組み合わせ要注意
雑貨屋から出て俺は道に迷いながらアトリエを探していると、見かねたアニーに連れて行ってもらった。
一度、片道歩いたくらいでこのわけのわからん町の一角を当てろというのも無茶な話だ。
その要素も相まって俺の怒りは頂点に辿り着きつつあった。
「てめぇ、こら! エイル!」
アトリエに俺の怒声が響くとモップを持ったエイルが肩を驚きで揺らした。
「青葉さん? え、何でこんなに早く……というより、何を怒っていらっしゃるのですか?」
この女、いけしゃあしゃあと。
俺が怒る理由なんてすぐに分かるだろうが。
店に置いてけぼりにしてさっさと戻りやがって。
エプロン着て三角巾までつけて掃除なんかしてる場合じゃねぇっての。
──掃除?
「お前、何やってんだ」
何故、こいつはアトリエの掃除をしているんだ。
「えっと、青葉さんがすぐに作業に取りかかれるように少しでも手伝いたくて掃除を……。終わったらすぐにお店に戻るつもりでしたが、まさかこんなに早く終わるなんて」
俺はどうしたらいいんだ。
エイルが先に戻ったのは少しでも早く快適に俺が作業出来る準備をしてくれてて、しかも終わったらすぐに店に戻って待っているつもりだったと。
確かにぼんやりとあそこで待っているよりいいが……寧ろありがたいことだ。
俺はこの怒りをぶつけていいのか。
いや、もしかしたら恩を売るつもりで色々と仕掛けに来たのではないか。
そう、何かとんでもない仕掛けを……!
「青葉さん?」
エイルが黙り込んだ俺の顔を覗き込む。
「近いんだよ、お前は!」
もっと距離というものを考えろ。
俺は女と至近距離に立つと死ぬ病気なんだよ。
死ぬ……。そうだ、あの時はマジで死ぬと思った。
アニー(?)に舐められ続けた拷問……ただの女嫌いの気持ち悪さじゃない。
精神的にというか、肉体的におかしくなって力が抜けて、死にそうだった。
「青葉さん、顔色が……」
エイルの声で我に返り、現実に意識が戻った。
「何でも……ねぇよ」
物理的な恐怖。粘着質な目と俺を捕食する謎の奴。
アニーに聞いてみたいところだが、無意味な気がする。
どうして分かるかって?
意味のない答えを馬鹿なテンションのまま返し、脱線して話を長引かせるからだ。
俺はそんなアニーに不信感を抱きながら視線を向ける。
「うっわー、何よその生ゴミでも見る目は」
アニーは膨れて俺の視線にいちゃもんをつける。
「お前の場合、プラスチックだろ。中身カラカラだし」
「おうおう、何か知らんが喧嘩売られてるよ! やんの? やんのか、こら!」
アニーが啖呵切りながら喧しく叫ぶが、エイルの背中に隠れてイーッと歯を見せる。
ガキか、お前は。
「青葉さん」
「は? ふごっ!」
エイルが突然、俺の口に栄養剤のような瓶を突っ込み、中の液体を飲ませる。
ついに痺れを切らして毒殺をはかりやがった!
嫌だ、まだ死にたくない。っていうか、錬金術見たいんじゃねぇのかよ。
喉奥に甘い液体が体に染み渡る。
一体何を飲まされた? 盛られた? 盛られたのか? 俺は死ぬのか。
こんなところで、俺は終わるのか。
「ぷはっ……はぁ、はぁ」
瓶が口から離れると、エイルは俺の体をベタベタと触る。
何故ボディチェックされてるんだ、俺は。
「やはり私の選択は間違っていました。申し訳ありません」
言うや否やエイルは土下座をした。
その頭は床に触れていて、俺はその姿に嫌悪感を抱いた。
「ふざけんな」
エイルの腕を取って顔を上げさせた。
エイルの顔は後悔したような情けない表情で後ろめたさがひしひしと感じてくる。
「何で謝ってんだ、お前は」
「いえ、青葉さんが襲われたときに私がいれば、指一本触れさせませんでした」
一体、どういうことなんだ。
エイルは俺の身に何があったのか分かっているのか?
というか、何を飲まされたんだ、俺は。
頭がこんがらがってきたが、気のせいだろうか、さっきよりも体が軽い。
「何を飲ませた」
「心配しないで下さい。回復薬です。青葉さん、消耗していたようなので」
「消耗? 生命力的な何かか」
さっきのアニーによる回復術だけじゃ足りなかったってことなのか。
「はい。錬金術は魔力を使います。魔力が消耗した状態では終わった後に倒れてしまう可能性があるので」
「倒れる……ねぇ」
「恐らく、青葉さんを襲ったのは魔物の一種でしょう。それにより魔力を吸われたのだと思います」
そんなものを吸って何の得が?
てか、町に魔物いるとか怖すぎるんだけど。
それに、そもそも錬金術なんか使えねぇっての。
此処でそれを証明して次のステップに進みたいところだ。
錬金術もそうだが、アトリエに入って違和感を感じていた。
出る前にはなくて、今来た時にはその存在は棚の上で見てくれとばかりに主張していた。
カレー等を作る少し大きめの鍋と同じサイズ。
銀の下地に赤や青の装飾、更にはきめ細かい彫刻が彫られた壷なのか釜なのかわけのわからないものが置いてあった。
「一体何なんだ、これは」
この謎の物体は何だ。これがエイルの注文したブツなのか。一体何に使うものなのか見当もつかない。
「どう見ても錬金釜でしょ。あたしとライドが半年かけて作り上げたのよ。本当に苦労したんだから。古文書とか専門書読みまくって一時期、活字恐怖症になっちゃったくらいよ」
恩に着なさいよとでもいうようにアニーはふんぞり返って笑う。
錬金釜って……こいつで錬金術とやらをやらないといけないのか。
「で、どうやって使うんだ。これ」
「さあ?」
アホ面でアニーは口笛を吹く。そこまでは知らないということか。
それじゃ、知ってるのは注文したエイルだけか。
そう思って視線をエイルに向けるが、こいつもこいつで目を逸らす。
「……おい」
まさか、こいつまで知らないなんてこと言わねぇよな。
「本ではこれが必要とは書いていたのですが、今まで試した実例が書いていなかったので」
何だよ、それ。道具とかは知識的に知ってるが、使用方法は実例がないから分からねぇってか。
だったらぶつけ本番でやるしかねぇってことじゃねぇか。
勘とかその辺で煮込めってことか。
それ、俺じゃなくても出来るんじゃねぇか。
「……ったく」
レシピ見れば何とかなるだろ。
そう思った俺はレシピを眺めながら錬金釜に触れる。
その瞬間だった。
銀色の釜はみるみるうちに金色に変色し、装飾された宝石が輝く。
そして、釜の中から虹色の光が帯びた。
「な、何だこれ!」
触っただけでこんな劇的に変わるなんて、一体どんな構造してるんだよ。
「これは間違いなく……青葉さんは本物の錬金術師様です」
「確かにこれってあたし達と別次元の魔力よね。これが、錬金術師?」
エイルにもアニーにもえらく持ち上げられてるんだが、やっぱりその魔力の定義が分からない。
俺はそんなもん感じねぇぞ。
ただ、この物体を触ったらこんな異様なことになってるだけで。
「ひとまずやってみたら?」
アニーが軽く言ってのける。人ごとだと思ってる奴は気楽でいいよな。
こちとら人生かかってんだよ。
元の世界に帰れるかどうか、更に命もかかってんだよ。
錬金術が使えれば希望は見えるけど、気が遠くなりそうなくらい道筋は長そうだ。
逆に何の力もなくて役立たずになったら、がむしゃらに情報を集めるしかない。
焦っている。どうやっても先が長い。
といっても穴ぼこだらけのこの空が破壊されつくして闇に閉ざされたら、ゲームオーバー。
こんなわけのわからない世界で死んでたまるか。
「やるしかねぇだろうが、くそ」
机の上に置いた紙袋を漁っていくらかの素材を取り出した。
米でも炊いとくか。卵は品切れだったし、此処は練習ということで。
まずは、藁に包まれた黄色くてパサパサした米のような感触のもの……麦袋の芽というものを取り出して中身を洗い、錬金釜にそれと適量の水道水をぶち込む。
釜だし、炊飯器の要領で大丈夫だろう。
「青葉さん、危険です!」
蓋をしてそれらしきボタンを押すと同時にエイルの荒げた声が背後で聞こえる。
「んだよ、何が──」
──ズドオオオォン!!
振り返った瞬間、耳を劈くような爆音と衝撃に俺の身体は扉と共に吹っ飛ばされて外へと投げ出される。
何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
米を炊こうとしただけだよな、俺。
手順を間違えたからって爆発するって、おかしいよな。
つまり、俺はふっくらご飯さえ作れない能無しというわけだ。
錬金術師以前に人として米が炊けないってどうよ。
それとも使い方誤ったか。だって釜だろ。釜なら飯くらい炊けてもおかしくねぇだろ。
「どうもー、シデン堂装備品店でーす……って、お前何やってんの?」
頭上から聞こえるのは荷物を持ったライド。
その手に持った荷物は、恐らくさっき頼んだ装備品なのだろう。
だが、爆発のショックで俺の体は灰を被って痙攣したまま動けないでいた。
幸いにも怪我はしていないが、全てが無駄になった。
買ってきた素材もエイルが片付けをしたアトリエも滅茶苦茶で、この後を考えると気が遠くなりそうだ。
「言い忘れてました。蛇口の水道水は、錆び付いて飲むには蒸留しないといけないんです」
エイルが倒れた俺を抱えながら、そんな重要情報を今更さらりと言う。
お前、言い忘れ多くねぇか。
その度に酷い目に遭っている気がするんだが、俺に対する嫌がらせなのか。
「多分、組み合わせ悪かったんだね。普通、こんな汚水使わないから。色は綺麗なんだけど、細菌だらけだからさ」
面白半分にアニーが笑う。
人が酷い目に遭ってるってのに、それを笑うとは性格の悪い女だ。
「まぁ……何かよくわかんねぇけど、掃除とかその辺手伝うか?」
頬を掻いて苦笑いを浮かべるライドの一言で周囲の現状を再確認する。
起き上がってアトリエの中を見てみると、地獄絵図。
道具は散乱して床や壁に亀裂が入り、天井は今にも崩れ落ちそうだ。
空が消える前に俺の命が此処で終わりそうだ。
「……お願いします」
男だ女だ云々の前に、此処は協力してアトリエ掃除してから話を落ち着かせないとな。
今回のこの爆発は、明らかに俺の慢心だ。まずは道具の使い方から学ばないといけないな。
似たようなものとはいえ、違う素材だ。素材ひとつひとつの知識も必要になってくる。
これで錬金術師じゃなかったら、無駄な勉強になりそうだ。
「というか、何で最初から食べ物やろうと思ったの?」
アニーが首を傾げる。
「うーん、青葉って異世界から来たんでしょ。つまり、こっちの文化とか素材に慣れてないだろうし、もっと簡単なものからやってみたら? 例えば、今言った蒸留水とか」
アニーってもしかしてアホ面しといて馬鹿ではないのか。
確か注文書関係もアニーがやってるってライドが言ってたな。
というか、言っていることは当たり前なのに感動しそうな俺が此処にいる。
つまり、行くアテのない俺を堕落させようとするアホが問題ってことか。
「でも青葉さんなら、どんな難しいものでも出来るって信じていますから」
エイルは目を輝かせて俺を見るが、いい迷惑だ。
理想を押し付けて何の根拠もなしに出来るなんて言って、混乱してる俺を更に混乱させるとんでもない女だ。
「エイル、頼みがある」
この問題は土下座してもいいくらいだ。
プライドなんかどうでもいい。命がかかってる。
「はい、何でしょう?」
頼みと言う言葉に反応して嬉しそうにエイルが笑う。
「頼むから、根拠も無く期待しないでくれ。俺は、お前が望む世界の救世主でもヒーローでもない。ただの人間なんだ。混乱して見も知らない土地で色んなもの押し付けられて迷惑なんだよ!」
「――――っ」
こぶしを握り、はっきりとその言葉を叫ぶと、エイルの表情が固まる。
まるで時間が止まったように静寂がその場を支配した。
夢を見るのは勝手だ。
俺がこの世界の住人で、こいつらの憧れる存在の錬金術師として胸を張れるならよしとしよう。
だけど、俺はただの高校生で、何も知らない常識も通じないこの世界では赤子同然なんだ。
エイルに頼らないと何をすればいいのか分からないと思っていたが、それは違う。
こいつは自分の理想を俺に押し付けただけに過ぎない。
「申し訳……ありませんでした」
エイルが小さく呟くと、勢いのある足音が遠のく。
エイルの声は涙に震えていて、冷静になる頃にはあいつの姿は無かった。
「エイル!」
駆け出したエイルを追ったアニーの背中を見送り、アトリエには俺とライドの二人だけになった。
「お前は悪くないよ、青葉」
慰めの言葉なのだろうか。ライドが俺の肩に手を置く。
「ただ、言い過ぎたかもな。ちょっと考えてみたらいいんじゃないか」
「考えるって何をだよ」
「もちろん、これからのことだよ。このアトリエはエイルさんがいつか来る錬金術師を想って設計した家だ。道具も本も全部あの人が揃えた。お前にとって迷惑かもしれないけどさ、エイルさんにとってお前は必要な奴なんだよ」
「必要って、そんなこと言われてもな」
「そこは俺達が口出せるとこじゃねぇけどな。お前も考えてみろよ。異世界で体験出来ないことを楽しむのもアリじゃねぇの?」
楽しそうに笑ってライドは俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ま、頑張れよ。いつでも相談に乗るからさ」
ライドは箒を手にして、一本を俺に渡す。
「ほれ、まずは此処の掃除するぞ。俺も店あるからな!」
ライドが差し出した箒を持って小さく頷いた。
俺の中に胸糞悪い何かが渦巻いている。
後悔に似た感情かもしれない。
エイルに言った言葉がどうも引っかかった。
八つ当たり同然の俺の言葉に、あいつは泣いていた。
確かに被害者は俺だ。明らかに俺なんだ。
だけど、だからってエイルに八つ当たりしていい理由にはならない。
「…………」
転がった錬金釜を見る。
あいつがライドやアニーに依頼した錬金術アイテム。
錬金術師が現れることを待ち望んでいたあいつは、俺を見てどんな気持ちだったんだろうか。
きっとあいつにとって俺は夢なのかもしれない。
そう考えたら、あいつに錬金術とやらを見せつけたくなってしまった。