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穢れを蝕む狂気

「フィリオ……!」


 いや、残滓に乗っ取られたフィリオだ。

 まずい。少しでも早く助けないと。フィリオの魔力がこれ以上穢されると死ぬぞ。


「ああ、フィリオ……そういう名前だったな。捨て駒の器にしては、技術もクソ汚い感情も使い道あるよ。理性とやらで俺を邪魔してくるが、漸く抑えた。ハッ! 錬金術師っていう餌を前にした食欲の前には、人間の理性なんて紙屑と一緒だ」


 抑えたということは、所々で本物が出ていたということだ。

 フィリオの性格自身がブレないように演技をしていた。

 違和感なんて殆どなかったから、少しブレた性格もそういうアホな奴なんだと思っていたが違う。

 こいつ、とんでもない野郎だ。いつから、潜伏していたんだ。


「残滓! てめぇ、フィリオの体にいつからいた!?」


「何だ、残滓を知ってる錬金術師か。いつから? いつからだっけなぁ……少なくとも、今のお仲間とやらに会う前からってのは覚えてるが……あっははは、居心地良すぎて忘れちまった!」


 会議のメンバーが集結する前? それっていつだ。最近か?

 空が悪化してから考えると、そこそこの時間が経っているが……。


「ルーク、面子が揃ってからどのくらい経つ? 作戦は、今回だけだったか」


「あ、いえ……僕らは大きな魔物を討伐する目的で集結しているので、今回だけじゃなくて前から一緒にいます。確か、フィリオさんが来たのは半年ほど前……かと」


「は、半年!?」


 嘘だろ、おい。半年も前からフィリオは、残滓に体を乗っ取られていたってことか。

 そんな状態で元の体が平気なわけがない。負担が大きいし、魔力が枯れて衰弱してもおかしくない。

 平気な顔をして生きていることが奇跡だ。普通の人間が残滓に当てられて無事の筈がない。


「睨むなよ、青葉。なあ、知りたくないか? 何で騎士のこいつが、俺みたいな残滓を受け入れられたか考えてみろよ。受け入れられる条件って何だっけかなぁ?」


 残滓を受け入れられる条件……普通に生きていれば受け入れにくいが、憎しみや恨み、負の感情が強い奴は別だ。


「フィリオさんの出自のことを言っているんですか?」


 ルークがぽつりと呟き、フィリオを睨む。正確には、フィリオの器を乗っ取った残滓だが。

 それよりもフィリオの出自? 過去に何かあったのか。


「残滓ってよくわかりませんけど、あなたはフィリオさんじゃないんですよね。彼の心の闇につけこんだ邪悪な思念でしょうか。呪術でも悪魔を降臨させて自我を失うものがありますが、悪魔をあなたと例えて……無理に取り憑いた……心の隙をついたんですよね」


「へえ、そこの犬ッコロは優秀だな。呪術師っていうのは、精神論に詳しいのか?」


「似た呪術を例えたただの推測です。あなたは、いえ……お前は、フィリオさんに無理矢理――」


「推論の骨は悪くないが、外れだ。こいつが俺を呼んだんだよ。こいつの抱えている消えない絶望が、醜くも滑稽でくだらない過去なんていう何の利も生み出さないくせに消費するだけの心の闇が、俺の過ごしやすい住処にしてくれた。馬鹿だよなあ! こいつ、今は騎士なんて職業で勇ましくあってもよ――」


「やめて下さい! 言わないで! 彼のことを知らない人に喋らないで!!」


 何の話だ。こいつらは、何の話をしている。

 フィリオの心の闇のことをルークは知っている。

 半年前から集結した仲間とはいえ、フィリオの出自を知っていたルークは、取り憑かれる前のこいつのことを知っているのか。


 残滓は何を話そうとしているんだ。いや、落ち着け。

 これまでフィリオは、残滓に抗い続けてきて抑えられてしまった。

 半年間、支配されたくないフィリオの強さが残滓の欲望に打ち崩された。

 もし、器の中にいるフィリオが残滓の後ろで今の情景を見ているとしたら……暴露されたくない黒歴史を口外されることになる。


「大好きな家族に見放され、奴隷として売られた。同情してやれよ。痛い目見ながら働かされてんのに笑顔を絶やさなかった馬鹿をさ! あっははははは!! 絶望も絶望! 奴隷から抜け出して人生をやり直そうと清く正しい騎士様となっても、心はどうしようもない! 穢れてるんだよ。その穢れは、ふとした瞬間……綺麗な面の皮を剥がして露呈される!」


 奴隷として生活していた壮絶な過去。笑顔を絶やさずに働きに働いて精神が擦り切れれば、誰だってつらいだろ。

 笑いながら……? どうして、つらいのに笑っていたんだ。

 フィリオの中の何かの砦が笑顔でいることを強要したのか。

 いや、強要じゃなくて自分の意志で諦めないで抜け出そうとしたのか。

 でも、痛い所を突かれてしまえば誰だって苦しむ。

 俺だって、過去の黒歴史を糾弾されたら泣きたくて逃げたくなる。


「愉快も愉快! その時のこいつの顔と言ったら……くくっ、あっはははは!! ま、ぶっ壊したのは別の器に入ってた俺だが……あいつが言ったんだぜ。『こんな世界が救われる筈がない』って笑いながら諦めた言葉をな! サイッコーで飛びきりの泣き笑い! あいつの笑顔そのものが歪み! 穢れ! そして、残滓たる俺達の餌だ!!」


 いずれにしろ、この残滓は許せない。

 人の心につけ込み、悲しみを耐えながら前向きに生きようとする命を台無しにしようとして、居心地がいいからと住処とした。

 残滓の狙いは、錬金術師の魔力だ。

 つまり、気に入った錬金術師が来た時に魔力を吸い上げてそれも餌としようとする。

 仮に錬金術師の魔力を吸い上げたとして、こいつはフィリオから出て行くことはない。

 それこそ、フィリオの体が機能しなくなるまで。そんなことは絶対に許さない。


「ルーク……今から俺は、ぶっ倒れるけど気にするな。フィリオの介抱だけしてやれ」


「青葉さん? え、何言って……」


 状況が分からないとでも言うようにルークは狼狽える。

 俺は倒れるが、気にするな。フィリオは、あの状態から解除されるから助けてやれと突然そんなこと言われて戸惑わない方がおかしい。

 どっちにしろやることは変わらないし、表のこっちではルークに任せるしかない


「ちょっとあのクソ野郎、消してくるわ」


 剣を収めた俺は、フィリオに近付いた。用があるのは、その中身の邪悪なものだ。

 ゲラゲラと笑うその醜悪な残滓は、俺の中でどう変わるんだろうな。

 自分から残滓を取り込むのは初めてだが、やれることをやるしかない。

 救わずして救われず。俺が助けなかったら、フィリオも……そして、その次の苗床となる犠牲者は増え続ける。


 それに、俺だって死ぬわけにはいかないからな。

皆様、あけましておめでとうございます。

年明け早々の更新が狂った感じのアレですが、なるべく定期的かつまったりと更新していきます。

作品共々、本年もよろしくお願いいたします。

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