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君がいる青  作者: 紀佐
7/10

木漏れ日のような人(3)

更新を待っていて下さった方、長らくお待たせして申し訳ありません。活動報告の方には投稿間隔が著しくあいてしまう旨を掲載しておりましたが、ご覧になられる方は極少数だったことが予想されます。

よって、以後はあとがきにて、簡単な更新予定を発表させていただきたいと思います。

もし、あとがきにある通りに更新が行われない場合は活動報告をご覧頂きたく思います。


長々と前置きを失礼いたしました。

それでは、本編をお楽しみください。






 



 彼女が扉を開けると、シャラシャラと涼し気な音をたてた。さざ波のような、鈴の音のような、とても心地いい音だった。それとともに、どこかのファミリーレストランなどのようなキツすぎる冷房ではなく、先ほどの涼風に似た冷気が僕の足元を通り抜けた。


「今日も素敵なドアベルですね。」

 彼女は店の奥に向かって声をかけた。声を向けた先にはカウンター席があり、そこの少し高めの椅子に座って本を読む女性がいた。歳は、僕よりも一回りくらい上であろうか。

 女性は顔を上げてこちらを見ると、いらっしゃい、と言って目尻にしわを作った。髪を左側で束ね、とても落ち着いた雰囲気の女性だ。生成りのエプロンの胸には焼印で"Blue Bird"と書いてあり、裾の方に、枝に留まる青い鳥が描かれていた。

「美雨さん、お久しぶりですね。元気にしてましたか?...そちらは?」

 やわらかな微笑みを保ったまま、女性は尋ねた。

「こちらは私のバイト先の常連さんの森下さんです。ちょっとお話がしてみたくって、強引にさそってしまったんです。」

 彼女は少し照れ臭そうに笑いながら答えた。

「そうでしたか。森下さん、どうぞゆっくりして行ってくださいね。」

「ありがとうございます。」

 そう応えながら、僕も笑みを作る。包容力のありそうな、優しい目尻のしわが、僕にはとても好印象だった。


 彼女は、窓際の、一番奥のテーブル席に腰を下ろした。僕も、その向かいに腰を下ろす。窓の外には青々とした木々や芝が生い茂っていた。葉の一つ一つに生命が満ちているのが感じられた。

「メニュー、どうぞ。」

 彼女はそう言って、B5サイズのメニューを差し出した。ありがとうございます、と言ってそれを開くと、いつも見るメニューとは異なって手書きで書かれており、更にその内容に面喰らってしまった。




 本日のメニュー


 〜サーモンのソテー(ハーブライス)〜


 〜ベリータルト〜


 〜オリジナルハーブティー(アイス)〜


  (お土産にはミックスベリージャム)




 それだけだった。今までメニューとは、選ぶためにあるものだと思っていたが、なるほど、これもメニューだ。そういえば、ドアの前にもメニューが置いてあったな、と今になって思い出した。僕はただ彼女について行くだけだったので、あまり注意深くみていなかったのだが、もしかしたら、どこかでテーブルの上のメニューを眺めて思案するものだと思い込んでいたからかもしれない。このメニューならば、あの女性がお冷を置いた後、注文を取らず調理場に戻ったのもうなづける。


「驚きましたか?」

 彼女はいたずらが成功して喜ぶ子供のような目でこちらを見ていた。

「ええ、こんなメニュー表は初めて見ました。完全に、意表を突かれました。」

「そうですよね、私も初めて来た時はびっくりしました。値段も書いてないし。レストランやカフェでメニューに選択の余地がないなんて、初めての経験でしたし、そういうのって、ものすごく高級なイメージがあったので、席に着いたのを少し後悔したくらいです。」

 えへへ、と笑いながら、そう語る彼女はとても楽しそうだ。

「ここのメニューは、深雪さん...あ、あの女性です。彼女が食べたいものがその日のメニューなんです。面白いでしょう。私が初めて来た時のメニューが、チキンのバジルソースだったんです。私の緊張をほどいてくれるほど優しい味で、とても美味しかったですよ。」


 そんな風な話を聞いていると、ハーブの香りが漂ってきた。これは何のハーブなんだろう。ジュージューとサーモンの焼ける音をBGMに、彼女が先程言った事について聞いてみる。

「そういえば、さっき、'今日'のドアベルも素敵だとおっしゃってましたが、あれはどういうことなんですか?」

「ここのドアベルは季節によって違うんです。昔からの常連さんによると、年によっても違うらしいんです。」

 へぇ、と自然に感嘆の声が発された。

「なんだか、すごく、また来たいと思わせるお店ですね。」


「それは、どうもありがとうございます。」

 出来上がった料理を運んできた深雪さんが言った。

「美雨さんが数日前に電話で今日の予定を聞いてくるから、何事かと思ったら、お店の宣伝をしてくれるなんて。嬉しい限りですね。」

 深雪さんは、減っていたお冷を注ぎ足し、どうぞごゆっくりお召し上がりください、と機械的に言って元いたカウンター席に戻っていった。

 彼女は小声で、なんでばらしちゃうんだろう、もう、と言った後、僕に耳打ちするように

「ここ、休みが不定なんです。これも、深雪さんの気分次第なんですよ。」

 と、いたずらっぽい声で言った。

「聞こえてるわよ、美雨ちゃん。」

 奥の方から聞こえた声に、彼女はすこし驚いたように肩をゆらし、

「なんでそんなに地獄耳なんですか!」

 と、笑いながら言った。

 運ばれて来た料理からは、香ばしく、爽やかなハーブの香りが放たれていた。

次回『木漏れ日のような人(4)』の更新は 2015/3/1 0:00 を予定しております。


2/7 脱字等訂正

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