【第四話後編】切れた口火
夢を見た。それは森の中の泉の景色。
小鳥の鳴き声が聞こえるほどに静かな森と、
それに囲まれた底まで透ける清浄な泉。
そこに水をすくう手が現れる。
震えるその手は、ひどく汚れていた。
手だけではない。
水を飲み干すその髪はぼさぼさで、
衣服もボロボロだった。
靴は、元々はいていないかのように、素足だった。
『これが、すべての始まり。』
水を飲み干した横顔から垣間見えた口から、
こちらに話しかけるように言葉が発せられる。
その時、体が宙に浮いた。
誰かの肩に担がれているようだ。
しかし経験したことのない倦怠感で目が開かない。
再び、眠りにつく…。
そこから先は、ただ時間だけが過ぎ去った。
ふと気づくと、寝床らしきところに横たえられていた。
「やっと起きたか、『力』に慣れてないならしょうがないけどね。」
壁に寄りかかりながら首領は言った。
「あぁ、そうそう。あたいの名はラコックスっていうんだ。」
「え?あぁ。僕の名前はグラディス。」思わず応える。
「そっちから言ってくれるとはねぇ。」苦笑いを浮かべるラコックス。
「このまま別れたら私に話しかける時、どうする?」冷めた目で続けた。
「あたいが山賊の親玉と口走るかもしれない。だから教えた。」
「いや、僕はそんなつもりは…。」無い、とは言えなかった。
「だから、名前で言いな。でないとその時、命の保証ができない。
…まともに暮らす奴らは悪党と知った者をどうするか知ってるか?」
「悪党は村にいなかったから知らない。」僕は素直に言う。
「
ははっ。どうやら、恵まれた暮らしをしてきたんだね。
まず、避けられる。厄介ごとはみんな嫌だから。
次に嫌がらせをされる。害虫でも見るような目で。
最後に、身に覚えのない罪を着せられる。
その行きつく先がここ。
『まともに生活できず、悪党にならなければ生きられなかった者』。
その親玉があたいってわけさ。
『奴ら』は個人でも集団でも見る目はあまり変わらない。
ただ、一刻も早く、目の前から消したいだけさ。
まぁ、あたいの『力』がある限り、
そう簡単に消えるつもりも、ないけどね。
…時間が経ってさえいけば、あたいだけが悪者になる。
そうすれば、ここでくすぶってるあいつらも、
あたいに操られただけっていう事で罪が軽くなる。
…もともと負うほどの罪なんざないんだけどね。
その時あたいができるのは、華々しく散ろうってくらいさ。
」
長い独白があふれ出す。
そう、生まれながらの悪党はいない。
悪党になるのは、その人自身ではなく、環境。
悪党になった原因すらも自分のせいにしようとする首領。
「…自己犠牲がつよいんだね。」ふっと僕は口にする。
「
『力』が忌まわしい、呪われたものと言われ続けたからさ。
まったく、人ってのは面倒なものさ。
便利な暮らしをしたいといつも願ってるくせにさ。
結局は『誰でも使える力』で便利にしたいってことさ。
使う人が限定されるこの『力』は、
どうやら恐怖しか与えないらしい。
どうやら、あんたは違うけど。
」
僕はおもむろに、左手の甲に刻まれた紋様を見せる。
ラコックスは目を丸くし、まじまじと眺めた。
「…ん、ちょっと待て、どうして誰にも何もされてないんだ…?」
「なぜって、村ではまだなかったからね。」
正直に言うと、おもむろにラコックスは笑い出した。
「
あぁ、子供のころになかったおかげか、なるほど…。
子供だと、自慢含めて躊躇なく見せちまうからさ。
…『力』で人を助けても怯えられただけだった…。
あぁ、無駄話が過ぎた。出口は、あっちさ。
」
指さす先に梯子があった。
「まったく、お前がうらやましい…。いや、まったく。」
ラコックスはさっきまでの元気がなくなっていた。
「その紋様、これで隠しておけよ。」長い布を渡される。
「
『奴ら』は、きっかけがほしいだけさ。
グラディスが『力』を使えるかはともかく、
それを見た『奴ら』はあたいと同類と見るだろうからな。
」
「き、気を付けます…。」僕は左手にぐるぐると布を巻きつけ始めた。
「ところで、『面白い情報』というのを、教えてくれませんか?」
思い出したのでそれとなく聞いてみた。
「ん、あぁ。なんか神輿に担がれて移動してる子がいたんだよ。」
「『奴ら』も迷惑そうだったけど。街の方に向かってたから会えるかもな。」
所狭しと山道に武装した人がいるところに、神輿が通っていくさまを想像すると、
自分でもシュールだと思います。




