木漏れ日のような人(5)
目の前にある絵本の表紙に、文字は書かれていなかった。群青色の、無数の星が散らばったような背景に、少年の後ろ姿。裏表紙には、人一倍光輝く星が描かれていた。広げると、丁度、少年が星を見ているように見える。僕は本を開いた。中にも、言葉は一切描かれていなかった。だが、ほんの数ページの絵本には確かに物語があった。
少年は、殺風景な大地の上に一人、佇んでいる。だが、無数の星は彼を取り巻いている。その星には、たくさんの色がある。赤、黄、緑...他にもたくさんの色、大きさの星。だが彼が見ているのは、青白く輝く一番大きな星。じっと、それを見ている。
次のページで彼が手にしていたものは虫取り網のようなもの。彼は飛んだり跳ねたり、必死になって星を掴もうとしているようだ。だが、星は捕まえられない。
そうして色んなことを試してみても、星に届かず、うずくまって涙を流す少年に、小さな星たちが集まってくる。星たちの光は、彼の翼となり、彼は、憧れの星へと羽ばたいていく。
文字がないということが、絵本の世界にこんなにも広がりを持たせることが出来るのか、と思った。僕は少年だと思ったが、他の人が見ると、少女に見えるかもしれない。今、僕が星だと思ったものが、明日見ると違うものに見えるかもしれない。人によって、読む時によって、この絵本は違う物語を語っているのだ。
一通り絵本を読み終えて視線を上げると、たくさんの氷が入った、大きめの円柱型のグラスに、少し濃い目に出されたであろう、黄緑色のハーブティーが注がれるところだった。
「いかがでしたか?」
相変わらずの笑顔で、僕のグラスに、ミントティーを注ぎながら言う。高橋さんの方を見ると、恥ずかしそうに、何でそんなこと聞くんですか、もう!と、手のひらで顔を隠していた。
「そうですね。私は絵にあまり関心を持ったことがないのですが、幻想的と仰られていた意味が何となく分かった気がします。僕自身が、この絵本の中に居る気分になりました。題名も、お話も、何も書かれていないけど、それでもこれは絵本だなと感じましたね。」
素直に感想を述べると、彼女は顔を隠したまま小声で、言わなくてもいいのに、恥ずかしい、と言った。心の中でつぶやく、と言うのが苦手なようだ。
「彼女が二度目にここへ来た時、それを持って来たんです。『これ、よかったら読んでみてください!』って。何事かと思いましたよ。何も文字がありませんしね。読む?って思いました。でも、ちゃんのお話があって、とても心が安らぐ、心に灯がともるような、そんな絵本だなと、思いました。創作というものは、人柄が出るものですね。」
また余計なことを、と呟く彼女の横で、深雪さんは少しだけ悲しみの入り混じったような笑顔を浮かべていた。そして、グラスの横にキラキラ光る蜂蜜の入ったビンを添えながら言った。
「タルトを甘くしているので、紅茶は甘くしなくても美味しくいただけると思います。それでは、ごゆっくり。」
そう言って、深雪さんはカウンター席へ戻って行った。
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