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【打ち切り完結】どうやら俺の錬金術は世界を救うらしい  作者: 森鷺 皐月
第一章 錬金術師として手始めを
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サニー湿原にて~前編~

 夜なべでエルフの生態や高熱についての対処策を調べていた俺だったが、答えは見つからず、朝一番にアイリと一緒にアニーのもとへと尋ねに行った。

 この町一番の雑貨屋であるアニーなら品を入れるに知識が豊富だ。

 この世界の全部の土地名を知っていると言っていたあの女は、ただの馬鹿テンションの喧しい猿女とは違う。事実だからな。

 錬金術で素材の名前を知らない俺に図鑑をくれたり、知識をくれたのは他でもないアニーだ。

 そこは信頼している。


「謎の高熱ねぇ。エルフが病魔に侵されるのは珍しいかもね。ほら、病気になっても大抵は魔法で何とかなっちゃうし」


 魔法どんだけ万能だよ。

 いや、人のこと言えねぇや。錬金術も相当なチートだし。


「お願いします! このままじゃ、死んじゃう……っ」


 涙をぼろぼろと零すアイリに正直うんざりしつつも、仕方ないことだということは理解できる。

 死ぬと大袈裟に妄想を広げているのかもしれないし、本当に重症なのかもしれない。

 医者が首を横に振って門前払いしたことから、恐らく後者だろう。


「ちょろーっと待ってね。確か億年草って花が万病に効くって話聞いたかも。かなりレアだけどね」


 鼻歌混じりにアニーが杖を振るう。

 こっちは切実なのに随分とお気楽だな。

 そう思っていたが、違和感に気付く。

 アニーの鼻歌に誘われたかのように周囲にあった文献や図鑑が光を帯びて浮き上がった。


「さぁて、億年草はどれに載ってるかな? せいっ」


 勢いよくアニーが杖を振るうと一冊の図鑑が目の前のテーブルに置かれ、ページが自動的に開き、目的のそれが目に留まる。


「あ、これこれ。この花が億年草だよ」


 図鑑に載ってる写真はほのかな桜色を帯びた小さな花だった。

 花に見えるが、恐らく何かの草科なのだろう。

 アニーが今やった手品のような所業は、こいつの使う魔法のひとつだ。

 持ってる書物が多すぎて、面倒になったことで開発したらしい。

 魔法まで開発するなんてとんでもない女だ。


「出現場所は、サニー湿原の奥地だね。天気の悪い日しか咲かないみたいだから、今日の曇り空だとピッタリかも。まぁ、でも小さい花だから見つけられるかどうかは運次第ってやつ?」


 確率はかなり低いってことか。

 でも、その億年草って奴を手に入れられたら、それを煎じれば万能薬になるってことだな。


「ま、行くしかねぇな」


「青葉さん……」


 アイリが嬉しそうに俺を見るが、大きな勘違いをしている。

 俺は別にこいつのためじゃなく、報酬の卵のためにやっているんだ。


「で、そこは何処にあるんだ?」


「ああ、町のすぐ西にあるよ。ま、あんなとこに出入りする好き者はいないけどね。なーんもないし」


「ふーん……。ま、いいやサンキュ」


「いえいえ、あんたをサポートするのも仕事のうちってね。普段、うちの商品を贔屓してくれてるし」


 そりゃ、雑貨屋って此処しかねぇからな。

 まぁ、それを差し引いても品質が良いから使わせて貰ってるわけだが。


「行くなら頑張っていってら。あそこなら魔物もいないだろうし安心だとは思うけど……青葉、気をつけてね」


「ああ、何もないならさっさと帰ってくるしな。その時は他の案を考えるしかないが」


「そうじゃなくてさぁ」


 はぁ、と溜息を吐いたアニーが頭痛そうに額に手を当てる。


「あんた、自覚ないから魔力ガンガン使ってるけど、無限じゃないんだからね。途中で簡易錬成するつもりなら回復アイテム持っていきなさいよ」


 簡易錬成というのは、アトリエの工具を使わなくてもある程度の素材を融合させたり簡単なアイテムを作るための小型の道具を用いた錬金術だ。


 外に行く時、荷物になるからアイテムを持たず出先でアイテムを作って回復していたわけだが、使いすぎて倒れたことなんかないし、少し疲れる程度だ。

 素材を持ち帰るから、荷物が多い方が俺にとっては致命的だ。


「持って行って使わないかもしれないだろ。いいんだよ、俺には俺のやり方がある」


「青葉、あんたねぇ!」


 アニーの長い説教が始まりかけたところで俺は店を出た。

 こんな話してるならさっさと億年草を採取した方がいい。

 アニーに頭を下げて俺を追いかけてきたアイリは何か言いたげだったが、それを口にしないので俺も気にしないことにした。


***


 町を出て湿原までは順調だった。

 湿った足場は少しぬかるんでいて、よく滑る。


「転ぶなよ」


「は、はい!」


 年上として足場に注意しろと言うと、アイリは警戒しながら一歩一歩踏み込んでいく。


「ったく、足場悪すぎだろ。こんなとこに花なんてあんのかよ」


 愚痴るように呟く。

 此処で億年草が見つからなかったら完全に無駄足だ。

 しかも、こんな場所で簡易錬成なんかしたら泥だらけになりそうで、想像したら嫌な気分になった。


「ま、待って下さい」


 先に歩く俺をアイリが小走りで追いかける。

 しまった、ガキの歩幅のこと考えてなかった。


「馬鹿、お前……!」


 こんな所で走ったら転ぶだろうが。

 泥まみれで集落に帰したら俺が責められる。

 だが、事態は汚れる程度じゃ済まなかった。

 アイリの踏み込んだ場所は特に足場が悪くて脆い崖のせいか、ずるりと足元が崩れ落ちる。


「きゃあああっ!」


「――っの馬鹿!」


 慌てて手を伸ばし、アイリを捕まえたところで落下する。

 俺の体はいつの間にかアイリを抱き締めていた。


「──っ!」


 落下直前、鞄の内側ポケットを開き、一本の試験管を取り出してコルクを引き抜く。


「くっ」


 自分とアイリにその液体を振りかける。

 体の衝撃を防ぐために作ったアイテムだ。

 どんな防具よりも耐久力があって衝撃も軽微で抑えられる。

 だって魔物とかに激突されたら死んじゃうよ?

 魔法なんか使えねぇもん。

 前に大型犬のようなモンスターに激突されて骨折ったし。

 あれから俺は誓った。怪我をしないようにするためには対策が必要だ。

 命を守るためのアイテムは流石に持ってる。

 回復薬は多少の劣化はあれども簡易錬成で簡単に作れるから必要ないが、こういうものは必要だ。

 武器に属性をつける薬も衝撃を防ぐ薬も必要不可欠だ。


 自らを下敷きにし、地面に叩き付けられたが痛みは殆どない。

 これで今の薬使わなかったら骨折れるどころの話じゃなかったな。

 一応は来る前にもかけていたが、流石に落下するとそれだけじゃ足りない。

 泥だらけになってしまったのは、仕方ない。 


「大丈夫か」


 こいつのせいでとんでもないことになりそうだった。


「は、はい。ありがとうございます。あの、青葉さん」


「あ?」


 何か物言いたげで顔を赤らめたアイリの視線を辿り、そこで俺の背筋にぞくぞくとした悪寒が走る。


「っ、ぎゃあああ!」


 俺が自分から女を抱き締めるなんてもはや世紀末に等しい。

 いや、落ち着け。

 事故だ。ああしないと助からなかったんだ。

 俺、何も間違ってないだろ。

 だけど、この肌の温もりとか匂いとか男にはないふわふわとして柔らかくて。

 これがこのガキじゃなかったら、殺されている。

 もし、元の世界の女にやったら俺は既に死んでいる。

 それを考えたら拒否反応で悲鳴を上げてしまい、体の震えが収まらない。


「あの……」


「ひいっ!」


 俺の身を案じてくれたのだろう。

 アイリが俺の肩に触れると、俺の体は一際大きく震えた。

 じわりと嫌な汗が滲み出ているのが自分でも分かる。


「青葉さん、もしかして」


 違う。そうじゃない。

 みっともなくて口で言いたくないし、考えたくもない。


「女性が嫌いなんじゃなくて」


 女はおぞましい生き物だ。

 だから嫌いなんだ。

 いつも人のことを知った顔でいて、俺という人間はこうなんだと決めつける。


「女性恐怖症なんじゃないんですか」


 言い当てられて拳を強く握り、歯を食いしばった。

 笑えよ。笑えばいいだろ。

 女というだけで臆病になる小心者だって笑えばいい。

 仕方ねぇだろうが。怖いものは怖いんだ。

 何かしてくるんじゃないかっていつも怯えてんだよ。


「それなら、改善出来ますね!」


 アイリは笑顔で気合いを入れるように両拳を握った。

 何を言っているんだ、こいつは。


「私、最初は青葉さんに嫌われているのかと思っていました。でも、青葉さんは凄く良い人だし、理由もなく誰かを嫌えないんじゃないかって思ったんです。嫌いだったら報酬が何であれこんな依頼受けてくれないだろうし」


 何だ、こいつ。俺が良い人だって?

 俺がお前にとった態度を考えてどうしてそう思えるんだよ。

 普通、お前が嫌な気分になるとこだろ。


「嫌いなんじゃなく、怖いなら改善出来るじゃないですか」


 何でお前が気合い入れてんだよ。


「お前、お節介とかよく言われないか?」


「はうあ! ひ、酷い。よく言われますけど、気に障ったならごめんなさい」


 何度も頭を下げてアイリは挙動不審に謝る。

 変な奴だな、こいつ。この世界の奴らって個性強すぎだろ。


「ほら、行くぞ。此処に億年草がなかったら別の解決策考えないといけねぇし」


「あ、はい! そうですね、青葉さんといると何だか落ち着いちゃってつい」


 何だよそれ。寧ろ俺といると落ち着かないんじゃないか。

 異世界人だもん、俺。常識とか合わないしさ。


「青葉さん、助けてくれてありがとうございます」


 少し頬を赤らめたアイリは笑顔で俺の腕にしがみつく。


「ぎっ……」


 一気に血の気が引き、寒気がした。


「ぎゃああああああ!」


 俺の断末魔の悲鳴が空に吸い込まれる。

 克服は当分無理だろう。だって、受け付けないんだ。

 それでもお前は頑張ろうとするのか。

 俺のこれを治すより高熱の友達のことだけ考えてろよ、お前は。


「……?」


 気のせいか。何処かから視線を感じる。


 女嫌いの悪寒とは違うピリピリとした刺すような冷たさ。

 執着とかとは違うな。殺意とかこういう感じなのかな。

 何、命狙われてんの?

 狙われるようなことなんか……いや、誰しも気がつかないうちに恨みを持ってることが多い。

 俺も恨んだことがあるし、恨まれたこともある。

 イェルハルドに来て日が浅い俺でも錬金術師という特別な立ち位置にいることから目立つ人間だ。

 恨みを買われたところでおかしくはない。

 もしくは俺の知らない場所で何かが俺を狙ってる。

 この世界に来た日の雑貨屋の悪夢とか。

 あいつは一体誰だったのだろう。

 少なくとも近いうち俺の目の前に現すだろう。

 一筋縄じゃいかなそうだし、エイルにも相談……いや、そもそもあいつに会えねぇじゃんよ。

 オムライスが成功したら何としてでも引っ張り出したい所だが、今考えるのはそんなことじゃないな。


「青葉さん?」


 首を傾げてアイリが俺を見上げる。


「は・な・れ・ろ!」


「はうっ!」


 掴まれた腕を振り払い、歩くとアイリは慌てて俺を追いかけた。

 だから走るなっての。今度は面倒見ないぞ。


「ったく」


 アイリは視線に気付いてないようだ。

 だとすると、向けられてるのは俺なのか?

 まぁ、一応武器は持ち歩いてるし襲われても平気だとは思うけどな。

 面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと億年草の採取をするか。

 見つかればの話だが。

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