ヤマネコ亭にて
町の夜は日中と違って、オレンジ色の暖かなランプに照らされていた。
どこか暖かみのあるその光は、俺の知っている白熱灯の灯りと違って新鮮だ。
思い返せば簡単なことだ。
現実の向こうの世界で俺は不満ばかりを感じていた。
女達にはこき使われ、表面上の友達しかいない。
こんな世界はつまらないと思っていたが、今此処にいる異世界で俺を詰る奴はいないし、寧ろ好感を持って貰っている。
好感の持ち方が英雄扱いの大袈裟な持ち上げによるポジティブな感情だが。
正直、この世界に馴染んで錬金術師とやらになった方がいいのではないかという─────
「俺はどうかしてる!」
テーブルカウンターに突っ伏して俺が叫ぶと、店内の客や店員が肩を揺らし、俺の後頭部に金属製のトレイが直撃する。
「現実逃避したいのは分かるけどさぁ、そういうのお店でやらないでよ」
レストラン兼バー『ヤマネコ亭』のウェイトレスであるミルヒが頭を抑えて悶絶する俺の前にパンとシチューを持ってくる。
何度見ても慣れない。
目の前のウェイトレスは茶髪にひっついた猫耳に同じ色の尻尾が生えている。
別にコスプレをしているわけではない。これが素と言われた時は納得したくない自分がいたのが事実だ。
「でも、青葉って適応力高いよね。最初は一人でキレて現実逃避してたくせに今や常連と同じ顔してんだもん」
「ふん、厚かましいってならそう言えよ。認めざるを得ないものを認めないわけにはいかねぇだろ」
「ま、それもそうね」
俺が召喚されたあの日から十日が経ち、俺は錬金術の勉強に明け暮れた。
ライドやアニーが理解不能だった術式の内容も自然と理解出来たし、簡単どころの水や小麦粉などの生成も上手く出来たことから、正真正銘の錬金術師だということが分かったようだ。
あの錬金釜を扱えるのも俺だけのようで、同じ要領でライド達にやらせても反応を示さなかった。
俺の第一目標は、元の世界に帰る。これは変わらない。
だけど、今の目標はエイルに俺の錬金術を見せ付けるという感情的で子供っぽい課題だった。
十日前から俺達は顔を合わせることはなかった。
エイルはどうやら名門の魔導師とやらの家系で超お嬢様とのこともあり、俺みたいな異世界人はおろか、友人のアニーも簡単に敷居を跨げないのだという。
魔導士というのは、言ってしまえば魔法使いのことらしい。
その中でもエリート中のエリートで金持ちで権力があるのがエイルの家なのだという。
俺から会いに行くとしたら、錬金術の完成品を見せ付けるくらいしか出来ない。
完成品が出来たところで会えるかも分からないが。
だって、完成品ってオムライスだよ。ただの料理じゃん。
あれだけエイルに当たっておいて自分勝手だとは思うが、俺が本物かどうか期待しているのはエイルだ。
錬金術師が目の前に現れるのが夢だとしたらそんくらいの夢叶えて後腐れをなくしてやりたい。
そのくらいはしてやってもいいと思う。
本来なら、召喚して失敗だと思ったら投げ捨ててもおかしくないんだ。
それも術者に逆らうような意地っ張りのポンコツ女嫌い野郎の利用価値なんて殆ど無い。
だけど、あいつは俺にこの世界で生きる体を与えてくれた。
あのファーストキスがなかったら字すら読めなかった。
だったら、少しくらい夢を叶えさせたって良いだろ。
俺も生きるために錬金術学んでおきたいし。
何故に俺がこの十日でこんなにも錬金術に対してモチベーションが高くなったのか、エイルの件を差し引いたとしても大きな理由があるのだ。
「ダン、ほら依頼のヨーグルト」
ヨーグルトの入った容器をバーテンのいかつい男、ダンに手渡す。
揉み上げから顎にかけて生える髭の大男はまさに山男というに相応しく、ドワーフという毛深い種族らしい。
だが、見た目は人間の大男といった感じでミルヒほど抵抗はない。
「因みに品質には自信があると言っておこう」
此処、ヤマネコ亭では俺の金策場でもある。
町の奴らも多く利用するこの場所は、同時に色んな情報が入ってくる。
そして、困りごとは依頼として俺みたいな金に困ってる奴や冒険者に吹っかけて受けさせる。
此処では、俺にしか出来ない仕事がある。それが物作りだ。
今の所は簡単なものしか作れないため、金もあまり入らないが、生きていくためには何処の世界も金が必要だということが分かる。
今回は、ダンから直接の依頼。
女性客を狙い、新作スイーツの開発として頼まれた素材のひとつだ。
「お、自信満々じゃねぇか。ほら、今回の報酬だ」
「ああ、サンキュ」
俺の手に渡されたのは三十枚の金貨、通貨ではリールと呼ぶらしい。この三十枚で数日分の生活は保障される。
錬金術が使えなかったら、俺はこうやって金を稼ぐことも出来ない。
元の世界に帰るとか空が消えるとか以前に餓死してしまう。それを考えると少しぞっとした。
「しかし、あのヘンテコな釜でこんなもんも作れちまうんだな」
「それアニーやライドに言うとぶっ殺されるぞ。何つーか、俺の魔力を吸って形にしてるみたいだ。俺はその辺、感じないんだけどさ」
錬金術には魔力を使う。
エイルが言っていた通り、俺の魔力が錬金術成功のキーになっているようだ。
だけど、俺はそれを全く感じない。
立て続けにやると疲れるが、それが魔力を消費したということになるのだろうか。
「自覚がないってのも問題だな」
「ま、疲労との戦いだろ。ひとまず、次の依頼を──」
俺がダンに次の依頼を催促しかけたその時だった。
「やめて下さい!」
幼い女の声が聞こえた。
声だけで聞くと、その女に酔っ払いが絡んでいるのだろう。
酒場だからな、酔っ払いが出てもおかしくない。
やれやれ、どこの世界でも女に過剰接触して嫌われる物好きな男が多い。
俺には理解出来ないね。
「私はただ、依頼を……」
「だったら俺らが受けてやるよ。ちゃんと報酬も貰うさ。最高の報酬をな」
横目で見ると、ゲスな表情で舌なめずりする男は三人。
それに囲まれてるのは、帽子を被った十二歳ほどの女の子だ。
おいおい、ロリコン乙すぎるだろ。大の大人が子供相手に何やってんだか。
人ごとにそう感じていた俺だったが、思考と行動は比例することなく男の一人の頭にグラスの水をぶっかけていた。
「あ」
しまったと思ったときには既に遅し。男達の視線は一気に俺に集中した。
そこから伺える感情は怒り。面倒だ。土下座でもして謝罪するか。
「飯がまずくなるだろうが」
俺のアホー!
何で拍車かけて喧嘩売ってんだよ。
反抗期なこの口め、身の程を知れよ。
俺みたいな文系男子なんかに挑発された日にゃ怒りも頂点に達するってもんだろうがよ。
なんたって相手は二足歩行の背の高い蜥蜴、リザードマン。
このままでは、奴らの得意な火炎ブレスでヤマネコ亭ごと焼かれてしまうことは明白だった。
「……何だ、てめぇは」
「どうやらぶち殺されたいみてぇだな」
あ、終わった。
明らかに殺されるフラグだ、これ。
傍らの少女は涙目で震えて、他の客も怯えたように後退りをする。
「ん……? 待てよ。黒髪に女みてぇな顔、レザージャケットに腰の黒い鞄。こいつ、例の――」
俺の身体的特徴をリザードマンの一人が口にし、力強く俺の右腕を引っ張った。
「いって!」
「噂の錬金術師様なら高く売れそうだぜ」
目的が人身売買にすり替わっているだと!?
これは駄目だ。このままだと俺は売られて過酷な労働を強いられ、見知らぬ相手の奴隷になってしまう。
少し手荒だが、やるしかない。
自由のきく左手で腰の鞄に触れる。
そこの一番手前を開け、五つ並ぶ試験管収納ポケットに入っているラベンダー色の液体が入った試験管を取り、親指に力を入れて塞いでいたコルクを外すと、俺の腕を掴むリザードマンに封が切られた試験管を向けた。
「あ? 何だそりゃ……って、あ……?」
香りを嗅いだリザードマンは訝しげな表情を浮かべていたが、すぐに力が抜けたように俺を解放し、床に伏して寝息をたてた。
その様子に店内がざわめく。何が起きたか理解出来なかったようだ。
丹精込めて作ったものをあんまりこういうことに使いたくないんだけどな。
「て、てめぇ! 何をしやがった!」
他の二人は怯みながら俺に向かって叫ぶ。
耳障りでガラガラと枯れたような声にうんざりした俺は、試験管を向けながら二人に近付く。
「ただの睡眠薬だよ。眠れないって言ってた三丁目のケリーさんに依頼されたものの余りだ。即効性の上、深い眠りに入るから中々起きない。因みに依頼されたものと違って改良してあるから、何がいつ起きるか分かんねぇぞ。錬金術師つってもまだまだ未熟な三流錬金術師だからな」
改良してんのは嘘だけどな。
六時間くらいはぐっすり眠れる普通の睡眠薬だ。
しかも今朝作ったばかりだから品質は落ちていない。
売れば十リールくらいにはなる筈だが、もったいなくて売っていない。
まさかこんな使い方するとは思わなかった。
「仲間連れて消えてくれ。ドーピングアイテムで俺はお前らを殺すことも出来るんだぞ」
俺が鞄に触れて構える。
こいつらにとって得体の知れない存在だからこそハッタリかませるわけだが、果たして通用するのだろうか。
「ハッタリかましてんじゃねぇぞ、ガキが!」
あっさりバレた。
そりゃそうだよな、いくらドーピングして体強化したところで体格差は歴然。
俺みたいな文系男子のひ弱な奴に誰が怯むっつーの。
やばい、これは売られるか殺られるフラグ。奥の手がないわけではないのだが。
「そこまでだ。それ以上暴れると許さねぇぞ」
野太い男の声。
威圧的な声と態度のダンがリザードマン達と俺の間に腕を組んで立ち塞がる。
もっと早く助けろよ、マスター。此処で暴れられて困るのあんただろうが。
「ああん? 邪魔してんじゃねぇよ!」
「こいつ売れば暫くは遊んで暮らせる。此処も贔屓にしてやんぜ。この店にとっても悪くない話だろ」
やっぱり売る気満々だ。早くこいつら何とかしないと。
でも、条件解除しないとそれをすることは出来ない。
そういう約束だし、そもそも営業妨害だ。
「青葉、報酬は五十リールだ」
俺の心を読んだようにあっさりと条件解除。
マスター直々に暴れることを許可されたのは、この場で俺だけだ。
「錬金術の報酬より高いのが気に食わねぇな」
鞄と逆側に提げた長剣を抜き、ポケットから青い液体の入った小瓶を取り、一滴だけ刀身に注ぐと刃が一気に凍りついて刀身の鋭さを増した。
俺自身、信じられなかった。
だって俺なんか文系男子で大した運動能力もない。それなのに───
「悪く思うなよ」
それなのに、武器に魔力を込めるだけでその時だけは握った武器の達人になってしまうらしい。
全く、滅茶苦茶な話だよ。
それだけ俺の魔力は特別でそこらの奴らより格が違うってことみたいだが。
頑張って剣術とか磨いてる奴らに失礼な能力だろうよとは思うが、そんな話をライドが教えてくれたし、アトリエの本にも書いてあった。
だからこそ、この妙薬が作れたわけだが。
あくまで伝説だがとライドは補足してくれたが、何のフォローにもなっちゃいねぇ。
伝説じゃなくなったんだからな。錬金術師最強すぎねぇか、この世界。
とはいえ、魔力云々はよく分からないから、こうやって属性をつける薬に頼るしか今は方法がない。
魔力を込めるって意味では間違っていないだろう。
錬金術そのものが魔力を使うらしいからな。
自分でも驚くほどのチートだと思ってしまう。
魔法は使えなくてもそれ以上の能力だし。異世界魔力様々だよ、本当に。
自覚がないのが残念ではあるが。
しょうがねぇだろ。実際、出来てるんだからさ。
認めざるを得ないんだ。証拠があるものを認めなかったら何をしたら認めるんだっての。
「お、何だ? 錬金術師様が相手になるってか?」
「何したか分からねぇが、どうせまたハッタリだろ。そんな玩具で───」
相手が言い終わる前に勝負は決した。
多分、肉眼では見えていないだろう。といっても何発かの風圧なのだが、それで充分だ。
殺すことが目的じゃないし。
俺の剣撃にリザードマン達は彫像のように動かなくなった。
奴らの身体の周囲には霜が張っていて凍り付いている。
氷漬けにされて動けなくなったそいつらを見て、店内がどよめいた。
「何だ、今の。何が起きたんだ」
「あいつ、何かしたのか?」
「まさか。あのガキ、動いてないぞ」
「いや、でも錬金術師様だ。どんな奇跡起こしても……」
俺が剣を鞘に収めると疑惑の声がいくつも上がった。
しかし、そんなこと段々どうでもよくなったのかヤマネコ亭に歓喜に溢れた声が響いた。
そう、例えるなら応援していた球団が日本一になった時、選手と観客が一体となって喜びを露わにしたような団結力。
たかがチンピラ共を退治した程度でこの騒ぎなものだから単純だ。
「じゃ、こいつら表に捨てておくね。野郎共、手伝いなさい!」
ミルヒの掛け声で何人かの大男達がリザードマン達を運ぶ。
まぁ、夜といっても外は暖かいし死ぬことはないだろ。
警察……いや、この世界では警備団っていうんだっけ。そいつらも巡回してるし。
酒場の前で捨てられてたら察しもつくだろうしな。
「いやー、しかし初めて見たけど青葉のそれ凄いね」
ミルヒが笑いながら俺の頭を撫でる。
「触んな!」
女に触られると蕁麻疹が出て死にそうになるんだよ。
「ったく、その女嫌いさえなければモテるのに。いや、その冷たい態度が逆に女を引き寄せるとか?」
「おぞましいこと言ってんじゃねぇ。ホルマリン漬けにすんぞ」
トラウマによる俺の気苦労も知らず、この猫耳娘は尻尾を振って上機嫌に笑う。
くそ、そのうちマタタビでも作って大人しくさせてやる。
いや、こいつは酔ったら質が悪くなりそうな気もしなくはないが。
「あ、あの……」
不本意ながら俺がミルヒにからかわれていると控えめな声がかかる。
帽子を被った先程の少女だ。まだいたのかよ。
こいつのせいで俺がどんな目に遭ったと……って、首突っ込んだのは俺だったな。
「んじゃ、明日改めて依頼の確認に来るわ」
背を向けてヤマネコ亭を逃げるように出て行こうとするが、裾を握られる。
こういうのは逃げられないのがオチだと分かってはいるものの、だからこそ逃げたくなる。
服だろうが何だろうがボディタッチはやめろ。やめてくれ。鳥肌が立つ。
「あの、さっきはありがとうございました」
「あー……いや、別に。そんじゃ、俺は帰──」
「錬金術師様、助けてください!」
はい、出ました。出たよ、これ。
成り行きで助けたけど、本来の目的として助けを求めるやつ。
大した業績も残していない名ばかり錬金術師の俺が外に出る度に遭遇する。
確かに錬金術って奴は貴重で俺がレシピを描けば、そこそこのものは作れる。
だけど、万能じゃない。
「本日の営業は終了しました。ってわけで、じゃあな」
此処は逃げておこう。女からの依頼は受けたくないしな。
それが幼い子供でも……幼い子供?
「おい、何でガキがこんな時間に……」
「友達が……」
もしかして得体の知れないモンスターに出会ったとかそういうクチか?
冗談じゃねぇ。そんなの俺じゃなくて腕っ節の良い冒険者に頼めよ。
俺はあくまで物作り専門で通すんだよ。
大体、こんなガキが金あるわけねぇしボランティアをやる義理もねぇよ。
「友達が高熱で、でも薬も効かなくて……私、どうしたら」
涙をぼろぼろと流し、少女は胸元をぐっと掴む。
やるせない思いを抱えてこんな場所に一人で来たのだろうか。
自分ではどうにもならないから此処を頼りに?
「高熱、ね。医者には?」
「見せましたけど、原因不明って冷たくあしらわれてしまいました」
そいつの医師免許剥奪しろ。
何で病気の奴いるのに受け入れ拒否してんだよ。
すげえムカつくぞ、それ。
「原因不明ってことは風邪でもない。少し強めの熱さましが必要か? あー……情報が必要だな」
「……錬金術師様?」
声をかけられ、我に返る。
いやいや、何受ける気でいんの俺。
しかし、そいつが死んだら俺のせいになる可能性もなきにしもあらず。
「報酬は?」
「あ、えっと……お小遣いで溜めた二十リールしか。あとはうちのフィン鶏の卵とか」
卵? 卵だと?
これは偶然なのか、必然なのか。ある意味、俺が一番欲してるものだ。
十日前のあの日以降、オムライスに必要不可欠な卵がどうしても見つからなかった。
シデン堂でも入荷は中々難しいという話ですぐには無理だという理由で手に入れられない。
エルフの集落に行かないと必要なフィン鶏の卵というものが手に入らない。
だが、しかしあいつらの集落を見つけることが出来なかった。
道に詳しいと言っていた冒険者なんか役立たず以外の何者でもない。
「お前って、エルフなの?」
「はい。こんなの報酬にならないかもしれないけど、でも……」
これはチャンスだ。これを逃したらいつ手に入るか分からない。
女だからとか営業終了とか言ってらんねぇ。
エイルに早く見せ付けるんだ。
俺はやれば出来る奴だって、あいつの夢を叶える義務がある。
「詳しい話は明日だ。明日の朝、俺のアトリエに来い」
高熱で医者に門前払いされたってことはかなりの重症だ。
かといって夜ももう遅い。今から情報を集めるのは難しいな。
夜に人が多いのってヤマネコ亭くらいなものだし。
ダンに聞けばここらの噂は聞きだせるが、いかんせんこのガキを帰すのが先決だ。
「おい、ダン。さっきの報酬くれ」
五十リールを手放すのは痛いが、これも卵のためだ。致し方なし。
ダンから金を受け取ると、少女のポケットにそれを入れた。
「今日はこの町の宿に泊まれ。外には出るなよ。これは俺の責任問題に関わる」
「え、でも……!」
「俺の責任問題に関わるって言ってんだろうが。早く宿行って寝ろ!」
「は、はい!」
俺の怒鳴り声に驚いた少女は、背筋をピーンと伸ばして何度も頷いた。
身体が震えてる。そんなに怖いか、俺。
「私、アイリといいます。明日はよろしくお願いします、錬金術師様」
「あー……」
誰にでも言われるんだが、錬金術師様って呼ばれるのはどうも慣れない。
錬金術師は認めるようになったけど、英雄みたいに持ち上げられるのは何か嫌だ。
確かに俺って凄いらしいけど、世界救う手立てなんて何にもしてないし。金策してるだけ。
「青葉って呼んでくれ。錬金術師様とか持ち上げられんの苦手なんだよ」
「わ、分かりました。青葉さんですね。では、改めて明日よろしくお願いします」
頭を下げ、アイリは浮き足立ったように走り去る。
宿屋はヤマネコ亭の近所だし、そうそう危険もないだろう。
「何だかんだで青葉って良い奴だよね」
俺の顔を覗き込んだミルヒが悪戯に笑う。
「バーカ、報酬に釣られたんだよ。っと、俺も行くわ。調べ物もあるし」
明日の朝まで調べられることは調べておこう。
薬を作るのも簡単じゃないしな。
体に影響するものだから気を張らないととんでもないことになりそうで怖い。
「……?」
一瞬だけ、視線を感じた気がする。
いや、さっきの騒ぎの上に今の依頼だ。気になる奴がいてもおかしくないだろ。
大衆の中の一人。そうは思うのだが、僅かに悪寒がした。
「風邪?」
俺も今日は早めに休んだ方がいいのかもしれない。