【最終話中編】君が『君』でいられるために【戦闘】
ついに始まった、悲しい最後の戦い。
求めるのは勝利なのか、生還なのか、
誰も分かりあえない、それぞれの思い。
「
さぁ、始めようか。ボクは動けないけれど、『自律の力』が逃がしはしない。
『過去』を失いたくなければ、ボクを倒せばいい。
他者から死を認識されることで、ボクは『そこで終わる』ことができるのだから。
…みんなあのまま笑っていてほしかった。ボクが居たから、壊れたのかな。
」
その独白に呼応するように、部屋の岩壁からすり抜けるように石人形が現われる。
「
…ボクが生まれた意味って何だったんだろうね。
誰かのために使われ、想いと逆の結果を生んで…。
知られないまま消え、忘れられ消え、自分じゃない誰かを演じて消え。
最初から消えなきゃいけない運命なら、どうして生まれてしまったんだろうね。
」
石人形達が襲い掛かるが、手練れ揃い。素早く紋章を潰し、動かなくなる。
「
何も考えず、誰かの手足として生きればよかった?
惑わし、誰かを操って生きればよかった?
誰もボクにヒントさえくれなかった。
なら、ボクが答えとして信じることをするしかないじゃないか!
」
倒れたはずの石人形に紋章が再び宿り、起き上がる。
「あのなぁ。お前。」
唯一『魔女の力』を持たないソールさんの声が響く。
そして鞘に手をかけ無造作に近づいていく。
「
生まれた意味?そんなもんは無い。
親が居れば、未来を押し付けられる。
天涯孤独であれば、未来に押しつぶされる。
生まれによる違いは誰にも、どうしようもない。
だがお前がどうしたかったか、生きる意味ならあるはずだ。
お前はなぜ過去に帰る術を得たのか。
それはお前が望んだことのはずだ。
応えろ、お前は、何を置き忘れてきたんだ?
思い出せ、お前は、本当は、どう生きたかったかを!
」
おもむろに石人形を的確に無力化し、近づいていく。
その声は大きくはなかったが、
『女王』を怯ませるには充分であった。
「
わかんないよ!もう疲れたんだ!
マギル…。
サリア…。
ごめん、これが、最期の、我が儘…。
」
『女王』が手をそれぞれにかざすと、
空間が歪み始め、三人と周りの壁が『溶けていく』。
目まいを覚えるその感覚にふらつく。
部屋だった場所は宮殿の大広間のように拡大し、壁が波打っていた。
セルエは吐き気を催したのか口を押え、
メディラスさんは後悔を刻むかのように顔を歪ませていた。
メリダさんは懸命に考えているのか硬直している。
ラコックスさんは防御態勢を取り周囲を伺っていた。
3人だった物が巨大な石人形…とも言えない、
石か、木か、肉か、異形の形を取る。
そして、気づいた時には…、
現われる化け物。
壁に叩きつけられる音。
カランカランと地面を転がる音。
ソールさんは力なく頽れていた。
数瞬、沈黙が場を支配し、
異形な何かの雄たけびがこだまする。
それは悲しい叫びだった。
「…完全に委ねてしまった。もう彼女達の心は、肉体と分かれた…。」
メディラスさんはつぶやく。
「
距離は足が繋がれているからそれほどでもないだろうけど、
油断は禁物。伸び縮みする腕なら安全地帯の把握は難しいわ。
動きは緩慢、でも目線が合えば神速の攻撃というわけね。
」
意識を失ったソールさんを非難させつつメリダさんが解説する。
「あたいに、任せな!」
ラコックスさんが腰に巻き付けた数本のナイフを移動しながら投げる。
それは恐ろしく低速な投擲だった。
「まずはその反応速度と距離を測ってやるさ!」
刃と『何か』がぶつかった後に、同じ音が十数回鳴り響く。
潰れたナイフが壁に数本、残りの化け物の足元に落ちていた。
「ちぃ!そもそもこの程度効かないって話かい…。」
「数本は囮、本命を高速で投げる貴女のお得意の奇襲は失敗…ね。」
メリダさんは丁寧に今起こったことを解説する。
「ならば、俺が!ヴェリス、目を覚ませ!」
メディラスさんが盾を構え前に出る
…と思えば、大きな音と共に壁に着地していた。
メリダさんは状況を事細かに分析する。
「盾は一撃で破砕…、身体は追い付かず…。」
そこに、セルエは涙ながらに制止の声を発する。
「やめて!戦ってるのはお姉様とお母様なのよ!」
「
では…どう止めますか?言ってみなさい、『王女様』!
石人形と兵士が衝突すれば後戻りが出来なくなる。
その前に私たちで止めないと『終わり』よ!
」
メリダさんは冷静に現状を説明する。
セルエの頭が所在なさげにふらつき始めた。
心を許した相手との対峙は信じたくないのだ。
ふと、意外なところに目が留まり、その一点を凝視する。
「まさか…そんな。グラディス!」
「な…なんだい?」
予想外で思わず声が上ずる。
セルエが言葉を選ぶように静かに力強く言葉を発する。
「
…ソールさんのあの剣は、元は儀式のための祈りの剣。
…グラディスは『創造の力』でしたわよね?
…ならば、かつての儀式を『創造』してくださいませ
…奇跡を起こすのです。
もう私は…、その奇跡に、すがるしか…。
」
か細くなる声が場の諦めの色を濃くしていく。
僕はソールさんが叩きつけられた壁付近の
人が通れない幅の射程圏内に転がる剣をじっと見つめる。
「どなたか…、この距離であの剣を拾う手段はありますか!?」
ラコックスさんが応える。
「この鉤爪ロープが届けば『進路の力』で反転させて引っ張ってこれるが…?」
今まで全く出番のなかった弓に矢をつがえ、告げた。
「では、少しだけ気を逸らしますので、その間にお願いします!」
あえて剣と反対方向に放ち、
射程内に入った矢は反射的に弾かれる
『化け物』は徐々に視線を反対の壁に向ける。
メリダさんが合図する。
「この距離と死角なら…今よ!」
ラコックスさんの紋章が青く光り、加速する鉤爪ロープ、
到達と同時に今度は赤く光り、刃と柄の中間を引っ掛け
引きずりながら剣が近づいていく。
「取れたぞ!」
期待の目で僕に剣が手渡される。
あとは…儀式の『創造』…そして奇跡…。
頭がぐるぐる回る。
『進路』、『先読み』、『錯視』、『過去視』
そして『創造』。
手の中にある無数の『何か』が囁きかける。
「…そうか!『摂理として起こりえる』こと…。」
化け物相手に効くか一抹の不安を覚えるものの、試す価値はある。
閃きと同時にソールさんの剣を掲げる。
目をつぶり、頭の中で『願い』を浮かべる。
「
出来る…。これなら…。
マギルさん…、ヴェリスさん…、サリア…。
あなたたちの未来への絶望をまだ僕は理解できない。
だから、あなたたちの心を僕に教えてください!
取り返せない過去を、教えてください!
」
左手の紋章に呼応するように剣は静かに光り始める。
刀身には謎の記号が浮いては沈み、
光が地面に落ち、閃光に包まれた。
僕は真っ白な世界の向こうに、『彼ら』を感じた。
閉鎖された『心の世界』。
彼らは何を抱え、苦悩していたのでしょうか。
特別な力によって閉じられた過去は何を求めるのでしょうか。




