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油断ならぬ少女の瞳

 階上から靴音を立ててフィリオ達を見下ろすクローネは、珍しく怒っている様子……というよりも半分は呆れているようにも見えた。

 ルークとフィリオの会話を少し盗み聞きしていたせいか、我慢出来ずに飛び出した。

 我慢することが出来なかったのは、後ろの三人も同じ。最も、彼らの場合は状況理解をしたかったようだが。


 しかし、クローネは違う。

 青葉を放って自己満足に裁かれようとするフィリオを許すことが出来なかったのだ。


「誰に唆されて、何をあなたを苦しめたとしても、救われるべき世界じゃないなんて決められる筋合いはない。というよりも、そこの脱け殻を放って逃げるの?」


「君は……青葉のホムンクルス」


 呆然とするフィリオに近付いたクローネは、階上から飛び蹴りをする。


「ぐっ」


 見事にクローネの足技は、フィリオの端正な顔面に当たり、腰を落とさせるには充分の威力を発する。


「ちょっ……あんた、何を! フィリオ、大丈夫かい?」


 ジェシリアがフィリオに手を伸ばそうとするが、それを払い除けられる。

 それをしたのは本人ではない。ルークが、フィリオを庇うように前へと出て触れさせないようにした。


「フィリオさんは、魔力の消費で弱っているんです。これ以上、傷付けることは許しません」


「ルーク、落ち着け。ジェシリアは傷付けるつもりで手を出したわけじゃない。クローネの嬢ちゃんも乱暴だったが、錬金術師の小僧を想った気持ちが逸ったんだよな? うむ!」


 ドルイドがその場を落ち着かせようと両者を宥めようとするが、ルークの警戒は解けない。


「私は、その状態の青葉君を放っておいて逃げようとする馬鹿がムカつくだけなんだけどね。青葉君が、一人で戦ってんのに起きたとき救った人いないと不安で暴走するよ」


 肩を落として溜息を吐くクローネは、周囲を一瞥した。

 緊張感が漂う中、特に気にした様子もなく青葉に近寄ると傍らで腰を下した。


「青葉君が起きるの待つしかないんだよね。お兄さん……フィリオ君、だっけ? 残滓、って言っても分からないか。悪い思念に取り憑かれてたでしょ。会議終わって帰る時に、青葉君の魔力取ったの見逃さなかったし」


 膝を抱えて首を傾げるクローネに一同は驚愕し、フィリオは息を飲んだ。


 帰り際、肩にゴミがついているという親切心に見えたフィリオの挙動。魔脈に触れられた青葉の魔力の低下を繋ぎ合わせた結論。

 クローネは、この時から既にフィリオを疑った。ボロを出すように泳がせたかったが、先に行動を起こされたのがまずかったと告げる。


「その悪い奴って錬金術師の魔力大好きだし、触れられただけで凄く痛いんだって。様子見すぎた私も悪いかなぁ。一言、青葉君に言ってれば……うーん、それはよくないか。青葉君って、何するか分からないし」


「さっきから、貴様は何を言っているんだ! 娘、お前の作り手が死して冷静に――」


 オロフが怪訝な表情を浮かべ糾弾しかけたところで、クローネの琥珀色の瞳が刺すようにオロフを見据える。

 作り物であって生を浮かべるその瞳には、確かな感情があった。

 ホムンクルスは、作られた存在。所詮は物と扱わないオロフにとって、クローネの生者と変わらない瞳は一瞬の恐怖に値した。


「あ、これ? 生きてるよ。悪い奴を引き受けて中で戦ってるの。青葉君がやらなかったら、フィリオ君は未だにおかしいままだったし」


「フィリオ殿がおかしい? 何を馬鹿な! 騎士団代表として選抜された優秀な者がおかしいなどと……!」


「本人に聞けば分かると思うよ。面倒臭い……何で私が怒られてるの」


 目を細めてうんざりした様子のクローネの瞳は、オロフからフィリオに向けられる。

 此方に手間を取らせるなという意思表示のクローネの視線に、フィリオは全員を一瞥した後に跪いた。


「申し訳ありませんでした。彼女の言葉は真実。僕は、皆さんを裏切っていた。軽蔑されても仕方のないことかと。いずれ、罰が下ることでしょう。僕の処遇は然るべき場所で。それよりも、彼を……僕を救った青葉の介抱を――」


 お願いします、と言いかけたところでフィリオの頭をクローネが手首にスナップを利かせて平手打ちをする。


「違うって。処遇はどうでもいいの。青葉君が起きたら、あなたの運命を救った彼が落ち着いて話をしてくれるから! だから、会議の皆さんは此処で誰も責めちゃ駄目。人には事情がある。みんなにもフィリオ君にも青葉君にも。何で、拗れるかな。物事には、順序があるでしょ。説明終わり。面倒な説明をする義理もなし。後は、フィリオ君と青葉君を休ませてひとまず解散。皆さんはお仕事に戻って下さい。全員無事で被害なし。終わり! あー、もー……面倒臭い!」


 捲し立てるようにクローネが怒鳴り青葉を背負おうとすると、あっけらかんとした様子で場が静まる。

 しかし、その中でドルイドはクローネの手を取り、青葉を軽々と背負った。


「おお、男の割には軽いな! ひ弱だと戦うもんも戦えん。後で注意してやれよ、嬢ちゃん!」


 大声で笑うドルイドは軽快に階段を上ろうとしたところでルークに視線を移す。


「ルーク、客室を借りるぞ。フィリオも魔力低下があるなら、少しは休め! 難しいことは俺らには分らんが、俺らの問題は作戦を成功させることだ。人の面倒を見てる余裕あるほど暇じゃねぇだろうよ」


「ぐっ……それは」


 言い返せず、オロフは口篭る。

 此処で非難することはいくらでも出来る。事情を説明しろと叫んだところで、複雑すぎて処理も出来ないだろう。

 それが大事となり、己が属する組織へ影響するとなれば問題が広がるだけだ。

 裏切り者とフィリオを罰するべき場へと渡すことも簡単だが、真実は定かではないもの。

 現にフィリオは、これまで仕事をしてきていて害を及ぼすことがなかった。その事実が優先されるだろう。


「やれやれ。此処は様子見ってやつかね。ま、無事が確認出来たから良しとするよ。――フィリオ、立てるかい?」


 ルークに支えられながらも不安定なフィリオにジェシリアは手を伸ばす。


「ええ、ご迷惑をおかけしました」


 ジェシリアの手を取って、ゆっくりと立ち上がると二人に支えられて階段を上っていく。


「ふん……」


 不満を抱えていたようだが、理屈として納得したオロフは拗ねた様子で後ろに続く。

 残されたのは、クローネとドルイド、そして背負われている青葉だった。


「さて、俺達も行くぞ。強引だが、此処で解散させたのは英断だ。今、フィリオを失うのはよしとはしねぇしな」


「あー、そこはどうでもいいけど。ふあ、ねっむ……。私も青葉君とこで寝るや」


 すっかり気の抜けた様子のクローネが欠伸をするとやれやれとでも言った様子でドルイドは、先行して階段を上る。

 クローネはその後をゆっくりと追った。足音ひとつ立てない彼女にドルイドは、やや危険を感じていた。

 怠けているように見えて、青葉の作り出したホムンクルス……その彼女は、全てを警戒する者と感じるには充分だった。

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