第四話 化け物に慈悲はいりません。
久しぶりの再会だというのにいきなり死ねってなんだよ。
いくら父親だからってそれは言ったらダメだろう、なんだ親父トチ狂っちまったのか?
……分かっている。フランキーさんは「魔物は屋根の上にいる」と言った。
屋根の上にいるのは親父だ、恐らくもう俺の知ってる親父じゃないんだろうな。
「隠れても無駄だぞ出てきたらどうだルークス、それに国衛騎士団一番隊隊長のフランキーさん。」
バレているのなら隠れていても意味がないと判断したのか
フランキーさんは俺に「私の後についてくるんだ。」
と小さな声で言い、俺はそれに頷き隠れるのを止め家に向かって歩き出した。親父との距離が徐々に近くなり家まで20mというところ足を止め、そこで月明かりに照らされた親父の姿がハッキリと見えた。
俺が最後に親父の姿を見たのは丁度1年程前だ。いつものように母親と一緒に帰ってきた時は
ちゃんと人間の姿だった。この一年で何かがあったのは間違いない、全身は鱗に包まれており髪の色は茶色から白へ変色し頭には角が生え背中には2枚の翼が広がっていた。久しぶりに会ったらイメチェンしてましたとかいうレベルじゃなかった親父を見て俺は恐怖心を忘れ無性に苛立っていた。
「おいおい……なんだその姿、この1年で随分と様変わりしたんじゃねーの?」
「そうかお前と最後に会った時はまだ人間だったか。一年前私たちが村を後にして直ぐ”あのお方”に
出会ってな。私たちはこの力を授けてもらったんだよ。」
「あのお方?まぁ今はそれよりだ。親父今”私たち”って言ったな?
母さんもおんなじ様な姿になってんのか?」
親父は答えない。いや、それが答えなのかもしれない。
息子の俺が言うのも変な話だが親父はかなり母さんを愛していた。
怪我をしたと知れば大げさに心配してたし、母さんと話をする時親父はいつも笑っていた。
俺が母さんの話をする時も息子の俺に向かって「母さんは俺のものだ!」なんて
大人気ないことをよく言っていた。
その親父が突然口を閉ざしたのだ。きっと死んでるのか生きてるとしてももうまともな状態じゃないのだろう。
俺は何故か酷く冷静だった。両親に何かがあったことは確実で母親が死んでるかも知れないと知って
動揺をするどころかどんどん冷静になっていった。多分未だにこの光景が情報が受け止めきれてないだけだ。
「答えないのかよ。じゃあ質問変えるわ、なんで俺を殺すんだ?」
「あのお方がお前に永遠の命とこの力を与えてくれると約束してくれたからだ。」
「ほぉ永遠の命にそのダサい角と翼をくれるのか……誰に何言われたか知らねーがそんなもんいらん。」
「お前、ベリアル様を愚弄するつもりか……!」
ベリアルというのが親父の言う”あのお方”か。そいつがフランキーさんの言っていた魔王って奴か?
いやそんなことはどうでもいい、覚えたぜその名前。
俺が親父と話をしている間ずっと剣を取る機会を窺っていたフランキーさんが突然
親父に向かって歩き出し親父に問いかけた。
「ルークス君のお父さん。今ベリアルといいましたね?貴方がその姿になったのはベリアルが
やったのですか?」
「そうだとも、ベリアル様が永遠の命とこの力を授けて下さったのだ。なんだ?貴様騎士の癖にこの力が
欲しいのか?」
「何をいうか、私は騎士だ。力や名声に目がくらむ程愚かではないのでね。質問を続けるよ。
……ベリアルは何処にいる?」
フランキーさんの問いかけに、素人から見ても分かるほどの殺意が溢れていた。
親父もそれを感じ取ったのか、初めて顔から笑みが消え後退りをしていた。
「……聞こえなかったか?ベリアルは何処にいるのかと聞いているのだ!!」
「ぐっ……人間如きが私に逆らうつもりか!人間など食料に過ぎん!貴様も我が力の糧となるがいい!!」
「おい。人間が食料だと?親父まさか人食ってんのか?」
「私たちの主食だからな。お前が毎日パンを食べてるのと何一つ変わらないぞ?さっき腹ごしらえに村長を食ったが爺さんはダメだな、肉が固くて不味い。」
「てめぇ村長を……くそったれだな。お前はもう親父でもなんでもない。」
「もういい黙れ化け物。国衛騎士団一番隊隊長フランキー・ブラスコヴィッチが貴様を討つ。」
もう親父は完全に人じゃないという事は明白だ。確かに人間だって動物を食べる。
何かを食べるというのは生きる為には必ず必要なことだ。
何かを犠牲にしてすべての生き物は生きている。だが元人間がなんの躊躇もなく人間を食べるというのは
それはもう化け物以外の何者でもない。気がつけば俺は目の前に立っている親父をいつの間にか化け物と認識し必ず殺してやると心に誓っていた。
だが俺は武器の類を使う才能が皆無だ、でも今はフランキーさんがいる。
前を歩く彼にお願いしよう。俺は迷いない言葉で彼に頼む。
「フランキーさん。親父を殺して下さい。俺のことは気にしなくて大丈夫です。あれはもう人ではなく
人を襲う化け物だ。慈悲はいりません。」
「……承知した。だがせめてもの手向けで一撃で終わらせるよ。目を逸らさず父親の最期をよく見ておくんだ。」
「一撃だと……?人間如きが舐めた口を……」
舐めた口を利くな!とでも言いたかったのだろう。だが月に映る親父の首から上が
一瞬にして消えた。