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殺意なき刃


 俺は錬金術師として少しずつパワーアップしたと言っても過言ではないだろう。


 アイテムの効果は抜群。魔除け香・改を撒いた途端に、魔物達は俺達の存在を認識しなくなった。有り難いことだ。


 大きなトラブルもなく、感心もしてもらった。これで、俺にかけられた呪いも消えるだろうし、キメラ討伐作戦の貢献にもなる。


 魔除け香の効果が本物だと分かると、ほっと胸を撫で下ろす。漸く呪いを解除するためにルークが俺の胸に手を当てた。

 徐々に体が軽くなるのが分かった。


「本当に申し訳ありませんでした。未だに僕は、あなたを疑ってました。でも、あなたは本当に成し遂げました。こんな短い期限で、それも命を握られているのに物怖じせず……」


 流石に物怖じはしてる。呪いかけられて期限内でアイテムを作れなかったら死ぬとか脅されて怖くないわけがないだろ。


 そう考えたら背筋が冷えて身震いした。


「首の皮が一枚繋がったな。あとはこれ持って使うか議論しろよ」


「青葉さんは参加しないのですか?」


「俺がいると空気悪くなるのは目に見えてる。俺は、意見を言う場ではいない方がいい」


 好奇の目で見られて、会議が円滑に進まないのは実証済みだ。個人の感情で周りを掻き乱すことで得られる信頼は俺にはない。


 悔しいが、信頼を得る時間すらない。


「必要なら大量生産してやる。それから、俺は前線でも戦えるってことを理解しとけ」


 会議に参加出来ない分、俺はやらなければならないことがある。


 感情的に介入したところで掻き乱すだけだ。

 冷静さと効率を考える思考力が俺には足りなかった。


 ルーク達を見送り、ルーイエの町に帰るべく街道に出て、エイルの手を繋ごうとした。


「エイル、行く───」


「青葉さん! 避けて下さい!!」


 行くぞと言いかけた刹那、エイルの叫び声の直後に、痛みと共に俺の背中に鋭利な何かが刺さり、地面に血が滴る。


「は……?」


 一瞬の状況が飲み込めない呆然とした俺が前のめりに倒れると、エイルが支えた。


「青葉さん!!」


 刺された背中が熱い。異物が抜かれると、呼吸を求めるように、はくはくと口を開閉させた。


 どうして、何で、誰に……誰に俺は刺されたんだ。


「…………ッ」


 呼吸を求めながら振り向くと、青褪めた表情のリリアが硬直したように立ち、息を乱していた。


「リリア……何で、お前……ッ」


「ごめん、なさいっ……!」


 ナイフを手にしたリリアがそれを振り被る。


「その手を止めなさい」


 ピリッとした緊迫した空気が流れる。

 エイルのその一言は、この場を凍らせてしまう程の力があった。


「ナイフを離しなさい。この方を傷付ける者は誰だろうと容赦しません。それが子供であろうとも」


 冗談だろ。子供であろうとも、何だよ。

 その続きは、絶対言うな。言わないでくれ。


「私は、この方を傷付ける者は絶対に───」


 俺はエイルの言葉を遮るように、彼女の腕を強く掴んだ。


「言うな……絶対に言っちゃ駄目だ、エイル。こんな傷なんてすぐに治る」


「そういう問題ではありません! 青葉さんに危害を加えてる時点で」


「大丈夫だよ。俺はこのくらいじゃ死なないってと、知ってるだろ」


 実際、刺された背中の傷が浅くなって治りかけている。言うほど深い傷でもない。


「リリア、話してくれ。どうして俺を刺したのか、分かるように。暴力じゃなくて言葉で。その為に口があるんだろ」


 理由は分からんが、リリアの様子から彼女の意思ではないことは分かる。


 弱みでも握られてるか、誰かの命令か。

 どちらにせよ、子供に人を刺させるような奴を許すわけにはいかない。


 リリアの意思で刺したなら、理由がある筈だ。

 こいつは簡単に人を刺したり出来る奴じゃないと信じてる。


「あなたが悪人ならば、少しは気が楽になれると言うのに、どうして」


「リリア?」


 何言ってんだ、こいつ。


「どうして、あなたは話し合いを選ぶのですか。そのまま警備団に突き出すなり、殺せばいいのに」


 何を思い詰めてるんだ、こいつは。

 突き出す? ましてや殺すだって?

 誰が誰をそうするって言うんだ。


「俺は対話を選んだ。先入観の妄想で得られるものなんてないからな。誤解があるようなら話せ。話せる範囲でいい」


 ぐっとリリアは歯を食いしばる。


 俺の意図を汲んでくれたか、エイルが涙を堪えるリリアを抱きしめた。


 俺は女に触れられないから抱き締めることは出来ない。手を取ることも無理だ。

 エイルは別だけど、それはそれだ。


「あなたを殺さないと、私のことを売り渡すと……社会から追放すると、そう言われましたわ。自分が助かりたいから殺すなんて……私こそが悪党ですわね。本当に……ごめんなさい」


 リリアは大粒の涙を流して謝るが、知り得た情報と目の前の少女に、顔が熱くなるのが分かる。


 ガキになんてことさせてやがる。俺を刺したことは確かに悪いことだ。

 でも、俺の傷なんかよりリリアは傷ついてる。心の中を滅多刺しにされている。


「誰からの命令だ」


 敢えて訊く。リリアの口からは言い出しにくいだろう答えを訊く。


 リリアの口から名前が出たら、それは裏切りではあるが、救いを求めている。

 言い淀むなら、相手を庇って泥を塗る役目を負うだろう。

 あっけらかんとしていたり、嘘をつくことはこの場でしないと思いたい。


 全て可能性の話で、その確率があるってだけだが。


「……それは、言えません」


「脅迫されてるからか。此処で俺を殺さなかったら、お前は売られるんだろ。選択するなら早くしろ。助けて欲しいか、俺を殺して帰るか。どう選択するんだ、お前は」


「私は……ッ」


「因みに俺を殺すには、時間がかかるぞ。俺が無抵抗だとしても、殺し方が分からなかったら、死ぬことはない」


 魔脈さえやられなければ、俺は死なない。

 痛みを伴っても、心臓を貫かれても俺は死ねない。

 だから、方法を知らなければ殺せない。


「やれるもんなら、やってみろよ」


「青葉さん!」


 俺の身を案じて叫ぶエイルが、リリアを強く抱き締める。

 絞め殺すなよ。お前の怪力じゃ、リリアが潰れる。


「うっ、うう……」


「俺を殺さないと帰れないなら、やれよ。但し、助けて欲しいなら言え。出来る限りのことはしてやる」


 俺は知ってる。選択することの恐怖を。


 選択しなければ、後悔する。俺が生き証人だ。

 それをするかしないかで、運命ってやつは簡単に変わるんだ。

 間違えた選択でもいい。あとは、受け取った側がどうするかだ。


「……また逆戻りするしかないですわ。私は、あなたを殺せませんもの。あなたを殺せば、私も鬼畜外道の仲間入りです」


「逆戻りって……」


「元々、裏の世界で物扱いでしたもの。また、あの苦痛に戻り、耐えればいいだけです」


「何で耐える必要がある。何で戻ろうとするんだ。助けて欲しいか、余計なお世話か。それを選べって言ってるだろ。他の選択肢は却下だ」


 ああ、薄々感じてたよ。


 リリアの怯え方は、売られてしまう恐怖を知ってるから怖いんだ。


 経験がないやつは、現実味を感じなくて想像もつかないかもしれない。

 あったとしても、怖いかもしれないという予感だけだろう。

 だけど、経験した奴が得た恐怖は尋常じゃないと思う。俺だって想像が曖昧だ。


 リリアは、いつもの取り繕った態度を取らない。それが証拠だ。


「俺を殺すことで得をするのは誰だ」


 リリアではなく、エイルに問う。


「破滅を望むものか、私怨か。青葉さんは、誤解されやすいので」


 誰かしらに恨みを持たれるのは仕方ない。破滅を望む奴の気持ちなんか考えたくもない。


「リリア、少し付き合え」


 ライド達の店に連れて行くことにする。

 俺は、この先の悩みを解決出来ない。リリアが望まない限りは。


 最適なのは、同じ年頃のトーマとアイリあたりがいい。

 ガキ共の方が気兼ねなく話せるだろう。

 トーマとアイリのことだ。リリアの良い相談役になる。


 人任せにしてしまうのは悪いとは思うけどな。

 それは心苦しいし、悔やむ部分でもある。

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