不安な仲間達
「つまり、魔力のブースト……根元から引き上げる。それを使用することで、強い魔法が撃てるということか」
エレンペラの歩道をエイルと足並み揃えて歩き、新しい能力について確認をしていた。
「はい。ただ、あまりにも強力かつ体を巡る魔力の殆どを使うため、使用すれば暫く動けなくなります」
「動けなくなるって、どんくらい?」
「ええっと、そうですね……」
顔に指を添えて空を仰ぐエイルは、考えこんだ後に俺の方を再び向いた。
「魔力の消費量にもよりますが、最低でも三日は動けないと思います」
「最低でそれかよ。なげぇな」
少なくとも三日はダウンとなると、下手をすればもっと長引くということになる。
いや、体が動けないどころではないだろう。
魔力を命としているのなら、それを削りすぎたら……。
「魔力のブーストと理の始源だっけ。それを最大に引き出したら死ぬよな、流石に」
「それは……」
エイルは目を伏せて、頷きもせず首を横に振ることもない。
「魔力を溜めている器ごと消滅してしまいます。つまり……」
「俺自身が跡形もなく消えるってことか。何それ怖い」
それだけやばい力を秘めてるってことか。
エイルが俺と再契約したことで得た祝福は、特に気をつけなきゃいけない。
副作用が起きたことで再契約をしたけど、いずれ与えるべきと約束した力も似たようなものだったりして。
流石に体がもたない。力が欲しいとか強くなりたい以前に、俺の体が壊れてしまう。
そして問題は、理の始源を得たことで残滓を取り込めなくなったこと。残滓と戦うとき、どうやって戦おうか。
「ほんと、未知数だよな」
「ごめんなさい。これだけの重い力を背負わせて……」
エイルが悲しそうな表情を浮かべる。
またこいつは、後ろめたそうな顔しやがって。
「ていっ」
エイルの額に軽くデコピンをした。
もちろん、魔力は籠ってない。頭蓋骨粉砕させたらやばいし、傷付けたいわけでもない。
「あ、青葉さん?」
それでも痛かったのか、エイルは額を抑えて目を瞬かせた。
本当に綺麗な目だな。ぱちぱちと瞬くその宝石のような碧眼は、目を奪うものがある。
「俺が望んだもんでもあるから気にするな。これが重いってなら、一緒に背負ってくれんだろ」
エイルの頭を数回撫でると、彼女はすぐに笑った。まるで穏やかな日の光のようで今すぐにでも抱きしめたくなる。
「ま、なるべくは使わないように考えるさ。問題はあるけど、出来るもんしか出来ないなら無理はよくないよな」
無理とかすると、怒られる。木に吊るされる可能性もある。いいことがないのは確かだ。
「それで、ルークさんという亜人の方が……」
「ん、まぁな。でも、魔除け香については全体の問題だし、代表何人かでフィールドに出る」
効果は本物使わないと分からないし、理論で説くのも難しいだろう。
「なるほど。えっと、その代表の中にお父様は……」
「安心しろ。あの親父は入ってない。協会の仕事で忙しいんだとよ」
忙しい人間で助かった。
俺とエイルの仲を、あの親父が許すとは思えない。
俺を嫌ってるなら、尚更だ。
「一応、三人くらいついてくるみたいだ。多人数で行っても仕方ないしな」
来る奴が誰なのか、時間になったら分かる筈だ。
待ち合わせは、噴水広場。
歩いていると、数人の見知った顔が見える。
長い銀髪を後ろに結った鎧を着た騎士、フィリオ。
眼鏡をかけた腹黒亜人のルークに……それから──
「え、何でお前が?」
そのウサギの耳には覚えがある。
物腰は貴族の学生とは劣らない。
貧しくながらも、努力で力を得た……貴族と渡り合おうとした少女だ。
「リリア、何でお前が此処にいるんだよ」
「……成る程。やはり、あなたでしたのね。確かに錬金術師と言えば、知名度は薄くともあなたしかいないのでしょう」
「悪かったな、知名度薄くて。そうじゃない。今回の作戦は、代表が来るって話だ。お前は、関係ねぇだろ」
前回の会議にリリアはいなかった。
それどころか、リリアは学生だ。
実力が伴っても、家柄はもちろん、一軍の魔導師ですらないし、トーマ達と変わらないガキだ。
危険な場所に連れていくことに気が引けるのは、当然のことだ。
「青葉、落ち着いて。彼女は、オロフ殿の代理だ」
フィリオが、今にもリリアを怒鳴り散らかそうとする俺を制止した。
「何であのハゲの代理が、こいつなんだよ。どういう関係だよ」
偏見の塊みたいなあの親父がリリアとどんな関係なのか、俺に予想は出来ない。
かと言って、リリアを怒鳴るのもお門違いか。
「まあ、いい。危険という危険な場所に行くわけじゃないし、今回は魔除け香の効果について見てもらえばいいからな」
此処で俺が空気を悪くして、その修復をかけることこそ無駄な時間だ。
時間は無駄にしたくない。
暗くなれば、魔物が凶暴化する。そうなれば、思いもしないアクシデントに見舞われる。
「ルーク、効果見たら呪い解いてくれよ」
誰かに命を握られるのは御免だ。
早いところ、この呪われた術を解いてもらいたい。
「もちろん。約束ですから」
ルークは笑顔で頷いた。
この場の全員が証人だ。後から、それは無しだなんて言わせない。
そうじゃないと、俺は死んでしまう。
「青葉、この女性は……」
フィリオがエイルに視線を向ける。
「ああ、俺の契約者でガストンさんの娘」
「エイルと申します。皆様、どうぞよろしくお願いします」
愛想よく笑うエイルに誰もが好感を持ったようで、不機嫌に顔を歪める奴はいなかった。
「これは、美しい方ですね。この可憐な姿に周囲が黙ってないのでは?」
「ええ、錬金術師様も可愛らしい顔をしていますし、華やかですわ」
フィリオとリリアが口元を綻ばせる。
「人の見た目で遊ぶのやめろよ」
こいつらには、緊張感ってもんがないのかよ。
俺達は、これから魔物相手に実験に行くんだ。凶暴化した魔物がどんな手で来るのか分からないのに、気が緩みすぎてないか。
「そろそろ行きましょうか。どうやら、青葉さんが機嫌を損ねているようですし」
ルークが上手く周りを現実に戻してくれたが、問題は俺が機嫌悪いことじゃないんだよな。
「こいつら大丈夫かよ……」
「ふふ、青葉さんが気苦労しすぎてるんですよ」
「エイル、お前な……」
とぼけてんのか、慰めてんのか分からない。
もう少し緊張感を持って臨んで欲しい。少しの油断が命取りになる。
「向かうのは、エレンペラを抜けた街道から外れた獣道から入る場所だったよな」
「はい。その先に小さな森があります。殆ど人は近付きませんが、魔物が出てる報告があるので」
ルークと作戦を確認すると、漸くフィリオ達も話を聞くようになった。
「あくまで今回は、アイテム効果の実験だ。夕暮れまでには戻りたい。無駄に魔物を倒そうとせず、警戒を怠らないこと。変異して凶暴化になってる魔物の力は未知数だし、一度戦えば音や臭いで群れが来る可能性もある。頼むぞ」
これだけは守って貰わないと困る。フィリオやルークは身を守れても、リリアは幼いガキだし、エイルには掠り傷ひとつつけさせたくない。
そうなれば、二人を守るのが俺の役目になる。
不死身みたいなもんだが、新たな力を手に入れたことで他の祝福もどうなっているか分かったものじゃない。
エイルを信じてないわけではない。ただ、少し不安なのも確かだ。
お久しぶりです。諸事が続き、相変わらず低ペースの更新となりますが気長に待ってくれると嬉しいです。




