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暴力言論  作者: 佐藤脱皮
9/9

外典 歓迎会



 日曜の朝七時だった。

「……んあ?」

 (おれ)はスマホのバイブ音で、起こされた。

「んだよ、朝っぱらから……」

 いや、正確に言えば、

「………………はぁっ!?」

 LIONのメッセージで、目を()まされちまったんだ。


骨折(こっせつ)治ったわよ! だから今日は、今宵(こよい)歓迎会(かんげいかい)をしましょう!〉

 

「あいつ……。マジで二週間で治しやがった……」

 

           ☆


 (まわ)(みち)(ゆかり)宵闇(よいやみ)今宵(こよい)(おれ)片倉(かたくら)優人(ゆうと)の三人は、LIONで連絡先を交換(こうかん)した。

「グループ名は、合縁(あいえん)奇縁(きえん)……っと。はい優人、グループ登録もしといたわよ」ってな感じで、人のスマホを勝手にいじり、縁が交換していたわけだが……。まぁ正直(しょうじき)、今宵と連絡先を交換出来たことは、かなり(うれ)しい。


 俺は、可愛(かわい)いものが好きだからだ。

 動物とか、子どもとか。可愛いものにはとにかく弱い。

 そして、今宵は可愛い。かなり可愛い……。

 ふわっとしてて、オドオドしてて、小さくて。いちいち全部(ぜんぶ)が可愛い。

 ありゃダメだ。気を抜くと頬擦(ほおず)りしたくなっちまうレベルだ。

 もちろん、んなことはしねぇし出来ねぇ。

 俺は身長がでかい。でかい上に身体付(からだつ)きもガッチリしてる。こんな野郎(やろう)が今宵に頬擦りなんてした日にゃ、警察(けいさつ)を呼ばれちまう。今宵じゃなくたって、俺がぬいぐるみに頬擦りしてるのなんかを見られた日にゃ、変態(へんたい)(あつか)い待ったなしだろう……。


 まぁとにかく、縁の(さそ)いを(ことわ)る理由は無い。

 今宵もOKしてたから私服姿(しふくすがた)も見れる。つーことで俺は、LIONの指示(しじ)(どお)り、今宵の歓迎会(かんげいかい)をするために千台(せんだい)駅前に行くことにした。


           ☆


 (ゆかり)と今宵は、二人一緒(いっしょ)にやってきた。

「……マジか」 

 スタスタ歩いている縁にももちろん(おどろ)いたが、俺が驚いたのは、服装(ふくそう)だ。

 パーカーとデニムのラフな俺に対し、二人は綺麗(きれい)で、可愛かった。

 縁もラフな服装だが本人の素材(そざい)()すぎて、同じラフな格好とは、とても思えない。

 ワンピースにデニムジャケットを着ているだけで高級感(こうきゅうかん)があるとか……、卑怯(ひきょう)だ!

 まぁ、縁はいい。こいつは何を着たって似合(にあ)っちまうような女だ。

 それより問題は……今宵だ!


 今宵はフワッとしてフリッフリッの、真っ白いゴスロリ服を着ていた!


 カッ! っと目を見開いて見ている俺に、縁が自慢気(じまんげ)に話しかけてきた。

「どう優人? 今宵、かーいいでしょ?」

 今宵の後ろでにんまりと笑う縁。(とう)の今宵はすげーワタワタしてる。  

「ゆ、優人君! こ、これはね! 縁にプレゼントされて着てきたんだからね! あ、あたしいつもは、こんなカッコしてないからねっ!?」

 あー、ヤバイなこれ。

「…………優人?」

「んぁっ!?」

「何ぼーっとしてるのよ。ははーん……。さては、今宵に見蕩(みと)れてたんでしょ?」

「っ! いや、これは……!」

 ここで俺は、前回縁とのデート? で教わったことを思い出した。こっ()ずかしいけど、せっかくだから実行に移すことにした。

「……そう、だな。似合(にあ)いすぎ、だ。これで見蕩れるなっつーほうが、難しい……と思う」

 二人とも数秒間、一時停止ボタンでも押されたように、微動(びどう)だにしなかった。

「……もう優人ったら、言うようになったわね!」

 縁は(うれ)しそうに、俺の(はら)(ひじ)小突(こづ)いてきた。

 その後ろで、今宵はゆっくり、(たお)れていった。

「お、おい!?」

「えっ! ちょっ!?」

「「今宵!?」」

 俺たちは咄嗟(とっさ)に手を伸ばし、今宵を受けとめた。

 俺に(うで)(つか)まれ、縁に()き止められる今宵は、湯気(ゆげ)をだしてもおかしくないくらい()()だった。

 

「ところで美人(みと)は? 来れないの?」

 目を回している今宵の身体(からだ)を抱きかかえながら、縁はLIONでお願いしていた、もう一つのことを言ってきた。

一応(いちおう)誘ってはみたけどよぉ……」

 

     ☆


 朝、歓迎会(かんげいかい)のLIONにOKと返事を()ち込んだら、すぐに返事が送られてきたんだ。

美人(みと)(さそ)って〉

「は?」

 俺はすぐに返事を()った。

〈お前美人とLION交換してただろ? 自分で誘えよ〉

〈誘ってるわよ。美人ったら既読(きどく)すらしないの〉

()てるからな〉

〈うん知ってる! だからよろしくね!〉

 ……ため息しか出なかった。

 

美人(みと)ー」

 美人の部屋の前で名前を呼ぶ、もちろん返事はない。

 多趣味(たしゅみ)な美人は部屋にこもり、夜遅くまでいろんなことをしている。そのせいもあって、朝はメチャクチャ(よわ)い。

「美人ー? 入るぞー?」

 当然(とうぜん)のことだが、無断(むだん)で部屋に入れば、美人だって(おこ)る。それでも俺は部屋に入った。美人を誘わないで駅前に行ったら、縁にうるさく言われるからな。


 部屋に入ると、美人はベッドの上で可愛(かわい)いキャラものの()(まくら)を抱いて、静かに寝息(ねいき)をたてていた。

 健康的(けんこうてき)小麦色(こむぎいろ)の太ももを(あらわ)にしている寝姿(ねすがた)は、俺以外なら欲情(よくじょう)待った無しだっただろう。

 俺も、妹でなければ興奮(こうふん)できたのかと思うと、少し(そん)した気分になった。

「美人」

 すまないと思いつつ、長身(ちょうしん)の細い身体(からだ)を揺する。 

「ん……? 兄、さん……?」

「おう。起こしちまって(わる)いな」

 気だるそうに目を開く美人。俺は美人を起き上がらせないよう、目線を低くするためしゃがみこんだ。

「ほんと…………兄さんじゃなきゃ、ぶっ飛ばしてた」

 ()が妹ながら物騒(ぶっそう)なことを言う。

「で……なんの用?」

 美人は体勢(たいせい)を変え仰向(あおむ)けになり、(うで)目元(めもと)(おお)い隠しながら、話を(うなが)す。マジで悪いことをしたと思う。

「縁からの伝言だ」

「は? うっざ。寝たいから手短(てみじか)にお願い」

「わかった。よーするにだ、歓迎会(かんげいかい)をしたいから来てくれってさ」

「……意味(いみ)分かんない。なんで歓迎会なんてやろうとしてんの? 仲間になった(おぼ)えなんてないんだけど? (あたし)行かない。やるなら勝手にどうぞって言っといて」

 ん? 美人のやつ、なんか勘違(かんちが)いしてねぇか? ……まぁいいか。美人(みと)はどっちしろ()ねぇだろうし……。

「あいよ。縁には行けねぇって言っとく。(こま)かいことは自分でLIONしてくれ」

 用件が終わり、俺は部屋を出ようとして、

「……兄さん?」

 美人に(つか)まった。

「ん、なんだよ?」

「理由はともかく、(あたし)のこと起こしたんだし、……アレやってよ」

「アレ? アレって……、小さい頃よくやってたアレのことか?」

「ソレであってるから早くして。(あたし)はとっとと寝たいの!」

「はぁ……しゃーねぇなぁ」

「やった! ありがと兄さん!」

 美人はベッドの奥に転がり、枕元に俺の座るスペースを作った。

 俺はそのスペースに座り、俺たち兄妹(きょうだい)が昔からやっていた、眠くなるおまじない。

 眉毛(まゆげ)()でてやった。

「久々(ひさびさ)だけど……、やっぱ、気持ちいいね……」

 眉毛を流れに沿()って指で撫でる。それだけで俺たちは眠くなる。なんでそうなるかは、全然知らねぇけど。

 三分くらいたって、美人は最後に「けど、ちょっと恥ずかしい……」とか言って、眠っちまった。

 

     ☆


「つーわけで美人は来ねぇ」

「ふーん。私の予想と違うわね……。ねぇ優人? ちゃんと今宵のことは言った?」

「言ってねぇ。けど、言ったからってあいつは来ねぇって」 

 縁は(ひたい)に手を当て、小さく首を振った。

「来ないわけだわ。今宵がいるってことを知らないんだもの。ちゃんと伝えなかった私のミスね……」

 そう言って、縁は今宵の(むね)()む。

「ひゃんっ!」

 身をよじって胸を隠す今宵。

「な、なな! なにしてんだお前っ!?」

「何って……。起こしたかったから起こしただけじゃない」

 真顔(まがお)で、手をワキワキさせる縁。

「起こし方の問題だっ!」

 ただでさえお前らは目立つっつーのに、今宵にあんなエロい声を出させたせいで、余計(よけい)に視線が集まってるんだっつーの!

「一回で目を覚まさせる一番の方法なのよ? 今度優人も(ため)してみたら?」

「えっ!? ゆ、優人君っ!?」

「ああっもうっ!」

 俺は二人の手を引き、強引に駅前から移動(いどう)することにした。

 

     ☆

 

 俺は二人の手を引っ張り、千台(せんだい)駅近くの商店街(しょうてんがい)、クリスドウロまで来ていた。

「ねぇ優人(ゆうと)? どこに行こうとしてるの?」

「あ? 発案者(はつあんしゃ)はお前だろ? 俺は適当(てきとう)に移動してるだけだ」

 あんな人の視線が集まった場所に、居たくなんてなかったからな。

「そうなんだ。クリスドウロに引っ張るから、てっきりお(すす)めのお店でも有るのかと思ったわ」

 俺は(ゆかり)の手を(はな)し、その手で縁を指さした。

「ねぇよんなもん。つーかお前、ノープランで歓迎会をやろうなんて言ってたのか?」 

「そうよ。(みんな)で決めた方が楽しいでしょ?」

 縁はキョトンと、当たり前のように答える。最近、ため息の数が増えてる気がする……。

「それに、主役は今宵よ。今宵の行きたい場所に行くのが礼儀(れいぎ)じゃない? そうよね今宵……って、今宵?」

「ん? おい、どうした今宵?」

 今宵は俺の手を強く握り、二十代前半くらいの、キツそうなショートカットの女の人を凝視(ぎょうし)していた。その人は腕時計を気にして、焦っているように見えた。

「あの人、危ない……」

()えたのね?」

 今宵が(うなず)くより早く、縁はキツそうな女の人に向かって歩きだしていた。

「あ? お前らどうしたんだよ?」 

 縁の(あと)()おうとして、俺は結局(けっきょく)、待つことにした。

 俺の手を(にぎ)る今宵の手が、(ふる)えてたから。


「おっ。追い付いた」

 今日は身長が高くて、()かったと思う。低かったら縁の姿を見失(みうしな)っていただろう。

 縁は信号で止まった女の人に追い付き、口論(こうろん)しだした。

「なにやってんだあいつ!?」

 一、二分口論は続き、信号が青に変わった。

 その瞬間(とき)だ。

 一台の車がすげぇスピードを出して、信号無視していきやがった。

(あぶ)ねぇ!」

 (さいわ)い。誰も()かれてはいなかっが、接触(せっしょく)してれば誰かが死んでも、おかしくない速度だった。

「ん? これって……」

 俺は隣で手を(にぎ)る、この白くて小さな少女が、死ぬ人間が分かることを思い出した。

「今宵。もしかして縁が追いかけた人って、例の……(もや)が見えてたのか?」 

 (うる)んだ(ひとみ)で見上げてくる今宵の眼差(まなざ)しは、何か怖がっているような、そんな気がした。

「ねぇ優人君……? 優人君はあたしの言ってること……、信じてる?」

 俺はその質問でなんとなく、今宵が怖がっていた理由(わけ)が、分かった気がした。


 今宵は言っていた。

 これまで三人しか、自分の異能(いのう)を信じなかったと。

 今宵を信じた三人は、父親と縁と、もう一人も赤の他人だ。つまり今宵は、自分の母親に、――信じてもらえなかったんだ。

 俺はそんな母親の気持ちが、少しだけ分かる。

 母親なんだから信じてやれ! って思いながらも、俺もオカルトは(きら)いだから。人の死だけが()えるなんてのは、信じられねぇ。


 俺はガシガシ頭を()き、体勢を低くして、今宵に本音を打ち明けた。

「俺はさ。こういう話が苦手(にがて)で、よく分かんねぇつーか、……信じたくねぇ」

 今宵が、俺の手を(はな)す。

 俺はその手を、もう一度強く、(にぎ)り直した。  

「だけど! 今宵のことは信じてる。今宵が嘘をつくようなやつじゃねえってことは、もう分かってるからな」

「……優人、君?」

 今宵は(うそ)をつかない。

 つーか、嘘をつけない体質(たいしつ)だ。知り合って数日しか経ってねぇ俺でも、簡単(かんたん)に分かるぐらい、感情が顔に出やすいんだからな。

 (もや)のことは信じられなくても、今宵自身は信じられる。間違いなく今宵は、善人(ぜんにん)だしな。

 今宵はなにも言わないで、(くちびる)をぎゅっと(むす)び、下を向いた。


 そうして、今宵の足許(あしもと)にだけ、数滴(すうてき)の雨が降った。


 どうやら俺は、今宵の四人目として、認められたようだ。


            ☆


「優人がいると助かるわね」

「あ? なにがだ?」

 今宵を見ないよう、上に向けていた視線を下げると、縁がすぐそばに戻ってきていた。腰に手を当て、満足そうに仁王(におう)立ちをして。

「なにって。周りの人より大きいから、迷子にならないで済むじゃない。それに、手を(つな)いで待っててくれるから、安心して今宵を(あず)けられるしね」

 ニヤニヤ笑う縁。俺たちは(あわ)てて手を離した。

「お、俺を目印(めじるし)にするな!」

「あれ? どうしたの今宵? 目が赤いわよ? 優人に何かされた?」

無視(むし)すんな! それと言い掛かりをつけんなっ!」

「そっ! そうだよ縁! 優人君はそんなことしないよ!」

 (ねこ)みたいに手を丸め、目を(こす)りながら弁護(べんご)してくれる今宵。

 ほんと、いちいち可愛いなコイツ!

「ふーん……。じゃあ追求(ついきゅう)はしないでおくわね。ところでお昼になっちゃたわね。こうなると(わたし)の行き着けのお店は()んじゃうのよねー」

「またお前は……歓迎会(かんげいかい)ならカラオケ()とかで十分(じゅうぶん)だろ……」


「「カラオケ!?」」


 縁と今宵は同時に振り向き、別々(べつべつ)の反応を見せた。

「KARAOKE! 不良(ふりょう)巣窟(そうくつ)! (みんな)のストレス発散所(はっさんじょ)! いい提案(ていあん)よ優人!」

 目を(かがや)かせ、何か勘違(かんちが)いしている縁。

「う、歌うの? あ、あたしが二人の前で? あ、あたし、笑われたりしないかな? で、でも、二人の歌も聞いてみたい……」

 無駄な心配をして、青くなったり赤くなる今宵。

 分かったことは、二人とも初心者だっつーことだ。


 俺たちはクリスドウロにあるカラオケ屋、ジャンボエコーに来店した。俺の会員カードで部屋に案内してもらい、それぞれ広々と座席をとった。機材やら何やらを俺が説明し、歓迎会はようやくスタートした。

 場を盛り上げるためにアップテンポの曲を歌い、縁に「何を言ってるか分からないわ」とダメだしを食らう。「じゃあお前が歌ってみろ」と反撃(はんげき)して、美声(びせい)演歌(えんか)披露(ひろう)され、完敗(かんぱい)した。

 今宵はほとんど歌を知らなくて歌えなかった。一曲だけ、恥ずかしそうに童謡(どうよう)を歌い、あとは料理を食べながら聞いてばかりいた。楽しそうだったし、本人がそれでいいならいいんだろう。

 俺としては可愛かったから、もう一曲くらい歌って欲しかった……。


 後半は歌うのにもだれてきて、話ばかりしていた。

「なぁ縁。さっきのクリスドウロの女の人となにを話してたんだ?」

 正直(しょうじき)、縁のコミュニケーション能力(のうりょく)は高すぎる。(うらや)ましいぐらいに。

「今宵が危ないって教えてくれた人のことね? あの人焦(あせ)ってたし、歩く速度も早かったから信号無視するんだろうなって分かったの。だから「私、警察官(けいさつかん)(むすめ)なんですけど。お姉さん、信号無視(しんごうむし)しようとしてません?」って、話かけたの」

「……それで、お前の予想は合ってたのか?」

「合ってたわ。それで「だから何っ!」って口論(こうろん)になったんだから」

「合ってたのかよ……。やっぱりお前はとんでもねぇな……」

「何よそれ? 私は大したことをしてないわ。今宵が教えてくれなかったら分析することも出来なかったもの。私がしたことなんて話かけただけでしょ?」

「それが難しいんだっつーの」

 チーズの糸を()ばし、ピザを頬張(ほおば)りながら、今宵も(うなず)く。

「そうなの? 私はいつもやってるわよ?」

 縁は(ほこ)るでもなく、当たり前のように(かた)っている。

 今宵の力が本当(ほんとう)なら、一人の命を(すく)ったことになるのにだ。

「おいおい……。さっきだって口論になっただろ? あーいうのが(いや)なんだよ」

「ふーん。そういうものなのね。私は私のためにやっただけだし、あの人も車が通りすぎた後、お礼を言ってくれたし。(むしろ)ろ私は、(うれ)しいわよ」 

 縁は言葉通り、心底(しんそこ)に嬉しそうに、笑っていた。 

 それを見た俺は少し、胸がぎゅっとした。

「……へー。礼なんて言われてたのか」

「私が止めなかったら()かれてたって想像(そうぞう)出来(でき)たんでしょうね。理知的(りちてき)な人で良かったわ」

 縁の言う通りだ。あの女の人が飛び出そうとしていたなら、あの車が通りすぎた時、ゾッとしただろう。

「お礼ぐらいは言いたくもなるか……。ん? なんだ?」

 ポケットの中でスマホが鳴った。

「誰だ? って、美人(みと)か」

 二人の視線が、俺に向けられる。

「ほら優人! 早くでてあげて! たぶん、来てくれるから!」

「……お前、なにかやったな?」

「LIONしといただけよ」

 けろっと、(あや)しいことを言いやがる。

「たくっ。……美人俺だ。どうした(きゅう)に?」

〈なしてすぐでねぇの! 今宵ってのと一緒だからがっ!?〉

 美人の口調は(なま)っていた。つまり、(げき)おこ、ということだ。


     ☆


 バァンッ! と、勢いよくドアを開け、異例(いれい)の早さで美人(みと)はやって来た。

 ウェーブのかかった金髪(きんぱつ)をポニーテールにして、スカジャンにダメージジーンズのカッコイイ()()ちだ。

 着こなしもそうだが。うちから駅前までばっちり化粧(けしょう)して一時間掛からないとか、どうやるのか今度教えて欲しい。

 ギロリとした目付きで、美人は俺たちを(にら)んでいく。

 あの目付きで、強引(ごういん)に部屋まで案内させたんだろう。美人の後ろにいる店員は、(おび)えていた。

 うん! 帰りに(あやま)っとこう!

 

「で? 今宵(こよい)ってどいつ?」

「おい美人……」

(にい)さんはすっこんでて!!」

 恫喝(どうかつ)のような美人の一声(ひとこえ)で、修羅場(しゅらば)だと勘違(かんちがい)いしたのだろう。店員は外からゆっくり、ドアを()めた。

 (とう)の今宵は、手に持ったフライドポテトと一緒(いっしょ)に、ブルブル(ふる)えている。

「なに? いないの?」

 美人は殺気(さっき)すら感じられる睨みを()かせ、(おれ)(ゆかり)を見る。そして今宵を見つめ、笑顔(えがお)になった。

「今宵ってやつマジでいないの? こんな可愛い子の前で怒ってたくないんだけど?」

「ぷっ! もう限界っ! 美人ったらほんと優人にそっくりね!」

 美人が来てからずっと、笑いを(こら)えていた縁だったが、とうとう声に出してしまった。

「ちょっと……。何笑ってんのよ……」

 口許(くちもと)をピクピクさせ、キレそうな美人。 

 縁はそんな美人を気にせず立ち上がり、今宵の隣に移動して、

「優人と同じ勘違いをするんだもの。やっぱり兄妹(きょうだい)なんだなって思ったら可笑(おか)しかったの」

「……何の話?」

 震える今宵に抱きつき、縁は真相を伝えた。

「この()がクラスメイトで新たな仲間の、宵闇(よいやみ)今宵(こよい)よ」


 美人が死んだ目をして、真っ白になった気がした。


「……………………兄さん、ちょっと……」

「お、おう」

 美人に呼ばれ、俺は廊下に連れ出された。

 ドアが閉まった途端(とたん)、美人は顔面(がんめん)を両手で隠し、ダンゴ(むし)みたいにしゃがみ込んだ。

無理(むり)無理(むり)無理(むり)無理(むり)無理(むり)無理(むり)。あんな可愛(かわい)い人怒れるわけないじゃん。しかも先輩とか、ありえないだけど」

 あー……。やっぱ妹だなこいつ。

「だいたいなんでお前は、今宵に怒ってたんだ?」 

「そっ! そんなこと言えるわけないじゃん!」 

 ばっと顔を上げ、すぐに視線を逸らす美人。縁と出会ってから、何か変わったような気がする……。

「はぁ……。俺としてはお前も今宵と仲良くしてやって欲しいんだけどな」

「それって……」

 美人は急に立ち上がり、迫ってきた。

「ねぇ兄さん? 今宵先輩のことどう思ってるの?」

「どうって……」

 美人は唯一(ゆいいつ)と言える、俺の趣味(しゅみ)理解者(りかいしゃ)だ。

「可愛い……と思う。可能ならすぐにでも! 写真を撮りまくってアルバムを作りたい!」

「他には」と、美人は真顔(まがお)で聞いてくる。

「今宵ぐらいの大きさのテディベアがあるだろ!? 一緒に並べてこう、観賞(かんしょう)してぇ!」

 美人は俺と違い、安堵(あんど)したようなため息を吐いた。

「……仕方ないなぁー。兄さんのお願いだしー、今宵先輩と仲良くしたげる!」

 美人は最後に親指を立て、すっきりした顔で部屋に入っていった。……女心は分かんねぇ。


「今宵先輩! さっきはすいませんしたっ!」

「ほぇっ!?」

 美人は部屋に入るなり、今宵の目の前で(こし)直角(ちょっかく)()()げ、(あやま)った。

 謝罪(しゃざい)に対して今宵は、キョロキョロあたふたしている。

 縁は今宵の隣で、ニコニコしているだけ。

「ゆ、優人君? あ、あたし、どうすればいいの?」

 誰も何も言わない状況(じょうきょう)に、今宵は俺に助けを求めてきた。 

「そりゃあ今宵の好きにすればいいだろ。ただ……兄貴(あにき)として言わせてもらえば、美人はお前と仲良くしたくてこうして頭を下げてる。その(へん)()んでやってくれ」

 説明している間も、美人は頭を上げなかった。

「そんでできれば、(ゆる)してやってくれ」

「えっ!? ゆ、許すって!?」

 俺を見て、縁を見る今宵。

「私を見てどうするのよ? 優人の言う通り、好きにすればいいわ」

「えっ!? う、うん! そっ、そうだよね」

 今宵は美人の目の前に立った。

「えーと、み、美人ちゃん? あたし、怒ってないよ。そ、それよりもね! あたしこんな見た目だから、先輩って言われたことなくて。こ、怖かったけど。ち、ちょっとだけ、……嬉しかったよ」

 オドオドしながら恥ずかしそうに(しゃべ)る今宵は、メチャメチャ可愛い。

「じゃあ、許してくれますか?」

 美人は頭を上げ、今宵を見つめていた。人のことは言えねぇけど、身長差がすげえと思う。

「も、もちろんだよ!」

 今宵は小さな手を、美人に差し出した。

「こ、これからよろしくね。美人ちゃん」

「はい!!」

 美人は握手どころか、そのまま今宵を引っ張り、抱き締めた。

「み、美人ちゃんっ!?」

「んーっ! 今宵先輩っ!」

「「今宵先輩っ!」 じゃねぇ!」

 美人は今宵を抱き締め、頬擦(ほおず)りまでしだした!

「優人? 何怒ってるのよ? 女の子同士なんだし、あれくらいいいじゃない」

「そうなのか……って、お前……」

 縁は上手くいったって感じの、悪い笑顔を浮かべていた。

 俺はその時、縁が美人も仲間に引き込むと宣言(せんげん)していたことを思い出していた。

 もしあの日から今日までのことが全部、縁の思い描いた通りなのだとしたら……。そう思うと割りと本気(ほんき)で、ゾッとした。

 

      ☆


 俺達(おれたち)四人はカラオケ屋を出て、若干(じゃっかん)人目を()きながら、クリスドウロ歩いていた。

 この面子(めんつ)はただでさえ目立つ。なのに!

「おい美人(みと)……」

(こわ)い顔してどうしたの兄さん?」

今宵(こよい)(はな)せ」

 美人は今宵の首に腕を巻き付け、ベタベタしながら歩いていた。

「えーー?」

「えーーじゃねえよ。今宵が困ってるだろうが」

「このくらいなら、大丈夫だよ……」

 今宵はそう言うが、少し疲れているように思う。

 それに俺が困る! こんなにジロジロ見られて、お前らと比較(ひかく)されるなんて御免(ごめん)だ!

 つーか今更(いまさら)ながらこいつらはなんだ!? 

 白くて可愛(かわい)いゴスロリ美少女(びしょうじょ)()が妹ながら、モデル体型(たいけい)美人(びじん)の元ヤン。アイドルも女優も出来そうな黒髪(くろかみ)美女(びじょ)

 なにこれ? 俺浮きすぎじゃね? 周りの人は俺を見て笑ってんじゃね? 

「美人、マジで頼む」

「むー。兄さんがそこまで言うなら……。あっ!」

 美人はゲーセンを見つめ、

今宵(こよい)先輩(せんぱい)! プリクラ撮りません!?」

 そんな提案(ていあん)をした。

「ゲームセンターね!」

 (ゆかり)はカラオケと同じように、目を(かがや)かせていた。

「……まぁせっかくですし。……縁さんも来ます?」

「ええ! そうさせてもらうわ!」

 縁と美人はカラオケ屋で、軽ーく密談(みつだん)をしていた。どんな内容かは知らねぇけど、そこから美人は縁にも話かけるようになった。

「兄さんはどーする? (あたし)(たち)一緒(いっしょ)ならプリクラコーナー(はい)れるけど?」

「いやいい。やめとく」

 お前らと一緒に女子空間(じょしくうかん)なんて、死んでも御免(ごめん)だ。 

「分かった! すぐ済ませるからこの辺で待っててー!」

「おー。別に気にすんな」

 手を振り三人と別れ、俺は一人、入り口に展示(てんじ)されているぬいぐるみを(なが)めていた。

 

 可愛いキャラものが増えたなぁ。なんて思って待っていると、

「スンスン。スンスンスン」

 んなことを言いながら(にお)いを()いでいる、おかしな女子(じょし)遭遇(そうぐう)した。

 なんだこいつ?

 赤毛(あかげ)のショートカットに眼鏡(めがね)の、顔だけなら可愛い、中学(ちゅうがく)三年くらいの女の子だった。

 顔だけなら可愛い。顔だけなら! 

 服装が、なんとも言えなかった。 

 俺もオシャレではない。断じてない。けれどコレは無いと分かる。

 柄物(がらもの)シャツとジーパンとリュック。


 どう見ても、オタクだ! 


 しかも! 目を()じて(にお)いを()いでるから、どんどん俺に近寄(ちかよ)ってくるし!

 俺はクレーンゲーム機に背中(せなか)を張り付け、回避(かいひ)することにした。だがコイツは、()けた俺に向かって、方向転換(ほうこうてんかん)しやがった!

「なんでだよっ!」

 距離(きょり)はゼロセンチ。

 ソイツは俺の(はら)に顔を(うず)め、匂いを嗅ぎ続けた。

「スンスン。なんすかコレ? ()らかい(かべ)なんて新しいっすねー。にしてもなんで壁からあのお(かた)(かお)りが……って、あふぇ?」

 あ、目が合った。

「お、お、お、お、お、お……」

「お? おい。お前大丈夫か?」

 少女は顔を(あお)くしながら、(あご)をガクガクいわせ、

(おか)される……」

 とち(くる)ったことを言った。

 次にスゥーーーと、コイツは(はな)から大量(たいりょう)に息を()った。

 ヤバイ! (さけ)ぶ気だコイツ!

「へぶっっ!!」

 俺は咄嗟(とっさ)に、コイツの口を(ふさ)いでいた。

 世の中は不公平(ふこうへい)だ。俺はなにも(わる)くない。悪くないのにコイツが叫べば、百パーセント俺が悪者(わるもの)になるんだ! だかは俺は、コイツの口を塞いでしまったんだ。

 問題はこっからだ。口を塞いじまった以上、なんとかこいつを説得(せっとく)しねぇといけねぇ。なのに……。


優人(ゆうと)?」「優人君?」「兄さん?」

「「「何してるの?」」」

 

 一気(いっき)に血の()が引いた。

 (おそ)る恐る振り向くと、怒った美人と(こわ)がる今宵と、真顔(まがお)の縁がいた。

「待て、違うんだ。これはだな……」

 視線(しせん)が痛くて、()(あせ)が止まらない。この中で話を聞いてくれそうなのは、間違いなく縁だ。

「縁、落ち着いて俺の話を聞いてくれ」

 だから俺は、縁に助けを求めたんだ。


 そうしたら、縁とこの女は、走り去っていなくなっちまったんだ。


           ☆


「縁、どうしちゃったんだろ?」

「兄さん、アイツら何なの?」

「いや、俺にも分かんねぇよ」 

 思い返してみると、あの時の縁は俺を見ていなかった。俺が口を塞いでいたあの女を見て、真顔になってたんだと思う。

 そこからあの女が、縁の名前を聞いた途端(とたん)表情(ひょうじょう)を変えたのは覚えている。 

 その直後に、縁は走り出した。

「後で連絡するわ」

 それだけを言い残し、縁は人混(ひとご)みの中に、消えた。

「……()ってぇ!!」

 縁が逃げ出すと、あの女は俺の(てのひら)()んだ。

(はな)せデカブツ! (ゆかり)先輩(せんぱい)見失(みうしな)うでしょーがっ!!」

 血走(ちばし)った目で俺を(にら)み、あの女は縁の後を追って、いなくなった。

 

 俺は噛まれた手を()みながら二人に事情(じじょう)(はなし)、納得してもらえた。

 結局(けっきょく)縁からの連絡はなく、もやもやしたまま、俺達は帰ることになった。

 

 


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