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叱責後の役割分担

 俺は、自分で思うよりずっと馬鹿でアホでどうしようもないほどに間抜けらしい。


 エレンペラから馬車で帰ったのは良い。フィリオの計らいで無料で用意してくれたし、ありがたくも感じる。


 しかし、ルーイエの町に戻ってからが大問題。

 俺は、周りを見ていないらしい。それは、目の前にいる俺の契約者の表情ですぐ分かる。


「青葉さん。あなたは、勝手に何をしているんですか!」


 エイルに説教されている。

 俺のアトリエで、正座をさせられているのだ。

 距離が近いせいか、怒られている恐怖よりも胸の高鳴りが勝って嫌になる。


「いや……ごめん、としか」


 エイルに相談もなしで、いきなりガストンさんにエレンペラまで連れて行ってもらって、危険なものに首を突っ込んだことを叱られているのは分かる。

 更に言えば、残滓と戦った命懸けのことも伝えてしまった。

 復唱の呪術のことも全部、洗いざらい吐いた。


 隠し事をすればするほど、後で食らうダメージがでかいのは分かっている。

 だから話したのだが、結果は正座させられて叱られているという現実。

 覆りようがない。吊るされないだけマシとしか思うしかないのだ。


「お父様にも後で言及します。でも、青葉さん。あなたは、あまりにも軽率です。どれだけ心配したことか……また、危険なことに巻き込まれて、今度こそ死んでしまうのではないかと……私、私は――」


「だ、だから悪かったって! 確かに先走りすぎた。でも、俺は大丈夫だって。現に――」


「時間制約で命を握られているのに平気と言ったら、本気で怒りますよ」


 そう言われたら何も言えない。本気で怒らせるのは、お互いにとってはよくないこと。

 今はまだいいとしても、悪いことが続くと吊るされるだろうし、エイルも怒ったままで心労が募るだけ。それも、俺のせいで。


「焦らないで下さい。あなたが世界を心配するように、私や……いえ、私だけじゃない。あなたを心配する方々が多いことを知っていて欲しいんです。一人で抱え込んで、死んでしまったら……」


 エイルの目尻から涙が零れる。

 マジかよ、最悪だな。俺の行動でこんなに心配させた挙句に泣かせるとか想像してなかっただけに心が痛いぞ。


「泣くなって。お前に黙って死んだりしねぇし、でも……今回のことは、絶対に見過ごせないんだ。だから、許してくれねぇか」


「…………」


 エイルの涙が止まり、驚いたように碧眼が俺の瞳の奥を見据える。


「やっぱり、青葉さん」


「は? な、何だよ」


「いえ……何処か、おかしくなったのではないかと」


 確かに軽率な行動は、おかしいというか命知らずなものだったと思う。

 でも、それについては怒られているから今更の話ではない。


「前の青葉さんなら、突き放して文句のひとつでも言うのではないかと思ったのですが」


「そ、それは……」


 言えない。流石に言えない。


 自分の非を正当化して、好きな奴に八つ当たりなんか出来ないと。

 お前が好きだから、酷い言葉は言いたくないなんて言える筈もない。

 こんな状況で告白して、それこそ怒らせたり気まずくさせたりなんか出来ない。


 エイルにとって、俺はあくまで錬金術師という個体で……俺に対する意識は、薄い。

 役に立ちたいという気持ちも、俺じゃなくて錬金術師の役に立ちたいからという意味だ。


 俺が、エイルを意識して補正があろうとなかろうと好きになったことは変わらない。


 女嫌いの俺が、彼女だけは愛しいと思う矛盾が感情や言葉、態度まで気を使うことが出来ない。

 それが、不自然だろうとコントロールする器用さなんて持ち合わせていない。

 これまでの態度が申し訳ないほどに、優しくしてやりたい。でも、それは出来ない。

 精一杯の強がりがそれなんだ。傷つける態度や言葉は言いたくない。


「自分の非くらい認める。流石に理解した上でキレたりなんかしねぇよ」


 こんなことしか言えない。本当に馬鹿だ。女の扱いというよりも、これまで相手にしてきた奴への心変わりからの態度の取り方が分からない。

 せめて、男として見てもらえたら意図は伝わるかもしれないが。

 俺そのものを意識してもらえていない以上は、どうしようもないよな。伝わるわけがない。


 だとしたら、この状況をいいことに一緒にいられるように努力しよう。

 俺だけが舞い上がったり落ち込んだりするのは良い。気付かれないなら別に構わない。

 言葉でしっかりと伝えたその時に意識してもらえれば、それでいい。そう思うことで保つしかない。


「で、今後についてだけど……復唱の呪術があるから、俺は約束通りに道具を作らないといけない」


「それは、そうですけど……」


「そんでさ、もしもお前が嫌じゃないなら手伝って欲しい。俺が無茶しないように手綱を握って欲しいんだ」


 エイルを危険に晒すつもりはない。

 俺が守ってやる、なんて大層なことは言わない。

 俺よりもエイルの方がずっと強いし、寧ろ俺が守られて情けないねって話になるのかもしれない。

 それでも、互いを互いに心配してストレスを溜めるよりずっといい。


「でも、お父様が……」


 しまった。エイルはガストンさんの娘。

 あの親父のことだから、エイルを心配して俺ごと関われないようにするに決まってる。

 それこそ、権力や金で人を動かす。俺達を弾き飛ばすなんて造作もないことだ。


 しかも、俺がエイルに恋心を抱いてるなんてバレたら死ぬ。殺される。

 多分、俺の殺し方を知っているだろう。流石にそこまで間抜けではない筈だ。


「あ、でも! 青葉さんの命の方が大事です。私に出来ることなら!」


「はは、うん……。まあ、後のことは後で考えよう」


 自分でも顔が青褪めていくのが分かる。頭も痛くなって、眩暈まで起こしてしまいそうになる。

 後のことを考えたら色々怖い。だから、この場では自分の仕事を全うするしかないよな。


「それで、本題に入る。目の前のことだ」


「拡散範囲が広い、魔除け香ですよね。エレンペラの水があるなら、魔力の蓄えは充分かと思いますが……錬金術に疎いので、私には正しい答えが分かりかねます」


「錬金術の面では、俺が何とかする。お前には、別のことを頼みたいんだ」


「別のこと、とは?」


 きょとんと丸くしたエイルの碧い瞳は、目を奪うものだ。宝石みたいにキラキラして綺麗だ。

 まあ、それは置いとこう。俺の感想を延々と述べると、いつになっても終わらない。心の中でエイルを褒めちぎるだけだ。


「柑橘類の人工香料の手配を頼む。それも、大量のな」


 香水に関しては、女の方が詳しいだろう。

 俺が行ったところで、女共に情報収集しなければならない。変な蕁麻疹で発狂するのが目に見えている。

 だから、エイルがいて助かるんだ。俺の出来ないことを、こいつは簡単にやってくれるだろう。


「かしこまりました。ブランドのご希望はありますか?」


「え、ブランド……?」


 悪い。流石に香料や香水のブランドとか分からん。

 この世界ではビギナーにとっての俺は、まともな服選びも出来ないし、素材でしか物を見れない。

 高い安いはよく分からないが、ひとまずは……そうだな。


「コストをなるべく抑えてくれれば」


 そう言って、財布を渡すことしか出来ないのだ。

 素材集めにも色々ある。そっちも学ばないと、いざという時に俺という錬金術師はポンコツだって指を差されて笑われるぞ。

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