呪術師の殺意
「でっけぇ……」
青い鉱石の装飾がまるで家紋とでもいうように目立つ屋敷。俺達四人は、その屋敷の中に案内された。
ブルートルマリンの床の上に敷かれたレッドカーペットを歩き、大広間に通されると使用人が持つ水瓶をルークは受け取る。
「これが約束の代物になります。これで足りるでしょうか」
ルークが俺の顔色を伺う。
本性を知らなければ可愛いものだったが、知ってしまった以上は可愛げのない裏があるのではと思ってしまう。
それでも必要なものは必要だ。俺は水瓶を受け取った。
「充分すぎるくらいの量だよ。ジェシリア、目利きいいか?」
「了解。掬うものあるかい? 入れ物の色と混同して物の良さが分からないから、色のついてないものがいいんだが」
「ああ、それなら――」
鞄から空の試験管を取り出して、水瓶から掬う。
綺麗な透明色の水……いや、僅かに濃淡色の青みのあるベリルのような色をしている。
海が綺麗な外国に行ったような感動すら感じる色で、試験管一本の小さな世界を漂う水は感嘆の息を吐かせるに充分だった。
「うん、魔力も充分に行きわたってるし穢れのない美しい代物だ。間違いなく、エレンペラの水だよ」
初めての素材の目利きに慣れない俺でも分かる。魔力のセンサーは俺についてないが、これだけ高品質な水は見たことがない。
これほどの光沢がある水は、良い素材になることは間違いない。
「こんなに貰っていいのか」
確認とばかりにルークに頼むと、柔らかい微笑みで返される。
「はい。呪術をかけた手前、それなりの対価は支払います。足りないのなら、また用意します」
「いや、足りないわけねぇよ。余るくらいだ。じゃあ、ありがたく貰うぞ」
鞄から錠剤の入った瓶を取り出し、水瓶の中に一粒落とす。
それに驚愕したルーク達は目を疑い、ジェシリアが俺の後頭部を殴った。
「いってーな! 何すんだ、てめぇ!」
「自分が何をやったか分かってんのかい!? これだけ品質の良い水に薬を混ぜるなんて、頭おかしいんじゃ……」
ジェシリアは言いかけて言葉を詰まらせた。
水は徐々に結晶化して、液体が固体に姿を変える。アイテム効果ってやつだ。こんな水瓶持ち歩けるか。
「今の錠剤は、"縮化体積錠"っていうアイテムだ。液体を固体にして結晶化する。温度調整されてるが、品質は損なわれない。俺がイメージする錬金術は、俺の都合がいいように出来るんだ。錬金術師をなめんじゃねぇぞ」
結晶化して小さくなった水を保存専用の袋に入れてそれを鞄にしまう。
袋は真空になっていて衝撃にも強いし防火防水にもなっている。馬車に轢かれても傷ひとつ付くことはない。
「はー……奇妙な術を使うもんだ。錬金術師っていうのは、本物みたいだね」
「だから言ってんだろ。嘘なんかついてどうすんだよ。ルークも納得したか」
今のアイテムでも偽物だなんて言われたら溜まったものじゃないな。
ルークは物珍しそうに俺を見ると、首を傾げた。
「あなたが作った証拠ってないじゃないですか」
「うわ、そう来るか。そこまで疑われるときついもんあるんだけどな。誰がこんなもん作れんだよ。完全に俺のオリジナル全否定とか酷くね?」
警戒心というか、敵視している以上は仕方ないよな。別にこの程度で納得させようとは思ってないし。
依頼を達成しても、証拠がないとか言われそうだけど呪いが解除されれば納得してくれるだろう。
俺がルークの信用を勝ち取るのは、それしかない。ジェシリア達が錬金術師だと信じてくれただけで儲けものと思っておこう。
「あ、ごめんなさい。気を悪くさせるつもりじゃ……」
「ああ、いいよ。ひとまず、ありがとな。無駄にしないように使わせて……あっ、が……!」
胸の奥に激痛が走り、視界が揺らぐ。ルークに呪いをかけられた箇所だ。
こいつ、とんでもない悪意を俺に持ってるな。何で、こんなに苦しめる必要があるんだ。
膝を床に着くと、クローネが倒れそうな俺の体を支えた。
本当に行動早いな。支えて貰えなかったら、床に横倒れするところだった。
触られるのは嫌だとか文句言ってられねぇよな……。
「おかしいよね。今、青葉君を苦しめる必要あるっけ?」
「はい。僕にとっては少なくとも。……青葉さん、でしたっけ。会議に参加した後に此処まで疲れたんじゃないですか。暫く休憩した方がいいと思いますよ」
ルークが指を鳴らすと、胸の奥を刺すような激痛に加えて絞めつけるような苦しみを与えられる。
何だよ、これ。俺、何かこいつの勘に触るようなことでもしたのか。
「てめっ……ふざけ……んな! いっ、ぐうっ!!」
瞬間、目の前が真っ白にスパークした気がした。
遠くでクローネが俺の名前を呼ぶ声がしたが、まるで遊園地のコーヒーカップを最速に回されるような眩暈に襲われた。
ぐるぐると頭の中が掻き回される感覚に吐き気がして、目を開けていられなくなる。
そして――
「…………」
短い時間の筈だった。目を開いて、瞬きをすると見知らぬ景色。
豪華絢爛な屋敷にいたことは間違いなかった。大広間で俺達は集って話をしていた。
だけど、今はどうだ。まるで一瞬にして移動させられたかのように全く違う色の部屋だ。
薄汚れた冷たい石の上で俺は倒れていた。光は壁にかけられた火の油の切れそうな薄い色のランプだけ。
起き上がって周囲を見渡せば、床と同じ石素材の壁で目の前には牢屋のような格子がある。
牢屋のような……ではない。牢屋そのものだ。
「意味分かんねぇ。どういうことだ」
痛みや苦しみは治まっているが、理解が追いつかない。
ルークは俺をどうしたいんだよ。
「恐らく、期日まで青葉殿を閉じ込めて道具を作れないようにしたのかもしれませんね」
声がひとつ、すぐ隣から聞こえた。
「うわっ! フィリオ!?」
俺の真横に困り顔をしたフィリオが座っていた。
何でこいつだけいるんだ。クローネやジェシリア、使用人やルークすらいないのにフィリオだけってどういうことだよ。
「ルーク殿は、こんなことをする方ではないと思うのですが……巻き込まれてしまったのは失態。僕も青葉殿と同じく、籠の鳥になってしまったようです」
「呑気にしてる場合か! いや、待て……閉じ込めて道具を作れないようにさせるって」
冗談だろ。あいつは約束という言葉にかなり固執している筈だ。
違うな……。ルークは約束を守った。俺にエレンペラの水を渡すという約束を。
俺は未だ果たせてない。それを果たすまで呪いは解けない。
その意味は、つまりそういうことだ。
「彼は、青葉殿を殺すつもりなのかもしれませんね。貴殿を閉じ込めてしまえば、大掛かりな錬金術は行えないと思ったのでしょう」
「うっわ、嫌な予感当たりすぎ。でもさ、何でフィリオがいるんだよ。目的は俺を閉じ込めることなら、お前は?」
ルークの目的が俺を閉じ込めて殺すつもりなら、フィリオを閉じ込める理由にはならない。
俺だけでいい筈だ。関係のない奴……それも、同じ志を持っている仲間を巻き込む権利はない筈だ。
話を聞いて、ぶっ飛ばさないと気が済まねぇ。
どんな痛みを伴おうとも、俺に向けられた悪意で他人を巻き込むことは許されないということを教えてやる。
「まずは、脱出だ。時間が惜しい中で、こんなくだんねぇことに付き合ってられるかよ」
「青葉殿、脱出と言っても檻の中ではどうしようもないのでは。鍵もかかっていますし、結界が張られている可能性もあります。下手に触れば――」
「だからって、大人しく死んでられるか! 鍵がないなら檻をぶち壊せばいい。結界があるなら割ればいいだけだ」
簡単なことじゃないことは分かる。それでも、やらなきゃいけないことは否が応でもやらないといけない。
死刑台に立ったまま待つなんて冗談じゃない。
「ぶっ、くくっ……本当に貴殿は、愉快な方です。度重なる失礼をお許し下さい。でも、あまりにも真っすぐで……あははは」
「笑いながらかしこまるな。言ってるだろ、俺に対してそんなに丁寧にすることないって。痒いんだよ、そういうの」
「ええ、善処します。青葉殿……いえ、世界の担い手である錬金術師、青葉。僕は、君を解放すると誓うよ」
少し柔らかくなった気がするが、これはこれで慣れない。
まだ味方でいてくれるだけマシだけど。いまいちしっくりと来ないな。
こいつ、まだまだ本性隠してないか? 俺が言えたことではないけど。
「ま、いいか。さて……変に属性つけると跳ね返された時に厄介だし、これでいいな」
帯刀していた剣に透明色の液体が入ったカートリッジをセットする。
付与される属性がない無属性の薬が入っている。これに俺の魔力を注いでやれば、魔法障壁があろうと檻をぶっ飛ばすことは可能だ。
「君は、剣の心得もあるのか」
「まぁ、一応な。細かいことは気にするな。さっさと出るぞ」
騎士と言えば剣の修行もしたのだろうフィリオに多少後ろめたさを感じる。
異世界補正の祝福で簡単に武器を操れる人間なんていたら、普通は良い気分じゃないと思う。
だから、この話は騎士相手には一番したくない。次点で不死の体のこと。
生きることに必死なのに、魔力枯れなきゃ死なないよなんて言われたら、喧嘩売ってんのかって思われそう。
敵はなるべくなら作りたくない。
剣を一振り、横薙ぎにする。剣閃を辿る後に黒い鉄の棒が崩れ落ちた。
同時に硝子のような何かが割れた音がしたのは、魔法障壁だったのだろう。
呪いがかけられていても魔力が衰えていないことを再認識して安堵する。
「よし、行くぞ」
俺に同調したフィリオは頷いて、檻を出る。
すぐ近くには、地上に出れますよと用意されてるのかそれとも罠なのか、階段が見えた。
「お前……!」
階段の前に立ちはだかる影がひとつ揺らめく。
ランプに照らされた表情は、驚愕に満ちていた。俺の剣技を見たせいなのかどうかは分からない。
「そんな、馬鹿な……」
呟いたそいつは、今まさに俺が殴ってやりたいと思った大きなメガネをかけた犬の亜人だった。




