【最終話後編】君が『君』でいられるために
『不思議な力』を持つ剣と『創造の力』により、
化け物の心に飛び込むグラディス。
世界から疎まれた者達を救えるでしょうか、
それとも諦めるしかないのでしょうか。
森の中にいた。
周囲は暗く、肌寒い。
木々の葉が揺れても風を感じず、
景色に灰色が広がっていた。
「ここは、いったい…?」
発した独り言は微かにその空間を震わせた。
自分の足元から色が広がっていく。
あっという間に見慣れた景色が出来上がった。
「ここは、心の中よ。」
ふいに後ろから声を掛けられ、思わず飛びのく。
そこに立っていたのは、旅に出るきっかけ。
初めて外から村に訪れた二人のうちの一人。
そう、レグネラと呼ばれた人だった。
「
話をするのは初めてですね。
私はレグネラ。サリア様と共に旅のお供をしていたものです。
お会いした時とは器が違いますが、『私』と思って頂いて結構です。
『自律の力』とは、心を移す術。
私がレグネラと思う限り、
私はレグネラで居続けるのです。
…この紋様が浮かび続ける限り。
しかし、器が変われば、反応は変わりました。
私が人形に見えれば不審がられ。
私が物言わぬ石像に見えれば怖がられ、
私が化け物に見えれば時に問答無用で襲われました。
それでも、それらは『私』でした。
不審がられた『私』は相手に…疑心を抱いてしまった。
怖がられた『私』は相手に…恐怖を抱いてしまった。
襲われた『私』は相手に…殺意を抱いてしまった。
自己嫌悪した『私』は…道具として諦め、眠るはずだった。
」
言葉を発するごとに出会った時の姿の輪郭が歪み、
徐々に形が薄まり、混ざっていく。
そして『もう一つの形』に変わった。
「…ボクは、そこに踏み入ってしまった。」
そこにはヴェリスという奴隷だった少女がいた。
いつの間にか森の景色が開かれ、
泉が映りこんでいた。
「
信じたくなかった。
あんな思いは逃げ出せば終わるんだって、
私のために怖い人たちを足止めしてくれた皆…、
『魔女』となって帰っても、
あの人たちはもうどこにもいなかった。
一番、居てほしかった人たちは、
ボクのせいで消えてしまったんだ。
『力』を得てからでは遅すぎた。
せめてあの人達の分まで幸せに生きたかった…けど…もう限界だよ!
ずっと物扱いされたレグネラは、
『女王の力』の源がわからないまま…。
耐えてたのに、諦めたのに…私がまたかき乱した。
」
『レグネラ』が続ける。
「
そして平穏が叶わない事が分かりました。
『この恐ろしい力』に感情を乗せてはいけない。
それは破滅の時を早く刻むだけなのですから。
」
吐露が終わり、消えかけているそれに語りかける。
「
とても大事なことを忘れているよ。
恐ろしい力なら普段使えなくすればいい。
すぐに使えるから真っ直ぐに見れなくなるんだ。
その力は鏡なんだよ。
振り回すものでも、
振り回されるものでもない、
ましてや求める物でもない。
考えた答えの先を少し見せてくれるだけなんだ。
過去を伝え、歴史を知られれば。
今を伝え、変化を伝えれば。
未来を伝え、過去を活かせれば。
誰も隠れることも恐れることも無くなるんだ。
少しの付き合いだけど、分かったことがある。
青い光は時の静止、赤い光は時の促進。
女王にだけ備わる時の逆行。
だから、ヴェリスさんとレグネラさん。
今起きている悲劇を過去の人々に伝えるんだ。
存在してほしくない君の過去を。
そのままだと起きてしまう彼らの未来を。
人と呼べないかもしれない、寂しがりやの物語を。
「昔。」ヴェリスがかすれた声でつぶやく。
「
君と同じような人が
『みんなと力を合わせれば』、と励ましてくれた。
でも、今の『みんな』にその人はいない。
そしてグラディス、君は過去には行けない。
」
「
また会える。
だって、ヴェリスさんは閉じこもったままだったから。
今の君の最大の敵は、不安なんだ。
不安が消えれば、その自由な力が引き寄せるよ。
」
「
ありがとう。グラディス。
『名前も年も違うけど、会えていたんだね。』
もう少し、やってみるよ。
君が『君』でいられるために。
」
ヴェリスは胸の前で手を組み、
黄色の光が広がり、辺りが包まれる。
意識が、うっすらとぼやけていく……。
「また会えるといいな。その時は……。」
………………………
………………
………
…
「グラディスさん!グラディスさんってば!」
身体を揺さぶられながら目を開ける。
見慣れた床と壁・小物類。
ゆっくり視線を上げると、
がっと肩を掴まれ、声を荒げ息をかけられる。
「
もう、この時間にいくってみんなで決めていたのに!
私が来なかったら、盛大に遅れてましたよ!
早く荷物を持って、合流しましょう!
外で待ちますから、早く着替えてください!
」
遠ざかる人、あれは間違いなく、サリアだ。
記憶の中と随分違う、今までのは夢だった?
それにしては昨日のことを何も思い出せない。
「二度寝したら、袋に詰めて彼に運んでもらいますからね!」
扉が再度開かれると同時にきつい口調と視線を入り口から浴びせられ、
考えもまとまらずに思わず飛び起きる。
枕元に合った服に着替えながら周囲を見回す。
大荷物を持ち扉を開けると、朝方の薄い日光。
「お待たせ。」
サリアが立つ場所には見知った人と荷馬車。
でも、記憶にある格好とまったく違っていた。
「もう少し遅れても、少し早く走らせるだけなんだがなぁ。」
ラコックスが苦笑いする。
荷車にもたれながら馬の機嫌を取る。
彼女はどうやら馭者のようだ。
サリアと僕は荷車に乗り込み、怒りを撒きつつ出発を促す。
「
あなたの『少し』は、揺れがひどいのよ!
いい?私の占いではこの時間を無駄にすると
余計な面倒ごとに巻き込まれるの。
時間を潰してたら、捜索隊への合流が遅れてしまうわ!
」
出発した荷車の中で状況を整理する。
どうやら、これから捜索隊に参加するらしい。
馬が地面を蹴る音、それにあわせて車輪が回り、積み荷が揺れる。
一息つき、ようやくサリアは落ち着き、語り出す。
「
…グラディス、あなたには悪いとは思ってる。
けれど、これを逃すと一生後悔するのを感じるんです。
この母上の置き手紙にも書いてありますし。
」
手渡された手紙を見てみる。
「
あ、ごめんなさい。
文字は読めないんでしたね。
改めて私が要約します。
」
サリアは神妙な顔つきになって語り始める。
「
母上は不思議な力の持ち主で、
父上の国平定に大きく関わりました。
その母上が奴隷制廃止を望んだことで国の歴史は大きく動いたのです。
その母上は国平定間際に失踪したのです。
後はあなた達でやっていけるという、置手紙だけ残して。
幼かった私と妹・セルエは寂しくはありましたが、
かつての奴隷を思うと不幸とは思っておりませんでした。
ところが最近になってこの置手紙に文字が浮かんできたのです。
機が来たので会いに来てほしいと。
その際にはかつて世話になった者達も連れてきて欲しいと。
書かれた名簿はほとんど私も知っている者たちでしたが、
こんな辺境のあなたが載っていたのは今でも不思議だわ。
」
馬車は走る。
景色は変わらない。
ただ、記憶の中の人たちとは大分違っていた。
『魔女の力』は、彼女に関わる全ての者に分け与えられていたのだ。
その結果、一人当たりの『魔女の力』は大きく弱まり、
能力の底上げ程度の認識になっているのだという。
『魔女の力』と呼ばれるものはもうない。
『才能』、という呼ばれ方となっているのだ。
影の薄い学者のメリダ、
勘の良い大工のメディラス、
目が利く第二王女セルエ、
そして用心深い第一王女サリア。
捜索隊として同行者は以上らしい。
僕の記憶にある他の人達は、
きっとこれから会うことになるのだろう。
その出会いは、明るいものになるに違いない。
以上で終わりです。
夢落ちと思われるかもしれませんが、
レグネラ、ヴェリス、マギル、ソールが頑張った結果、
『同じグラディス』のいる未来を迎えられた、そんなお話でした。




