状況に、今宵は俺に助けを求めてきた。
「そりゃあ今宵の好きにすればいいだろ。ただ……兄貴として言わせてもらえば、美人はお前と仲良くしたくてこうして頭を下げてる。その辺は汲んでやってくれ」
説明している間も、美人は頭を上げなかった。
「そんでできれば、許してやってくれ」
「えっ!? ゆ、許すって!?」
俺を見て、縁を見る今宵。
「私を見てどうするのよ? 優人の言う通り、好きにすればいいわ」
「えっ!? う、うん! そっ、そうだよね」
今宵は美人の目の前に立った。
「えーと、み、美人ちゃん? あたし、怒ってないよ。そ、それよりもね! あたしこんな見た目だから、先輩って言われたことなくて。こ、怖かったけど。ち、ちょっとだけ、……嬉しかったよ」
オドオドしながら恥ずかしそうに喋る今宵は、メチャメチャ可愛い。
「じゃあ、許してくれますか?」
美人は頭を上げ、今宵を見つめていた。人のことは言えねぇけど、身長差がすげえと思う。
「も、もちろんだよ!」
今宵は小さな手を、美人に差し出した。
「こ、これからよろしくね。美人ちゃん」
「はい!!」
美人は握手どころか、そのまま今宵を引っ張り、抱き締めた。
「み、美人ちゃんっ!?」
「んーっ! 今宵先輩っ!」
「「今宵先輩っ!」 じゃねぇ!」
美人は今宵を抱き締め、頬擦りまでしだした!
「優人? 何怒ってるのよ? 女の子同士なんだし、あれくらいいいじゃない」
「そうなのか……って、お前……」
縁は上手くいったって感じの、悪い笑顔を浮かべていた。
俺はその時、縁が美人も仲間に引き込むと宣言していたことを思い出していた。
もしあの日から今日までのことが全部、縁の思い描いた通りなのだとしたら……。そう思うと割りと本気で、ゾッとした。
☆
俺達四人はカラオケ屋を出て、若干人目を惹きながら、クリスドウロ歩いていた。
この面子はただでさえ目立つ。なのに!
「おい美人……」
「怖い顔してどうしたの兄さん?」
「今宵を離せ」
美人は今宵の首に腕を巻き付け、ベタベタしながら歩いていた。
「えーー?」
「えーーじゃねえよ。今宵が困ってるだろうが」
「このくらいなら、大丈夫だよ……」
今宵はそう言うが、少し疲れているように思う。
それに俺が困る! こんなにジロジロ見られて、お前らと比較されるなんて御免だ!
つーか今更ながらこいつらはなんだ!?
白くて可愛いゴスロリ美少女。我が妹ながら、モデル体型美人の元ヤン。アイドルも女優も出来そうな黒髪美女。
なにこれ? 俺浮きすぎじゃね? 周りの人は俺を見て笑ってんじゃね?
「美人、マジで頼む」
「むー。兄さんがそこまで言うなら……。あっ!」
美人はゲーセンを見つめ、
「今宵先輩! プリクラ撮りません!?」
そんな提案をした。
「ゲームセンターね!」
縁はカラオケと同じように、目を輝かせていた。
「……まぁせっかくですし。……縁さんも来ます?」
「ええ! そうさせてもらうわ!」
縁と美人はカラオケ屋で、軽ーく密談をしていた。どんな内容かは知らねぇけど、そこから美人は縁にも話かけるようになった。
「兄さんはどーする? 私達と一緒ならプリクラコーナー入れるけど?」
「いやいい。やめとく」
お前らと一緒に女子空間なんて、死んでも御免だ。
「分かった! すぐ済ませるからこの辺で待っててー!」
「おー。別に気にすんな」
手を振り三人と別れ、俺は一人、入り口に展示されているぬいぐるみを眺めていた。
可愛いキャラものが増えたなぁ。なんて思って待っていると、
「スンスン。スンスンスン」
んなことを言いながら匂いを嗅いでいる、おかしな女子と遭遇した。
なんだこいつ?
赤毛のショートカットに眼鏡の、顔だけなら可愛い、中学三年くらいの女の子だった。
顔だけなら可愛い。顔だけなら!
服装が、なんとも言えなかった。
俺もオシャレではない。断じてない。けれどコレは無いと分かる。
柄物シャツとジーパンとリュック。
どう見ても、オタクだ!
しかも! 目を閉じて匂いを嗅いでるから、どんどん俺に近寄ってくるし!
俺はクレーンゲーム機に背中を張り付け、回避することにした。だがコイツは、避けた俺に向かって、方向転換しやがった!
「なんでだよっ!」
距離はゼロセンチ。
ソイツは俺の腹に顔を埋め、匂いを嗅ぎ続けた。
「スンスン。なんすかコレ? 柔らかい壁なんて新しいっすねー。にしてもなんで壁からあのお方の香りが……って、あふぇ?」
あ、目が合った。
「お、お、お、お、お、お……」
「お? おい。お前大丈夫か?」
少女は顔を青くしながら、顎をガクガクいわせ、
「犯される……」
とち狂ったことを言った。
次にスゥーーーと、コイツは鼻から大量に息を吸った。
ヤバイ! 叫ぶ気だコイツ!
「へぶっっ!!」
俺は咄嗟に、コイツの口を塞いでいた。
世の中は不公平だ。俺はなにも悪くない。悪くないのにコイツが叫べば、百パーセント俺が悪者になるんだ! だかは俺は、コイツの口を塞いでしまったんだ。
問題はこっからだ。口を塞いじまった以上、なんとかこいつを説得しねぇといけねぇ。なのに……。
「優人?」「優人君?」「兄さん?」
「「「何してるの?」」」
一気に血の気が引いた。
恐る恐る振り向くと、怒った美人と怖がる今宵と、真顔の縁がいた。
「待て、違うんだ。これはだな……」
視線が痛くて、冷や汗が止まらない。この中で話を聞いてくれそうなのは、間違いなく縁だ。
「縁、落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
だから俺は、縁に助けを求めたんだ。
そうしたら、縁とこの女は、走り去っていなくなっちまったんだ。
☆
「縁、どうしちゃったんだろ?」
「兄さん、アイツら何なの?」
「いや、俺にも分かんねぇよ」
思い返してみると、あの時の縁は俺を見ていなかった。俺が口を塞いでいたあの女を見て、真顔になってたんだと思う。
そこからあの女が、縁の名前を聞いた途端、表情を変えたのは覚えている。
その直後に、縁は走り出した。
「後で連絡するわ」
それだけを言い残し、縁は人混みの中に、消えた。
「……痛ってぇ!!」
縁が逃げ出すと、あの女は俺の掌を噛んだ。
「離せデカブツ! 縁先輩を見失うでしょーがっ!!」
血走った目で俺を睨み、あの女は縁の後を追って、いなくなった。
俺は噛まれた手を揉みながら二人に事情を話、納得してもらえた。
結局縁からの連絡はなく、もやもやしたまま、俺達は帰ることになった。