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変貌の騎士

 驚愕した様子のルークは、足元が覚束ないように壁に手をついて歩く。

 仄暗い部屋でも青ざめた表情は分かる。俺の剣技を見たとしても様子がおかしい。


「そこまで動揺するとは……ルーク殿、あなたの人格を過大評価してた我々が馬鹿だったというわけですか」


「え……?」


 フィリオは腰にかけた剣を引き抜き、それをルークに向ける。

 何だよ、この空気。フィリオの様子がおかしい。

 いくらなんでも、いきなり人に……それも、仲間にその刃を向けるなんて異常だ。


「驚かせてすまないね、青葉。ルーク殿……彼は、我々が倒すべき敵をけしかけた恐るべき者。補給部隊を潰し、魔導部隊を消耗させ、徐々に我々を追い詰めて数を減らそうとする。更に予想外である錬金術師を早々に始末して、巨大キメラに呪術で操り土地を喰わせようと。その計画を企てた卑劣な者……僕は、世界を守る騎士として排除します」


 思考がおかしい。普通じゃない。

 此処にルークが現れただけで、その結論に辿るのは変だ。

 ルークが俺を閉じ込めて殺そうとするのならまだしも、全ての原因になるなんて答えにはならない。

 しまいには、その憶測で排除? 此処で、ルークを殺すっていうのか。

 あまりにも話が飛躍しすぎてないか。過剰妄想の域だぞ。


「ち、違いますっ……! 僕はただ青葉さんを脅かしただけで、すぐに解放するつもりでした! 僕の敷地で、錬金術をひけらかして偉そうな顔をするから腹が立って。子供の馬鹿な行動だと責められても、魔物を操るなんて……復唱の呪術で魔物を従わせるなんて出来るわけないっ!!」


「往生際が悪いですよ。もう少しまともな遺言を聞きましょう。そうすれば、苦しまずに首を撥ねて差し上げます」


「ほ、本当に……本当に違うんです! 僕は、青葉さんを試しただけで本当に……!」


 フィリオの剣先がルークに近付く。ルークは恐怖で身悶えして唇を戦慄かせていた。

 この異常な空気を眺めるわけにはいかない。まずは、その物騒なものを跳ね返して話し合いをしよう。


 ガキィン、と金属同士が交わる音がした。音を立てたのは、俺。

 ルークを庇うように立ち、フィリオの剣を受け止めた。


「頭を冷やせ。憶測で殺しをやるほど、短絡的な思考の持ち主か。だとしたら、猿以下だぞ」


「…………」


「フィリオ、俺はルークが嘘をついてるとは思わない。こいつが俺を期日まで閉じ込めるつもりなら、こんな早く来たりしない。殺すつもりなら、放置するだろ。嫌がらせに顔を見せるとしてももう少し後だ」


「…………」


「それに、復唱の契約の話だ。相手に確認を取ることで為せる術だとしたら、こいつは言葉の通じない魔物と契約は出来ないし、首輪を嵌められない筈だ!」


「…………」


「フィリオ。ルークと仲間のお前なら俺なんかより、それは分かってるだろ?」


 諭そうとしたところでフィリオは剣を収めようとしない。

 まるで別人だ。そこには明らかに殺意があって、このままじゃ本当にルークを殺してしまいそうになる。

 自分が閉じ込められたことを恨んでいるのか? だから、そんな言いがかり……いや、フィリオはそんな単細胞じゃないと思う。

 出会って少ししか経たないし、本性も全く知らないが、そういう種の性格じゃない。

 そんな奴が騎士の代表として作戦のメンバーとして選ばれるわけがない。


「ルーク、さっきは何に驚いたんだ。俺が檻をぶった斬ったからか」


 確認のために尋ねた。ルークは、何かの異常を見て驚いたに違いない。


「え、いえ……あの……それは、そうじゃないです」


 俺が檻を斬って脱出したことが原因じゃないとしたら、何に驚いたというのか。

 ルークは、俺を脅かすつもりで閉じ込めた。すぐに解放するつもりだった?

 いや、待て……ルークが嘘をついていないのなら、必要のない箇所があるぞ。


「どうして、フィリオさんが一緒にいるのか分からないんです。僕は術をかけた対象を短距離に転移させることは出来ても、関係のない方を飛ばす力なんてありません」


 フィリオは、子供の悪戯程度で巻き込まれる必要のない人間だ。いや、巻き込められない存在なんだ。

 何故なら、フィリオはルークから呪いを受けているわけじゃない。

 だとしたら、フィリオはどうやって……どんな手を使って俺と同じ時間、同じ場所に転移した?


「そ、それに……フィリオさんは、剣技と守護系統の魔法しか使えない筈です。転移魔法を使える報告は、騎士団から届いていません!」


 つまり、フィリオの素性や力量全てを届けている個人情報によれば、有り得ない力ってことか。

 俺みたいなイレギュラーと違って、フィリオはこの世界で生きていて組織に身を置いている。

 組織が把握していない力は大問題だ。場合によっては、脅威になる。組織が把握しない部下の力は、裏切られた時にどうなる?



「――余計なことを喋らせる前に殺せば良かったな。上手に食事が出来なくなるだろう?」



 フィリオの口元が歪んだ笑みに変わると剣を振り払われて雷撃を含んだ一閃を飛ばされる。

 魔法と剣撃が組み合わさったようなものに見えて、掠っただけで餌食になりそうだ。


「ルーク、危ねぇ!」


 ルークの手を引いて、飛ばされた雷撃を避ける。

 体勢を崩して転がったが、剣を離すわけにもルークを前に出すわけにもいかない。

 間違いなく、今の状況でこの二つを離したら死ぬ。俺もルークもやられる。


 爽やかの欠片もなく、王子のような気品漂う雰囲気を泥で塗りつぶした悪魔のような笑みを浮かべた男に。


 何てことだ。俺は、とんでもない見落としをしていた。

 直接襲われずに絆されて油断させたところで、こいつは俺を喰おうとしていた。

 優しく、穏やかに、時には失礼こいてアホな側面を見せる。


 二人きりになるチャンスを伺っていた。ルークが俺を飛ばした瞬間、こいつも飛んだ。

 フィリオの力を使う必要なんてない。こいつは、いつだって漂うことが出来るから体ごと転移するなんて造作もないんだ。


 こいつは、紛れもなく……この世界を恨んで殺された残滓。

 フィリオの体は、この狡猾な残滓に支配されているんだ。

第二回目の残滓との対決ということで、今年最後のお話になります。

皆様、良いお年をお迎えください!

来年もお手隙の際にでも読んで頂ければ幸いです。

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